分岐① 先生がオトに会いにこない
分岐② ミカが壁を壊さない
分岐③ オトが爆弾を起爆する
扉が壊されなかったオトは眠る時、部屋に入らず扉の外の白い空間で時間を潰しています。
【if bad】わたしはオト【起爆ルート】
正直言って、死ぬのは怖い。
でもそれよりも、ミカがブルアカでああなったみたいにボロボロに傷つけられるほうが嫌だ。
先生と合流する前のサオリをうまいこと言いくるめて、起爆装置付きのヘイローを破壊する爆弾を手に入れた。そして今は一人でバルバラと対峙している。
……わたしに、バルバラ相手に一晩中持ち堪えられるような力はない。
わたしだって限界まで戦った。耐久できる限り耐久して時間を稼いだ。それでも、やっぱりだめだった。バルバラの懐に一気に接近して、最後の一発を叩き込む。
「さあ、一緒に地獄に落ちようか。わたしたちに救いはない。祈りもない」
起爆装置のスイッチを、押した。
「ミカ、大好きだよ」
◇
「……うそ……おねがい、やめて…………いや」
閃光が走った瞬間、部屋が崩れ出した。
二人で何度もスイーツを食べたテーブルも、二人で選んだ服やアクセがたくさんしまってあるクローゼットも、何度も寝転がってはお喋りした広いベッドも、射撃訓練したときに使った的も、連弾したピアノも、二人ファッションショーをした鏡も、小さい時に遊んだぬいぐるみも、たくさんの本を揃えた本棚も、宝箱と称してたくさんのものをしまった空き缶も、窓も、何度叩いてもびくともしなかった忌々しい扉も、すべて崩れていく。
あ。
オトがきえていく。
私の中にひとかけらも残さずに。
私は?
私は……?
なんで?
◇
「このメッセージをミカが聞いている頃には、わたしはもういないでしょう。いないよね? もしまだわたしが生きていたら速攻でこの録音の再生を止めて、スマホからも記憶からも消してください。……気を取り直して、ミカ、こんなことになってごめんなさい。わたしはバカだから、こうする以外にミカを守る方法がわからなかった。……とにかく、ミカと過ごした日々は、わたしにとっての宝物です。わたしはミカが幸せに過ごしていたらそれでいいんです。そのための布石は撒いておいたから、きっとそのままトリニティに戻れば、今まで通りの生活ができるはず。……なにか困ったことがあったら、シャーレの先生を頼ること。わたしからの遺言はこれくらいかな。あ、そういえばあの時デートで着てたワンピースと買ったピンはわたしが持っていくね。万が一にでも、わたしとミカが以前から仲が良いことがバレたらまずいから。そうだ、このメッセージも聞き終わったら消してね。本当にもう言うことはこれで終わり。最後に、ミカ、愛してる」
◇
スマホから流れてくる音声はもう何回再生したかわからない。
アリウス自治区でバルバラと相打ちに倒れている私を見つけた先生は、すぐさま私を背負って連れていき、救護騎士団に引き渡したらしい。治療の甲斐があって、私はすぐに目を覚ました。目を覚ましてしまった。
オトに会わない眠りは初めてだった。いつだって、目を閉じればそこにオトがいて、私のことを笑って迎え入れてくれたはずなのに。
夜眠るのが怖くなった。だってオトがいないから。
不思議なことに、オトのことを考えるたびにあれだけ止まらなかった涙も枯れ果てたのか、私は泣くことすらできなくなっていた。
私は今日も、幸せな日々を過ごしている。
「おはようございます、ミカ様」
「おはよう」
違う。最初におはようを言ってくれるのはオトだった。あなたはオトじゃない。
「それにしても、ミカ様も災難でしたわね。どこの馬の骨かも分からない輩に体を乗っ取られて、挙句の果てに爆発に巻き込まれるなんて」
私はあなたの名前すら覚えていないけどね?
「ミカさん、体はもういいのですか?」
「うん、もう元気だよ」
何か考えるのも億劫で、17年間生きてきた「聖園ミカ」らしい返答を勝手に体は喋り出す。
本当は分かっている。オトの望みはこんな風にしている私じゃないって。
先生には頼れない。だってどの面下げて行くの?
セイアちゃんを殺そうとした私が、オトが死んで辛いです、なんて。
だけどオトにまつわる全てがどんどん薄れていく。
オトはどんな声で私に「おはよう」って言ったっけ。私が甘えた時、オトはどんな顔で笑ったっけ。オトがたまに歌っていたのはどんな歌だっけ。オトの匂いもオトの感触も、もう朧げになっていく。
オトは本当にどこにもいないの?
どこかに隠れているだけじゃなくて?
何でもいいからオトにまつわるものは。
あの日行ったブティックに、黒のチェックのワンピースはもう売っていなかった。
プリンパフェの店はパンケーキの店に変わっていて、映画館で見た塔の上のお姫様のお話はとっくの昔に上映が終わっている。
そして雑貨屋では、音符のピンは当然のように見つけられなかった。
手元にあるのは白い音符のピン。私の黒い音符のピンはオトが持っていってしまった。
鏡の前に立った。それでもと白い音符のピンを付けた。白いシュシュを外して、黒いシュシュで髪を結んだ。
いるじゃん。ここに、オトが。
私……いや、わたしが。
◇
「おはよう、ナギサ」
「ミカ、さん?」
どうしたんだろう。
「ナギサったら何言ってるの? わたしはオトだよ?」
「オトさん……? いえ、ですが……」
ナギサは少し悩むそぶりを見せると、諦めたようにため息をついた。
「わかりました。あなたがそれでいいと言うのなら、私からは何も言いません」
「よく分からないけど、ありがとう」
というかミカって誰?
ナギサは誰とわたしを間違えたんだろう。
わたしは今日も幸せだ。友達に囲まれて、なんてことない日常が送れて。
だって幸せじゃなきゃ。
そうじゃなきゃ、何だっけ。
なんで幸せでないとだめなんだっけ。
……まあいいか。
今日もスイーツは美味しい。カフェに食べに行くのも大好き。
嘘、味とかよく分からない。美味しいって何だっけ。でも美味しいほうが幸せなはずだから、これは美味しいんだ。
「ひっ、う、げほっ、おぇっ」
食べ物を戻してしまうことも増えた。なんだか体重も落ちた気がする。……頑張って食べなくちゃ。
鏡の前にいるとなんだか落ち着く。
なんで鏡の中の自分の姿が、こんなにも愛おしく思えるのだろう。
夜はそもそも眠れないから、わたしは一晩中鏡を見ていた。もうずっと、ちゃんと眠れていない。慢性的な不眠の体はぼろぼろで、ちょっと動いただけですぐ倒れてしまうこともあるけど、だって何をしても眠れないのだから仕方がない。
眠ろうとすると悪夢を見る。
わたしの幸せな日常が、崩れて全部なくなってしまう夢。
不思議だな、わたしはこんなに幸せなのに。
「おはよう」
眠ってすらないのに朝の挨拶なんておかしいね。自分で自分に挨拶しているのもおかしいか。
だけどこの声が一番近いんだもん。
……誰に?
◇
ある日、スマホに見慣れない録音を見つけた。興味本位で、震える指で再生ボタンを押す。
「このメッセージをミカが聞いている頃には」
あ、オトの声だ。
オトはわたしでしょ?
ミカって誰?
私でしょ?
…………本当は全部分かっている。
私はオトから目を背けて逃げ続けているだけだって。いくら偽ったって、私はオトにはなれないんだって。枯れたと思った涙がまた溢れてきた。
「うぇ……けほ、げほっ…………」
最近咳に血が混ざり始めた。オトのSpe Noctisを手に取って、銃口を頭に向ける。でもやっぱりオトの銃を汚したくなくて、Quis ut Deusの銃口を口に突っ込んだ。
引き金に指をかける。
指は動かない。どれだけ力を込めても、銃弾が発射されることはない。
銃が手から滑り落ちて床にぶつかり、かつんと鳴った。
そうだ、私は生きなきゃいけないんだ。それがオトの望みだから。
鏡の中の、血に塗れた私がこちらを向く。
あぁ、オト、そこにいるんだね。
「愛してる」
────鏡のわたしにそっとキスをする。
◇
「最近ミカ様、さらに痩せられましたよね」
「なんだか目も血走っていて、正直見るに堪えませんわ」
「パテル分派ももう終わりかもしれませんわね」
「口を開けば意味のわからないことをぶつぶつと……」
「すぐふらついて倒れては悲鳴をあげて」
「まるで魔女」
「ねえオト?」
「どうしたのミカ?」
「……このメッセージ、どういうつもり」
「あ、消すの忘れてた……えーっと、それは……聞いたの?」
「全部聞いたよ」
「消してくれたりしない? 記憶からも」
「オト?」
「ごめんなさーい! 遺書のつもりだったんです!」
「オトのばかー!」