本編よりガールズラブ成分、ヤンデレ成分が強めなので苦手な方は逃げてください。(ミカへの)曇らせは前話より薄いと思います。
死ぬのは怖い。
それでもわたしはバルバラの懐に潜り込んで、起爆装置に指をかけた。
その瞬間、走馬灯のようにミカの顔が浮かんできて、わたしは一瞬躊躇った。だけどそのままスイッチを押して……。
そして、暗転。
◇
気がつくと、わたしは部屋の中にいた。窓から見える景色は真っ暗で、ミカが外に出ているわけでもないようだ。
どうやら失敗したらしい。わたしはベッドに横たわっていた。横にはミカが天使のような寝顔で眠っている。
とりあえず体を起こそうとして気がついた。わたしの手足には鎖が付けられていて、それらはベッドに繋がれていた。鎖の長さはギリギリベッドの上で座れるくらい。つまり、わたしはこのベッドから離れられないということだ。
「ミカ……?」
呼びかけると、「あ、起きたの?」と虚ろな目をしたミカが目覚めた。
「おはようオト、よく眠れた? このまま目覚めないんじゃないかって心配だったんだよ?」
「それは……ごめん」
「それは何に対しての謝罪?」
「ミカを心配させたこと、ミカを置いて死のうとしたこと、挙げ句の果てに失敗したこと」
「……うん、でも、もういいの」
ミカは光のない眼差しで心底愛おしげにわたしを見つめて、わたしの頬を両手で包んだ。
「オトは、ここでずーっと私と過ごして。あ、私はオトのこと一人ぼっちにしたりしないから安心してね」
「どうして……」
「オトが悪いんだよ? 私との約束を破って外に出たりするから。オトは弱いんだから、私がずーっと守っておかなきゃ。ここから出られなければオトが危ない目にあうこともないもんね?」
ミカがわたしに馬乗りになった。
「抵抗できるならしてみれば? 別に鎖を外したっていいんだよ? 私から逃げられるなら逃げてみればいい」
わたしの肩を掴みベッドに押し倒したミカがそう言った。ミカの髪がカーテンのようにさらりとわたしの顔の周りに垂れてきて、ミカの匂いに包まれる。鎖がじゃらりと鳴るのも構わず、垂れた髪をミカの耳にかけた。
「あのさ、ミカ……」
「どうしたの?」
「ミカもここでずっと一緒にいてくれるの?」
ミカはにっこりと笑って翼を振るわせ、「もちろんだよ」と答えた。
その言葉を聞いたとたん、思わずわたしも身震いして翼がぶわりと広がった。
「それならここでミカとずっと一緒にいる。わたしが逃げるか心配だったら、もっと鎖をつけてもらったって構わない。首輪でも付けてみる?」
「……いいの?」
「もちろん」
ミカがずっとここにいるなら、外の世界に傷つけられることもない。
……ああ、こんなに簡単に解決するなら最初からこうすればよかった。ミカをずっとここに閉じ込めて、わたしが見張っておけば。
「オト、大好きだよ」
「わたしも大好き」
ミカは歪んだ笑みを浮かべていた。
きっとわたしも同じような笑みを浮かべている。
────そのままわたしたちはぎゅっと抱きしめ合って、ベッドに沈んだ。
◇
オトが一瞬爆弾の起爆を躊躇した瞬間、ミカは思いっきり拳を振り抜いた。そのときは必死で、とにかくオトを部屋に戻すことに全力を注いでいた。
結果として、交代は叶った。
オトの代わりに爆発をもろに食らうことになったが後悔はしていない。例え肉体の強度は同じだとしても、ミカはオトより断然この肉体を扱うのがうまい。なるべくダメージを最小限に抑え切った自信はあった。
しかし気絶することは避けられず、意識を失ったままのオトのいる部屋にミカも戻された。
……二人とも生き残った。
ミカの心にまず浮かんだのは安堵だった。次いで恐怖。オトは今、間違いなく死にかけたのだ。目の前で。
オトを失うのは嫌だ。
オトに置いていかれるのは嫌だ。
オトとずっと一緒にいたい。
────たとえ、他の全てを捨ててでも。
そこからのミカの判断は早かった。
倒れているオトをベッドに寝かせ、鎖を出して繋ぐ。
扉の内鍵を閉めて、さらに南京錠やらつっかい棒やら縄やら接着剤やら、ありとあらゆるもので扉を施錠。
オトをここに閉じ込めれば、ずっと見張っていれば、もう死ぬなんてことはない。他の誰かに害されることもなければ、目に映ることすらないのだ。
例えオトがそれを望まなかったとしても、永遠にここで二人で過ごすこと。
きっとそれが、ミカの見つけた幸せの形だから。
◇
あの日以来、わたしはこの部屋でずっとミカにお世話されている。ミカはそういうタイプではないと思っていたが、ミカ本人は苦にしていないようなのできっと構わないのだろう。
「オト、今日の昼ごはんはオムライスだよ」
「待ってました、いただきます」
この部屋の中では、一度食べたことのある完成した料理を出すこともできるが、食材を出すこともできるので料理ができる。ミカはなんと、驚くことに三食毎日わたしに作ってくれている。
……最初の頃は、不慣れなせいか料理に失敗しては半泣きでわたしに助けを求めることもあったのだが、今はすっかり料理にも慣れて、美味しい食事を作れるようになっていた。
「ミカ、これすごいね」
「えへへ、そうでしょ? 頑張ったんだから」
オムライスには、デフォルメされたわたしとミカがケチャップで描かれていた。いや、これ本当にすごいな?
「はい、あーん」
一口一口、ミカに食べさせてもらう。
鎖の長さ的にも自分で食べることはできるのだが、ミカが食べさせたいというのでやってもらっている。
「うん、美味しい。ありがとう」
「よかったぁ」
食事が終わったら、二人でいろんなことをして過ごす。
その時々によって、わたしに繋がれる鎖の先はベッドだったりミカだったりする。一度リード付きの首輪を付けられたことはあったが、ミカはあまりお気に召さなかったようですぐに外された。ミカ曰く、あえて付けるならわたしには首輪よりチョーカーのほうが似合うそう。
本を読んだり絵を描いたり、楽器の練習をしたりたまに映画を見たり。協力プレイができるゲームをやることだってある。
わたしとミカは一度見たものならなんでも出せるので、この部屋への永住を決めた後は、知識が漏れることを恐れて出してこなかった前世関連グッズも解禁した。もはや監禁というより理想の引きこもり生活である。
夕飯を食べた後は、一緒にお風呂に入る。
その時はわたしの体から鎖は外され、その代わりに移動は全てミカにお姫様抱っこされて行うことになる。
そこまでしなくても逃げないんだけどね。まあミカがそれで安心するならそれで構わない。
髪、翼、体と全身丁寧にミカに丸洗いされる。
ミカに裸を見られることに対する羞恥心は元々ないけれど、やっぱり洗われるのはくすぐったいし気恥ずかしい。
「シャンプー流すから目を閉じててね〜」
「うん」
シャンプーやトリートメント、ボディソープの好みもわたしとミカでは違う。
ミカが甘めの香りを好むのに対して、わたしはシトラス系の香りが好きだ。
あとは髪の毛の艶やしっとり感も物によって全然違う。本当にそこは好みとしか言えない。
二人で向かい合って湯船に浸かる。このバスルームは昔わたしが作ったのだが、湯船はいわゆる一般家庭くらいのサイズ感だ。つまり、わたしたちくらいの体格で二人も入るとぎゅうぎゅうなのである。なんなら広いお風呂は他にあるのだが、ミカの要望でもっぱらこっちの狭いお風呂ばかり使っている。
「あー……極楽」
「オト、なんかちょっとおじさんくさいよ?」
「酷い。……わたしのことおじさんっていうなら……」
腕をわきわきさせながらミカににじりよる。
「え、なにするつも……ひゃんっ」
ミカの豊満に育った胸を揉む。柔らか……まさにマシュマロだ。自分にも同じモノが付いていることを棚に上げてそんなことを考える。
「うん、極上の揉み心地」
「……ええい、お返しだー☆」
仕返しとばかりにわたしの胸も揉まれる。まあ慣れているからミカが望むような大した反応は示せない。むっとした顔のミカにそのまま吸われて……吸われて? 思わずミカの胸から手を離す。
「ひっ、やぁっ、ミカ、ちょっと……なにして……やめてぇ……」
「らっへおほらへんへんはんろうひへふんらいんらほん(だってオトが全然反応してくんないんだもん)」
「んぅっ、そのまましゃべらないでよ……ひんっ」
満足げな表情のミカにしばらく吸われ続けた。やめてってばぁ……。
……なんかまだじんじんする……。
お風呂から上がってドライヤーで髪と翼を乾かしたあと、ミカはわたしの羽繕いをする。
まず羽根の一枚一枚を手でほぐして、並びをざっくり整える。それからブラッシングして、翼用オイルを塗り込んで、パウダーを振って終わり。
この時間がわたしは好きだった。昔から、お互いにこの部屋で羽繕いするのが習慣だったのだ。
当然わたしも前は翼なんて生えていなかったから、小さい頃は二人で試行錯誤した。オイルをミカがぶちまけてわたしの翼がべとべとになったこともあったなぁ。わたしがブラッシングに時間をかけすぎてミカがじっとしていられなくなり、動いた弾みで数本羽根が抜けてギャン泣きされたこともあったっけ。
ミカの柔らかな羽に指を通す。例え鎖があったとしても、慣れた動作は普通にできる。
……ミカが、抜け落ちた羽根をさらっと拾っていたとしても。
「うん、そろそろいいかな」
「何が?」
ミカの羽繕いが終わったとき、そんなことを言われたのでわたしも聞き返した。
「枕作ろうかなって」
「ん?」
「私とオトの羽根で枕作ろうかなって思って、貯めてたの!」
「……???」
ちょっと何言ってるか分からない。いや分かるんだけど。これが本当の羽毛枕、いや意味分かんないな……。
わたしとミカは同じ大きめの枕を二人で使っている。まさか。
そして宣言通りミカは業務用ゴミ袋いっぱいに貯められた羽根を持ってきて、枕の中身を出して入れ替え始めた。
「うわ、羽根ってこんなに貯まるんだ……」
さすがのわたしも久方ぶりのドン引きである。
「今日からはこの枕で一緒に寝ようね!」
えぇ……? わたし今日からミカの羽根はともかく自分の羽根が入った枕で寝なきゃだめなのか……。抜けた羽根って抜け毛みたいな感覚なんだけど……。
入れ替え終わった枕を手渡される。
あ、でもこの枕めっちゃ柔らかい……ミカの匂いがする……。
満足げな顔のミカの頭をとりあえず撫でておいた。
「じゃあ、そろそろ寝ようか」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
今日もミカと抱き合って眠る。
きっと朝はミカの腕に力が入りすぎて、苦しくなって起きるのだろう。
……ミカがこの選択をしてくれてよかった。
本当は、いつだってここから逃げ出せるのだ。一度見た物は作れる以上、鎖の鍵だってそれは同様。扉だって、この体なら開けられる。きっとミカだってそれには気づいている。
でもそれをしないのは、わたしにとってもこの状況は理想的だからだ。
ブルアカのことを完全に放棄したことを除けば、きっとこの体が朽ちるまで二人で何にも邪魔されずに幸せに暮らせる。
まあ、エデン条約編は大体終わったし聖園ミカがいなくてもなんとかなるさ。ミカの友人には悪いけれど、わたしだってミカは譲れない。
窓はずっと暗いままだから、外がどうなっているかは分からないけど。
「ミカぁ……、わたし、今すっごく幸せ」
「私も幸せ。オトがいれば、もう他になんにもいらないもん」
お姫様は塔の中で、一生幸せに暮らしましたとさ。
……さぁて、魔女はどっちなんだろうね?
◇
「ミカさん、今日も目覚めませんね……」
「先生から聞いたところ、ヘイローを破壊する爆弾の爆発をもろにくらったそうじゃないか。……正直なところ、ミカが本当に目覚めるのかも怪しいと思う」
「ですが! ……ですが、体が生きている以上、いつかは目覚めてくれると……私はそう信じています」
「そうか。……私だって、またミカに会って、ちゃんと話がしたいよ」
病院のベッドで点滴を繋がれ、眠り続ける少女の周りで、ナギサとセイアは祈っていた。
どうか、ミカが目覚めますように、と。
────その祈りは届かない。