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関ヶ原の戦いが東軍の勝利に終わったのと同時に、天下の名城と呼ばれた大坂城は戦わずしてその門を開き、豊臣政権による日の本支配は、当の豊臣家当主一族の失踪によって不気味な静寂と共に幕を閉じた。
後に徳川家康は余りの不気味さに大坂城を改築しようとしたが、物の頼りにしていた豊臣家の莫大な金銀は城のどこを探しても、びた一文たりとも残されていなかった。
家康は地団駄を踏んで悔しがり、渋々徳川家の蔵をあるだけ開き、日の本中から大工と人手を搔き集めた。この際、大坂は勿論北は津軽、南は薩摩に至るまで、方々からかき集めた人の出所が、なんとも聞いたことのない貿易商の元だと知った家康は御用商人として囲い込みを狙うも、まるでその展開迄見透かしていたように、その貿易商…生駒と名乗った商人は徳川家の蔵を丸々飲み干してから、日の本を離れてしまった。
十隻以上の南蛮船の艦隊を引き連れて遥か西方へと旅立って行った謎の商人生駒の足跡は暗として知れず、結局、挽回を狙っていた家康が泣きを見る結末となった。
…と、さて、ここまでが表のお話。
ここからは、生駒こと、駒を生かし茶を
天下人二人の蓄財を丸々呑み込んで消えた生駒は、秀吉を始末したその晩に帰ってきた男と共に東北へと引っ越し、夏は暑く冬は寒いこの地を拠点に、時に慎ましく時に華やかな生活に邁進していた。
出羽の国への先導を買って出た駒姫は男に強請って横抱きに抱かれつつ、馬に引かせた車に揺られて故郷への凱旋を無事に果たしたのだった。
故郷で待っていた両親との再会は涙なしには語れぬ、一種必然とも言うべき感動を伴った。しかし、見違える様に無邪気さの消えた娘を前に、実父最上義光は娘の身を案じ、何があったのかと尋ねた。ただの人としての親心に、温かい父からの言葉に、駒姫もまた娘として正直に事の次第を打ち明けたのだった。
駒姫の話を聞き届けた義光は、その全てを信じることこそできなかったが、娘の命が助かったと言う揺るがせにできぬ事実を見つめて、彼女を救い出して見せたと言う…天下随一の豪商生駒との謁見に望んだ。
「ふむ…なんと奇怪な、しかし…真に忝い、この礼は何なりと申されよ。この義光、もう二度と会えぬと思っておった娘を、よもや天下人から救い出されるとは…いや、真に、真に忝い。」
「ほほ…そう頭を下げるものでもありますまい…しかし、何なりと申されよとは、真でございますか?」
子どもの姿で現れた生駒は娘に瓜二つ。オマケに娘より老成している。ふむ。この奇怪な豪商が、金の力で解決したとは…なんだか夢物語の一場面に遭遇した様な心地の義光であった。
どこか呆けたような義光を他所に、生駒…こと利休はにっこりと笑みを浮かべて宣った。
「では、駒姫様の御用聞きをしとうございます。」
御用聞き?
「御用聞き、であるか?」
「えぇ、左様にございます。」
まさか心の声と音に出た声が同じだとは。義光はますます隙が大きくなった。しかし、それも仕方がないことなのだ。目の前には最愛の娘がちょこんと座っており、その横にはこれまた駒と全く同じ格好をした生駒がちょこんと座っておる。生駒だと分かるのは茶人が好むような帽子を頭に載せているからだ。二人が着込む墨と血を煮詰めた様な深く濃い色合いの着物に目がちかちかとして来た。
「まぁまぁ、駒は是非とも生駒殿に御用聞きになっていただきたいです!父上、ここは是非この駒の願いを聴いては下さいませんか?」
ここで遂に、追い打ちを掛けるように駒姫が口を開いた。
「むむ??駒が二人?」
「ほっほ…私は生駒でございます、義光様。」
「えぇ、そして私が駒でございます。娘のお顔をお忘れですか?父上?」
生駒の方を向いて首を傾げる義光。生駒の目くばせに素早く頷くや、駒姫はなんとも自然にしょげて見せた。その顔は父親に効く。ましてや一度、娘を失いかけた父親には効果てきめんであった。
「いや、うむ。大義である…そうだな、うん、そうしよう。駒の頼みじゃ、これも何か天命…なってくれるか、生駒屋?」
「えぇ、願っても無いとはこのこと。謹んで拝命いたします。」
満足げな娘の顔に、ただ素直にほっこりしてから義光が退出した。静まり返る中、小柄な二人にはただでさえ広すぎるのに、二人は敢えて顔を突き合わせて笑いあった。
「うふふ…これからよろしくお願いしますね?い・こ・ま・ど・の?」
「ふふ…どうぞ何なりとお申し付け下され。なんなりと…。」
ただ可愛らしい笑顔を浮かべる美少年と美少女の図。一枚絵として売り捌けば大した値が付くであろう、そんな瞬間だと言うのに寒気が止まらないのは何故なのか…その理由は待たずともすぐに分かるのである。
関ヶ原の大戦は徳川の勝利とのこと…まぁ、当然でございますね。なにせあれだけ御膳立てて差し上げたのです。大老が自分一人になった状況下で負けると言うのも…ふふ、それもそれで見物でございましたが…あら?
「うふふ…お可愛いらしい寝顔。ん…あら?起きてしまわれましたか?ふふ…まだ昼間でございます。何も急いで起きずとも、まだ、もう少しだけ駒と、おねんね…致しましょう?旦那様。」
あらあら、私の荒ぶる気が漏れてしまったのでしょうか?旦那様が午睡から目覚めてしまわれましたわ…あぁ、愛しい御方。寝顔も、寝起きでさえも、駒の心を乱して止まぬとは、なんと罪な御方なのでしょう。
…利休殿の帰りはまだ先の筈。確か、鰈の餡かけの為に遥々上方まで買い付けに行くと言っていたような…ふふ、この駒を前に隙を見せるとは、いえ、何も奪い合いではございませぬ。半分こ。半分こでございます。えぇ、わかっておりますよ。
「ただ…駒には利休殿にはどうしても出来ぬことがございます故…フフフフ…。」
「え?…ぁぁ、なんでも、なんでもでございますよ?えぇ、つい、旦那様のお顔に見惚れておりました…ほ、ホントです!」
…見惚れているのは何時ものことですけれど。
「起きてしまわれるのですか?…違う?では、どちらへ?」
あぁ…旦那様の温もりがぁぁ…駒に、今一度お慈悲を…。
「え!?膝枕…でございますか?」
な!?なんと!?
あの艶本でしか見たことの無い、アレでございますか!?
接吻より先にアレ!?
「そそそ…それは、その少し照れると申しますかぁ…え?り、利休殿は午睡の後いつもしてくれる、ですか…?」
や、やりますね利休殿。流石は女子の前で腸の話をし出すだけの御仁です。見縊っていた駒の落ち度ですね。
「すぅ…ふぅ…わかりました。では、この駒の全身全霊を尽くしまして、お相手!…願います。」
「あ…あぁ…み、視られておりますぅ…。」
ひゃぃぃぃ!?あの方のお顔を見下ろすだなんて、なんて恐れ多い…ハッ!?し、しかも、この姿勢…まるで数十年の苦楽を共にした夫婦にのみ許される、そんな甘く切ない時間の移ろいを味わう為の秘中の秘…なのでは?
「うぅ…駒はやはり、まだまだ未熟。早う、旦那様に少しでも相応しい女子になりとうございます…。」
胸もまだまだ…これでは利休殿とイイ勝負でございます…それに二人は駒よりも長いお付き合い…きっとお互いの隅々までご存じなのでしょうね。…少し悔しいことは認めましょう。しかし、これからでございます。
「そ、それは…確かにもう夫婦、というのは私と旦那様と利休殿の三人の中だけの秘密でございまして…実は父上様にも母上様にも旦那様のことは伝えておりません。」
「…申し訳ございません。その、伝えるつもりだったのですが。でも……え?今のままの方が好い、でございますか?」
「…そう、ですか。…よ、よかったぁ~。駒も、ずっと胸に留めておくのは苦しゅうございました。ですので、そのよかったぁ~でございます。」
藪蛇でございました。まさか、夫婦の話から父上様と母上様のお話に飛躍するとは…しかし、母上様なら或いは…父上様もこの駒の涙を以てすれば或いは…。
いえいえ、こんなのはよろしくありませんね。えぇ、駒は儚く清らかな乙女なのですから。
旦那様は私の膝に頭を乗せてしばらくの間は庭先の景色を眺めておりましたが、昼時になると起きられてしまいました。ほんの少し寂しくもありましたが、それはともかくお昼の支度をしなければなりません。昼ご飯は余程のことが無ければお外に食べに行ったりと、各々好きに振舞うのですが…今日はお生憎、我が家の献立担当である利休殿が外ならぬ夕餉の主菜の為に遠出しております。
ここは利休殿より影殿へと続く道…略して影道の初歩を先日免許皆伝と相成りましたこの駒が、旦那様の為にとびきりの昼餉をご用意いたしましょう。
「ささ、旦那様はそこでお待ちになっていて下さい。駒が一人でも出来るところを御見せ致しまする!」
私は早速厨房に向かいました。なぁに、大名家の娘と言えども私はかの利休殿から免許皆伝を賜ったツワモノ。昼餉二人前など容易いことです。
私は利休殿よりお借りした習本通りに手順を熟してゆきます。
「ふむふむ…薪を割り、飯を炊く…。」
ぐッ!?思いの外、難題が最初から…。
こ、こんなところで躓いていてはなりません!おして参る!
「さぁ!まずは薪を割るところからでございますッ!」
…ところで、その薪を割るとはどのような…。
続ッ!!!
我は神に仇なす者也。
我は霊長史より英霊を奪いし者也。
我こそは天を堕とし、魂と肉体を救済する者也。