史徒奪名録   作:ヤン・デ・レェ

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19「一期一会」生駒茶仙7

瓜二つの顔。まったく同じ背格好。違うのは性別だけという…双子に見られても違和感のない利休と駒姫は、二人並んで風呂に入っていた。竹林に囲まれた庵の庭先にある風呂には近くの源泉から利休愛用の万能茶壷によって運び出された「いい湯」が使われていた。

 

死ぬも生きるも恣となった肉体は恐ろしく便利なものだった。垢すりの必要もなければ梳る必要もない。だからと言って、身を清めることを止める程、二人とも女を捨ててはいなかったが。

 

ともかく、何とも贅沢な湯浴みをしていた。檜から削り出した木材を組んで作った浴槽は大人の男一人分に丁度いい大きさであるから、少年少女の二人が並んで風呂縁に顎を乗せていても何ら苦はなかった。寧ろしっくりとおさまりの好い感じまであった。

 

 

 

 

「なるほどつまりこういうことですかな?駒姫様は昼餉の用意の為にと米を炊くべく、先ずは薪を割ろうとした。しかし、薪が何かは辛うじて理解できたものの、斧が何なのかわからなかったと…。」

 

「分からないからといって言い出してしまった以上は薪を割り、火を起こさねば。そう思い駒姫様は、これまたなんとも剛毅なことですが、琵琶の弦にて薪を切り出し、そのまま米を炊いてしまわれたと…。」

 

「そしてそして、米を炊いたところで陽が沈み、結局、私の帰りを待たずに味噌をのっけて食ったと…ほほ、これはこれは。」

 

「よもやここまでの箱入りとは、この利休ともあろうものが御見逸れいたしました。して…影殿は何処に?」

 

「やや?もう寝てしまわれた…まぁまぁなんと、ご飯しかないからと御櫃一杯食べてしまわれ、さっさとお一人で寝てしまわれたとは…ならば仕方がありませんな。この鰈は明日の朝餉に致しましょう。駒姫様には嫁入り修業以前に、民草の生活の知恵などを中心に教授し直すこととします。今思えば、火が予め焚いてある竈で炊いた時は、危なっかしくて米を研いで貰っただけでしたな。」

 

 

 

 

 

駒姫が湯に当てられてか、それとも羞恥に負けてか真っ赤になるまで。ひとしきりチクチクと姫可愛がりを楽しんでから、利休は本題に移った。

 

 

「駒姫様の茶目ッ気話はここまでとして…御用聞きの方、しかと済ませて参りました。」

 

「して…豊臣の方々にはご退場いただけたのですか?」

 

「はい、抵抗した者も無抵抗の者もまとめて簀巻きに巻き、その上で南蛮商船団に積んでおきました。今頃は泳いでも日の本に着く前に溺れ死ぬ程度には遠くに出た頃でしょう。」

 

「なら、いいのです。私も、利休殿も何も根絶やしにしたいわけではないのですから。」

 

「えぇ、御尤も。根絶やしにするより、忠実な貿易商人として南蛮の品と情報を持ち帰らせるほうがよほど金子に換わりまする。徳川の狸からも搾ってやりましたが、時間が経てば癒える程度。しかしお陰で、長く細く金子を手繰る糸を日の本中に張り巡らせつつ、悠々自適な生活を謳歌できるぐらいにはなりましたな。」

 

「全て利休殿の差配のおかげです…父上も大変驚かれたご様子でした。心労が祟ることも無くなり、すっかり穏やかになられて…娘として素直に嬉しく思います。ですが…一つだけ疑問が、どうやって、運び出されたのですか?」

 

「何のことでしょうか?心当たりが余りにも多く…あぁ、いえ、答えずとも。かの遺産ですな?ふふふ…なぁに、容易いこと。茶壷茶壷にございます。いや、まさかこれほど入ってしまうとは。私もどこまで入るか試すつもりでしたが、いやいや全て入ってしまうとは。まっこと、影殿の御力のすさまじさには言葉を失いますな…影殿はご自分ではなんとも仰りませんが…。利休、驚愕でございます。」

 

「しかし、そんなに金子を集めて利休殿は何を成さるおつもりなのですか?私など、今の生活にドップリ浸かりきっております。満ち足りるとはこのこと、と日々噛みしめるばかり。…新婚だから、なのでしょうか?」

 

「新婚…如何は関係ありますまい。駒姫様はただ今を生きられるのがよいのです。私とて、何も今に不満を覚えている訳ではないのです。寧ろ若かりし頃に舞い戻ったような、そんな身軽さまで感じております。」

 

「最早この天下に恐れる者はなく、我が身を茶聖と知る者もなく。今ならば、否、今こそ道を究める絶好の機会でしょう。一期一会の神髄を探求すべく、文字通り日の本をぐるり一周してみるのも楽しそうですな。とここまで色々と申しましたが…実は私もこの金子の使い道がまだはっきり決まっておらぬのです。専ら使い道と言えば…パーッと使ってしまうがよいか…使うなら、折角だから日の本の外を見に行ってみるか…などと、拙いことに胸を膨らませております。」

 

「利休殿…利休殿は、どこかへ行ってしまわれるのですか?駒や旦那様を置いて行かれるのですか?」

 

「いえいえ、滅相もない。私にとってお二方は一心同体。我ら三人は運命を束ねたような関係だと思っていますよ。そして、そうであるならば離れることはもう考えられぬのです。私も駒姫様も…いえ、貴方様だからこそ、一度無惨に失いかけた幸福を手放すことがどれだけ悍ましいことか、ご理解いただけるでしょう?」

 

「…利休殿でも、怖いですか?」

 

「えぇ、ずっと怖い…そういう、ものなのです。今のこの、細くしなやかな肉体。女子の様な容姿、軟らかい鈴のような声。このどれもが、影殿にいただいたもの。この命も。いえ、この命こそ…あぁ、これは夢、夢、夢と…そう悩み幾夜を越えたことか。」

 

「わかります…いえ、まったく同じではないかもしれません。でも、わかります。私も分かって欲しいから、尚更そう思うのです。私は、利休殿と旦那様とが共に過ごした時間にはこれから先も、どうあっても敵いません。そのことが寂しく思えるのも事実。しかし、嫉妬や寂しさより、それ以上に命と心を救って貰ったこと、愛情を注いでもらったんだって信じられる実感を…絶望と諦観から掬い上げられ、大きすぎる快楽と安堵を注がれる感覚を、共に経験したが故に、同じように感じて理解してくれる貴女の存在が、この上なく有難く思えるのです。」

 

「夢ならこのまま覚めないで欲しい。でも、例え夢でもいい。そう思えてしまうくらい、私も利休殿もあの方に深く暗いところで、この身と心を支えていただいているのですね。こうして話している相手が、かの千利休殿だという事実にすら、ほんの少し前の私ならば信じられなかったでしょう。」

 

「…遥かに幼いと思っていたのは、とんだ勘違いでしたな。…利休、赤面。」

 

「あらあら、逆上せてしまわれましたか?」

 

「いえいえ、年寄りは長風呂ですから。これしき、全然。…しかし、そうですか。その様に思われていたとは…嬉しいような照れくさいような気がします。案外、悪い気はしませんな。」

 

 

 

風呂を上がった利休と駒姫は、身体から立ち昇る湯気を引き連れて閨に入ると、一足先に大の字を書いて眠る男の両脇にそれぞれ陣取り、母猫の乳に吸い付く子猫のように密着した。目を瞑り、しばらくすると寝息が聞こえて来る。明日の朝ごはんの主菜は昨日食べることのできなかった鰈の餡かけの予定。きっと影の男は喜ぶことだろう。そして、これはまた別の話なのだが駒姫の肉体がゆっくりと、実にゆっくりと成熟していることに三人が気づき、またひと悶着起きるには、ここから更に二百五十年余りの時間がかかるのだが…この話はまた別の機会にするとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




我は神に仇なす者也。
我は霊長史より英霊を奪いし者也。
我こそは天を堕とし、魂と肉体を救済する者也。
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