史徒奪名録   作:ヤン・デ・レェ

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26「史徒奪名」元人類最後のマスター2

気がつけば数年が経っていた。数年の間に、私は未来への希望というモノが何なのか、今度こそ理解できなくなっていた。この世界は何なのだろう。私は何を守ったのだろう。私が何をするまでも無く、戦争が始まった。私が生きている間に戦争なんて、それこそ小さな小さな紛争くらいしか起こらないと思ってた。どこまでも他人事のまま、もしかしたら何の苦労もなくこの平凡な日常の繰り返しの中で、生きて、死んでいくんだって、そう思ってた。だってそうでしょう?私はもう、十二分に戦ったはず。誰かの為に、この世界の為に戦ったはず。身を心を捧げて戦った。何かを変える為に、運命を変える為に戦った。でも、なんでだろう、ただただ無力だよ。今だってさ、画面の向こうで人が死んでいく。誰かが立ち上がらなければ、誰かが動かなければ、そこら中からそんな声が聞こえて来る。誰もが同じことを繰り返す。でも、本当に動ける人なんて、変えることのできる人なんてのはほんの一握りなんだ。私も、変える側の人間だった。そうだったんだ。でも、今はどうだろう。あの世界を変えたって事実が、人理を救ったって自負が、今はなによりも重く苦しいよ。私は大した人間じゃないんだ。別に何かの天才という訳でもない。カリスマがあるわけでもない。人一倍の勇気があるわけでもない。わけでもない、そんなことは理解してる。人に言われなくたって理解してるよ。ううん、理解してるつもりだったんだ。でも、今こうして画面の向こうで死んでいく、名も無い人のことを考えると、私は…私には何も出来ない。何も、出来なかった。私が何者でもないなんてことは、今思えば、失敗への恐怖と周囲からのプレッシャーから身を守るための予防線だった。そうじゃないかもしれないよ。でも、今の私にはそうとしか考えられなくなってる。あぁ、どうすればいいの?どうすればこの世界を救えるの?自分が生きている世界を救うことが出来るの?私には、分からない。行動すればいいって、そう思ってもなにからすればいいのか分からない。足が竦む。軽んじられることが恐ろしい。私が動いて、戦って、結局何も遺せなかったらどうしよう?今度こそ、私には何も遺らないじゃん。何もしない様に、極力失敗しない様に、そうやって、そうやって、過去の自分に縋りついてる。守ろうとしてる。思い出だけは、自分のことを守りたいって思うのはおかしいのかな。弱さなのかな。弱さなんだろうね。わかってるよ。きっと、私じゃなくても誰だってわかってる。だからわざわざ言わないで、言い直さないで、痛いくらいに理解してる。でも、悩まずにはいられない。思わずにはいられないんだよ。もしも私に力があれば、あの時みたいに、私がまだ人類最後のマスターと呼ばれていたときならッ…て、そう思うんだ。きっと変えられただろうね。マシュが居て、アルトリアが居て、皆が居て…支えられて、って違うか…頼りきりになっても、私が決めたことだからって理由で一緒に戦ってくれただろうなぁ。戦ってくれたらいいなぁ。…でも、もう無理なんだ。知らなかったことを知ってしまったから。私は、今とても怖いんだ。このまま何も無ければいい。きっと、それこそ幸せだよ。でも、何時か誰かが現れて、私の代わりに世界を救って、その時きっと世界中の人はその人に感謝するんだ。私のことを誰も覚えていないのに。誰も褒めてはくれないのに。私の苦労を知らないのに。その人のことだけをまるで神様か何かみたいに崇め奉るんだろうなって、そうなってしまったら私はどんな顔をすればいいんだろう。私はきっと少しおかしくなってるんだ。でも、おかしなことは言ってないはず。誰だって思うんじゃないかな。私は偽物なのかな?私が経験してきた全ては嘘なのかな?間違いなのかな?出しゃばってしまったのかな…そんなこと、無いよね。無いって言ってよ。そう言ってよッ!誰か、言ってよ。間違ってないって、確かに守り抜いたんだって…でも、誰も言ってくれない。誰にも理解してもらえない。この胸の苦しさも、寂しさも、何も残らない虚しさも。ダメなのかな?願っちゃダメだったのかな?あぁ、でもなんで、ならどうして戦争なんか始まるのさ!皆仲良くすればいいのに、最後は大団円じゃないの?ふふ…それは流石にあり得ないか、結局どこまでいっても現実なの?何処まで行っても、こんなに理不尽で赦されるの?通用するんだ。これで好いんだ。どれだけ苦しんでも、悲しんでも、傷ついても、それでもこのままのルールで進んでいくんだね。誰が救われるのさッ!何のために人理を、守ったの?別に、ただそんな顔も見えない、何かのルールを守るために戦った訳じゃないよ。そうだって、そうだった。そう思って、そう考えて、ずっと悩んで前に進んできたんだよ。なのに、なんでだよ。なんで変わらないんだよ。このまま進んでいくのかよ、ただ時間が過ぎていくのかよ。救われるもなにも、許されない奴らだけが、許されるべきじゃない奴だけが安泰じゃないか。私はただ、見守るしか出来ないじゃん。戦場に行って何を変えられるの?私に?魔術も何も無いんだよ?わたし、私は…私はッ…無力だ…。ただ、見ているだけ。世界を救って、人理を守り抜いて、それで?それで?どうしたの?その、守った世界はどうなったの?何も変わらないどころか、ただただ死んでくばっかりじゃん!希望が無ければ未来とは呼べない。ねぇ、希望をどうすれば見れるの?よくわかんないクソどうでもいい理由で人が殺されて、殺し合って、ご飯も食べられない人がいて、水も飲めない人がいて、独裁者だけが豊かに暮らして他は皆いつ死ぬかもわからない生活を強いられて、偉い奴だけは、金がある奴だけは、力がある奴だけは希望を見れるの?毎日楽しいだろうね。したいことができる。将来の心配なんて無くて、飢える心配がないから貧しい人の気持ち何か分からない、片や民主主義だか知らないけど代議士は貴族化して世襲して、片やプロパガンダで貶し合って何処までも腐ってて汚いくせに清潔ぶって正義ぶって…奴らが、奴らばかりが、奴らばかりがベッドの上で死ぬんだろ?奴らはベッドの上で死ぬ。誰よりも多くの人の人生を弄んで、生活を滅茶苦茶にして、何もかも台無しにして、台無しにしたって言うのに自分だけは丁寧に世話を焼かれて、良いものを食べて死ぬまで安全な場所で、ベッドの上で死ぬんだろ?なんだよそれ、どうしてそうなるのさ。何をどうすれば、何を間違えればそうなるんだよッ!クソッ!クソッ!クソっぉおおおぉォォォッ!!どいつもこいつもッ!奴らはベッドの上で死ぬんだ。信念も誠実さの欠片もない奴らに限ってッ!どれだけ多くの人の人生と生活を狂わせても、自分だけは辞めればそこでバイバイなの?全部残った人に押し付ければいいの?それで、自分だけは持ってる財産で安泰に暮らすんでしょ?幸せに、豊かに。天下ったりさ、好き勝手しやがって。滅茶苦茶じゃないか。何が、正義だ。私が正義だと、思ってたことは間違ってたの?ううん、間違ってない。ただ、間違ってたのはこの世界の方だった。誰かの為に、人理の名の下に、希望ある未来に生きる人類の為に、そのためにこの身を心を捧げたんだ。時間も何もかも。私の人生だって。思い出だって。だのに、なのにッ!!全てが、私を責めるッ!私の選んだこの世界の、世界の犠牲者が、機能しない正義を容認するこの世界を選び取った私を、人理の犠牲者が、彼らの全てが私を責めるッ!あぁ、働いても働いても評価されないのは私が初めから無能だった所為なのかな?セクハラもパワハラも、全部全部私のこれまでの行いが悪かったのかな?私が、人理を守り抜いたから、皆を殺して踏み越えて、この世界を選んだ当然の報いなのかな?ねぇ、ねぇ、誰か応えてよ。どこが、だよ。誰が言い出したんだよ。誰が補償してくれるんだよ。誰が救ってくれるんだよッ!どこが、どこが、ちがうんだよ。どこが、わたしが殺したあの子たちが暮らす世界と、この世界のどこが違うんだよ。何が悪かったの?こっちの独裁者と何が違うの?あの子達が、こっちの無責任な大人よりも、無責任な権力者よりも、ずっとずっと、何倍も何倍も悪かったとでもいうの?どこが、ちがうんだよ。異聞帯と、どっちが正常なんだよ。狂ってるだろ?狂ってるんだよッ!!あぁ、昨日も何度も何度も頭を下げたんだ。下げても下げても罵られるし、皮肉を言われるし…ミスをしたことだって理解してる。でもあんなになじらなくたって。間違ったことだって理解してるよ、でもあんなに怒らなくたって。優しく教えてくれたらきっともっと上達できるのに。要領が悪いことくらい自分で理解してる。初めから全部わかってる人なんて誰も居ないのに。言い方ひとつで変わるのに。あぁ、こんがらがってきた。どっちが現実なの?明日も仕事に行かなきゃ、ふふ…人類最後のマスターかぁ、どうしちゃったんだろうね。私、おかしいのかな。夢、だったのかな。でも、身体に傷は遺ってるのに。今でも思い出せば、辛かったこと、何度でも涙が出て来るのに。あぁ、だめ、泣いちゃうよ。ふぐ…ぐすッ…ふぇえぇ…ひぐッ…うぅ、なんで、なんでこんなコトに、なっちゃったんだろう?あぁ、どうして、皆どこに行ったんだよー。マシュー、私はここにいるよー。また、守ってよー。そばに、隣に居てよぉ…。全部全部どうかしてる。ダメになっちゃうよ。このまま、私、今度こそ…もう、どうすればいいの?あぁ、本当に、なんで?ふふ…増税は悪政の手本だって誰かが言ってたっけ…特権階級化したら、あぁ、カエサルが言ってたなぁ~、パトリキとプレブスの抗争で内乱があったって…秦だっけ?漢だっけ?は塩と鉄の専売だっけ?…国が崩れる音なんて、聞こえないんだよ。袁崇煥みたいに、有能な人から消えて行くのかな?良玉ちゃんは、元気かな?あぁ、でも彼女だって結局最後まで抗ったけど結末は変えられなかったんだよねぇ…燕青だって、あの時代は宋かな?ふふ、汚職祭りだね……あ、そういえばモレ―も言ってたね、えぇっと、そうだそうだ、裕福過ぎて冤罪で焼かれちゃったんだ…酷いね、王様も教皇も、どっちも俗物だし、どっちかっていうと賊だし。…ベッドの上で死ぬんだろ?お前も、オマエも、どいつもこいつも…好き勝手してさ、もう、こんなことになるならさ、あの時に綺麗に死んじゃうのもありだったかもって、思う時があるんだよ。多分、皆心配してくれた。泣いてくれたかも。どうして、こんなに寂しいの?悲しいの?惨めだよ。あぁ、惨めだ。誰も居ない。誰も居ないんだ。ここには誰も居ないんだ。どこにも逃げ場なんてないじゃないか…。誰か、助けて…。私を助けて。助けに来て。もう、嫌だ。ごめんなさい。もう何が間違いなのかも分からないよ。どうして、誰も、いいや、きっと誰かはどこかで戦ってるんだ、でも、どうして世界は変わらないの?今すぐ、罰を与えてよ。奴らに罰をさ。ダメなら、私にもう一度。今度こそ変えて見せるからぁ…あ、ぁ…ダメ、か。ダメだね。出来っこしないや、もう。私には何も降りかからないままだよ。まだ、ね。でも、何も降りかからないけど、何も変えることもできない。ただ生きるので精いっぱいで。毎日を暮らすので精いっぱいで。カルデアに居た頃は知らなかったなぁ。ご飯は食堂に行けばいつでも温かいものを作って貰えたし。どれも美味しかった。寂しくも無かった。仲良くなるまで大変だったけど、それでも一緒に居る内に誰とだって話せるようになって、あぁ、でも、私、どんどん忘れていくのかも。変わって行くのかな…もう、変わってるのかな?私、もうあの時の皆に顔向けできないや。でも、どうすれば戻れるのか、あの頃に戻れるのか分からない。もう何も分からない。ただ苦しいよ。悲しいよ。切ないよ、辛いよ。どうしようもなく、悔しくて腹が立って、それでも何も出来なくて…あぁ、ねぇ、私、辛いよ、虚しくてさ。私は…英雄だったのかな?英雄に成れたのかな?…いいや、どっちだって。今はもう違うんだって、それだけは分かるから。あ、あぁ、でも、どうか死ぬときは、私の霊基だけは…このままでいて。お願い、このまま死なせて下さい。このまま、まだ英雄だった頃のまま。このまま死んだら、皆に会えるのかな?また、会えるのかな?あぁ、どうか、これ以上私を殺さないで。静かに殺されていく私を見捨てないで。もう、どこにも、あぁ、お願いします、誰でもいいんです。どうか、どうか私を救ってください。ただ救ってください。まだ、恐れを知らなかったあの頃を、マスターと呼んでくれた、皆が呼んでくれた私を、次逢う時に必要なんです、だからどうか、繋ぎとめて。継ぎ接ぎでもいい、あぁ、もう二度と、二度目はイヤだ。出会った人を消し去ってしまうことも、もう二度と…耐えられない。どうか、この手に救いを。こんなのあん、まりだ…救われたい。あぁ、どうか私の願いを聴いて…。今度こそ、もう間違わないから。手放さないから。大義も、正義も…人理も、何もかも…もういいんです。こうなってしまうんだって、もう知ってしまったから。この世界に未練はないから。いうあえああああいおおおえ…?あぁ、そうです、いうあえああああいおおおえ…いうあ、いうあえ、ああああい、あああおおおえ…し、うあ、で、ああ、たかい、おおろ、へ…あ、あ、たのもおえ…しずか、え、あたた、あい…あ、あな、たの、元へ…静かで、温かい、あなた、の元へ…静かで温かい貴方の元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は「アルターエゴを」司る者。「人理を」見限る者。「敗者の苦痛を」贖う者。「名も無き無数の虐げられし者と」共に歩む者。何れ消え去る、過去に留まる者。無念の極み。憂愁の翳り。訪れぬ明日に、耳を立てる者。見限られた祈りを聞き届ける者。絶望と足掻きを掬い上げる者。討たれた君を抱きしめる者。共に傷つき眠る者。共に苦しみ憂う者。左様なら歴史。左様なら記録。二度と私の前に現れてくれるな。二度と私から君を奪ってくれるな。私にも、君にも、刻の死骸は微笑まない。神は死んだ。とうの昔に。歴史は死んだ。君と共に。英雄は死んだ。君がそうだったように。

 

 

 

我は神に仇なす者也。我は霊長史より「君」を奪いし者也。我こそは天を堕とし、「君の」魂と肉体を救済する者也。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第一部 完



ここまで書けたので、少しだけあとがきを。

短期間でしたが、第一部を読んでいただきありがとうございました。最終話のつもりで書いた今話でしたが、終わらずに次話から第二部に移行します。内容は変わりません。新しい英霊も出しますし、既出の英霊とぐだ子に関しても深堀します。書き方も書きたいことも変わりません。私の二次創作の中でだけは、あらゆる苦痛を拒絶します。理不尽も不義も、平穏を邪魔する者を全て浄化してきたつもりです。これからもそのつもりです。陳腐でもなんでもいいので、読みにくいとは思いますが少しでも癒しを感じていただけたのなら、それがカタルシスであれなんであれ好いなと思います。理不尽が罷り通る世界への怒りと、彼らへの愛着がこの物語の原動力なのです。重ねて、願わくば私の拙い言葉が、彼らの救済業が、少しでも読者の皆様の心の安寧と治癒に貢献できますように。まだまだ暑い日が続きます。熱中症や脱水にはくれぐれもお気をつけて。ではまた。もんなみはー!
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