史徒奪名録   作:ヤン・デ・レェ

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07「月下自刎」匕首按ずる刺客3

偉大なる天子様におかれましてはご機嫌麗しゅう。先日頂きました沢山の御文、すべて読ませていただきました。このような形で返信を送ります事を何卒お許しください。

 

恋文への返信の前に一つ、無礼を承知で懇願いたします。秦王嬴政様には是非とも、そちらに出向く使者を生かして返していただきたいのです。特別に何かもてなしてくれだとか、そんな大それたことは申しません。眼を懸けていただかなくても結構です。

 

ただ、その身に一つの傷も残さずに私の躰の元迄、帰してくださいますようお願い申し上げます。

 

燕よりの使者として出向くその者の名前は荊軻と言い、私の半身のような存在であります。我々はお互いに刎頸の契りを結んで永く、その始まりはかの者が立志するより遥か昔まで遡ることができる程です。

 

かの者は何か莫大な功績があるわけでもなく、何かに掛けて抜群の才を用いて天下に対して号令をかける様な野心もございません。ただ、誰にも劣ることの無い志の高さと、そこからくる何かを成し遂げようとする強い意志の力を持つ者です。

 

私はかの者のそう言った所を好ましく思っております。しかしその純朴な心根故に、かの者は燕国の太子丹より頼られるがままに陛下のお命を脅かさんと計画し、その実行までを迷いなく遂げる心積もりでいるのです。

 

今や漢中の覇者となり、中華への号令をも目前とする陛下と滅亡に瀕する一国家の太子ではその格が天と地ほど違います。過去の関係を持ち出して陛下の振る舞いを貶めるのみならず、剰え自身の激情のまま国家の行く末を左右しかねない軽挙妄動に身を委ねた太子丹の所業は正に、王族としても政治家としても、その慎重かつ公正であるべき意識を著しく欠いたものです。

 

今現在、かの者は燕国に身を寄せている身であり、また周囲の情により事を急くような行動によって暗殺の役を担わざるを得ない状況に追い込まれており、太子丹が軽々しくその頭を下げたがゆえに断ることは勿論、逃げ道すらありません。

 

私はかの者の覚悟を軽んじるに忍びなく、またどれだけ諫めてもその純粋さ故にハリボテの義に酔い、その建前ばかりの言葉に酔い、私の言葉を終ぞ耳に聞き入れてくれませんでした。

 

燕国を出て何処か別の国に身を寄せることも難しく、もはやこのような手段しかないと考え、陛下への手土産を、大変恐れ多いことではありますが、すり替えさせていただきました。

 

重ねてお願い申し上げます。どうか、私の荊軻を無事に私の躰の元迄送り届けて下さいますよう。帰して下さいますよう、伏してお願い申し上げます。たかだか無名の旅人が何宣った所で、この無礼を雪ぐことなど出来ないことは承知しております。

 

おりますれば、この首、天子様に差し上げます。

 

かの者より取り上げた匕首で自刎して果てた上で、於期の首の代わりに私の首を納めました。幸運なことに繋がりに恵まれて、よく術を扱う釣り師を存じておりましたので、その術師に頼み此度の土産物をすり替えていただきました。

 

侠客として覚悟を決めたかの者が、匕首がないことに気づいた上で尚陛下に向かうことはないとは思いますが、ご用心なさってください。

 

 

 

 

今宵は誠に月が澄んでおります。

 

ではこれにて。

 

 

 

 

 

 

 




我は神に仇なす者也。
我は霊長史より英霊を奪いし者也。
我こそは天を堕とし、魂と肉体を救済する者也。
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