第0話 それぞれの進路
「本当に聖ジャスミン学園に進学するのか?」
名門あかつき大附属中学のグラウンド。
そこで二人の少年が向かい合う。
「何だよ、呼び出されて来てみればそんなことか」
「いいから答えろ!
なぜ聖ジャスミンなんだ?
キミ程の選手ならどの強豪校にだって行けるはずだ!」
「いつの話をしてるんだよ?
今の俺は投手として欠陥品だ。
それに聖ジャスミンなら学科ごとに専門的な知識を学べる。
就職や進学にも有利だしな」
「野球はどうするんだ!
最近まで女子校だったようなところでは、力を伸ばすどころか維持することも難しいぞ!」
「野球は、まぁそれなりに」
俺を質問責めにしているのは、
同世代でナンバーワンの投手。
中学生で左腕から平均130㎞/hの速球、打者の手元で鋭く曲がるスライダー、綺麗な弧を描くカーブを正確なコントロールでコースに決める。
さらにスタミナ抜群であいつが試合中に息を切らしているのを中学3年間で見たことが無い。
守備も上手く、足も速く、バットを持てば誰よりも打球を遠くに飛ばす。
正直チームメートがやる気を無くすくらいの天才だ。
こいつのライバルになる奴は大変だな。
まぁ俺みたいな凡才には縁のない話だが。
「ふざけるな!
キミの野球センスは本物だ。
打者として、野手としてでも必ず成功する。
だから僕と一緒にあかつき高に進むべきだ‼︎」
「そのために必要な推薦を勝ち取れなかったんだ、単純にその資格が無いってことだよ」
名門あかつき大附属中では部員の中でも能力に優れた者に推薦が与えられる。
そしてその推薦を持つ者だけが高校に進んでも野球部員となることができる。
推薦を得られなかった者はそのまま高校に上がっても野球部員となることはできない。
「高等部の監督だってお前の本当の実力は知っているはずだ!
特例ということも十分あり得る!
ボクから話せばきっと……」
猪狩と呼ばれた少年は必死にもう一人の少年を説得する。
かつて自分と共に左右のエースと呼ばれた唯一無二の『ライバル』を、遠く離れた、しかも設備も環境も整ってないようなところに行かせて才能を無駄にさせるわけにはいかない。
「ありがとう、猪狩。
でも、もういいんだ」
「
瀬尾と呼ばれた少年は、猪狩に背を向け歩きだす。
その名の通り光り輝く才能と、類稀なリーダーシップでチームを勝利に導く、誰もが将来を期待する好投手。
……そうであったはずの少年は小さい声で、自分に言い聞かせるように、わずかに残った野球への情熱を消し去ろうとするかのように呟く。
「野球は……もうやらないから」
☆
そうして立ち去る友人を見送った後、猪狩は1人つぶやく。
「でも……それでもボクは信じてる。
キミが自分自身をどう思おうとも。
そして……新たな道に進もうと、キミは必ず」
ボクの前に戻ってくる……と。