8月中旬。甲子園大会ではベスト4が出揃い、世間の野球熱は最高潮に達している。
そんなある日。
「女子選手の公式戦出場の認可を求める署名にご協力お願いします!」
「お願いするでやんす!」
学校近くの駅前。俺たちはそこで署名活動をしていた。たくさんのビラを抱え、道を行き交う人々に呼びかける。
サラリーマン風の男性は俺たちに見向きもせず、足早に目の前を通り過ぎる。中年の女性に声をかけると、冷ややかな視線だけを返し立ち去ってしまった。
その次に学生と思われる男性のグループにビラを差し出す。受け取ってくれたはいいが、読みもせず2つに折り曲げてしまった。おそらく俺たちが見えなくなったら、すぐにゴミ箱に捨てる気だろう。こうしてたくさんの人に煙たがられ、たまに受け取ってもらえてもそれで何かが変わるわけではない。だからといって、俺たちと関わりのある身近な人たちだけに頼っているわけにはいかない。
性別も年齢も、職業も関係ない。ただ、本当に心から俺たちに力を貸そうと思ってくれる人たちが集まらなければ大きなムーブメントなんて起こせないんだ。それがわかっているから俺と矢部君は署名活動を続けている。直接、俺たちの思いを伝えるために。
☆
「そろそろ帰ろうか」
もう辺りは暗くなっている。
それに、丸1日頑張っても何の成果もなく精神的にきつくなってきた。さすがの矢部君も口数が減り、疲れの色を隠せない。
「世間は冷たいでやんす! 少しぐらい話を聞いてくれる人がいたっていいはずでやんす!」
そう愚痴をこぼしながら、片付けを始める矢部君。
確かに、そう言いたい気持ちもわかる。
署名活動を始めて感じたことは、みんな俺たちに『無関心』だということだ。俺たちに賛同してくれる人はもちろん、反対する人だって関心を持ってくれて、それに対して何かしらの考えを持ってくれているということに限れば同じようなものだ。話し合い、意見交換をすれば互いを理解できるかもしれない。
でも相手が『無関心』だったら?
俺たちにどれだけ熱意があっても、一生懸命だったとしても。自分たちとは関係のないところで、知らないやつが勝手に何かやってるなー、ぐらいの感情しか抱かれないだろう。止めはしないけど、やめさせはしないけど。自分たちを巻き込まないでくれ。そう思われているのだ。
……こんなことではだめだ。理解してもらうという事ではなく、俺たちの意見が正しい、そうあるべきだと思ってもらえるような。そんな大きなきっかけが必要だ。
でもどうすれば……。
「ああっ! でやんす!」という矢部君の声で俺の思考は途切れる。どうしたのかと声のする方を向くと、矢部君が持っていたビラが風にあおられ、盛大にまき散らされていた。俺も急いで駆け寄りビラを集める。
そうしていると、見知らぬ女の子2人が彼女たちのほうに飛んできたのであろうビラを集めて持ってきてくれた。
1人はサイドポニーの髪型の女の子。いたずらっ子のような印象を受ける瞳をしている。
もう1人は、長い髪を後ろで結んでいる。無表情で肌の色が白く、まるで日本人形のような雰囲気だ。
そして「ありがとう」とビラを受け取ろうとすると、
「女子選手の公式戦出場ねぇ……。でもこんなにビラが余ってるようじゃ、署名も集まらないでしょ」
とサイドポニーの子に言われる。
「君たちは?」
「私たち、中学で野球やってるの。私は
「よろしく頼むぞ」
「う、うん。よろしくね。それで俺たちに何の用なの?」
「バカねぇ〜、高校で野球やるって言ってるんだから、来年に私も公式戦に出れないと困るのよ! だから協力してあげるって言ってるんじゃない!!」
言ってたかな……。まぁ、それはいいとして。
「じゃあ、どうすればいいと思う?」
「こんなちまちましたことやってたってダメよ! もっとインパクトがあることやらないと!」
「インパクトって……例えば?」
「例えば、甲子園の優勝校に練習試合でいい勝負する……とかね」
「そんなことできるわけないでやんす! いい勝負どころか、試合すらしてくれないに決まってるでやんす!」
「その心配はないぞ。みずきの家はとんでもないお金持ちだ。
みずきが頼めば大体の事は実現可能だぞ」
「じゃあ、本当に……?」
橘さんの方を見ると、彼女はいたずらに笑う。それから、メモ帳に何かを書き込みそのページを破って俺に渡す。
「私に任せなさい! 正式なことが決まってから連絡するわね!
じゃあ、またね!」
「試合、楽しみにしてるぞ」
そういって2人は去っていった。
こうして何も具体的なことがわからないまま、強豪校と練習試合をすることが決まった。俺たちの命運をかけた『練習試合』という名にふさわしくない真剣勝負だ。
高校生になって初めての対外試合。そして……これが最後になるかもしれない試合。
……ベストを尽くそう。たとえどんな結果になったとしても、大切な仲間のために。