実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第23話 VS帝王実業高校 ②

「アウト!

3アウト、チェンジ!!」

大空さんがレフトライナーに倒れ攻撃が終わる。

しかしこの回一挙4得点。

あの山口から先制点をもぎ取った。

 

「あー…いい当たりだったのにアウトか〜…」

「でも、この4点は大きいよね!」

「そ〜ね!

まさかアタシたちがあの帝王から先制するなんて、あっちも思わなかったんじゃない?」

「野球は名前でするものじゃない…ということだな」

「でもまだ安心はできないわ。

相手はあの帝王実業…4点ではセーフティリードとは言えない。

下手したら1イニングで同点、いや逆転もあり得るんだから」

 

その言葉に太刀川さんは「わかってるよ」と右手のグラブで小鷹さんの胸をポンッと叩く。

「だからこそ次もしっかり抑えなきゃね、タカ!」

 

こうしてジャスミンナインは守備位置に散って行った。

 

3回裏。

聖ジャスミンがリードした状況で迎えた帝王の攻撃。

先頭の8番バッターに対して、制球が安定せずフォアボールを与える。

ノーアウトランナー1塁。

 

次に迎えるバッターは9番の嶺。

左打席に入った。

 

第1球。

「ふっ!」

太刀川さんは腕を振る。

高めへのストレート。

このボールに対してバッターはバントの構えを見せる。

 

フォロースルーを終えた太刀川さんは前進。

しかし嶺はバットを引く。

 

「ボール!」

判定を聞き、太刀川さんは小鷹さんからの返球を受け取ってマウンドに戻る。

 

セーフティバントか?

だけど初見で太刀川さんの球をライン際、内野安打を狙えるポイントに転がすのは簡単じゃない。

ボールが投げられてからバントの構えに移行するセーフティバントなら尚更だろう。

 

続く2球目。

このボールに対しても嶺は再びバントを試みる。

投じられたのは外角に逃げるシュート。

「コンッ!」

バットには当たったものの、ボールはファウルラインを割る。

打球に備えチャージしていた守備陣も定位置に戻る。

これで1-1。

 

嶺は今までとは一転して、太刀川さんが投げる前からバントの構えを見せる。

これに対しての3球目。

 

最初からおとなしくそうしてりゃいいのよ…

そう言わんばかりに小鷹さんはミットを打者寄りに構える。

ジャスミンバッテリーが選択した球種はバント失敗、あわよくば併殺を狙ってのインハイへのストレート。

 

「シュッ!」

太刀川さんは腕を振る。

しかし投じられたボールは、要求されたコースより甘いところへ抜けていく。

バッターの嶺はバットを引きヒッティングに切り替えた。

「バスターだ!」

 

「キィン!」

いい当たりの打球は、ショートの小山君の横を抜けレフトまで転がる。

このヒットでランナー1・2塁のピンチを迎えた。

 

「1番 ライト 下田君」

打順は一巡し、好打者の下田が打席に入った。

左対左を苦にしないうえに選球眼に優れたこの選手は、この状況では迎えたくなかったバッターだ。

 

下田への初球。

打者の手元で動くボールが外角の際どいところに決まった…と思いきや、審判の判定はボール。

今までの試合ならストライクとコールされていたであろうナイスボールだったが、この試合ではそうはいかない。

 

「むっ…!」

太刀川さんの表情には明らかな不満が浮かぶ。

そして続く2球目も小さい変化をする速球系のボールが高めに外れて2ボール。

 

…今日の主審は両サイドのストライクゾーンを狭めにジャッジしている。

動く速球をコーナーに散らして凡打に打ち取るスタイルの太刀川さんにしてみれば、投球の幅が狭まりかなり投げづらそうに見える。

 

そう思わせるのは「ストライクゾーンぎりぎりに決まった」と本人が思った球がボールと判定された直後の姿。

切り換えが必要な場面で、判定を引きづり明らかにストライクゾーンを外れているボール球を投げてしまっている。

そうしてカウントを悪くして、結果的に自分を苦しめているのだ。

 

それに加え、今までの疲労の蓄積のためかボールの威力は影を潜め、コントロールもばらついている。

この状況の中で太刀川さんはよく投げている。

小鷹さんのリードによるところも大きいだろう。

 

2ボールからの3球目。

バッテリーが選択したのは、真ん中から外角へと逃げていくスクリュー。

タイミングを外され泳がされながらも、右手一本でおっつける。

 

打球は三塁線へ。

「サード!」

三塁ベース上を抜けていこうかというゴロに大空さんは飛びつく。

そしてグラブにボールを収めると、打球に飛びついたそのままの体勢でなんとかベースをタッチする。

1アウト。

 

「こっ…のぉ……!!」

 

急いで起き上がった大空さんは、バッターランナーを鬼の形相でアウトに仕留めにかかる。

 

「やろぉぉぉがぁぁーー!!」

 

吠えながらの一塁への送球。

ワンバン、ツーバンして軌道が逸れていくボールを川星さんは腕を伸ばしてキャッチする。

「…セーフ!」

左打ちである下田のスタートは速く、塁審の判定はセーフ。

惜しくも併殺には至らない。

 

「ミヨちゃん、ナイスプレイ!」という太刀川さんの声に、大空さんは軽く手を振って応える。

「さあー、どんどん打たせてこー!!」

 

1アウト、ランナー1・2塁。

迎えるは2番の村井。

できればこのバッターをダブルプレイに仕留めて攻撃を終わらせたい。

 

初球は低めへのカーブ。

これを見送られてボール。

そして2球目。

太刀川さんが投じたのは初球との緩急を活かした速いボール。

しかしその球は、真ん中付近の甘いコースに抜ける。

 

「キィン!」

快音が響く。

打球は球足の速いライナー。

それが遊撃手の頭上へと飛ぶ。

 

小山君は打球に追うのをやめ、その場で飛び上がった。

大きく開かれるグラブ。

打球はそのグラブのポケット部分に吸い込まれた。

 

着地した小山君は、本来なら好判断と言えるスタートを切っていた2塁ランナーを確認するとベースを踏んだ。

ダブルプレイ。

 

「3アウト、チェンジ!」

聖ジャスミン学園はこうしてピンチの場面を切り抜けたのだった。

 

 

「…なんかさ、このままだとやばくね?」

「あの女みたいな顔したショートもいい守備してたし…

ぼーっとしてたサードも、別人みたいなプレイをしてたぜ?」

「ひょっとしてジャスミンって思ってたより強いんじゃ…」

 

ベンチに戻って来たチームメイトがそんなことをつぶやく。

 

…そんなことは相手を研究していればわかることだろうが。

現在、帝王実業は「古豪」と呼ばれている。

OBたちが甲子園で勝ち取った栄冠も過去の話。

このチームは甲子園での勝利ではなく、甲子園に出場することを目標に、同地区のチームと切磋琢磨している状況だ。

かつての名声も今や地に落ちた。

 

なぜこの俺がそんな高校に進むことを決めたのか。

それは…

 

「先輩、試合はまだまだこれからですよ。

聖ジャスミンは確かに素晴らしいチームです。

でも僕たちは、誇り高き帝王野球部の選手なんです」

「蛇島…」

 

そして応援スタンドを指差す。

「あれを見てください。

帝王のOBの方たちや、選手の父兄。

他にも僕たちを応援してくれる人たちが駆けつけてくれているんです。

そんなみんなの誇りになれるように、僕たちは「自分たちの野球」をすればいいんですよ」

 

愚かな先輩たちは俺の言葉に頷き、「そうだな!」「やってやろうぜ!」とやる気を取り戻す。

 

もちろん俺が帝王に進んだのは、このチームに憧れたからなどではない。

誇り高き帝王野球部?

…笑わせるな。

 

高校野球の世界にもブランドというものがある。

力の落ちた帝王にも、未だに熱心なファンと、俺たちを追い続けているメディアが付いている。

そんな状況でチームを勝利に導くスターが現れればどうなる?

そしてその新星が品行方正で、理想を絵に描いたような誠実な人物であったとしたら?

 

メディアはこぞって俺を取り上げ、注目が集まるだろう。

そうすればプロへの道は確約されたも同然だ。

帝王の選手層を考えればレギュラーの地位も安泰。

良いこと尽くしだ。

俺はそんな環境を求めて帝王に来た。

 

…さてと。

単純なチーム力ではこちらが完全に上。

ただ、この程度の相手でもこれ以上リードを広げられるのは好ましくない。

 

「…山口君、提案があるんだけど」

 

俺の輝かしい未来を飾るためにもこいつらには働いてもらわなくてはいけない。

野球は1人ではできないのだから、な。

フッフッフッ…!

ハッハッハッハ……!!

 

 

4回表。

ジャスミンの攻撃。

 

やはり帝王は反撃の糸口をつかみ始めた。

こうなると追加点が欲しいところだ。

せめてあと1点…崩れている山口から奪えれば…

 

「5番 レフト 美藤さん」

先頭バッターは2回にライト前へのヒットを打っている美藤さん。

変化球打ちの上手いバッターだけに期待できる。

 

山口がロジンバックを置く。

そしてピッチングを開始した。

 

「えっ!」

「あれ…?」

 

山口はランナーがいない場面ながら、セットポジションで投球を始める。

だが俺たちが驚いたのはそこではない。

山口はダイナミックという言葉とは程遠い、普通のオーバースローでボールを投げたのだ。

 

そのフォームからは山口の代名詞である、足を高く上げる「マサカリ」の部分が消えてなくなっていた。

 

「ストライク!」

120km/hのストレート。

球速は落ちたが、制球は定まったように見える。

 

結局、美藤さんは低めの変化球を打たされてセカンドゴロ。

 

「美藤さん。

山口がマサカリで投げるのをやめたけど…

打席ではどう感じた?」

「……う〜ん。

打者に向かってくるような感じはしなくなったな。

荒々しさがなくなった代わりに投球にまとまりが出たようだ。

ただその分、ストレートの球威は前ほどじゃないし、フォークの落差は小さくなっている。

「普通に打ちづらい投手」…みたいな感じかな?」

 

なるほど…

山口のフォームの変更は理にかなっているのかもしれない。

フォームがオーソドックスになったことでクセが少なくなってランナーは動きづらくなった。

こうなっては、今までのようにどんどん次の塁を狙って走っていくのはリスクが高い。

 

それに制球も定まってきたようだ。

フォームを変えた影響で本来の山口のボールではなくなったとしても、まっすぐとフォークを低めに集められたらバッターはかなり打ちづらい。

連打連打で得点するのはおそらく難しいだろう。

 

「アウト!

スリーアウト、チェンジ!」

 

…俺の想像通り、後続のバッターも凡打に打ち取られこの回の攻撃は終わった。

 

 

「山口君、どうやら僕の案はうまくいったようだね」

 

相手を三者凡退に抑えた山口に声をかける。

 

「…結果的には、な。

慣れれば対応されるだろう。

やつらの実力を考えれば、そんなに時間はかかるまい。

だからこそ俺本来のピッチングをしたかったのだが…」

 

帽子を目深に被り、山口はそうやって遠回しに不満を訴える。

 

…バカが。

あいつら程度なら低めにボールを集めていれば打ち取れる。

 

あのチームがこれまで打ち崩してきた投手は、皆共通してコントロールに難があった。

逆にコントロールがいい投手と対戦した時は、その投手のストレートがいくら遅くても、球種が多くはなかったとしても、バッターが打ちあぐねて試合が投手戦になっている。

 

つまり聖ジャスミンの打撃陣は、甘いコースへのボールや失投は打てたとしても、制球力に優れた投手から大量点を奪うだけの力は持っていないということだ。

 

そんな相手に、まっすぐも、頼みの綱のフォークの制球も不安定なエセ本格派の投手は相性が悪い。

 

まあ落差の大きい方のフォークなら、ある程度はコントロールを気にしなくてもいいだろうが…

あの球はボールをかなり深くまで挟まなければ投げられず、握力をかなり使うから投げられる数に限りがある。

投げれば投げるほど失投の危険性も高まる諸刃の剣だ。

そんなリスクを負わなくても、制球重視のピッチングをすれば大怪我はしない。

クリーンアップの打席だけ注意を払えば問題ないだろう。

 

自分のピッチングがしたい?

何を言っているんだ?

格下のチーム相手に4点ものリードを許した時点で、お前は先発投手としては失格。

そのマイナス分を少しでも取り戻すために、なりふり構わず必死に投げるのがお前の仕事だろう。

俺の言うことを聞いていればいいんだよ。

 

「まあまあ、今はこれ以上失点を許せない状況なんだ。

力を貸してくれよ」

 

俺の言葉に山口は渋々頷いた。

 

…俺がキャプテンである以上、こんなところで負けるわけにはいかない。

俺の野望のためにもな。

 

山口、お前に俺の野望を叶える協力をしろとは言わない。

だがお前がくだらないプライドを優先して、それが俺の邪魔をすることに繋がるなら見逃すわけにはいかない。

 

お前はエースとして責任を果たせ。

高校での3年間、何イニングでも、何球でも、壊れるまで腕を振れ。

 

そして、お前という尊い犠牲の上で俺という星は輝くのだ…!

 

 

 

4回裏は太刀川さんの奮投もあり、帝王打線を1回の裏以来の三者凡退に抑えた。

その勢いに乗っていきたいところだったが、打たせて取る投球にシフトしてきた山口に翻弄され、5回表の攻撃を3人で終えた。

 

「打てそうなんだけどなぁ〜…」

ベンチから山口の投球を見ていた夏野さんは、口を尖らせながらバットを手に取りスイングをしてみせる。

そんな彼女を小鷹さんが諭す。

 

「気持ちを切り替えるわよ。

次は守備の時間、ね?」

 

「は〜い…」と返事をする夏野さんを見届け、小鷹さんは自分が守備に就くために準備を始めた。

 

「手伝うよ」

俺は小鷹さんのプロテクターを手に声をかけた。

 

「瀬尾…助かるわ。

でもヒロはどうしたの?

いつもならヒロが防具を着けるのを手伝ってくれるんだけど」

 

その問いに返事をするように、俺は視線をベンチで頭からタオルをかけ座ったままの太刀川さんに向ける。

 

「ヒロ、何やってるの?

もうあんたの出番よ?」

「……」

「ヒロッ!」

「!!

…ああ、もう守備か。

ごめんタカ、ちょっとぼーっとしてたよ」

 

肩で息をしながら太刀川さんは立ち上がる。

 

「ちょっとあんた、大丈夫なの!?」

「ん……?

問題ないよ、平気、平気」

 

そう言って引きつった笑顔を見せ、太刀川さんはマウンドに向かった。

 

「…瀬尾。

この回からでもマウンドに上がれるように準備しといて」

「…わかった」

 

 

そうして迎えた5回裏。

太刀川さんは先頭打者に投じた初球。

「あっ!」

「あっ!」

ボールを投げる側も受ける側も思わず声が出てしまうような失投。

それがストライクゾーンど真ん中に、力なく向かっていく。

 

帝王クリーンアップの1番手、木下はそれを見逃さない。

「キィィン!」

痛烈な打球が右中間を破る。

俺が追いついた時にはランナーは2塁を回っていた。

 

「くそっ!」

中継にボールを返す。

ノーアウト、ランナー3塁。

ピンチで迎えるは4番の蛇島。

 

この場面で小鷹さんはマウンドに向かう。

 

「ランナー3塁で一番厄介なバッターに回ったわね…

犠牲フライ、スクイズ、右打ち…それにタイムリー。

色んなパターンが考えられる中で、帝王打線で一番優れた打者を迎えた以上、失点は覚悟しないとね…

ヒロ、蛇島相手にはボール気味のクサイところしか攻めないわ。

手を出してきてこちらが有利なカウントになれば別だけど、基本は歩かせてもオッケー。

とりあえずまともに相手をしなくていいから」

「…うん 、わかったよ」

 

太刀川さんの表情の硬さは一向に取れない。

大丈夫…じゃないよな。

 

俺は肩をぐるぐると回しながら出番に備える。

出し惜しみはできない。

この試合は早い回からのリリーフも覚悟しなくては。

 

太刀川さんは蛇島相手にボールを投げ込む。

 

初球は外角への速球。

これには手を出さずボール。

 

2球目。

投じたのは外角、ストライクからボールゾーンへ逃げるシュート。

蛇島はこれも見極めスイングを途中で止めた。

2ボール。

 

3球目は速球が低めに外れる。

そして3ボールになった時点で小鷹さんは立ち上がった。

 

4球目はバットの届かないところに外す。

蛇島を歩かせノーアウト1・3塁。

 

そして5番バッターを迎える。

小鷹さんが主審に新しいボールをもらい、よくこねてから太刀川さんに投げて渡そうとする。

 

だが、小鷹さんの手が止まった。

 

その時彼女の視線の先にあったのは、膝に手をつき、顔を伏せたままの太刀川さんの姿だった。

 

「ヒロッ!!」

小鷹さんがマウンドに駆け寄る。

そして太刀川さんと一言、二言と言葉を交わすと、ベンチに向かって頭上で腕を交差させバツマークをつくった。

それを見て監督が審判に歩み寄り、何かを告げた。

 

そしてウグイス嬢の声が響く。

 

「守備位置の変更をお知らせいたします。

ピッチャーの太刀川さんがレフト。

レフトの美藤さんがライト。

ライトの瀬尾君がピッチャー、以上に代わります」

 

俺はライトの守備位置から内野陣が集まっているマウンドに向かった。

 

「…太刀川さん、お疲れ。

あとは任せて」

「……うん。

ごめんね、瀬尾君。

本当ならもっと長いイニングを投げなきゃいけないのに、あたし…」

「…そんなことないよ。

太刀川さんのピッチングに俺、勇気をもらったからさ」

「そうよ、ヒロ。

コンディションがよくない中でよく投げたわ。

だからひとまず外野で一息つくことね」

「…うん」

 

「あとはよろしくね」

太刀川さんは俺にボールを渡すと、そう言い残してレフトへと向かった。

 

「…さあ瀬尾、気合い入れてくわよ!」

 

小鷹さんがマスクをかぶり直し守備に就く。

 

クリーンアップ最後の一角、綾部に対する初球。

小鷹さんが出したサインは外角へのまっすぐ。

セットポジションからの第1球。

 

「走ったッス!」

 

俺がモーションに入ったところで、ファーストランナーの蛇島がスタートを切る。

それを知らせる川星さんの声が響いた。

 

「ストライク!」

ストレートが外角に決まり1ストライク。

ボールを受けた小鷹さんは2塁に送球することなく、俺にボールを返した。

 

この盗塁は想定内。

むしろ1塁ランナーを刺しにいって、送球の間に3塁ランナーの生還を許す方がまずいからな。

 

これでノーアウト、ランナー2・3塁。

 

…暴投や捕逸が即失点に繋がる。

落ちるボールは投げにくいこの状況。

 

相手はまっすぐか横に曲がるスライダー、シュートを狙ってくるはずだ。

 

小鷹さんがサインを出す。

俺はそれに頷き、投球を開始する。

 

俺が投じたボールは真ん中外寄りへ。

バッターは積極的にバットを振ってくる。

 

ブンッ!

しかしバットは空を切る。

投げたのはスプリット。

ワンバウンドした球を小鷹さんが身を挺して受け止める。

 

これで2ストライク。

ピンチの場面ながら相手を追い込んだ。

 

そして3球目。

俺が投じたボールは打者の手元でストンと落ちる。

そして…

 

「ストライク、バッターアウト!」

「よしっ!」

5番の綾部を三振に仕留めた。

 

ピンチの場面で敢えての3球勝負。

そして、3塁にランナーを置きながら落ちるボールを続けるリード。

 

相手の裏をかき、投手を乗せる攻撃的な配球。

小鷹さんの捕手としての持ち味だ。

それに応えることができれば、このピンチも切り抜けられるはずだ。

 

 

6番上川への初球。

私が選んだのはスプリット。

 

このボールに対しバッターは中途半端なスイングで空振した。

1ストライク。

 

5番をスプリットで打ち取ったから、このバッターの頭にもスプリットへの警戒はあった。

でもデータで言えば、瀬尾がファーストストライクを取る時に投げるのはストレートかスライダーが多い。

うちを研究してきた…だからこそ迷ったのかしらね。

 

…まだいけるかな?

 

2球目。

ここもスプリットを続ける。

ストライクからボールになる軌道の球をバッターは空振り、2ストライク。

 

対処できていないようだったから、スプリットを連投させたけど…うまくハマったわね。

 

そして、3球目は…

ミットを外角低めに構える。

瀬尾はそこに狙い澄ました1球を投げ込む。

 

ブンッ!

バッターは当てにくるスイングで対応する。

しかしボールはバットは当たる直前で真下に落ちた。

私は腰を落としてボールを捕球する。

三振。

いいところから落ちたわね〜!

やっぱり、今日の瀬尾のスプリットはキレてるわ。

 

これで2アウト。

あとアウト1つ…何としても無失点で切り抜ける!

 

 

「7番 ピッチャー 山口君」

そして迎えるのは、帝王のエース山口。

ピッチングへの負担を考慮されてか下位打線に座っているけど、芯に当たれば大きいのも飛ばせる打者だ。

 

とにかく注意が必要なバッターではある。

さあ…次はどう攻めるか…?

 

この試合、瀬尾は1人目のバッターへの初球以外はスプリットを投げ続けている。

その結果、2つのアウトを三振で取っているけど、もう相手打線のスプリットへの警戒はMAXだろうし…

 

…よし。

私のサインに瀬尾は迷いなく頷く。

 

山口への1球目。

 

シュッ………ストンッ!

 

…選んだのは、スプリット。

これにはさすがの山口も「続けてきたか」と驚きの表情を浮かべる。

 

カンッ!

力ない打球が一塁線に転がり、フェアゾーンを割る。

1ストライク。

 

打者の予想を裏切ること…それが私のキャッチャーとしての矜持。

 

バッテリーエラーで失点という場面で、失投のリスクが高いスプリットを多投したのもバッターの裏をかくため。

 

同じ球種を何球も続けるのもそう。

 

2、3球目までは狙い打たれるリスクが高くなる。

でもそれを過ぎれば、「もうそろそろ他の球種でくるだろう」という思いが頭をよぎり始める。

そうなればあとは駆け引きに勝つだけ。

 

…当然、極端な配球をするのには、しっかりとした根拠と投手との信頼が必要だけどね。

 

打席の山口の方をちらりと見る。

スプリットの印象を刷り込むことはできた。

 

投手が1つの球種やコースを投げ続けている時に考えられるのは、

①他に頼れる球種、有効なコースがない場合

②相手打者の弱点がはっきりしている場合

③その球種、コースを強く印象づけたい場合

 

これらが考えられる。

 

ちなみに私がスプリットを多く要求している理由は②ではない。

練習設備が充実しているからか、選手層が厚いためなのか、帝王のスタメンにははっきりとした弱点を持つ選手が少ない。

山口もその1人だ。

だからこそ、配球によってバッターを揺さぶる必要がある。

 

それに弱点がわかっていたとしても、うちの選手は全員1年…発展途上。

投手陣の制球力はまだまだ物足りない。

そういう投手ではわかっていても、1つのコースに投げ続けるのは難しいし、失投の原因にもなる。

それで長打でも打たれたら元も子もない。

 

その点、同じ球種を続けるのは、コースを狙い続けるのに比べたら難易度は低い。

多少ピッチャーに度胸と集中力が求められるけど…

まあ、瀬尾なら問題なく投げ切れる。

 

…ということで、特定の球種の印象を植え付けたいという③の理由から、瀬尾にスプリットを続けさせたというわけ。

そしてこのカウントで、今まで打ってきたその布石を活かす。

 

山口への2球目。

私は低めにミットを構える。

 

そして瀬尾がボールを投じた。

全力のまっすぐから比べると、球速が少し劣るボールが低めに向かう。

先ほどまで投げていたスプリットと同じ程度の球速。

 

山口はこのボールを変化球…スプリットと読んだのだろう。

低めのコースから落としても、振らなければボールだ。

そう思ったのか悠々と見送った。

 

しかし瀬尾が投げたボールは変化せず、まっすぐ私のミットを射抜く。

 

「ストライク!」

山口は主審の方を振り返る。

 

私が要求したのは、球速をスプリットと同じ程度まで落とした、力を加減したストレート。

このボールいわばスプリットに似せた、フェイクだ。

 

最も安全な見逃しストライクが取れ、手を出してきても低めに投げている分、長打の確率は低い。

今までの印象付けが効いたのか、思惑通り見逃してくれた。

 

これで2ストライク。

 

 

ここまでくれば…

私はこの展開になったら出そうと決めていたサインを瀬尾に伝える。

瀬尾はそれに頷いた。

 

そしてセットポジションから、瀬尾はボールを投げた。

 

 

そうそう。

あの、投手が同じ球種を続けている時に考えられる理由。

理由②がこの場面では当てはまらず、私たちバッテリーは③の理由からスプリットを続けたのだと言った。

 

では残った①は当てはまらないのか?

そう思うかもしれない。

 

でも。

 

「っ!?」

投じられたのは山口のタイミングを狂わす、緩やかな軌道のボール。

ゆっくりと打者の近くまで来たところで、それが大きく真下に落ちた。

 

瀬尾はまっすぐとスプリットだけの投手じゃない。

その他にもスライダー、シュートと左右に曲がる変化球を投げられる、打者に駆け引きを挑んで勝てるだけの力を持ったピッチャーなのよ。

 

そして何より…

 

 

瀬尾が投げたのはチェンジアップ。

スプリットとの球速差は20km/h、全力のストレートとの差は30km/hにもなる遅球。

自分のスイングができず、山口はこのボールを空振った。

 

これがあかつき戦で編み出した、瀬尾のもう1つのウイニングショット。

このレベルのボールを投げられる瀬尾は……①には当てはまらない!!

 

「ストライク、バッターアウト!

3アウト、チェンジ!!」

 

「よしっ!」

右手で小さくガッツポーズを作る瀬尾に私は近づく。

 

「ヒヤヒヤしたけど…なんとかなったわね」

 

私のそんな言葉に、瀬尾は不思議そうな顔で答えた。

「そう?

俺は大丈夫だって思ってたよ?」

 

「何よ、お気楽ね〜」

私がため息混じりにそうおどけると、瀬尾は言葉を続けた。

 

「だって小鷹さんがリードしてくれてるんだから。

俺がミスしなければ、どんなピンチだって抑えられるよ。

そうでしょ?」

 

そう言うとあいつは他のメンバーともハイタッチを交わしていく。

 

〜〜〜!?

…ま、まったく、あいつは……!

あんなこと言っちゃってさ…!

 

そうしてベンチに戻っていく背番号9を見て思う。

あいつのボールを受けられる私という捕手は、実はとても幸せなのではないか…と。

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