実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第44話 夏の予選 準決勝 VS恋々高校 ③

「マリンボール!?」

 

俺は夏野さんから三球三振を奪ったボールの名前を彼女から聞き、それを繰り返した。

「うん、幸子ちゃんはそう言っていたよ」

 

「結局私には使わなかったけどね。

それでも頭にあのボールがあると他の球種に対応出来ない」

 

マリンボール…。

彼女が投げるストレートのように、浮き上がるような軌道から突如として鋭く沈む様子は、まるで水中から水面(みなも)に顔を出したボールが再び水の中に戻っていくようで、一瞬現れてすぐに消えていく幻のようなボールだという。

自分がどう見えるかは打席に立ってみなければ分からないが、夏野さんがそのような印象を抱くからにはおそらく近い感覚に覚えるのだろう。

 

そして、夏野さんの後を打つ小鷹さんが続けた。

 

「そもそも…ナッチはともかくとして他の右バッターはマリンボール…だっけ?

それなしでもまともに前にも飛ばせてない。

狙い球を絞っていくしかないわね」

 

顎に手を置きながら呟く小鷹さんの肩を太刀川さんがポンと叩いた。

 

「タカ、気持ちを切り替えていこう。

0点に抑えれば負けはないんだから」

「そうね、私たちは出来ることをやりましょう」

 

点を取るのはクリーンアップに任せてね。

そう言って俺たちから少し離れると小鷹さんは太刀川さんと配球について話し始めた。

 

「ハハハ…」

それを俺と、その後方で大空さんが苦笑いで見ていると、横から美藤さんが、

 

「聞いたか、瀬尾、ミヨちゃん!

こういう時こそ私たちクリーンアップの出番だ。

何しろ「クリーン」で「アップ」だからな、私がランナーを綺麗に掃除してやろう!」

 

「頑張って塁に出るんだぞ2人共、ハッハッハーッ!!」

高笑いを上げた美藤さんは張り切って外野の守備へと向かう。

それを見ていた夏野さんは、

 

「あはは…あれだけのボールを見た後でのあのお気楽さは、ちょっと見習わないといけないかもね。

アタシもちょっと呑まれそうになってたから」

 

何かちょっと救われた気持ちだよ。

そう言って微笑を浮かべた夏野さんは、直後の守備で好プレイを見せ恋々に傾きかけた流れを引き戻したのだった。

 

 

「くっ!」

 

『カッ!』

擦ったような当たりはセカンドへの小フライに終わる。

 

『3アウト、チェンジ!』

 

3回裏の攻撃は3人で簡単に打ち取られた。

 

「ドンマイ、矢部君。

切り替えていこう」

 

この回のラストバッターとなった矢部君にそう声をかける。

矢部君は、

 

「打球を打ち上げてちゃダメでやんす…。

最悪でもゴロを転がさないと。

そうでないとオイラ唯一の武器が活かせないでやんす」

 

そう反省を口にした。

そして、一瞬で暗い表情を切り上げると、

 

「この試合、オイラの足で突破口を開いてみせるでやんす!

塁にさえ出られれば三塁まで進める自信はあるでやんすから!」

 

と、自らを奮い立たせるかのように宣言した。

…こうして自分の感情、モチベーションをポジティブな方向へと持っていく。

その能力は彼の武器である俊足と並んでチーム随一。

ひょっとしたらプレイヤーとしてのメンタルに関しては、彼が一番成熟しているのではないかとさえ思う。

 

「あっ!瀬尾君、見るでやんす!

ライトスタンドにいるあの女の子、ガンダーロボのTシャツを着ているでやんす!

同志でやんすかね?同志でやんすかね〜?

お話したいでやんす〜」

 

……。

矢部君は大好きなロボットアニメに登場する巨大ロボのデザインを、球場という思いがけない場所で見かけテンションがうなぎ登りになっていた。

ちなみにあのTシャツは有名ファストファッションブランドのコラボ商品だ。

元ネタを知らずにデザインを気に入って着ている人も割と多くいるため、彼女は矢部君の「同志」ではない可能性がある。

もし「同志」でない場合、矢部君が急に話しかけたりしたら彼女はきっと戸惑うに違いない。

 

その危険性を矢部君に伝えると矢部君は、

「瀬尾君…同志かどうかは「魂」の叫びを聞けばわかるでやんすよ?」

とサムズアップで応えた。

 

「…そうか!

その雰囲気や仕草から察知をする能力が盗塁でいいスタートを切れる秘訣なのか!」

 

俺はそう納得しながら頷く。

それを見た川星さんは「あんまりおバカな事話してると、その「魂」のレベルが下がるッスよ?」と憐れむような目でこちらを見つめ、

「おお、わかるわかる!いいよな魂!

知ってるか?魂を英語で言うとソウルなんだぞ!

ハッハッハ〜!」

とルンルンの美藤さんは相変わらず元気だった。

…ちょっと浮かれ過ぎな程に。

 

 

4回表。

あおいちゃんのピッチングは圧倒的だが、みんなの心が折れている様子は微塵もない。

と、言うのも…

 

『ストライク!

バッターアウト!チェンジ!』

「よっしゃーっ!!」

 

太刀川さんが恋々打線をほぼ完璧に抑えているのが大きい。

今日の太刀川さんはストレートが走り、ストライクゾーンの中で勝負ができている。

もし対応されても変化球でタイミングを外せるし、それがストレートを更に活かす布石にもなる。

 

この回も太刀川さんはアウト3つを簡単に取り、パーフェクトピッチングを継続している。

結果だけを見れば、太刀川さんの方が上だ。

その分、飛ばし過ぎているように見えるのが心配ではあるが…。

 

「さあ、みんな!

1点取ろう!1点あれば勝てるよ!」

 

太刀川さんは手を叩きながらチームメイトたちを鼓舞する。

元々マウンドに立つと闘争心のスイッチが入る彼女だったが、今日はその傾向が顕著になっている。

レベルの高い投手との投げ合いが太刀川さんにもいい影響を与えているということなのだろうか。

 

「…よし、行こう!」

 

4回裏、この回の先頭バッターは2番の雅ちゃんだ。

 

「お願いします」

雅ちゃんは左バッターボックスでバットを構えあおいちゃんを見据えた。

 

 

…広巳ちゃん、だいぶ無理してるな。わかるよ。

僕、そういうのには敏感なんだ。

だってこれまでずっと、他人を…自分を、偽ってきた人生だったから。

 

だから、何とかしてあげたいんだ。

 

…追い込まれたらマリンボールが来る。

だったらその前に…っ!

 

僕は初球に対して打って出る。

球種はあおいちゃんの得意球であるシンカー。

これが外角へと逃げていく。

 

「くっ…このぉぉっ!」

『カンッ!』

 

泳がされながらもボールをバットに当て左手で押し込む。

打球はショートの頭を越えレフト前へ。

 

「やった!先頭打者が塁に出た!」

「この回チャンスだよ!」

 

ジャスミンベンチがワッと沸いた。

そしてこの歓声に乗って彼が打席に立つ。

 

 

「3番 ライト 瀬尾君」

 

ノーアウトランナー1塁でクリーンアップを迎える場面。

この好機に打席が回ってきた。

…一打席目ではサブマリン投法からのストレートに完全に抑えられた。

それにブレーキの効いたシンカーと高速変化するマリンボール…まだ実際に打席で体験していない球種がある。

シンカーに関しては俺以外に投げているのを見ていたし、球速的にも投げてすぐに球種を判断できるからまだマシだが、マリンボールへの対策は…正直思いつかない。

この状況で読みも何もあったものじゃない。

とにかく打てる球を打ってそれ以外は何とか粘る。それしかない。

 

セットポジションからあおいちゃんが1球目を投じる。

 

外角、ボールゾーンへの投球は手元で『ググッ』と曲がりストライクゾーンへと入ってくる。シンカーだ。

これを見逃して1ストライク。

初球から打つのが難しいボールだ。

ここは無理に手を出してはいけない。

 

2球目は内角へのストレート。

これは外れてボール。

 

3球目はシンカー。

しかし低めに外れこれもボール。

 

そして2ボール1ストライクからの4球目。

 

『ビュンッ!』

投じられたのは高め、ボールゾーンへのストレート。

これを俺は振ってしまう。

 

『ブンッ!』

バットは空を切り2ストライクと追い込まれた。

…しまった。ストライクに見えて手を出してしまった。

次は何で来るか。

 

…おそらくは決め球のマリンボールだろう。

 

あれを打つには少なくとも今出来る最高のバッティングをしなくてはいけない。

そう。俺の後に控える、あの2人から学んだ打撃を。

 

 

「ミヨちゃんの身体の使い方と私のバットコントロールの融合?」

美藤さんは首を傾けてながら俺の発した言葉を繰り返した。

そして「はぁー…」と大げさにため息をつくと、

 

「瀬尾、お前は私にミヨちゃんとフュージョンでもしろとでも言うのか?」

 

と、某国民的漫画でお馴染みの、メタモル星人に伝わる融合のポーズを決めた状態で呆れたように問い返してきた。

顔は完全に横を向いていたが彼女の目は真っ直ぐこちらを見据えている。

その隣では大空さんがドキドキしながら、美藤さんと左右対称のポーズをとり人差し指を合わせようとしていた。

 

「違う違う!

そういう話じゃなくて…」

「私達がフュージョンしたら人数が足りなくなるぞ。

うちの野球部には選手が9人しかいないからな」

「だから違うって!

というかもうフュージョンって言わないで!」

「ならポタラならいいか?」

「もうその話から離れてっ!

そのポーズもやめてっ!!」

 

その後も美藤さんと大空さんは「大御所声優が親子三代の声を一人で務めていて凄い」だの「恋する18号かわいい〜!」「いや21号もなかなか…」だのと本筋とは関係のない話で盛り上がっていた。

 

俺は強引に話を遮ると、ゴホンと咳払いをして本題へと入った。

 

「2人に相談したいのは俺のバッティングについてなんだ。

俺はクリーンアップを任されてはいるけれど、2人みたいに何かに特化したバッターじゃない。

つなぎ役に徹するならそれでもいいだろうけど、3番を打つバッターがそれじゃ相手は怖くないからね」

 

「…だがお前は私達の指導を受け打撃を向上させているだろう?

こう言っては何だが、今すぐ打撃が劇的に向上するような都合のいい極意など私は持っていないぞ?」

 

美藤さんは横目で大空さんの方をチラリと見る。

大空さんも「ミヨちゃんだってそんな方法知りませんよー!」と首を横に振った。

 

「それはそうだよ。

2人の固有の技能は、2人が長い時間をかけて積み上げてきて習得していたものを野球に応用したものだ。

元々の費やしてきた時間が違う」

 

大空さんは拳法、美藤さんはソフトボール。

それぞれの道で磨きをかけた技能。

それを教えてもらったからと言って完璧に習得できる訳がない。

 

「だから、2人から学んだものを組み合わせようと思うんだ。

そうすれば未完成な技術同士でも組み合わせて力を発揮できるはず」

「組み合わせる…?」

「そう。美藤さんのボールをバットの芯に当てて飛ばす『技の打撃』と大空さんの『野球拳』の身体の使い方を参考にした『筋力に頼らない力の生み出し方』。

その2つを組み合わせるんだ」

 

『野球拳』というのは大空さんのおじいさん、飛翔さんが営んでいる道場に伝わる拳法で、野球の動作を拳法に応用したものだ。

身体のしなりやしなやかさが重要な拳法で、高齢の飛翔さんや女性の大空さんでも大きな力を生み出す事ができる。

 

そして美藤さんの『技の打撃』は筋力で長打を打つのではなく、ボールの軌道にバットのスイートスポットを合わせる事で長打を打とうというバッティングだ。

もちろんただバットを当てに行くのではなく、視覚から入った情報を手の動きと連動させ最適な形でスイングをする『ハンドアイコーディネーション』が優れていなければ出来ない芸当だ。

当然、高度な技術がなければいけないのは言うまでもない。

 

 

俺はそのどちらもマスターした訳ではない。

だが半端な技術でも半端なりに使い方がある。

 

「美藤さんの打撃はボールに合わせてバットの出し方、軌道を調整しなければいけない。

だけど俺には美藤さんみたいに手元で変化するボールに合わせてスイングを変えるような事は出来ない。

そして大空さんのようにボールを手元に呼び込んで、身体のしなやかさでそれをホームラン性の打球にするようなボディコントロールも出来ない。

でも()()()()()()()()

 

「…?

それはどういう意味ですかー?」

瀬尾君は教えられた事を()()()()()()()から悩んでいるんじゃ…?」

 

「うん。だから考え方を変えたんだ。

()()()()()()1()0()0()()()()()()()()()()()()()()()使()()

 

「具体的には…」

 

俺の話に2人は頷き、納得の声を上げた。

 

「なるほど!そういう事か!」

「これならいけそうですー!」

 

そして2人はそのメソッドの習得に協力をしてくれたのであった。

 

 

2ボール2ストライク、平行カウントからの5球目。

投じられたのは予想通りの球種。

 

「…マリンボール!」

 

ストレートに近い速度、軌道でバッターに迫りそこから急激に沈む魔球。

だが直球よりは幾分か遅い。

だから俺は投じられたボールがマリンボールであると確信を持つ事が出来た。

 

『グッ…!!』

俺は前の打席に比べテイクバックを大きく取り、マリンボールを迎え撃つ。

 

…まだ沈まない。

…まだ、まだだ。

 

『ギュインッ!!』

「……来たっ!」

 

『手元で変化する』という言葉が相応しい位置でボールが急激に沈んだ。

俺はそれをスイングで迎える。

 

「ダメでやんす!振り出すのが遅いでやんすー!」

 

いや、これでいいんだ。

通常よりもバットを右肩側に引いて『タメ』を作った。

これで『捻り』が生まれ、スイングのスピードを上げる事が出来る。

これで普段ボールを打つポイントよりもボールを手元に呼び込む余裕が出来た。

そしてそれによって通常よりも僅か…ほんの僅かにではあるがジャストミートをする為のボールの軌道の『確認』とスイングの『構築』をする時間が出来た。

 

あとはそれを解き放つだけだ。

 

「いっけー!!瀬尾くーーん!!」

「私達の努力の結晶を見せてやれ〜!!」

 

大空さんと美藤さんが俺に声援を送ってくれている。

聞こえはしなかったが、そんな気がした。

 

 

『ガッ!』

…バットがボールを捉える。

ああ…マリンボールか、本当に凄い球だ。

あおいちゃん、君の魂を感じるボールだ。

だから俺はそれに応えるよ。

半端な…拙い技術で悪いけれど。

 

 

だけどその分、全霊を込めて。

 

 

『カキーーンッ!!』

 

打球は伸びて、伸びて…そして。

 

『ドンッ!』

 

ライトスタンドに突き刺さった。

 

 

 

試合は中盤までは僅差の投手戦となったが、あおいちゃんに疲れが見え始めたところで点差を広げ、2番手の高木さんがマウンドに立ってからは聖ジャスミンが攻勢をかけた。

結果は6-1でジャスミンの勝利。

大空さんが3打点と4番の働きを見せ、美藤さんに至っては公式戦初ホームランを含む4安打…サイクルヒットを達成した。

 

俺は2打席目のホームランのみに終わった。

あれ以降の打席では思うようなバッティングが出来ずじまいで、新しい打撃フォームはまだまだ未完成であるという事を露呈した。

だが手応えはある。

これを磨いていく事で俺はこのチームの3番に相応しい打者になれるという確信があった。

 

と、そこに先程まで戦っていた恋々のユニフォームを着た女性が訪ねてきた。

 

「あっ…」

「…あおいちゃん」

「光輝君…ナイスバッティング、だね!

それに他のみんなにもやられちゃったなあ」

 

マウンドに立っていた時とは別人のように弱々しく笑う少女がそこにはいた。

だけど安易に励ますのは違うと思った。

だって俺たちはさっきまで戦っていて、今はどうしようもない程はっきりと勝者と敗者に分かれてしまっているから。

 

そこにジャスミンのエース、太刀川さんが現れた。

清々しい、済んだ瞳で。

 

「マリンボール…凄かったよ!

あおいと投げ合えて良かった!」

「ヒロ…」

「おかげで成長出来たっていう実感があるんだ!」

「…ヒロ、キミ…何だか雰囲気変わったね?」

「へっ?変わったって、どんな風に?」

「いや、何と言うか…強くなった?」

 

あおいちゃんの言葉に太刀川さんはニカッと笑った。

 

「そりゃそうだよ。

これからはあおいの想いも背負っていかないといけないんだから」

 

それに…と、太刀川さんは言葉を続けた。

 

エースは強くなくっちゃ、でしょ?

 

 

 

「今日の試合、あおいのピッチングは悪くなかったよ」

「うん」

「結局はチームとしての力があちらの方が上だったって事さ。

あおい、あんたに次ぐ投手がいなかった。

あんたに負担がかかり過ぎてた。

これは2番手としてマウンドに上がった私の責任」

「うん、そうだね」

「……。

あとは…私のリードね。

あおいの力を引き出してあげられなかった。

私がしっかりしていれば…ペース配分も含めてちゃんと手綱を握っていられたら、あんたが打たれる事も負ける事もなかった」

「うんうん、全くもってその通りだね!」

「…って、あんたねぇ〜!」

「あはは、幸子が怒った〜!」

 

ボクを励まそうとしていたはずが、逆に怒ってしまっている女房役を見ながら、ボクは呟いた。

 

幸子は我慢強くボクをリードしてくれていたよ。

今はちょっと我慢が足りなかったけど、ね。

 

「…あーあ、負けちゃったなー」

「あおい…。

……今度、ピッチングを見てくれないか?

あんただけに負担がかからないように私も頑張ってみるよ」

 

…ホント、幸子は優しいなぁ。

 

「いいけど、ボクの指導は厳しいよ?

…それにそんなに時間も取れないしね」

「?

何でさ?

私が別メニューで練習すればいいだけじゃないか」

「だって…幸子しかボクの相棒はいないでしょ?」

 

もっとすごいピッチャーになるから、これからもよろしくね。

 

そう言ったボクの顔はどんな色をしていただろう。

ああ、今日が雲ひとつない晴れた日でよかった。

射し込む夕日で頰と目元の赤さが少しは誤魔化せるだろうから。


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