実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

47 / 72
第46話 そよ風に揺れる

『ストライク!バッターアウト!チェンジ!』

 

マウンド上の投手は強打者から三振を奪う。

8回まで無失点、16奪三振。

球場はこの投手の好投に沸くどころか静まり返っている。

それはそうなるのだろう。

甲子園当確とされていたチームが、それも打撃に関しては日本屈指という評価だったチームが無名の投手にここまで圧倒されているのだから。

 

「まあ要するに、お客さんらぁが見たかったんは、

『無名校が強豪校に立ち向かって序盤はいい試合になるけど後半は力負けする。

でもお互いよく頑張った、ナイスゲームやったぞ〜』

…って試合やったんやろうな」

 

「でもそんなお客さんにとって楽しいだけの試合をするつもりはありませんよ。

僕達は勝ちに来てるんですから」

 

この試合両チーム合わせて唯一となる得点を初回に挙げた選手であり、関西弁の投手の女房役でもある後輩はそうやって強気の姿勢を前面に出している。

 

「でもお客さんドン引きやけどな〜…。

正直視線が痛いわー」

「また心にもない事を…」

「ははは!」

 

『スリーアウト!チェンジ!』

 

「お、攻守交代や!

ラストイニング、しっかり投げんとな!」

 

そう言って笑うと背番号1はマウンドに向かって歩き出す。

 

誰もが予想しなかった勝利をこのチームにもたらす為に。

 

 

『ゲームセット!』

 

…思いもよらぬ展開になった。

夏の予選、準決勝戦。

西京高校 対 そよ風高校。

このカード、誰もが西京高校の有利を信じて疑わなかった。

それが蓋を開けてみればどうだ、0-1…いわゆるスミ1でそよ風高校の勝利となった。

 

その結果にも勿論だが、更に我々を驚かせたのは西京が誇る『2本の矢』…3番 滝本と4番 清本を全打席三振に打ち取った事だ。

元来あの2人はスラッガーでありながら打席の結果が『三振』で終わる事が非常に少ない選手だ。

滝本君はバットコントロールに優れ、追い込まれても対応出来るしバッティングをミート中心に切り替える事の出来る器用さを持っている。

そして清本君はボールには手を出さない選球眼とストライクゾーンであれば初球から躊躇なくスイングしていく積極性を兼ね備えている。

そのため凡退したとしても3ストライク目を空振りで取られる事が少なくゴロやフライでの凡退の比率が高い。

結果として三振が少なくなるのだ。

 

…が、そよ風高校のエース、阿畑君は彼らをことごとく三振に切って取った。

 

「過去に彼を見た時にはそんな事が出来る投手には見えなかったのだが…」

 

基本的には140km/h近いストレートとシュートボール、()()()()()()()()使()()()()()()()()で投球を組み立てる投手だった。

ひと昔ふた昔前なら注目に値する投手だっただろうが、高校生でも150km/h超えを記録する時代ではどうしても見劣りする。

練習環境を思えば頑張っている方か、という評価だった。

 

だが今日のピッチングはどうだ。

飄々とボールを投げ込み、バットはことごとく空を切る。

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()ボールは舞い、そして捕手のミットに収まる。

高校生の投手であれば誰しも大なり小なりプレッシャーを感じる強打者相手に臆する事なく勝負を挑む。

 

その胆力とボールの威力たるや…。

いや、威力という表現は適切ではないか。

あのボールの球質は打者を差し込んだり、押し勝つ事を期待出来るタイプのものではない。

むしろ常に被弾や長打を覚悟しなければいけないだろう。

いかに()()()()()()()()()を加えリスクを抑えていたとしても、源流にはそういった性質を持っている。

 

それを決め球にあそこまで堂々と投げ抜くとは…。

阿畑 やすし、只者ではないな。

 

試合の分析をあらかた終えると私は球場の外に出た。

と、そこに(くだん)の阿畑君の姿が見えた。

 

「そよ風応援団の皆さーん!

大金星を挙げたチームのエースがお通りやで〜!!」

 

『キャー!』

 

「見ろやこの歓声!

ワイもスターの仲間入り…」

 

『江窪クーン!

こっち向いて〜!』

 

「……」

 

「あの、阿畑さ…」

「ん…」

「阿畑さん?」

「んん…」

「ねえったら!」

「…んんんなぁぁんやねん、お前らぁっ!

今日のヒーローはワイやろうがぁーっ!

どこに目ぇ付けてんねぇぇん!」

 

捕手を務める後輩の江窪君に黄色い声援が集中し阿畑君が激昂している…。

 

「何やってんねん、アホ!」

『パシーン!』

 

それをマネージャーと思われる少女が頭をメガホンで引っ張たく事でなだめて?いる。

 

…どうやらスター性は乏しいようだ。

それに気性も荒いようだし…。

いい選手ではあるのだが…。

 

「……」

 

ゴホンッ…!

話を戻す事にしよう。

 

 

…それにしても、高校生とは厄介なものだ。

少し目を離した間に、あるいは誰にも気付かれない間に。

急速に変化する。

最早成長とは呼べない程、劇的に。

10年以上現場で経験を積んでいても全てを拾いきれる訳ではないのだ。

やれやれ、因果な商売を選んだものだ。

職務に慣れた頃にはそもそものグラウンドレベルでの進化、改革が進んでいる。

永久にイタチごっこは続くのだ。

…だからこそ、やり甲斐はあるのだけれど。

 

青いニット帽に髭をたくわえた男は携帯電話を取り出すと通話を始めた。

 

「もしもし、影山(かげやま)です。

はい、今日の試合ですが…。

ええ、そうです。

新たな収穫もありましたので、資料映像をお持ちします。

…はい、失礼します」

 

ガチャッ。

 

…ふう。

これで予選決勝はダークホース同士の対戦になる。

両校の真の実力を測るいい機会となるだろう。

 

勿論、それがお互いにとって悔いのない試合になるのが望ましい。

何と言ってもあと一勝で甲子園に行けるのだから。

 

 

 

「はぁーっ!?

そよ風高校って、あのおっさんみたいなピッチャーがいるチームよね?

あそこが西京に勝ったの!?」

 

「嘘でしょ!?」と小鷹さんは声を上げる。

 

聖ジャスミン学園の部室内は、決勝で対戦する相手が阿畑さん率いるそよ風高校に決まった事で驚きに満ちていた。

 

「そうそう!

対戦した事のある私達だから分かる。

あれはまぐれで勝てる相手じゃないよ」

 

夏野さんは「ネコりん?」と猫塚さんに声を掛ける。

猫塚さんはコクリと頷くと手に持っていたノートの付箋が貼ってあるページを開いた。

 

「お任せあれ〜!これですにゃー!

そよ風高校は西京と対戦するまでの試合では1試合平均で4点近く点を取られてるりゅん。

ただ先制点を奪われた事と同点、逆転打は許した事はないでござるよ〜」

「リードを保った状況をキープしていたって事だね」

 

「それってすごい事じゃない?」

雅ちゃんがそうやって驚く。

確かに状況によって力の配分をしていたというのは驚くべき事だ。

通常より力を入れて投げるのはイメージしやすいが、力を抜いて、ボールの質を落として投げるというのはどうしても抵抗がある。

それをアマチュアである高校生が一発勝負のトーナメントでやってのけるというのは…。

 

「バックが点を取ってくれるって信頼があるって事ですかねー?」

 

「いや、そうでもないみたいだよ」

三ツ沢監督はそう言って猫塚さんのノートを覗き込んだ。

 

「今までの試合すべてが1、2点差の接戦での勝利みたい。

金属バットを使う高校野球ではセーフティリードとは呼べないよね?」

「はい、その状況は気が休まらないですね」

「点なんていくら取ってくれてもいいもんね」

 

俺と太刀川さんは互いにを見合わせて頷いた。

これには「私も同じ意見よ」と小鷹さんも同意した。

 

「それを踏まえて…これを見たまえ!」

監督はジャン!と透明なケースにしまわれたディスクを取り出し、それを掲げた。

 

「そよ風高校と西京高校の試合の映像で〜す!

まずはこれを観てみましょう!」

 

俺達は視聴覚室に移動した。

大画面テレビに大型スクリーン、新しい映像機器。

大人数で資料映像を見る場合は主にここを利用している。

普通にスポーツをテレビ観戦する時もこの設備を使えたらと思う程の充実ぶり。

相手チームの分析には申し分ない。

 

監督はプレーヤーにディスクをセットして再生ボタンを押す。

ガヤガヤというスタンドの音と「撮れてるにゃー?」という猫塚さんの声。

そして監督の顔のアップが映し出された。

 

「ダメ、撮らないで!すっぴんだから〜!」

 

「ダメって言ってるのに〜!」

音響機器からの声とこの場にいる監督の肉声が重なりユニゾンのようになっている。

部員からは笑い声と「監督、肌キレー!」という年頃の女子らしい声が飛んだ。

 

「み、見て欲しいのはここじゃないから!

もう!少し早送りするよ!」

「ああっ!

せっかくタマキちゃんのあんなところやこんなところまでバッチリ撮れてたのににゃー!」

 

「あ、あんなところってドコ!?

ドコなんでやんすかっ!?」

 

この質問に監督は何故か頬を赤らめた。

 

「か、カントクッ!?」

『ガタッ!』

矢部君は立ち上がった。

「ま、巻き戻しを!巻き戻しを要求するでやんすっ!!」

 

矢部君の要求に大空さんは「はーい♡」と言って矢部君の頭を掴むとぐるりと左に回した。

 

「おらぁっ!」

「うぎゃあ!?」

 

「前の席で立ち上がられると画面が見えませんよー?」

 

「や、矢部君!?」

矢部君は机に突っ伏したまま動かなくなった。

これは大変だ!

 

「……よし!

じゃあ試合開始まで飛ばすね」

『はーい!』

 

しかし女性陣は今起きた惨事をなかった事とした。

 

「女子の切り替えの早さはすごいでやんすね〜」

 

「矢部君っ!?平気だったの!?」

「まあオイラ程になるとこれくらいは慣れっこでやんすよ」

 

矢部君、君は普段から何をしているんだい?

 

すると。

 

「よいしょ…でやんす」

 

矢部君は画面に対して体を横に…左隣りに座っている俺に背中を向ける形で座り直すと首だけを画面に向けて映像を見始めた。

 

「お行儀悪いでやんすけど勘弁して欲しいでやんす」

「矢部君、まさか、首が…!?」

「もう…回らないでやんすよ」

 

矢部君はふっと笑うと俺にサムズアップ…親指を立てるジェスチャーをした。

しかしそれは体勢的に俺には見えず、通路をまたいで隣の席の雅ちゃんにポーズを決めている形になった。

 

「いや、僕にやられても…」

 

その様を見て大空さんは、

「瀬尾君?

矢部君の首が気になって集中出来ないなら逆方向に回してみましょうかー?」

と何故か俺に尋ねてきた。

これに矢部君は固まってしまった首を体ごと横に振り嫌だと伝える。

 

「オイラは右バッターでやんすからこっちの方が都合がいいでやんす〜」

 

…一体どういう理屈なんだ?

 

「首ぐりんはもうイヤでやんす〜」

矢部君の嘆きに心を打たれた俺は大空さんの提案に断りを入れた。

 

そうこうしている内に映像では試合が始まり西京の1番バッター、矢倍(やばい)が打席に立っていた。

 

「オイラのそっくりさんでやんす〜!

瓜二つでやんす〜」

「いや、シュッとしてるでしょ?」

「ありがとうでやんす〜」

「いやあっちの方がよ?」

 

ここで小鷹さんからの訂正が入る。

 

「?

どういう事でやんす?

オイラがアイツと違うのは今のところ首の向きだけでやんすよ?」

 

「…()()()()の間違いでしょ」

小鷹さんは呆れたようにそう吐き捨てた。

 

さすがに傷ついたか…?

横目でチラリと様子を伺ってみると矢部君は、何の事か分からないといった表情でその首から上をペタペタと触っていた。

 

この精神力ばっかりはたとえ西京のレギュラー相手でも負けていないだろう。

 

その矢倍は1ボールからのシュートを引っ張りレフト前ヒット。

ノーアウトランナー1塁。

 

「いきなり打たれてるッスね」

川星さんがつぶやく。

確かに完封勝ちと聞いていたから立ち上がりからスイスイとアウトを取っていったのだと思っていたが、ファーストストライクをヒットにされるというのは…。

 

「走るわよ、アレ」

小鷹さんの言葉通り、矢倍は初球でスタートを切った。

投球は外角に外したストレート。

キャッチャーは2塁に送球するがランナーは悠々セーフ。

 

「無警戒すぎよ…。

これで本当に完封勝ちしたの?」

 

それに左投げの捕手なんて見た事ないわよ。

小鷹さんはそう続けた。

江窪の右手にはミットが着けられており、今の送球は利き腕の左で投げられたものだ。

猫塚さんに聞くと江窪は投手としてマウンドに上がる事もあるそうだ。

 

「急造捕手って事ね。

どーりで…」

 

小鷹さんは冷めた目で画面を見つめる。

 

2番バッターには内角にストレートとシュートを集め内野ゴロに打ち取ったがランナーは3塁に進んだ。

 

そして…

 

『3番 ファースト 滝本君』

 

「出た!滝本だ!」

夏野さんはうわぁ…とあからさまにイヤな顔をした。

無理もないだろう。

以前の西京との試合で聖ジャスミン投手陣は炎上、本職ではないマウンドに夏野さんは引っ張り出され、そして滝本に本塁打を浴びているのだ。

 

「あれ?でも…」

雅ちゃんは画面に映る阿畑さんを指差す。

 

「…笑ってる?」

どうしてこの場面で笑えるんだ?

 

その答えは滝本への初球で分かった。

 

『シュッ…ククククッ!!』

『ブンッ!』

 

阿畑さんの投じたボールはスライダーやフォークのような半速球。

それが打者の手元で急速に変化…厳密に言えば、()()()()()()

 

「ナックルボール!?」

「…ナックル?

聞いた事はあるが…」

美藤さんはそうつぶやく。

 

ナックルボール。

指の爪で押し出すようにして投げられる変化球。

無回転に近い形で投じられたボールは空気抵抗や気候の影響を受け不規則に変化する。

それこそ限られたキャッチャーしか捕手出来ない程に。

 

「初めて見たッス!」

「でもナックルにしては…」

「うん、速いし変化が始まるポイントがかなりバッターに近い」

「どうやって投げてんのよ、あんなのっ!?」

 

『ストライク!バッターアウト!』

 

「滝本が三球三振…」

「バットにカスリもしないなんて…」

 

しかし次のバッターも強打者だ。

 

『4番 サード 清本君』

 

阿畑さんは清本にもナックルを続ける。

 

『ブンッ!』

『ストライーク!』

ボールは外角に逃げていくように変化する。

 

2球目。

これもナックル。

この球は真下に大きく沈んだ。

 

そうしてあっという間に2ストライクに追い込まれる。

 

そして3球目。

これもナックルだ。

 

清本は落ちる球に合わせスイングをアッパー気味に変えてきた。

しかし投じられたボールは、今度は内角に食い込むように変化しバットに当たらない。

 

『バッターアウト!チェンジ!』

 

「滝本、清本を2者連続で三球三振…」

「何てボールだ!」

 

「それに捕手もナックルをしっかり捕っている。

急造捕手じゃなかったって事…?」

 

…これが阿畑さんの決め球か。

こんな球を準決勝まで温存していたのか、阿畑さんは。

ピンチになった時に「この球が投げられたら」とちらつかないものなのだろうか。

 

…そしてそよ風の攻撃。

ここでは打撃陣がバットを短く持ちミートに徹する。

そして出塁すると…。

 

「瀬尾君、気付いたでやんすか?」

「…リードが少しずつ広くなってる?」

「そうでやんす。

だからって下手に牽制しても…」

 

『シュッ!』

『セーフ!』

 

「走る気がないでやんすから塁にはほぼ確実に戻れるでやんす。

そして牽制の間合いを見極めてリードを更に広げるんでやんす」

 

そして、と矢部君は続ける。

 

画面上ではランナーがスタートを切り、そして2歩程走ったところで急ブレーキをかける。

 

「あの偽装スタートでやんす。

アレをやられるとピッチャーはたまったものじゃないでやんすよ。

それに…」

 

『カーン!』

 

「…二遊間がランナーのスタートに合わせて動くからヒットゾーンが広がる、か」

 

矢部君はコクリと頷く。

 

ランナーはたまり1・2塁。

バッターは3番バッターの江窪。

2ボール1ストライクとなったところでそよ風は動く。

 

『ザッ!』

 

「走った!」

「これは…?

セカンドランナーの単独スチール!?」

 

そう思ったところで左打ちの江窪は内角の球ボールを逆方向に流し打った。

三塁手はランナーの動きに対応しベース近くに移動していたため打球はサード横をやすやすと抜けていく。

 

セカンドランナーはホームインして先制点はそよ風に入った。

 

この場面、セカンドランナーだけが動いてファーストランナーはスタートを切らなかった。

エンドラン、通常のスチールなら共にスタートしているはず。

となると、そよ風は江窪がレフト方向に打ち返す事が出来るという信頼を持ってそのアシストとしてセカンドランナーを走らせたのだろうか。

もし内野へのライナーを打ってバッター、飛び出したランナー共にアウトになっても2死1塁で俊足のランナーが残る。

ゴロを打っても元々内角のボールを打っているので一塁線付近に転がればバッターランナーがアウトになるだけで済むかもしれない。

併殺でも得点圏にランナーを置いて4番という状況はほぼ作れるだろう。

これは完全に読み合いに勝ってコースを予測されている事が前提だが。

 

阿畑さんが相手なら有り得る話だ。

「ほら見ぃ!言うた通りになったやろ!」

と阿畑さんが言っているのが想像出来る。

 

そして、もしバッターが空振りしてもサードに送球される時にディレイド気味にファーストランナーが進み2塁に行けばいいという事か。

 

仮にエンドランに成功しても1・2塁からレフト前へのヒットではファーストランナーは3塁までは行けないだろう。

だから走らなくてもいい…無駄がないと言えばないのだろうが。

 

何にせよ、野球の基本戦術からは外れている。

だからこその奇策なのだろう。

 

「…伊達にここまで勝ち残ってきた訳じゃないようでやんすね」

 

そんな矢部君の、ため息混じりで落ち込んでいる様な声がやけに耳に残った。

 

 

 

そして試合はそよ風の勝利で終わった。

阿畑さんはあの『ナックル』で西京打線を圧倒。

攻撃陣もイヤらしい走塁を見せチャンスを作っていた。

 

「守備も堅いわよ。

6イニング目、矢倍が塁に出て2度目の盗塁を狙った時。

キャッチャーは1回表と明らかに質の違うボールを二塁に投げていた。

そしてランナーは悠々アウト。

失敗か成功か、どちらかが偶然…という可能性もあるけれど、あれは初めからあのレベルの守備が出来たと考えるのが無難ね」

 

むしろわざと最初は盗塁成功で油断させて、勝負所で走らせそれを刺してアウトを稼いだのかもしれないわ。

 

小鷹さんはそう言うと自嘲的に笑った。

 

「ははは…。

俊足かつ走塁巧者揃いの打線に、相手の機動力を削ぐ強肩捕手か…。

正直私の肩じゃ抑止力にはならないかもね」

 

確かに攻守にストロングポイントがあり厄介極まりない。

 

…これが阿畑さんの作ったチームか。

これは…。

 

「決勝戦に相応しい相手だよ!

ドキドキするよね!」

 

「…えっ?」

 

俺が声の方に顔を向けると、そこにいたのはニヤリと笑った太刀川さんだった。

それは俺にとってだけでなく、みんなにとっても意外な事だった。

 

「ヒロ?」

「ヒロぴー?」

そうやって戸惑いの声が上がる。

 

しかし太刀川さんは自信に満ちた表情を崩さない。

 

「だってそうじゃない?

この相手に勝てるなら、多分甲子園でも勝ち続けられるはずだよ!

あたし達の力を測るいい機会じゃん!」

 

だが笑ってしまう程に太刀川さんは正しい。

そして、こんなに嬉しい事があるだろうか。

…彼女は、強くなった。

 

「そうだね!」

「得点は任してよ!絶対打つから!」

 

メンバー達からも前向きな言葉が飛ぶ。

 

「じゃあ私もランナーが走ろうもんなら片っ端からブッ刺してやるわよ!」

という普通に聞くと若干荒っぽい言葉も含めて。

 

決勝戦、きっといい結果になるだろう。

相手は素晴らしいチームだ。

だけど。

きっと大丈夫と()()()()()()()

 

何故って?

 

理由は簡単さ。

 

うちのエースが、チームメイト達が。

少しだけ目頭が熱くなってしまう程に。

 

こんなにも誇らしいからだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。