実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第47話 夏の予選 決勝 VSそよ風高校 ①

〜地区予選決勝戦、試合前〜

 

「よぉ、瀬尾!久しぶりやな!」

「阿畑さん!お久しぶりです」

「いよいよ決勝やな。

ワイは初めからこうなる気がしとったで〜。

お前らが順当に勝ち上がって、ワイらが西京を倒して…こうして決勝の舞台で相見(あいまみ)えるってな!」

 

ただ西京相手にあれ程通用するとは思わんかったけどな〜、と阿畑さんはニカッと笑う。

そして、

「ワイの()()()()()()、お前も見たやろ?」

と尋ねられた。

 

「アバタボールって…あのナックルみたいな変化をするボールですよね?」

「ああ。

厳密に言うと握りから投げ方からナックルとはまったく違うんやけどな。

まあ変化としてはナックル系統になるやろ」

「…すごいボールでした。

あの滝本と清本が全打席三振なんて、正直信じられない」

「ワイが一番驚いたわ!」

 

「そうなんですか?」

自信たっぷりに見えたから、当然の結果だって言うと思ったのだけど。

 

「おお。だってアバタボールが完成したの西京との試合の2日前やからな」

 

「…ええっ!?」

そんな急ごしらえのボールを決め球に使ってたのか!?

 

「だってごっつええ変化すんねんもん」

 

阿畑さんは澄んだ瞳でまっすぐこちらを見ている。

いいボールだから大事な試合で使う、筋は通っているがそれが出来るかどうかは別問題だ。

それだけ手応えがあったという事だろう。

 

それにしても…と阿畑さんは続ける。

 

「まさか予選が始まっても完成せえへんとは思わへんかったわ。

いやぁ焦った焦った!」

「俺たち、てっきり西京との試合まで温存してるんだと思ってました。

みんなともそういう話をしてたんですけど…」

「そんな余裕あらへんわ!

使いたくても使えへんかっただけや!」

「あはは…」

 

そうだったのか…。

でも決め球が使えない状況でピッチングを組み立てて勝ってきたのだから、それは素直にすごい事だと思うが。

 

「阿畑さんに始めて会った河川敷で練習してたのもアバタボールなんですよね?」

「おお。

ワイの代になってチームが一気に弱なってな。

野手陣は『地獄ノック』や『日本刀フルスイング』、『油風呂』でパワーアップしたんやけど、投手陣の成長がイマイチでなあ。

それを補う為のトレーニング兼アバタボールの練習やったんや」

 

「…に、日本刀?油風呂?」

 

「あ、阿畑さ〜んっ!?

『阿畑練習』の事は言っちゃ駄目ですよ!」

 

と、そこに阿畑さんの女房役、江窪が現れた。

 

「何や、江窪。

ええやないか、ちょっとくらい」

「駄目に決まってるでしょ!

高校生が日本刀をフルスイングですよ?

…どう考えてもアウトですよ!

問題になってもいいんですか!?」

「…………瀬尾、今言った事は忘れてくれるか?」

 

「は、はあ…」

…本当に日本刀をフルスイングしてたのか、この人達?

 

「じゃあ地獄ノックと油風呂っていうのは?」

「地獄ノックは一気にボールを打ちまくって守備を鍛えるんや。

めちゃくちゃ危険やからな、マネするんなら気をつけるんやで?

で、油風呂は文字通り煮えたぎった油の中にやな…」

「阿畑さんシャラ〜〜ップッ!!」

 

江窪が阿畑さんの口を全力で塞ぐ。

 

「モガモガ…!

な、何すんねん!試合前やぞ!」

「全貌を話されたら試合どころじゃなくなっちゃうんですよ!

今のはコンプライアンス遵守の時代!

阿畑さんの頃とは違うんですよ!」

「何やと!

ワイの歳がふた周りくらい上みたいな言い方しやがって!

そんな老けてへんわ!

ワイかて平成生まれじゃ!このアホ!」

「平成生まれってツラかよ!

髭剃ってから言えよ、おっさん!」

「何〜!?

人のチャームポイントをバカにしやがって!」

 

阿畑さんが激昂している…。

そして江窪も負けじと、

「髭がチャームポイント足りえるのは男前だけだ!

あんたの場合、おっさん感をブーストしてるだけじゃないか!」

と言い返した。

 

「あの…?」

俺が声をかけると我に返ったのか、2人はハッとこちらに向き直った。

 

「ゴホン…。悪い、取り乱してもうたわ。

…まあ、兎にも角にも決勝戦や!

お互い悔いのない様にしようや」

「…はい。

魔球アバタボール、攻略させてもらいます」

「ふんっ、打てるもんなら打ってみい!」

 

阿畑さんはどこか笑っているように感じる表情を一瞬見せると、そのままチームメイトの下に歩いていった。

 

 

『夏の甲子園に向けての最後の難関、地区予選決勝が今始まります!』

 

実況のアナウンサーの声がラジオから響く。

イヤホンでそれを聞いているボク、早川あおいとチームメイトの高木幸子、そして同地区のライバルであり女子選手仲間でもある橘みずきちゃんと来年聖タチバナに入学する予定の六道聖ちゃんの4人は、戦友の勇姿を見るため球場に応援に来ていた。

 

「いよいよですね」

「…そうだね。

光輝君、緊張してなければいいけど」

 

そよ風高校の阿畑さんのナックル―ラジオによると本人がアバタボールと呼んでいるらしい―を打ち崩すのはかなり難しい。

大抵の変化球なら事前にバッティング練習をして対戦に備える事が出来るけどナックルだけはそうはいかない。

ボクの周りにも投げられる人はいないし、プロ野球の世界にもナックルを武器にしている投手は見当たらない。

ぶっつけ本番で攻略するしかないんだけど…。

 

「あれ、普通のナックルじゃないもんな〜。

速いし変化は大きいし…シンプルに待球からの失投狙いでいくしかないでしょ」

「うん、やっぱりそうなるよね。

だけどランナーさえ出れば盗塁とか足で揺さぶれるかもしれないし、パスボールの可能性だってあるし…」

 

ボクの言葉に幸子は「いや」と首を振る。

 

「準決勝を見る限り、あのキャッチャーはなかなかやるよ。

投手が普通にクイックで投げられるなら、足で勝負出来るのは矢部か瀬尾か。

…もしくは川星くらいに限られるんじゃないか?」

 

聖ちゃんもこれに賛同した。

そして、

「あのナックルを捕球出来るとはかなりの鍛錬を重ねたに違いない。

もし捕れなくても身体で止めてやる、という根性を感じるぞ」

と江窪君を称えた。

 

「聖も見習わないとね〜。

私のスクリューを捕れるのはウチには聖しかいないんだから」

 

そしてみずきちゃんは聖ちゃんの頬を人差し指指でつつきながらいたずらな笑みを浮かべている。

 

『プニプニ…プニプニ…』

なんて柔らかそうなほっぺなんだ…!

 

ボクが柔らかくも弾力のある頬を羨ましく思いながら見ていると、みずきちゃんが

「あおいさんもどうです?

今ならお安くしておきますよ!」

と誘ってきた。

 

「なー!みずき…人の顔を使って商売を始めるな!」

「えぇーいいじゃない。

別に減るもんじゃなし、ケチケチしないの!

聖の好きなパワ堂のきんつば奢ってあげるから!」

「む…それなら仕方ない。

きんつばの魅力には敵わないからな」

 

さあ、と頬を差し出してくる聖ちゃん。

「いやいや、そんな」

そう言いながらも指が勝手に動き、柔らかほっぺに吸い込まれていく。

 

『フニュン…』

こ、これは…シルクのような肌触りに、マシュマロのような感触。

いつまでもこうしていたくなる…!

 

「ほほひうはへひほひははいほ、ふはひほほ」

そういう訳にもいかないぞ、2人共…とボクとみずきちゃんに左右から頬をいじくられている聖ちゃんがボクたちをたしなめた。

 

「あおい、もうすぐ試合が始まるよ」

「ハッ!しまった!我を忘れていた」

「やれやれ…」

 

幸子はため息をつきながら、やれやれと首を左右に振った。

 

「あははははっ!あおいさん怒られてる〜!」

「みずき、お前もだぞ。反省しろ」

「え〜聖、ひどーい!」

「あと、パワ堂のきんつば…忘れるなよ」

「はいはい…でも、そんな甘いものばっかり食べると太るわよ?」

「問題ない。パワ堂のきんつばは特別。

高級な砂糖を使っているから、実質ゼロカロリーだ」

「…いや、そんな訳なくない?」

 

そんな賑やかな2人を幸子がこらこらと優しく諭す。

 

「あんたらも、今日は聖ジャスミンの応援に来たんだろ。

見てみな?矢部がもう打席に立っているよ」

 

『阿畑投手が投手動作に入ります。

そして、第1球を…投げましたー!』

 

この試合の先攻は聖ジャスミン学園、バッターボックスには1番の矢部君が立っている。

 

『シュッ…ユラ…ユラ』

ボールは打者の手元で揺れる。

矢部君は打ちにいったもののバットには当たらず…。

 

『空振りで1ストライクです』

 

「やっぱり初見じゃ当たらないか…」

「でもあのメガネ君の足なら転がしても面白いよね」

 

2球目。

みずきちゃんのこの言葉を聞いていたかの様に、矢部君はセーフティバントを試みる。

 

『しかし当たらない!

アバタボールの軌道についていけません!』

 

これで2ストライクと追い込まれた。

 

そして3球目。

ピッチャーが選んだのはインハイへのストレート。

 

『見逃し三振〜!

140km/h出ました!これには手が出ない!』

 

…緩急に加えて、あれだけボールの軌道に差があると対応がかなり難しくなる。

落ちるアバタボールを打とうと低めに目つけをすると高めのストレートが一気に打ちづらくなる。

 

「140km/hというと甲子園を狙うようなチームのエースとしては標準的だけど、ナックル系の球種を武器にしている投手がそれだけのまっすぐを持っているというのに価値がある」

「そうですね〜…。

ナックルだけを投げ続ける『フルタイムナックルボーラー』なら打てないなりに段々と慣れてくるだろうけど、ストレートとのコンビネーションがあるとそれぞれの残像が残るから…」

 

『2番の小山選手もアバタボールを打たされてショートゴロ!

2アウトです』

 

「小山先輩ですら打ち返すのが難しいという事か。

どうやらストライクを取るのに苦労している様子もない。

次のバッターがどう対応するか…興味深いな」

 

聖ちゃんはそう言うとネクストバッターズサークルから打席へと向かう少年へと視線を向けた。

 

『3番 ライト 瀬尾君』

 

オォーッ!という歓声がスタンドから響いた。

今や光輝君は高校野球ファン注目の選手となっており、彼個人を追いかけているファンも少なからずいるようだった。

 

『キャーッ!頑張ってー!』

 

「…じゃないわよ!

仮とはいえ光輝君は私のフィアンセなんだから!」

 

むっ……。

 

また『フィアンセ』って…。

ボクは少しイジワルくみずきちゃんをあやす様にワザと優しい口調で語りかける。

 

「はいはい…。

じゃあそのフィアンセに届くように大きな声で応援しようね」

 

「むむっ……!」

 

今度はみずきちゃんが負けじと言い返した。

 

「何ですか、その『正妻の余裕』みたいなの。

そんなアピールされても手を抜く気ないですけど?」

「…え〜っ?

そんなつもりなかったんだけど、そう聞こえたかな〜」

「はい、聞こえました〜。

だから、対抗意識燃やしてるのかな〜って」

「そんなそんな…うふふ」

「またまた〜…あはは」

 

「……仲良き事は美しきかな、だな!」

「仲良いのかい、アレ?」

 

 

 

そうこうしている間に光輝君は素振りを終え、バッターボックスに入っていた。

真っ直ぐマウンド上の阿畑さんを見据えバットを構える。

 

「さて…お手並み拝見だね。

あおいのマリンボールすら攻略した瀬尾のバッティングがここでも通用するのかどうか…」

「…そうだね」

 

…聖ジャスミンとの試合。

ボクはマリンボールが打たれるなんて思いもしていなかった。

光輝君を含め手強いバッターは揃っていたけれど、それが気にならない程に自分のボールに信頼を置いていたんだ。

でもそれを光輝君は打ち崩した。

それも、ホームランという誰の目にも明らかな形で。

 

きっとあのアバタボールだって…!

 

 

「フーッ…」

俺は息をゆっくりと吐き、バットを構えるのとほぼ同じタイミングで空気を静かに吸った。

アバタボール…実際に打席に立つとどの様な変化をするのだろうか。

まずは軌道を確かめたい。

 

初球。

投じられたボールは手元で揺れながら落ちた。

アバタボールだ。

 

『ストライク!』

真ん中低めに決まり1ストライク。

 

…予想していたよりもボールの変化の仕方が鋭い。

ナックル系のボールである事は間違いないけれど、最初から最後までナックルボールという軌道ではない。

途中まではまっすぐのようにスーッときてから手元で揺れ始めるのだ。

イメージとしてはナックルフォークというか、フォークの変化がナックル系に近いという感じか。

球速がナックルにしては速いというのもあって『緩く投げた球が揺れ動く』という一般的なナックル像からは外れている。

 

とにかく1打席目はボールをよく見ていくしかない。

 

2球目。

続けてのアバタボールは外角に外れてボール。

 

そして3球目、ストライクゾーンにきたアバタボールを空振りして1ボール2ストライクと追い込まれた。

 

…ここまで全球アバタボール勝負。

おそらくこの打席では他の球種は投げないはずだ。

しかし球種がわかっていたとしても打てるとは限らない。

ナックルというのはわかっていても打てないボール。

だからこそ、配球で裏をかく事も出来ず、ランナーからはカモとして盗塁を狙われる…弱点だらけのナックルボーラーたちは自らのボールの威力だけで勝ち続けてこれた。

そうして絶滅危惧種と言われながらも強烈な印象を後世に与え()()()を渡し続けてきたのだ。

 

俺が今対戦しているのはその()()()()()()の1番先…最先端というより極致にいる投手だ。

 

そんな相手に俺が出来る事は…。

 

『ザッ…』

阿畑さんが投手動作に入る。

そして、魔球を投げ込んできた。

 

『グッ、グッ、グッ!』

魔球は鋭く揺れながらこちらに向かって来る。

…やはりすごいボールだ。

 

その球に俺は食らいついた。

 

そう。俺に出来る事といったら、懸命に食らいつき、手を伸ばす事だけだ。

 

『ギャンッ!』

 

辛くもバットの先端に当たったボールは詰まりながらも一二塁間へ転がり、そして抜けていった。

 

「打った!初ヒット!」

 

ジャスミンベンチが沸いているのが目に入った。

そしてマウンド上の阿畑さんの口が小さく動いているのも。

あれは「やるやないか」と言ったのだろうか。

 

ええ、阿畑さん。

俺たちはやりますよ。

あなたの魔球に食らいついてみせます…!


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