5月中旬。
メンバー集めは完全に手詰まりとなっていた。
募集をかけても人は来ないし、直接誘ってもすでに他の部活に入っていたり、野球をやっても何のメリットもないと断られてしまう。
そもそも、聖ジャスミン学園は、将来なりたい職業に必要なスキルを身に付けるために進学をする人がほとんどで、やりたいことがない人は数少ない。専門学校に進むような感覚で入ってくる人が多いのだ。そんな人たちが自分の夢もそっちのけに、野球という横道に逸れてくれるはずがない(自分たちがやっていることを横道というのも微妙だが)。
グラウンドを使っての練習は未だできていない。放課後の誰もいない時間を見計らっての練習は教師に見つかり禁止されてしまった。だが、とりあえず9人集まれば正式な部への昇格も検討するということだったため、とにかくメンバーを探すことが最優先なのだ。
「メンバー集めもそうだけど、練習もしないと体がなまっちゃうよね……」
太刀川さんの言葉にみんな賛同する。確かに筋トレ、ランニング、キャッチボール、素振りの繰り返しで実践の感覚が鈍っていたことも事実だ。
「そのことなんッスけど」と川星さん。
どうかしたのか聞いてみると、
「実はほむらのウチ、バッティングセンターなんッス。
それでみんなのバッティング練習タダでやらせてくれないかって聞いてみたら……」
「聞いてみたら?」
「今日1日真剣に手伝いをしたら、店が休みの明日丸一日、ずっと使ってもいいってことになったッス!」
わっとみんなから歓声があがった。その中で川星さんは、小さな体を目一杯使って、えっへん、と胸を張っている。
放課後、バッティングセンターの手伝いをするためにみんなで集まった。看板には「年中無休」と書かれている。なぜ明日休みなのか聞いてみると、お父さんとお母さんが2人揃って用事だからそうだ。
……そんなに都合よく用事ができるものだろうか?
ひょっとしたら川星さんのためにご両親が気を利かせてくれたのかもしれない。川星さん自身もきっと頼み込んでくれたのだろうし。その気持ちに応えるためにも、一生懸命働くぞ!
☆
お客さんの対応やボール拾いを頑張っていると、聖ジャスミンの制服を着た女子生徒がやって来た。それを見て、川星さんと猫塚さんはその子のところに駆けていく。
「ナッチ! 偶然だにょん!」
「どうしたんッスか? へぇ〜、普段から結構来てるんスか! 知らなかったッス!」
会話が弾んでいる。川星さんも猫塚さんも、人気者だという事もあり交友関係がとても広い。スカウトの時も、話しかけた子が2人の友達だということは多い。
「紹介するッス! 友達の
よろしく、と眩しい笑顔を見せる女の子。茶髪のショートカットを赤いヘアピンで留めている。名前や見た目の通り、活発で明るい印象を受けた。
「ほむらが高校生になって初めて、野球の話を熱く語り合ったのはナッチなんッス!」
「へぇ、そうなんでやんすか」
夏野さんは、そう相槌を打った矢部君をじっと見ている。どうしたのか聞いてみると、中学時代に矢部君にそっくりな同級生がいたらしい。見た目以上に雰囲気がよく似ていたそうだ。
雑談もほどほどに、夏野さんはバッティングケージの方へ向かう。選んだマシンはMAX120km/h&変化球ミックスのものだ。作業を再開したいところだが、思わず手が止まる。
あのマシンで打つのか? それは無茶ってものだろう。遊びにきたんじゃないのか? よっぽど上手くないと、あのマシンでバッティングを楽しめるはずがない。
そしてマシンは動き始める。ある程度のタメを置いてから『ガシュンッ』マシンから放たれた120km/hの速球。それを夏野さんは『カーン!』と流し打つ。
2球目、緩いカーブ。その速度差にも崩されず、センター返し。ミートを心がけセンターから右方向に打っている。その後も、夏野さんはヒット性の打球を積み重ねた。
……この子は間違いなく経験者だ。それもかなり上手い。夏野さんがケージから出てくるのを見計らって、声をかけた。
「夏野さん、すごいね!
あんな上級者向けのマシンであれだけ打てるなんて!」
「まぁ、素人じゃないしね。
それにずっと通ってるから慣れてるだけだよ」
やはり野球経験者だ。ぜひ、仲間になってもらいたい。
「野球をやるメンバーを募集してるの知ってる?」
「うん、知ってるよ」
「よかったら一緒に野球をやってもらえないかな。
夏野さんみたいに実力のある人が必要なんだ」
「絶対にイヤってわけじゃないんだけど……。
う〜ん……」
「なに? どうしたの?」
「この同好会って、ソフトボール部と揉めてるよね?」
最大の問題点を指摘されギクッとした。確かにソフト部との関係性は改善されていない。というより、絶縁状態が続いている。
「そんな野球以外のところに問題点抱えてるようじゃ、ダメ」
「じゃあ、問題を解決したら入ってくれるんだね?」
「それともう一つ」
そう言うと、夏野さんの目が真剣になる。自然と、俺の顔からも笑みが消えていく。
「アンタたち、意思の統一できてる?
本気で勝ちたいって、全員が思ってるって言い切れる?
野球以外のことに振り回されて、忘れちゃってることもあるんじゃないの?」
今までのことを思い返す。
確かにそうだ……。たくさんの問題が積み重なって、どうしたらいいかわからなくなって、とりあえず形だけでも取り繕えればって思っていなかったか? そんなんじゃ、そんな寄せ集めの集団じゃ何もできやしない。逆境に立ち向かい、打ち勝つことなんてできるはずないじゃないか。
「アタシは、本気で勝ちたいと思ってる仲間と一緒にプレイしたい。
チームの勝利のために最善を尽くす選手でありたいんだ!」
「……」
沈黙が続く。夏野さんは、俺を気遣ってくれたのか、
「な〜んてね。
ゴメン、ちょっとマジになっちゃった」
と笑いかけてきてくれた。
そして「じゃあ、帰るね」と背を向ける夏野さんを俺はとっさに呼びとめる。
「……夏野さん! 全部の問題が解決して、このチームが本当にチームになったら……仲間になってくれる?」
「……その時が来るのを、楽しみにしてるよ」
彼女は、振り向き笑顔でそう言うと、俺の前から去っていった。