実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第49話 夏の予選 決勝 VSそよ風高校 ③

プロ球団のスカウトである影山 秀路は眼前の光景に息を呑む。

そよ風高校の応援団が落胆し、聖ジャスミンを応援する人々が熱狂する最中。

彼と彼の周辺に陣取る各球団のスカウトたちだけが鋭い、値踏みをするような目つきでグラウンドの状況を見つめていた。

そして少しすると、ある者は手元のノートパソコンのキーボードを叩き、またある者は分厚く使い古された手帳に何かを書き込んでいった。

だが影山だけはダイヤモンドを一周する、ある選手から目を離す事が出来なかった。

 

 

「…見事なホームランだ」

 

それも緊迫した状況の中、試合を動かすためのきっかけをチームが掴みあぐねていたところでのあの一打。

チームに勢いを与えるのは間違いない。

 

そして、それを阿畑君から打ったというのが素晴らしい。

彼がアバタボールと自称する、ナックル系の変化球。

それを打つために今までの打席とは違うアプローチで最高の結果を出した。

 

西京を圧倒した阿畑君の投球を見るために多くのスカウトが詰めかけているが…。

アバタボールを攻略した事でスカウトたちの目線は彼に移った。

 

…瀬尾 光輝君か。

新たなスターの誕生という訳だ。

 

だが彼にはもうひとつの顔がある。

チームのリリーフエースとしての顔が。

情報によると彼は中学時代、名門あかつきで()()猪狩 守君に次ぐ投手だったという。

ならばマウンドに立つ姿もぜひ見てみたい。

 

…なんて楽しい試合だろう。

スカウトとしてだけではなく、観戦者としてもこの試合には楽しみがたくさんある。

さあ、この先の展開も興味深く見させてもらおう。

 

 

「いやぁ…やられてもうたな〜!」

 

阿畑さんは頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。

あの滝本と清本を抑えたアバタボールがまさか打たれるなんて…!

それもホームラン!?有り得ない!

何かの間違いだろう!?

 

決め球を打たれたというのに阿畑さんは、

 

「やっぱり瀬尾はすごい奴やな〜、さすがはワイの見込んだ男やで〜」

 

と冗談めかして明るく振る舞っている。

それが僕には腹立たしくてつい声を荒げた。

 

「何笑ってるんですか!?

アバタボールが…あんなに苦労して身につけた球が打たれたんですよ!?

悔しくないんですか!」

 

阿畑さんは「まあまあ」と僕を諭そうとする。

その姿に無性にむかついて更に言葉を重ねる。

 

「僕は悔しいんですよ!

あれだけアザだらけになってやっと捕れるようになった球が打たれて!

「お前しか捕れる奴がいない」って言うから投手の練習を減らしてキャッチング練習に時間を費やしたのに!

…それに!

それに…あなたが努力してたのを知ってるから」

 

「お前はすぐにカッカしてからに…」

 

阿畑さんはそう言うと僕の頭をパシパシと叩く。

「江窪、お前はやっぱり投手やな。投手向きの性格しとるわ」と笑いながら。

 

「ただもうちょい辛抱してな?

この夏までは、マウンドはずっとワイのもんやから」

 

あ、そうそう、それは甲子園に行っても変わらへんからな?

阿畑さんはそうやって柄にもなくウインクなんかをしてみせた。

 

「打たれてしまったもんは仕方ない。

結果はもう変えられへんからな。

ならせめて()()くらいにはさせてもらわんとな〜?」

「えっ…布石って?」

 

僕の問いかけに阿畑さんはふっと笑った。

 

「まあ見とけや。

瀬尾は確かに怖いバッターや。

ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()

それまでに逆転頼むで〜。

なあ、江窪?」

 

 

「ナイスバッティングでやんす〜!」

「ありがとう、矢部君!」

 

この出迎えにハイタッチを交わして応える。

 

他のメンバーもとびっきりの笑顔を浮かべながら手を差し出してくる。

俺はその一人ひとりの頭上で互いの手を打ち合わせながら、本当にあのアバタボールを打つ事が出来たのだと改めて実感していた。

 

 

「それにしても…あんな魔球、どうやって打ったんでやんすか!?」

「うん。それはアタシも気になるな〜」

 

矢部君を筆頭に夏野さんたち、ベンチにいるみんながそう尋ねてきた。

感覚的な話になるから上手く言葉にするのは難しいけど、と前置きをしてから自分なりに説明をする。

 

「アバタボールの軌道は不規則で予測出来るものじゃない。

逆に予測してバットを出すとそれとは異なる変化をして空振りしてしまう可能性が高い」

 

うんうん、と矢部君たちは頷く。

 

「だから俺はポイントを前めに置いてアバタボールが変化をしきる前…まだ変化の小さい内に打とうと考えたんだ。

曲がりっ鼻を叩くイメージというか…。

その方がイメージと実際の曲がりとのギャップが小さいし、その分スイングの調整も間に合うと思って」

「それで今までとは違う打ち方になってたんだ。

ボールをとにかく捕まえてそこから力で持っていくような、ある意味強引なスイングに」

「うん、どうせ打てないならやってみるかと思って」

「なるほどねぇ…」

「ポイントを前めで、バットで捉えたら力で持っていく…でやんすか。

やってやるでやんす!次の打席が楽しみでやんす!」

 

鼻息荒く矢部君が意気込んでいると、夏野さんが、

 

「じゃあ矢部っちの前にランナーをためないとねぇ?」

 

と、いたずらっぽく笑う。

それに矢部君は、

 

「…出来ればツーアウトランナーなしの方がいいでやんす〜!」

 

と苦笑いで答えた。

 

 

そして試合は6回まで進む。

 

先頭バッターは9番の川星さん。

 

『ガッ!』

「くっ…!」

 

川星さんはシュートを打たされてサードゴロに倒れた。

 

「詰まらされたッス…」

「ドンマイ!切り替えていこう」

 

この声かけに川星さんは無表情で静かに頷く。

 

「ここまでほむらにはまっすぐとシュートしか投げてないッス。

ほむらにはアバタボールは必要ないって事ッスか、そうッスか…」

 

あの髭、舐めやがって…。

後悔させてやるッスよ…。

 

……と、何やら怖い言葉が聞こえた気がするが、その声の方向に顔を向ける事は出来なかった。

 

「や、矢部君〜、頑張れ〜…」

気を取り直して矢部君に声をかける。

…出来るだけ川星さんの方を見ないようにして。

 

「行くでやんすよ〜」

 

そんな状況をネクストにいた矢部君は知るよしもなく、意気揚々と打席へと向かう。

 

「前めで打つ、前めで打つ…。

力強く、強引に…よし、インプット完了でやんすよ!」

 

『プレイ!』

 

主審がそう発してからの第1球。

 

阿畑さんが投じたのはストレート、外角へのボール球だ。

際どいコースでもない明らかなボール球を、矢部君は何故か打って出た。

 

「矢部君っ!?」

「ボール球を打っちゃダメでござるぞーっ!?」

 

『ゴンッ!』

 

踏み込んで打った打球はボテボテと三遊間に転がる。

思いがけない打球にショートの反応が遅れる。

更にボール球を打ったからか、絶妙な詰まり具合となった打球を処理するまでにかかった時間は矢部君が1塁を駆け抜けるのに十分だった。

 

『セーフ!』

 

「やった!」

「結果オーライね…まったく!」

 

久しぶりのヒットにベンチが沸く。

結果が出ただけに小鷹さんも「予想外の事をする方が逆にいいのかもね」と苦笑いを浮かべていた。

 

「さあ、アンタは準備をしっかりしてきなさい。

あのコンビならチャンスでアンタに回してくれるはずだから」

 

そうやって小鷹さんにバットとヘルメットを渡され、俺はネクストへと向かう。

 

打席には2番の雅ちゃん。

 

その初球に矢部君は迷いなくスタートを切った。

 

『ブンッ!』

 

投じられたストレートを雅ちゃんはアシスト気味の大きなスイングで空振りをする。

だが矢部君はそんな手助けが必要ない程のスピードで2塁に到達した。

 

「速い、速い!矢部君、さすがだね!」

 

三ツ沢監督はこれに喜びながら、すぐに雅ちゃんにサインを送る。

そして…。

 

『コンッ…』

 

雅ちゃんはサイン通り、見事に送りバントを決めた。

これで2アウトながらランナー3塁。

 

そして俺の第3打席を迎える。

 

『3番 ライト 瀬尾君』

 

「瀬尾くーんっ!

オイラをホームに返して欲しいでやんすー!」

「またホームラン打っちゃって下さいー!

頑張ってーーっ!」

 

サードランナーの矢部君とネクストバッターズサークルの大空さんの声が耳に届く。

 

大空さんはああ言ってくれているけれど、この場面…とにかく矢部君をホームに返さなくてはいけない。

シングルヒット狙いでミートに徹する。

 

初球、外角低めへのストレート。

難しいコースに見事に決まる。

1ストライク。

 

…俺が今日の試合で打席に立って見たのはアバタボールだけだ。

それが頭に刻み込まれているだけに速球系のボールは普通よりも勢いがあるように見える。

緩急以上に軌道の差が大き過ぎて目が慣れないんだ。

 

だからと言ってアバタボールを使わないとは考えられないが…。

 

2球目。

『ククッ!』

内角に食い込むシュート。

しかしこれはボールだ。

 

見送ってカウント1-1。

 

そして3球目。

 

力強いストレートが高めへと投じられる。

俺はこれを打ちにいくが打球は勢いよくキャッチャー後方へのネットに当たった。

 

『ファウル!』

 

「…くそっ!」

タイミングは合っていたが差し込まれた…。

これで2ストライク、次はおそらくあの球が来る。

 

バットをぎゅっと握り直し、そして構える。

前の打席ではホームランという最高の結果だった。

でもこの打席はシングルでいい。

それならきっとチャンスはある…!

 

3球目。

やはり、と言うべきか。

投じられたのは魔球…アバタボールだ。

 

俺は2打席目同様、ポイントを前に置きアバタボールを打ち返そうとした。

しかし…。

 

『シュッ…クンッ!』

 

「なっ…!?」

曲がりが()()!?

 

曲がり鼻を捉えようとしたスイングは()()()()()()()()()()()()()()()()()アバタボールにかすりもしない。

 

『ストライク!バッターアウト!』

 

やられたっ…!

俺が前の打席と同じ打ち方をすると予想して…いや、()()()()()()()()()()()()()()()、アバタボール自体に手を加えてきたのだ。

本来ならプラスの要素にはなりづらい『曲がり始めが早い球』として。

そして俺はまんまと三振を喫した。

前の打席での成功を()()()()()()()

 

…さすがは阿畑さんだ。

完全にあの人の手のひらの上で踊らされた。

 

俺がベンチに戻ると聖ジャスミンのエースは既に準備を終えていた。

そして俺を気遣うように背中をポンと叩くと、

 

「切り替えよう!守備は頼んだよ!」

 

とにこりと笑った。

 

 

『ボール!フォアボール!』

 

6回裏、そよ風の攻撃。

先頭の1番バッターへのバックドアが外れてノーアウトからの出塁を許してしまった。

そよ風は相変わらずの待球でヒロに球数を投げさせている。

そしてその効果は投球に表れていた。

明らかな消耗と、ノーアウトでそよ風のランナーとの駆け引きを想像しての動揺が見え始めたのだ。

 

「…タイム!」

主審にそう告げると『カチャカチャ』と防具を揺らしてマウンドに向かう。

それに合わせて内野陣もマウンドに集まった。

 

「ヒロ、大丈夫?」

「タカ…あたしのボール、見切られてる?」

「そんな事ないわよ。

ヒロのボールはまだまだキレてるわ、安心しなさい!」

 

「そうだよ」と内野陣もそれに賛同する。

 

しかしヒロの疑念は消えない。

 

「バッターの反応が何か変なんだ。

余裕があるっていうか…。

見逃しの三振を奪っても『手が出なかった』という感じじゃなくて、その結果が想定内のような涼しい顔をしてるんだよ」

 

「それは動揺を見せないようにしてるだけでしょ?

考え過ぎよ!」

「うん…」

「さあ、切り替えて!

まずは1アウト取る事を考えましょう!」

 

そうして各々が自分の守備位置へと散っていく。

 

「リーリー…」

1塁ランナーはジリジリとリードを大きく取っていく。

左投げのヒロはセットポジションからその様子がまともに見えて、ランナーが気になっているようだ。

 

『………シュッ!』

ヒロの牽制球にランナーは1塁に戻る。

 

『セーフ!』

 

そしてボールをヒロに返し、彼女がセットポジションに入ると先程までと同様にリードを広げていく。

 

「リーリーリー!」

 

「くっ…!」

「ヒロ、集中してっ!」

 

私はミットをパシンと叩く。

そして、私が出したサインにヒロは頷いた。

 

初球。

『ザッ…』

 

投球に入ったのを見て1塁ランナーはスタートの動作を見せる。

 

『パシンッ!』

『ボール!』

 

そして私がボールを捕った頃には急ブレーキをかけて1塁ベースに戻っていた。

 

「偽装スタート…!」

 

…鬱陶しいわね。

 

ランナーに目をやりながらボールをマウンドへと投げ返す。

 

2球目。

スクリューが決まり1ストライク。

 

ランナーはまたも走るそぶりを見せてから1塁へと戻った。

…あのランナーのせいでヒロの集中力が削がれている。

それならむしろ走ってもらった方がいい。

 

とにかくバッターを打ち取るわよ。

出したサインはカーブ。

大きく弧を描いてボールはミットに収まった。

 

『ストライク!』

 

これも()()だけで走って来ない…か。

好きにしなさい。

ヒロ…次はこれよ。

 

こくりと頷いたヒロはボールを投げ込む。

 

「ふっ…!」

 

選んだのはストレート。

いい球よ、これなら…。

 

バットに当たらない。

そう思った矢先、2番打者が取った行動はヒッティングではなかった。

 

『コンッ…』

 

「送りバントっ!?」

ランナーを走らせればいいのに…何を考えてるの!?

 

「私が捕る!」

 

…2塁は間に合わない。

ボールを1塁に送り1アウト、ランナーは2塁へ。

 

…初めから走る気はなくて、送りバント(これ)が本命だったって事?

おちょくってくれるわね…!

 

「ヒロ、ここからはバッター集中よ!」

「うん!」

 

ここで迎えるのは3番の江窪。

粘り強く攻めなくちゃね…!

 

そして、江窪への初球。

『ザッ!』

 

ランナーは迷いなくスタートを切った。

私たちが選んだ球種はシュート。

これを江窪は見送る。

 

『ストライク!』

 

そしてすぐに3塁へと送球する。

 

『シュッ!』

『ザザッ!』

 

ランナーはスライディングでベースに滑り込む。

 

結果は…!?

 

『セーフ、セーフ!』

 

「くっ…!」

しまった…!

三盗を許してしまった…!

 

ランナー2塁、しかも勿体ぶって走らないランナーをバントで進めたという状況で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

投球モーションも緩かったし、私の送球もワンテンポ遅れた。

…これで『二盗を許してから送られた』のと同じ状況になった。

 

でもダメージで言うと…明らかに現状の方が大きい。

 

ヒロ、踏ん張って…!

 

『シュッ!』

『ボール!』

 

「くっ…!」

 

『ボール!』

『ボール!』

『ボール、フォア!』

 

……結局、江窪に対しては制球が定まらず四球を与えてしまった。

1アウト、ランナー1・3塁。

 

そして4番を迎える。

 

…これは1点は覚悟しないとね。

犠牲フライでも内野ゴロでもいいからとにかくアウトが欲しい。

そりゃ三振が1番いいけど、今のヒロの様子じゃ傷口を広げかねない。

早めのカウントで手を出してくれれば…。

 

初球、動くストレート。

バッターはこれを見逃す。

『ストライク!』

 

その間に1塁ランナーの江窪は2塁へと進んだ。

 

…これはしょうがない。

ここで2塁に投げたら3塁ランナーがホームに還ってくる可能性がある。

少しでももたついたら1点、普通に2塁に投げても刺せずにオールセーフの可能性だって十二分に考えられる。

 

次よ、次!

 

2球目。

私はカーブを要求する。

これが外れてボール。

 

サードランナーは私がボールを捕ったのを確認するとすぐにベースに戻った。

ボールをこぼさないかと期待して、もしこぼすようならホームに突入しようと様子を見ているのだろう。

だが同点のランナーだけに慎重を期しているのか、大きなリードを取っている様子はない。

…これならさすがにホームスチールはないわね。

 

「…ん?」

 

それに比べると2塁ランナーの帰塁が()()…?

 

「……」

 

3球目。

シュートをボールゾーンへ。

 

そして捕球してすぐに2塁へと目をやる。

 

…やっぱり戻るのが遅い。

これなら…。

 

4球目。

球種はストレート。

それも目一杯の速い球。

 

『パシンッ!』

『ボール!』

 

見逃し?構わないわ!

それより2塁ランナーは…?

 

やはり2塁ベースから遠い位置にいる。

そしてサードランナーが自重しているのは確認済み。

 

ならっ…!!

 

『シュッ!』

いけるっ!

 

私は緩慢な2塁ランナーを刺すべくセカンドへとボールを投げた。

 

 

 

「小鷹…」

 

幸子は「ふぅ…」とため息をつきながらつぶやいた。

同じ女性捕手として共通の『肩の強さ』についての問題、盗塁などの機動力への対策に頭を悩ませているだけに、自分に重なる部分があるのだろう。

ボクも投手として相方の幸子がどれだけの試行錯誤を繰り返しているか知っているだけに、なかなか声を掛けられないでいた。

 

そんな中、幸子同様に女性捕手である聖ちゃんが言葉を紡いだ。

 

「帰塁の遅い2塁ランナー、逆に慎重でリードの小さい3塁ランナー…。

1アウトでバッターは4番。

1塁は空いている…この状況であれば」

 

小鷹先輩は責められない、むしろ相手を褒めるべきだな。

聖ちゃんはそう言って目を閉じた。

そうして訪れた静寂を、

 

『セーフ!オールセーフです!

そよ風、見事な走塁を見せました!

まさに『機動破壊』という言葉が相応しい〜!』

 

というラジオからの声が切り裂いた。

 

…状況はこうだ。

帰塁の遅い2塁ランナーを刺そうとタカはボールを2塁に送った。

3塁ランナーのリードは小さく、隙を見ての突入はないように思えた。

ボールカウントは3ボールとなったが、2塁ランナーを刺して2アウトに出来れば次で歩かせてもあと1つのアウトを取ればいい。

 

そう考えタカは2塁ランナーを刺そうとした。

…普通であれば大ファインプレイだ。

そもそもレベルの高い捕手でなければあの隙は見抜けなかった。

だからこそ、そよ風の術中に(はま)った。

 

2塁ランナーの隙は『罠』だったのだ。

あれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からこその行動。

その為の演技…つまり、わざと隙を作ったのだ。

 

2塁へとボールが送られた瞬間、そよ風のランナーたちはスタートを切った。

ダブルスチールだ。

 

ボールが途中でカットされる可能性を考えればギャンブル性が高い選択だったが、それはないとそよ風は確信していた。

そう言い切れる程、丁寧に餌を撒いていたのだ。

各ランナーの隙の有無、警戒のレベルを刷り込んでおく事で。

敢えて気づかせ、その気づきによる喜び…希望を持たせる事で『それ』を逆に利用した。

 

その結果がオールセーフ。

3塁ランナーはホームインし、2塁ランナーは3塁へと進んだ。

カウントが3ボールとなった4番は、

 

『フォアボール!』

 

四球で出塁しすかさず盗塁で2塁へと進む。

 

そして、

 

『5番バッターはセカンドゴロ!

しかしその間に3塁ランナーはホームへ!

逆転、逆転ですっ!!」

 

「あおいさん、このままじゃ…っ!」

 

焦りと不安が入り混じった声色でみずきちゃんがボクの名前を呼んだ。

確かにここで踏みとどまる事が出来るかが勝敗を大きく左右する。

 

チーム逆転を許し、2塁ランナーもすかさず3塁に進んだ。

 

マウンドのヒロも、マスクを被るタカも…心が折れる寸前だ。

 

まさに絶体絶命の大ピンチ。

 

だからこそ、ここで彼女たちを救えるのは。

 

「…キミしかいないよ?」

 

 

三ツ沢監督が主審に交代を告げる。

そしてアナウンスが木霊(こだま)した。

 

『守備の交代をお知らせします。

レフトの美藤さんがライト。

ピッチャーの太刀川さんがレフト』

 

そして…。

 

『ライトの瀬尾君がピッチャー。

以上に代わります。

ピッチャーは…瀬尾君』

 

このアナウンスが聞こえると客席からはワーッという歓声が響いた。

視線は右翼手の守備位置からマウンドへと向かってくる少年へと注がれている。

少年はマウンドに到着すると(うつむ)いている少女からボールを受け取ると言葉を交わした。

そして同様にうなだれている捕手の少女の肩に手をやると笑顔を見せた。

その表情を見て、彼の声を聞いた少女たちは少しだけ気が楽になった様子で、それぞれの守備位置へと向かっていった。

 

…彼はおそらくこう言ったのだろう。

 

「大丈夫、あとは俺に任せて」


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