『カンッ!』
美藤さんが放った打球はセカンドベース方向に転がる。
しかし打球に力がなく、遊撃手がボールを捕ってそのままベースを踏み1塁ランナーの大空さんはフォースアウト。
これが3つ目のアウトとなり攻守交代となった。
「よーし切り替えよ、切り替え」
小鷹さんはそう言って手を叩く。
そうして俺がが準備を終えベンチを出るのに合わせてグラウンドに歩き出した。
「瀬尾。点を取った直後の先頭バッターには注意よ。
特に初球ね。
…まあ、アンタなら心配いらないと思うけど」
「うん。
ちゃんと小鷹さんが構えたコースに投げ切るよ。
大空さんのあの身体を張ったプレイを無駄にする訳にはいかないからね」
「……」
小鷹さんはそう答えた俺の顔をジッと見つめている。
「?
小鷹さん、どうしたの?」
「…いや、何でもないわ。
ただ…やけに気合の入った表情してるから」
何となくいいピッチングしてくれそうだなって、期待していただけよ。
そう言い残すと小鷹さんはキャッチャーの守備位置へと向かっていった。
☆
『ストライク、バッターアウト!』
『ストライク、バッターアウトッ!!』
『ストライク、バッターアウトォ〜ッ!!』
9回裏、そよ風の攻撃。
6番から始まる3人を連続三振に仕留めこの回を終える。
「ナイスピッチング!」
小鷹さんとグラブ同士をバシッと合わせる。
その横を夏野さんが、
「こりゃ攻撃にも勢いが出るってもんだね!」
と言ってベンチに走っていく。
そして延長戦、10回表の攻撃はその夏野さんから始まる。
『6番 セカンド 夏野さん』
「よぉーし、アタシが突破口を開いてやる!」
よく通る声で夏野さんがそう吠えた。
そよ風バッテリーも警戒を強める。
そして夏野さんへの第1球目。
『すっ…』
投じられたボールに夏野さんはバントの構えを見せる。
しかし外角へのストライクをバットを引いて見送る。
『ストライク!』
2球目も内角、ボールになるシュートをバントの構えからバットを引いて見送った。
これでカウント1-1。
「何や、小細工しやがって」
夏野さんがセーフティバントの構えをする度にチャージをかけていた阿畑さんはそうこぼす。
それに夏野さんは「それはお互いですぅ〜だ!」と舌を出して答えた。
そして3球目。
内角高め、ボール気味のストレートを夏野さんは引っ張る。
『キィン!』
打球は快音を残しレフト前へと転がっていく。
電光掲示板には『H』のランプが灯った。
「よし先頭が出た!」
「…ここでチャンスを広げたい」
ここでベンチからサインが出る。
7番の小鷹さんは1ボール1ストライクからの3球目。
低めのアバタボールに辛くもバットを当てる。
打球はファースト前に転がり、ランナー夏野さんは2塁へ進む。
「ナイス!」
小鷹さんは見事に進塁打の指示を全うした。
そよ風バッテリー相手に見え見えの送りバントをするのは、ランナーが矢部君程の俊足でないと危険だ。
まっすぐで詰まらされたり、シュートで内を突かれたりとこちらの狙いの逆を攻めようとしてくる。
それなら読み合いに勝ってまともにバントを決めるより、ヒッティングでゴロを転がす事を狙いつつ、ボールによってはヒット狙いに切り替える方が安全だ。
ランナーが野球巧者の夏野さんでバッターが小鷹さんならば臨機応変に対応出来るから、という限定的な状況での作戦ではあるのだが。
1アウトランナー2塁。
ここで打席には8番の太刀川さんが入る。
「…お願いします!」
左投げではあるが太刀川さんは右打ちという事で右打席に入る。
その様子だけ見ているといつもの通りではある。
だが、中盤までマウンドに立っていた事、そして外野に移ってからも守備機会が多かった事で彼女の疲労はピークに達している。
バットを持っている腕が少し下がっており、肩も僅かに上下しているように見える。
しかしそれはマウンド上の阿畑さんも同じだ。
頰を膨らまし溜めた息を吐き出している姿やマウンドを慣らしている時の表情からもそれは明らかだった。
『プレイ!』
『シュッ!』
太刀川さんへの1球目はストレート。
これが内角に決まり1ストライク。
続く2球目もストレートが続く。
これは見逃してボール。
そして3球目。
『ククッ!』
ボールが右バッターである太刀川さんの内角に食い込んでくる。
シュートだ。
太刀川さんはこれを打って出る。
『カッ!』
しかし振り遅れたバットは芯を外され、打球は三塁側ファウルゾーンに力なく転がる。
『ファウル!』
これでカウント1ボール2ストライクと追い込まれた。
左投げの太刀川さんが右打席に立つという事は利き手を投手側に向けるという事だ。
死球になるようなバッターに近いところにボールが来れば利き手を直撃する可能性がある。
この内角攻めは投手が本職の身からすれば抵抗があるだろう。
そして太刀川さんは疲労でスイングスピードが落ちている。
そよ風バッテリーからすれば疲労している状態でアバタボールを投げて、それが抜けて痛打されるよりは打ち取る可能性が高いと踏んだのだろう。
それに阿畑さんの疲れが顕著になっているだけにすっぽ抜けでぶつけられるかも…というイメージもあり手を出しにくくはある。
ならば…。
4球目。
そよ風バッテリーは内角球を続けてきた。
太刀川さんもこれを読んでいたのか左足をバッターボックスの外側に踏み込みこれを迎え撃つ。
「もらった!」
しかしボールはここから内側へと曲がってくる。
太刀川さんはこれに膝を
打球は詰まり、三塁手の上空へとふらふらと上がる。
『オーライ!』
三塁手は手を上げると背走の形で打球を追う。
「…超えてっ!」
三塁手のサポートに左翼手は前進。
遊撃手も三塁手の近くへとポジションを取る。
…だがボールは三塁手のグラブの先を僅かに超え、その三者の中間に落ちた。
「やっぱりね!」
その隙に2塁走者の夏野さんはハーフウェイから3塁へと向かう。
…打球が落ちる前。
三塁手が捕球する意思表示をしていたが、もし仮に捕れたとしてもスムーズな送球は出来ない体勢になる。
そしてボールをこぼす可能性もあったという事で夏野さんはポテンヒットでも進塁出来るようにぎりぎりの位置取りをしていた。
そしてその備えが功を奏したのだ。
それは彼女のランナーとしての意識の高さと、自身の内野手としての経験、技術があってこそのものだった。
「夏野さん、ナイスラン!」
声援に夏野さんは「イェイ!」とピースサインで応える。
「太刀川さんもナイスバッティング!」
これに太刀川さんはバットの押し手である右手をぶらぶらと揺らし、「痺れた〜」というジェスチャーをしながら苦笑いで手を振った。
インコースのシュートを打って打球も詰まっていたのだから、なかなかの衝撃だっただろう。
しかし太刀川さんはバットをしっかりと振り切り三塁手の頭を超える打球にしたのだ。
1アウトランナー1・3塁の大チャンス。
ここで迎えるは…
『9番 ファースト 川星さん』
「よし…行くッスよぉぉっ!!」
川星さんは名前をコールされるとネクストを勢いよく飛び出し打席に入った。
そしてブンブンと素振りをして気持ちを高める。
「…」
その時、そよ風ナインの守備シフトが動く。
内野はバントシフトかと見紛うばかりにファーストとサードが前進し、二遊間も二塁ベースよりも前に出た。
内野陣のこれ見よがしなバックホーム体勢に続き、外野も極端な超前進守備へと移動する。
そして外野陣が各塁のすぐ後方にポジションを取る。
…これだけ内外野が近いとポテンヒットはほぼ望めず、タッチアップでサードランナーが生還する事も出来ない。
一方で外野の頭を超えられれば走者一掃のタイムリーになるのは確実の非常にリスキーな守備陣形となっている。
通常の外野手が守る定位置への打球であってもライナー性の速い打球であればそのまま抜けていってしまうのではないだろうか。
「……っ!?」
これには川星さんも思わず顔をしかめる。
言ってみればこれはそよ風ナインからの
『お前ではまともな打球は飛ばせない。
狙えてもスクイズぐらいだろうがそうはさせない。
ここは簡単にアウトを取らせてもらう』
という挑発に他ならない。
「ふざけんなッス!
ほむらだって…っ!!」
川星さんはベンチから見ていても分かる程に力み、肩に力が入っている。
「川星さん、力を抜いて!
シフトに惑わされずに基本のセンター返しを意識するんだ!」
ベンチからの呼びかけに川星さんは「分かっている」と頷くものの表情は固く、
そして、そよ風バッテリーがサイン交換を終え、阿畑さんが初球を投じた。
『シュッ…ククッ!』
初球は真ん中低めへのシュート。
明らかにゴロを誘っているボールだ。
川星さんはこれに手を出すものの、打球は三塁コーチズボックスの方へのファウルで1ストライク。
阿畑さんは間髪いれずに2球目を投じる。
『バシンッ!』
『ストライク!』
2球目はストレート。
これが外角いっぱいに決まり手が出ない。
「…川星さん!」
聖ジャスミンベンチは息を飲みながら戦況を、彼女の奮闘を見つめていた。
☆
2球で2ストライクと簡単に追い込まれた。
…次は何で来る?
この回からそよ風バッテリーの配球はシュートを増やしたものに変わっている。
でもそれは単に下位打線が相手だからアバタボールを温存しているだけかもしれない。
いや、追い込んだ場面では無理に併殺やゴロアウトを狙わずに三振を奪いに来るか?
頭の中がぐるぐると回る。
自分はプレイヤーとしては初心者に毛が生えたようなものだが、野球を知識を活かした…例えば配球の読み合いなどでは他のメンバーに引けを取らない。
…そう思っていた。
でもそれはあくまで観戦している立場だから思った事で、
グラウンド上で刻々と変わる状況にはそんな頭でっかちなだけの知識では対応出来ない。
それに1つ1つのプレイ、選択が理屈では説明出来ない感情から起因している事だってあるのだと実際に体験して知った。
そんな中で私に何が出来る?
むざむざアウトを1つ相手に献上する事?
それともチャンスを潰したという結果をチームにもたらすの事か?
「そんなのイヤッス…!」
バットを握る手に力が入る。
頭はカーッと熱いのに背筋は寒い。
音は耳に入っているのに何も頭に入って来ない、そんな時。
声が聞こえた。
川星さん、思い出して。
今までの練習を。
これまでにしてきた努力を。
という声が、聞こえて来たのだ。
★
これは予選が始まる前の話。
スタメンで出る以上はチームの役に立ちたいという私の思いを察してか、彼が居残り練習に付き合ってくれた時の事だ。
「瀬尾君は何を考えて野球をやってるんスか?」
「えっ!?
俺、川星さんから見て何か変な事やってた!?」
練習を終え部室で帰り支度をしている中、私は何の気なしに瀬尾君に話しかけた。
しかし何の脈絡もないこの問いに彼は戸惑っている。
しまった、あまりにも唐突過ぎた。
すると瀬尾君は、何故か少し申し訳なさげにそう尋ねてきた。
「いやいや!
そういう意味じゃないッス!
ただ、ここぞって時の判断とか、何を基準に考えてるのか知りたかったンスよ」
「…あ〜、そういう意味か!」
「安心したよ」とほっと溜め息をつく瀬尾君。
そうしているのも束の間、私の質問に頭を悩ませ始めた。
「何を判断基準に、か…。
バッティングでもピッチングでも状況に応じてっていうのが1番かな。
点差やアウトカウント…最低でもしなくてはいけない仕事は何か。
逆に絶対に避けなきゃいけないのは何かっていうのは考えてるかな」
「「最悪でも進塁打」とか「このバッターにはシングルヒットはOK、長打だけは避ける」とかッスか?」
これに瀬尾はうんと首を縦に振った。
「じゃあ、バッターとして相手の配球を読む時は?
どうやって球種を絞るんスか?」
「う〜ん、配球に傾向が出てれば分かりやすいんだけど…。
そうでなければやっぱり相手の配球の意図を察する事かな。
ゴロを打たそうとしてるとかファウルを打たせてカウントを稼ごうとしてるとかね」
「う〜ん、なるほど〜」
私は目を
そして顔をあげると…
「……」
瀬尾君がこちらをじっと見ているのに気付いて心臓が一瞬飛び跳ねた。
「ど、どうしたッスか!?」
「いや…今のも、さっきの質問も川星さんなら既に答えが分かってるはずなのに、どうしたんだろうって。
…何か、不安に思ってる事があるのかなって」
「……お見通しッスか」
私は「あはは…」と笑い、頭を掻いた。
そして、自分で言うのも何だけど…と前置きをしてから話し始めた。
「ほむらは野球が好きで…野球の勉強は人並み以上にしてきたつもりッス。
トップ選手の著書を読んだり、名捕手の配球理論を勉強したり…。
でも…どれだけ勉強して、練習しても…」
結果が出ないんスよ。
自分で発した言葉に鼓膜が震え、その内容があまりに情けなくて泣きそうになる。
そう、私は自分が活躍出来ない事を悩んでいるだけで。
それを素直に言えずに…でも、それでも頑張っていると言って欲しくて。
意味のないアピールをしていたに過ぎないのだ。
思ったとおり瀬尾君の表情が曇る。
こうなると分かっていて、こうなって欲しくて言ったのに、彼の顔を見て胸がきゅっと締め付けられる。
彼は私が望んだ通りに、欲しかったものを…同情をくれたというのに。
「…そっか」
瀬尾君はそんな自分勝手な思いを飲み込んで。
そして、
「その気持ち、俺にもわかるよ」
と共感を示してくれた。
「俺も…あかつきですごいやつを沢山見てきた。
追い抜かれもした。
悩みもしたけど、それを誰かに打ち明けて、ヒントをもらって自分を高めようとする事が出来なかった」
だから川星さんはすごいよ。
そう彼は私を褒めてくれたのだ。
違う、違うのに。
私は『フリ』をしていただけで、本当に成長しようとしていたわけじゃない。
自分を高めようするんじゃなく、あなたをここまで落とそうとしたのに。
それなのに…。
私が
「そういえば、俺がスランプとか結果が出せない時にやってた事があるよ!」
「…?」
「それはね、それまでの自分を駆け引きの材料に使うって事なんだ。
「こいつはここには手が出ない。だからここに投げておけばいい」
…そう相手が思って投げてくるボール。
それだけを狙うんだよ」
「『餌をまく』じゃないけど、自分の力だけで足りないなら、それが通用する状況を自分で作るしかないからね」
そう言うと瀬尾君は席を立った。
「明日は学校も練習も休みだから、川星さんさえ良ければいくらでも話を聞くよ。
ただ話してばかりだと喉が乾くでしょ?
コーヒーを淹れてくるから少し待っていて」
そうやって彼が私から離れた少しの間。
私は、嬉しくて、情けなくて、恥ずかしくて。
少しだけ、泣いた。
★
…あの時の彼の言葉。
そしてもらった
2ストライクに追い込まれた3球目。
私はこれに完全にヤマを張って対応した。
ここまでの全打席。
阿畑は私にはアバタボールを投げてきていない。
ストレートとシュートだけで打ち取られている。
…打つ気配を感じさせない程、一方的に。
そして延長戦での、この超前進守備には相応のリスクが伴う。
外野の頭を超える打球を打たれるわけにはいかない。
その思いがバッテリーにはあるだろう。
つまり、
だとすれば、疲労が蓄積した状態で失投の恐れのあるアバタボールはないと私は
9回の捕手のミスに信頼が揺らいで、落ちる…ましてや揺れる球は投げられないと思っているかもしれない。
私程度のバッターに自分のウイニングショットを投げてたまるか、というプライドもあるはずだ。
これだけの理由を挙げて、私はようやくアバタボールを思考から外せた。
…あとはストレートとシュートの2つだ。
この2球種でよりジャストミートが難しいのは…。
「来い、来い、来い…」
私は願うように、祈るように唱える。
投じられたボールはストライクゾーンまで迫ると、
「─────来たッス!!!」
始めから『それ』だけを狙って、『それ』を打つためだけのスイングで備えた。
だったら自分でも打てるはずだ。
…頭の中で彼の言葉が反響する。
あの『餌をまく』という言葉。
でも私にはまけるようなエサなど持ってはいない。
だから、弱くて情けない自分をエサにするしかない。
食いつかれ、牙を立てられても、それが抜けなくなる程深く突き刺さるのを声を殺して待つしかないのだ。
でもいいんだ。
だって、それくらいしなくっちゃ。
───彼に報いる事など出来ないから!
「いけぇぇぇーっ!!!」
…キィィン!
打球音が球場に響く。
バットがボールを捉え、打球はレフト線へと飛んだ。
本当に自分の打球かと見紛う程の鋭いライナーは、「ファウルになるな」と私が心配するまでもなくフェアゾーンに落ち、無人の外野を転々としていく。
それに左翼手が追いつき、返球するまでの間に私はベースを駆け回り、そして3塁に滑り込んだ。
ランナー一掃の3ベースヒット。
勝ち越しの2点タイムリーとなり、スコアは4-2となった。
「やった…やったッス!!!」
「ほむほむ〜!
よく打ったよーー!!」
「ナイスバッティング!」
チームメイトからの歓喜の声にガッツポーズで応える。
そして、
「川星さん!
すごいよ、本当にすごい!!」
という、何よりも胸に響く彼の言葉が私の視界を滲ませた。
でも、大丈夫。
今度の『これ』は情けない自分を恥じたからではなく。
……喜びからのものだから。
☆
その後、試合の流れは聖ジャスミンへと傾いた。
1番の矢部君が死球。
2番の雅ちゃんが四球を選び、満塁。
ここで光輝君が満塁ホームランを放ちリードを6点差に広がる。
更に長打と進塁打、スクイズが決まり9-2となったところでジャスミンの攻撃が終わった。
そして…
『ストライク!バッターアウト!
…ゲームセット!』
『試合終了〜!
聖ジャスミン学園、優勝です!
見事甲子園への扉をこじ開けました〜!!』
ラジオからはアナウンサーの絶叫が響き渡った。
そして迎えた10回裏を光輝君が3人で締めて聖ジャスミンの勝利となった。
「はぁー…良かったぁ…!」
ボクの安堵の声にみずきちゃんも共感した。
「ホントですよね〜!
一時はどうなる事かと思いましたよ!
でも川星先輩が決勝打を打つなんて…。
あおいさんは想像出来ましたか!?」
と興奮気味に尋ねてくる。
「光輝君から「川星さんはここぞって時に強いんだ!」とは聞いていたけど、まさかほむらちゃんが試合を決めるとは思わなかったよ!」
…本当に良かった。
頑張ってたもんね、ほむらちゃん。
「だがあそこで打てたのも聖ジャスミンの『打線』としての力の賜物だな。
10回にそよ風バッテリーの攻めがシュートを軸とした配球に切り替わったのも、ジャスミン打線が粘りからだ。
アバタボールを多く投げさせ疲労を誘った事と打つべき打者が打つべき時に仕事をした事が大きい」
「瀬尾がアバタボール攻めの中ホームランを打った事。
そして最終回の4番 大空の同点打。
投手陣の頑張りも見逃せないね。
そうだろ?」
聖ちゃんの言葉を幸子が補足する。
これに聖ちゃんも、
「む…そうだな」と頷いた。
「どうよ聖!
アンタも今回ばかりはさすがに光輝君の事を認めざるを得ないんじゃないの?」
「……まあ、そうだな。
4回の先制ホームランに、9回の走塁、好リリーフに満塁ホームラン…。
これだけの活躍を見て賞賛を送らない程私はひねくれてはいないぞ」
「そうかなー?
聖、光輝君の事なかなか褒めないじゃん?」
「軽々しくに口に出さないだけだ。
だが今日の活躍は…」
まるであいつのようだ。
と聖ちゃんは呟いた。
誰との比較かは分からないけど、光輝君がすごいって事は聖ちゃんも理解してるみたいだ。
でも、これからだよ!
これからはボク達だけじゃなくて日本中のみんながそれを知る事になるんだから。
だって、次に彼らが暴れる事になるのは…
「球児の夢舞台、甲子園なんだから!」
☆
「阿畑さん…すいませんでした!」
「何や江窪、どないしたんや?」
「俺のミスで…阿畑さんの夏を終わらせてしまって。
僕は…僕はっ!!」
阿畑さんはそっと僕の肩に手を置く。
そして優しく言葉を選びながら話し始めた。
「江窪、お前がどうとかやない。
そんな事より大事なのは、お前がおったからそよ風はここまで勝ち進めて、お前がおったからアバタボールは完成に至ったって事や」
そして僕の目を見てこう続けた。
「ワイが言いたいのは「今までありがとう」と「これから頑張れよ」の2つだけや!」
……と。
そして、
「お前はワイの後継者や。
完成させろよ、お前の『エクボール』を!」
と言うと「ちょっと便所行ってくるわ〜」とこの場を去っていった。
…はい、阿畑さん。
僕も頑張って自分なりのナックル…エクボールを完成させてみせます!
☆
「ぐっ…ふぅっ…!!」
ワイは江窪と別れて、そんで悔しさが溢れて柱にもたれて…泣いていた。
するとそこに聞き覚えのある、腐れ縁の声が聞こえてきた。
「やっちゃん、泣いてるん?」
「アホ、泣いてへんわ!
茜(あかね)、お前何しに来たんや?」
こいつは芹沢(せりざわ) 茜(あかね)。
ワイのガキの時からの幼なじみで女やのに気の強い男みたいな性格のやつや。
…これまで野球部のマネージャーとしてワイらをよう助けてくれてた。
「やっちゃん、無理してるんちゃうかなって。
様子見に来たら案の定やったわ」
「……はあ。
お前には敵わへんな」
思わず笑みがこみ上げる。
こいつを見とると、何か元気出てくるわ。
「甲子園に連れてくって約束、守れんくて悪かったな」
「ホンマやで!
約束やぶったら針千本…覚えてるか?」
「ああ…言うたな、そんな事」
「あたし、忘れてへんから」
「…言うてしまったなあ。余計な事を」
「……」
「……」
しばらくの間、お互いに無言が続く。
気まずさに耐えられずワイは切り出す。
「お前…こんな所におってええんか?」
「どういう事?」
「だから…その…。
……江窪の所に行ったらんでもええのかって聞いてんねん」
「…何で江窪君が出てくるん」
「いや、だってお前…」
お前、江窪の事を…。
「───このドアホ!!」
「へ……?」
「何勘違いしてんの!
あたし、別にそういう目で江窪君の事見てへんよ!」
そ、そうやったんか…。
「…あたしは、来たかったからここに来て、会いたかったから…心配やったからやっちゃんのとこに来てんの!」
「えっ…」
「だから…『そういう事』よ!!」
───二人の間をそよ風が吹き抜ける。
それはとてもあたたかい風で、まるでこれからの二人の日々を表しているかのようだった。
☆
「ワァーーッ!!」
「やったぁーっ!!」
「信じられない!
まだドキドキしてるよー!!」
聖ジャスミン学園のメンバーが喜びを爆発させる。
それはそうだろう。
激闘の末に勝利を掴み、そして…甲子園出場を決めたんだから!
「おい、瀬尾」
チームメイトの喜びを感動を覚えながら眺めていた俺にそよ風のエースが声をかけてきた。
「阿畑さん…」
「何、辛気臭い顔しとんねん!
人が折角おめでとうって言いに来たっちゅうのに」
「あ…ありがとうございます!」
「おう!甲子園でも暴れて来い!
…あ、そうそう、それとな…」
「?
何です?」
「お前のチェンジアップ、ホンマにスゴかったで!
バットに擦りもせんかったわ!
このワイが認めたる、アレは一級品のウイニングショットや!
アバタボール級のな!」
「ありがとうございます!」
阿畑さんがここまで言ってくれるなんて…!
これで今まで以上に自信を持って投げていけそうだ。
「そこでや!提案なんやが…」
「?」
「ワイのアバタボールみたいに規格外のボールには名前が必要やろ?
お前も考えといたらどうや?」
阿畑さんはそう言い残すと「邪魔して悪かったな」と去って行った。
「ちょっと〜?
瀬尾、どこほっつき歩いてるのよ!」
「小鷹さん!」
「ほら、アンタも来なさい!
今日はこれからお祝いよ!
みんな待ってるわ!」
「瀬尾くーん!」
「ほら、ヒロも呼んでるわ!
ほら、行くわよ?」
『グイッ!』
「ちょっ…!?小鷹さん?」
『グイッ!グイッ!グイッ!』
「強い強い!
引っ張る力が強いよ小鷹さん!
「ふふ〜ん!」
小鷹は俺の言葉を意に介さず、どんどんと俺を引っ張る。
「…聞いてない!?
もう、小鷹さんってば〜!!?」
そうして俺は仲間達の輪の中へと手を引かれていったのだった。