「甲子園でも全力を尽くして頑張りたいと思います!」
『………はい!
ありがとうございました!
甲子園でも頑張って下さいね!』
甲子園への切符をかけて争った夏の予選が終わってから1週間が過ぎ、聖ジャスミン野球部の周辺はかなり騒がしくなっていた。
取材の依頼がひっきりなしに届き、三ツ沢監督はその対応に追われていた。
「いやぁ〜、参ったよぉ。
『甲子園出場校の監督として一言お願いします』とか『名将との対談を企画しました』とかさぁ。
私、そんなすごい指導者じゃないし…。
甲子園に連れて行ってくれたのは選手のみんななのにね」
と監督は溜め息をついた。
…監督本人は口にしないが、メディアからは『甲子園出場校で初の女性監督』だとか『野球未経験の監督』である事がピックアップされていて、気に障るような質問も多くあるようだ。
でも監督は「女性選手や女性の指導者の間口を広げるためにもここで頑張らないとね」と踏ん張っている。
そして、メディアからの注目を集めているのは監督だけではない。
『太刀川さん、男子のバッターと対戦して男女の違いって感じますか?』
『小鷹さんは大柄な体格って訳じゃないけど、キャッチャーって大変じゃない?』
「男子の選手がチームにいる中で4番を務めるというのはプレッシャーにはなりませんか、大空さん?」
メディアからの取材攻めに
チームメイト達は若干の緊張を感じさせながらもインタビューに答え、返答が難しい質問は上手に
しかし……。
『チームには女の子ばっかりだけど緊張とかしない?』
『恋愛に発展したりしないの?』
『チームメイトの中で強いて言うなら誰がタイプなのかな?』
と、俺にはどうにも答えづらい質問ばかりが飛んで来る。
「い、いや、そういうのはないです!」
『ええ〜本当かな〜。
年頃の男女が一緒にいるんだから何かあるんじゃあ?』
「うう…っ!だ、誰か…」
こうして俺は困るとチームメイトを見渡し助けてを求めるのだが、
「……っ!!」
「な、何て答えるかな…」
「ユー、言っちゃいなよ!アハハ!」
と十人十色な反応ながらも助け船は出ない。
以前、同じ様な事を聞かれた時には小鷹さんや太刀川さんが止めてくれようとしたのだが、
『あれ、お相手は君かな?』
『照れてるの〜?』
などと言われてぶるぶると震えていた。
おそらく怒りを噛み殺していたのだろう。
……すごい形相だったし。
だがその時は、
「いや、違います。
彼女達は大切な仲間ではありますが、そういった関係にはありません。
僕達は今、野球に一生懸命でそんな事を考えている暇はありませんから」
というとっさの答えで太刀川さん達も
「瀬尾君……!」
「…やるじゃない!」
と賞賛の言葉をくれ事なきを得たのだった。
…だがそれも、繰り返されれば飽きが来るという事だろうか。
同じ返答を何度もしていたところ、
「そればっかりじゃない!」
「……実際のところは、どうなの?」
というインタビュアーの側に付くような言葉が出るようになっていた。
正直、俺もカメラやマイクを前にするとあがってしまうので、仲間からの感心や共感が自分を励ますうえでも大事な要素だったのだが…。
それがなくなった事でひたすらにドギマギしている素の自分が出てきてしまっている。
そして現在、俺は取材の度に冷や汗をかくような状況になっていた。
だがそんな時に頼りになるのが彼女だ。
「ね、猫塚さーん!猫塚さーーんっ!!」
「はいはーい!」
この呼び声に彼女が姿を現した。
「呼ばれて飛び出てにゃにゃにゃにゃ〜ん!
ねこりんの出番でござるか〜?」
そう、野球部のマネージャーである猫塚さんだ。
彼女は度胸がありカメラの前であっても自分を崩す事がない。
それどころか…。
「はいはーい!
カメラさん、こっちだりゅん!
みんなー!私の歌を聴け〜!
カメラを止めるな!」
カメラを独占しポーズを取りながら歌まで歌っている。
巧みな話術に乗せられて取材陣も猫塚さんに視線を集める。
それに気を良くしてか猫塚さんはアイドルさながらに歌って踊っての大立ち回りを繰り広げ、現場は彼女の一人舞台のようになっていた。
その隙に俺はその場を抜け出す。
「ふぅ…助かった!」
それにしても猫塚さん、堂々としていたな…。
野球部のメンバーは個性派揃いだけど、その中で1番の大物になるのは案外猫塚さんなのかもしれない。
…さて、そろそろ練習をしないとな。
そうしてグラウンドに向かうと、そこには見覚えのある顔があった。
「ああ、どうも…」
「あれ?あなたは…」
「その節はお世話になりました」
「大畠(おおはた)さん…ですよね?」
「はい…お久しぶりです」
ライターの大畠 耕一(こういち)さんはそう言うとぺこりと頭を下げた。
無精髭に目の下のクマが特徴的なこの人は、以前から聖ジャスミン野球部に注目し何度か取材を申し込んできていた人物だ。
今日も取材に来たのだろうか。
「えっと…今回はどういったご用で?」
「はい、実は…」
『ゴソゴソ…』
大畠さんはジャケットの内ポケットを探ると折り畳まれた何枚かの紙を取り出した。
「見てもらいたいものが…あるんです」
☆
「はあ…」
俺は渡された紙を広げ中身を確認する。
それには週刊誌の様なレイアウトの記事が書かれていた。
その記事のタイトルがこうだ。
『女性選手をまとめチームを率いるキャプテンの秘密!!
その隠された秘密とは…っ!?』
「…っ!?
大畠さん、これはっ!?」
「瀬尾君、今週末にもこの記事が世間に出回る事になります。
…本文をしっかり確認して欲しい」
「……」
その言葉に従い、文章に目を落とす。
そして何行かを目で追ったところで、顔を上げる。
「これは、どういう事ですか…?」
大畠さんは何も答えない。
俺の言葉を待っているかの様に。
俺はその態度に腹が立って更にまくし立てる。
「俺の事を…俺の
☆
…そして週末になった。
私、橘 みずきは毎週末の楽しみである週刊誌を手に取る。
「私みたいなお嬢様でもゴシップは好きなのよね〜」
などと独り言を言いながら生徒会室には似合わない内容が書かれたページをペラペラとめくる。
「ああ〜…こいつ真面目そうな顔して女好きだったのね〜。
こりゃ謹慎にもなるわ」
巻頭に書かれた人気タレントの不倫記事を見て呟く。
そしてどんどんと読み進めていくと…。
「えっ…。
ええぇぇ〜っ!!?」
どういう事…!?
それにこの内容…みんなは知ってるのかな…?
「どうしよう…。
そうだ、とりあえず…」
『パシャ!』
ケータイのカメラで記事の写真を撮るとメールに添付する。
そしてメール本文を打ち込む。
『こんなのが出回ってるの、知ってますか!?』
「…送信っと」
そして返事が来るまでの間、もう一度記事を読み返す。
「誰が、一体何で…」
私は記事にされた当人である彼の事を思いながら胸を痛める。
「光輝君…大丈夫かな?」
☆
「た、大変だにゃー!」
放課後。
練習を始めようとしていた俺達の所に猫塚さんが飛び込んで来る。
「何、どうしたの?」
野球部のみんなはポカーンとしていたが、猫塚さんの反応に心当たりがある俺は目を伏せながら彼女の言葉を待つ。
「瀬尾君の事が記事になってるでこざるよ〜!」
「?
良い事じゃないの?」
「まあ、あれだけ取材を受けたんだから当然記事になるんじゃ…?」
「良くないし、こんな内容記事にしちゃダメだりゅん!」
「何ー?
悪い事でも書いてあるんですかー?」
「……」
猫塚さんはこちらに目配せをして記事を見せていいか、記事について話してもいいかを確認している。
俺は諦め半分に苦笑しながら頷いた。
「…これだにゃー」
猫塚さんは週刊誌を机の上に広がる。
それを「どれどれ…」と野球部のみんなが確認する。
「…ってこれ、アンタの血行障害について書いてあるじゃないの!?」
「『名門を追われたガラスのエース』
『右手には爆弾が…』って酷い!」
こんなに赤裸々に取材に答えたのかと尋ねられ、俺は首を横に振る。
「俺の知らない所で俺の事を調べて勝手に記事にされたんだ。
俺が知ったのは、この記事が週刊誌に書かれて出版されるとライターの人に言われた時だった」
「もっと酷いのは瀬尾君の家庭環境について勝手に記事にしている事だにゃ!
こんなの…誰にでも知って欲しい事では絶対にないはずなのに…」
そう、俺が一番気に障ったのがそこだ。
俺個人の記事については大した感情は持っていない。
血行障害を持っているのも、あかつきを追われたのも本当の事だから。
でも…家族の事まで書かれているのには正直、腹が立っている。
「えっ………?」
「これって……!?」
文を目で追っていった雅ちゃんと大空さんが息を飲み、顔を見合わせる。
彼女達がそのような反応を示した、問題の部分に太刀川さん達も目を通した。
「『両親を亡くした悲劇の幼少期』…?
えっでも…瀬尾君のご両親って健在なんじゃ…。
そうだったよ…ね?」
太刀川さんは動揺しながらも自らの記憶を思い返す様に呟き、こちらに確認の目線を送る。
そう、俺は野球部のみんなにも普通に両親の話をしていた。
…普通の家庭とは違う部分には敢えて触れずに。
俺が伝えたかった他愛もない、ありふれた話を。
俺に居場所をくれた、普通の生活を、安らぎをくれた最愛の…。
「…話すよ、本当の事を。
聞いていい気分になる話じゃないかもしれないし、みんなが知る必要のない話だとは思うけど」
みんなには俺の口から話したいと思った。
「勝手な話だとは思うけど…聞いてくれるかな?」
★
俺が小学2年生の頃。
その頃から野球をやっていた俺は平日の放課後はもちろん、土日も野球漬けの毎日だった。
両親もそんな俺を応援してくれていた。
子供には高額な野球用具も大切に使うという約束のもとで買い与えてくれたし、空いた時間にはバッティングセンターに連れて行ってくれたりキャッチボールに付き合ってくれていたんだ。
…今思えば、とても子煩悩な人達だったんだと思う。
俺もそんな2人にいいところを見せたくて野球を頑張っていた。
褒めてもらいたかったんだ。
「よくやった」「頑張ったね」と言ってもらいたくて。
頭を撫でられて、抱き上げられる喜びを。
次も、何度でも味わいたかったから。
そしてその日も当たり前の様に両親に頼んだんだ。
「今日の試合、応援に来てよ!
僕、絶対にヒット打つから!」
「そうか、それは見に行かないとな!」
「お母さん達、光輝の名前呼ぶからね!」
「聞こえたら返事をしてね」
母さんはそう言ってにっこりと笑った。
俺もその声を楽しみに待っていた。
でもその声は…
もう、二度と、聞こえる事はなかった。
☆
試合中に監督に呼び止められた。
僕のお父さんとお母さんが事故に遭ったって。
「…………えっ?」
でも僕は監督が言った事がわからなかったんだ。
だってお父さんもお母さんも応援に来てくれるって言っていたから。
いつもみたいに笑顔で手を振ってくれるはずなのに。
☆
『交通事故ですって、可哀想に…』
『息子さんの試合の応援に行く途中だったそうよ』
『まだ2人とも若かったのに…。
小さい子供もいるのに…お気の毒ね』
お父さんとお母さんのお葬式。
お父さんの弟っていう人とその人のお嫁さんが僕を連れてきてくれた。
今日はお父さんとお母さんとお別れする日なんだって。
…本当はお別れしたくないけど、我慢しなくちゃ。
お別れをしないとお父さんもお母さんもずっと痛くて苦しいままになっちゃうんだって。
僕はそんなの嫌だから。
だって2人は僕が応援に来てって言ったから、応援に来てくれようとして事故に遭ったんだから。
でも何でだろう。
グラウンドは家からそんなに遠くなくて。
あの道は3人で何度も歩いた事がある道で。
お父さんとお母さんは僕のためにあの道を歩いていたのに。
何で2人のところに大きな車が突っ込んで来るんだろう。
何か硬いものを踏んでタイヤがパンクしたんだって。
何で2人が歩いている時にそんな事になるんだろう。
わからない事だらけだけど、これだけはわかる。
こうなったのは僕のせいだ。
僕がわがままを言ったからなんだ。
☆
お葬式が終わった。
みんな泣いていて、僕も怖くて泣いていた。
でも写真の中のお父さんとお母さんだけが笑っていた。
僕が2人の写真を見ていると、僕を呼ぶ声が聞こえた。
「あなたが光輝君ね?」
「……誰?」
「私はあなたのお母さんの妹。
こっちにいるのが主人よ」
僕が少し怖がっていると、
「光輝君にはもっと小さい頃に会ったきりだったから、覚えいないのも当たり前よね。
私達、この町よりずっと遠くに住んでいるから中々会いに来れなかったの」
と教えてくれた。
その後、お母さんの妹だって言う人の隣にいる男の人が喋りかけてきた。
この人は叔父さんって言うんだって。
「…叔父さん達の家に来ないかい?」
「何で?」
「叔父さんはね、光輝君のお父さんから光輝君の話をずっと聞いていたんだよ。
君はいい子だ。だから君が幸せになるお手伝いがしたいんだ」
「…わからないよ」
「ごめんね、急に色々言ってびっくりしたね?」
女の人が優しく笑って僕の頭を撫でた。
この人は叔母さんなんだって。
「でもね、私達、光輝君を放っておけないのよ。
光輝君のお父さんもお母さんも君が大切だって言ってた。
2人は私の大切な人で、光輝君は大切な人の大切な人だから…。
私達にとっても大切な存在なんだよ」
「……」
僕が黙っていたら叔父さんが叔母さんに、
「お前はまたややこしい言い方をして…」
って少し怒った。
小さい子なんだから、もっとわかりやすい言葉を使いなさいって。
…僕、叔母さんが言ってた事の意味はわかったよ。
でも、「うん」って言えないんだ。
「どうしてだい?
叔父さん達が嘘つきに見えるかい?」
「ううん」
ぼくは首を振った。
「そうじゃなくて、叔父さん達がいい人だって事はわかったんだけど…」
「だけど…?」
叔母さんが首を傾げながら僕の言葉を繰り返した。
そして僕は「だけど」の続きを言った。
「何で僕は幸せになっていいの?
僕のせいでお父さんとお母さんは死んだのに」
じわっと涙が出て「ひっくひっく」ってしゃっくりが出てきて息が苦しくなった。
でも最後まで言わなくちゃ。
「僕は生きてちゃ駄目なんだ。
僕は、僕は…!」
『ガバッ!』
2人が僕を抱きしめた。
2人とも泣いているみたいだ。
「…そんな訳ないだろう!」
「そうよ…!
生きていいに決まってるでしょう…!」
「でも、でも…」
おろおろする僕に叔父さんは言った。
「君のお父さんとお母さんなら言うはずだ。
事故に遭ったのが光輝君じゃなくてよかったと」
そして叔母さんも、ひょっとしたら僕よりも泣きながら言った。
「2人の分まで生きなくちゃ…!
君には、君の名前には2人の願いが込められているんだから!」
「…願い?」
「そうよ」
叔母さんは涙を拭いた。
そして教えてくれたんだ。
「あなたの『光輝』って名前には、あなた自身が光り輝いてくれますようにっていう願い。
そして大切な人を輝かせる光のような、優しい人に…誰かにとってかけがえのない人になってくれますようにって、そんな願いが込められているの」
「あの2人があなたの名前を考えている時に教えてくれたわ」
叔母さんはそう言うとにっこりと笑った。
「これから私たち、あなたのお父さんとお母さんに負けないくらいに、あなたのことを好きになるからね」
…胸がぽかぽかする。
いいのかな?本当に?
叔父さんと叔母さんは「うん」って大きく首を振った。
「一緒に…幸せになろうね」
…僕もその言葉に「うん」って言った。
それから、すごくすごく泣いたんだ。
★
「これが俺の家族の話だよ」
「…いいご両親だね」
雅ちゃんが指で涙を拭いながら絞り出すように言った。
…自分でも本当にそうだと思う。
あの2人は俺が『言ってはいけない言葉』を口にする前に止めてくれた。
抱きしめて、愛で包んでくれた。
だから、どうにか生きてこれた。
生きようと思えたんだ。
「だから…だから瀬尾君はそんなにも…優しいんだね。
そんなにも優しいから…僕の痛みをわかってくれて、僕を救ってくれた」
「俺は何もしてないよ。
あれは雅ちゃんが頑張っただけだ」
本当にその通りだと思う。
だけど雅ちゃんの言う通り、優しい人になれていたのなら…嬉しいな。
「…あんたは自分に自信を持ちなさい。
少なくとも、名前に恥じない生き方はしてると思うわよ?」
小鷹さんはそう言うとそっぽを向いてしまった。
耳の辺りが赤くなっているのが見えて思わず笑みがこぼれる。
そうしていると、
「グスッ…グスッ…!!」
という鼻をすするような音が聞こえてくる。
音がする方を見ると矢部君が涙ぐむ…というより号泣していた。
「いい話でやんす…!感動でやんすよ…!」
「そんなに泣かなくても…」
「いや、瀬尾君はエライでやんす!
この野球部の誇りでやんす〜!」
矢部君の絶叫が響き渡る。
その声を聞きながら俺は思った。
今こうしてこの場所にいられて。
そして、こんな仲間達がいて、本当に『幸せ』だと。
読んで頂きありがとうございました。
主人公の両親の話は第29話にて、ライターについての話は45話で、伏線というか少しだけ匂わせるような感じで書いていましたが、今回で大体を書き終えた形です。
次も今回の話の流れを引き継いだ内容にする予定です。
話の内容的に後味が良くはならないと思いますが、悪くはならないように諸々まとめていきたいと思いますのでよろしくお願いします。