実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第67話 甲子園 3回戦 VS帝王実業高校②

 甲子園3回戦は2回裏まで進み、帝王実業の攻撃を迎えていた。

 そして、この回の先頭バッターが打席に向かうまでの二十数歩の間。スタンドからは数えきれない程の携帯が向けられ、動画が撮影されていた。同年代と思われる女性からは黄色い声援が飛び、そうでない古くからの野球ファンと思われる男性もその一挙手一投足を食い入るように見つめる。そう。球場にいる誰もが、彼が特別な存在である事を知っていた。

 

『4番 ピッチャー 友沢君』

 

 このコールに『ワーッ!』と『キャー!』の入り混じった、破裂音のような声の塊がスタンドを揺らした。そして、それを気にする様子もなく友沢は打席に立ち、ピッチャーの方向を見据える。

 

『プロ注目のスター候補、友沢君の第1打席です! スイッチヒッターである友沢君。投手が左投げの太刀川さんという事もあり、まずは右打席に入ります。一体どのようなバッティングを見せてくれるのか!?』

 

『ザッ……』

 友沢はバットを構えるとヘッドを投手側に向ける。するとここでライト方向からレフト方向へと強い風……浜風が吹き始めた。

 

(打球がかなり流されそうだな……)

 俺はセンターの矢部君と目配せを交わすとポジショニングをややセンター寄りに変更した。それを受けて矢部君もセンターの定位置から数歩分、左中間の方へと守備位置を移す。

 

 友沢は今右打席に立っている。引っ張った打球は風に乗ってかなり伸びてくるだろう。なるべくならゴロを打たせたいところだけど……。

 

 ジャスミンバッテリーはサイン交換を終える。そして太刀川さんが友沢への1球目を投じた。

 

『シュッ!』

 足を大きく上げるフォームから投じられたストレートが低めに決まる。

 

『ストライク!』

 

 友沢はこれを見送り1ストライク。

 球種が多彩でストレートも動かしてくる太刀川さん相手にはさすがの友沢も簡単には手を出してこないはず。その間にピッチャー有利のカウントを作りたいところだ。

 

 2球目。

 投じたのは右バッターの内に食い込んでくるカーブ。

 これは僅かに外れカウント1-1。

 

 そして3球目。

 先程のカーブとは逆方向に変化するスクリューボールを外角に投げ込む。

 

『ストライク!』

 

「よしっ!」

 これで2ストライクと追い込んだ。

 

 ……決め球は何でいくか? 一発があるバッター相手に甘い球は禁物。浜風が吹いていてレフトへの打球が伸びる状況なら尚更だ。となると、バッターもインコースの引っ張りやすいボールを狙うはず。

 

 そう思考を巡らしていると小鷹さんはサインを出し終え、ミットを外角へ構えた。そして太刀川さんが決め球を投げ込む。

 

『シュッ……ククッ!』

 外角へ投げられたスピードボールがバッター手元で外へと小さく変化する。カーブ、スクリューと緩い変化球を続けた後の、外に小さく動くムービング。

 

 この球はまともに打ち返せないだろう。

 

 そう予測した、その瞬間。

 

 ────カキィィンッ!!! 

 けたたましい打撃音がバットがボールを捉えた事を伝える。

 

 

 正に紫電一閃。

 

 俺が持っていた自分の中の常識とそこから来る予想。それらはまるで天上の住人と見紛う程の才人に、たった一振りで簡単に打ち砕かれた。

 そう、文字通り……『打ち砕かれた』のだ。

 

 

『……は、入った! 入りました! ホームランですっ!! 吹き荒れる浜風の中、ライトスタンドに放り込んだ〜っ! 外角の難しいボールをこの試合での一振り目で捉えました! これが帝王、友沢 亮です!』

 

 友沢は涼しい顔でダイヤモンドを一周する。彼の中ではこの状況も表情を崩すに値しない、当然の様に有り得た光景だったのだろうか。

 

「────っ……!!」

 

 唐突に背後まで迫ってきた敗北の気配。俺はそれを振り払う為に細かく首を振るとマウンドの太刀川さんに声を掛ける。

 

「太刀川さん! ボールは悪くなかった! 切り替えていこう!」

 

 そう言いながらも俺の脳裏には、右翼手のポジションから見上げたあの弾道が鮮明に残っていた。

 そんな中で発した空々しい言葉はその虚しさを感じる間もなく、友沢の才能に沸き立つ歓声に呆気なく掻き消された。

 

 ☆

 

『アウト! 3アウト、チェンジ!』

 

『ショートの小山さんがゴロを捌いて3アウト。聖ジャスミン、何とか踏み止まりこの回1点で凌ぎました』

 

「ふぅー……っ」

 太刀川さんはベンチに腰掛けると深く息を吐いた。その姿に女房役の小鷹さんが声を掛ける。

 

「ヒロ、大丈夫?」

「うん、まだ2回が終わったところだからここで落ち込んではいられないよ。……でも、やっぱり友沢は凄いバッターだね」

「……ええ。正直あの球をホームランにするようなバッターは相手にしてられないわ。逃げるが勝ち……ってね。ひたすらクサいところを突いていくわよ」

 

「分かったら切り替えて、ヒット打って来なさい!」

 小鷹さんはバットとヘルメットを太刀川さんに手渡す。

 

『7番 ピッチャー 太刀川さん』

 

 コールが響き太刀川さんが右打席に立つ。投打が入れ替わってのエース同士の対戦。

 その初球。

 

『シュッ!』

 

「っ!?」

 内角、バッターに当たりそうなインコースへのボールに太刀川さんは思わずのけぞる。

 しかし投じられたボールはそこから急激に外側へと曲がっていく。そしてそのままストライクゾーンへと飛び込んでいった。

 

『……ストライク!』

 

 友沢が選んだのは自身の決め球のスライダー。

 しかも太刀川さんのお株を奪うフロントドアでの見逃しストライクを奪った。

 

「フッ……!」

 友沢は自身のボールに目を丸くしている太刀川さんの様子を見て不敵な笑みを浮かべた。

 

「くっ……っ!」

 この軌道が頭に残像として残ったのか、太刀川さんはこの後インコースの球に踏み込めず速球で見逃し三振。

 

 そして続く8番の小鷹さん、9番の川星さんには一転して外角中心の配球で打ち取られた。

 

『チェンジ!』

 

 こうして力のある直球に加え、スライダーの変化量、そして内外の使い分けという幅のあるピッチングを見せつけられ3回表が終わった。

 

「〜っ! やられたッス〜!!」

「ドンマイ! 切り替えていこう!」

 

 ベンチに戻ってくる川星さんに夏野さんがファーストミットと帽子を差し出す。

 

 一方、励ましが見られるジャスミンとは対照的に、帝王ベンチの友沢はチームメイトを寄せ付けない雰囲気を放つと1人離れたところに腰掛けた。

 

 その様子を見ながら太刀川さんは呟く。

 

「友沢……あいつクールを装ってるけど、案外バチバチに燃えてるじゃん」

「太刀川さん?」

「だってそうでしょ? そうじゃなかったら、あたしにスライダーを投げてきたりしないよ。見せつけようとしたんだ、自分の実力を投打に渡って。……燃えるよねっ!」

「えっ……?」

 

 彼女が語った言葉は相手の分析でも、現状自分を上回っている友沢への悔しさでもなく、燃えたぎる闘志の発露だった。

 

「だって友沢もあたしの事をそれなりの相手だって意識してるって事じゃん! 格下だって思われてたならそれはそれで燃えてくるけど、『ここで心を折っておきたい』ってある意味警戒されてるっていうんならそっちの方が嬉しい! ……負けないけどね!」

 

 彼女は笑みを見せると相棒の小鷹さんの方に駆け寄る。

 

「タカ! やっぱり次の友沢との対戦は真っ向勝負でいこうよ!」

「はあっ!? 何言ってんのよ! ダメに決まってるじゃない!」

 

 小鷹さんは彼女をたしなめるがそんな事では諦めない。先にグラウンドに出た小鷹さんに追いすがる。そして、チームの司令塔は声を上げた。

 

『「そこを何とか」って……? ……そんな目で見てもダメだったらーーっ!!』

 

 そうして我らが誇る不屈のエースはリベンジの機会を虎視眈々と狙うのであった。

 

 

 ☆

 

『カッ!』

 バットの芯を外した打球はふらふらとファースト上空に上がる。

 

「オーライ!」

 これをジャスミンの一塁手、川星が両手で確実に捕球する。

 

『アウト! スリーアウト、チェンジ!』

 

 3回裏、帝王の攻撃はラストバッターから上位打線に繋がる打順であったが太刀川はこれを三者凡退に抑えた。

 打ち取られた2番打者、そしてマウンドからベンチに向かおうとする太刀川をネクストバッターズサークルから睨みつける。

 

「……チッ!」

 そして舌打ちをするとベンチへと戻った。

 

(あの三下共が……。俺の前にランナーを貯める事が何故出来ない? お前らのような無能はそれだけを考えて野球をやっていればいいんだ)

 

 そうしてバットをグラブに持ち替えグラウンドに出ようとした、その時。先んじてマウンドへと向かった友沢の姿に観客達の歓声が上がった。

 

 友沢……! 俺から帝王の座を奪い、4番の座を奪い、そして俺が積み上げてきたスカウトからの評価をも掻っ攫った。あの目障りな奴の姿、あの日から……あの屈辱を受けた日からチラついて消えない。……消えないのだ。

 

 ★

 

 あれは4月のある日。実力主義の帝王実業において久しくなかった、入学したばかりの1年が1軍に合流してきた日の事だ。

 

『ザワザワ……』

『あいつがゴールデンルーキーか……』

『雰囲気あるな……』

 

 1軍のメンバーから好奇の、あるいは嫉妬や畏怖の視線を集められてもその1年生は動じない。その堂々たる態度に逆に怯む者もいたが、俺はこの帝王で歴代数名しかいない、3年生がいる中、2年生で『帝王』となった男だ。その俺からすれば、こいつなぞ脅威であるはずがない。

 

「やあ、君が友沢君か! 話には聞いていたよ、凄いルーキーが入ってきたって。緊張しているかもしれないけど、少しずつ慣れていけばいいさ。これからよろしく!」

 

 あの頃キャプテンを……帝王の座を手中にしていた俺は部内の、そしてスカウトからの評価を得るために、まさに『絵に描いたような人格者』を

 演じていた。

 しかし……、

 

「……どうも。でも『慣れる』とか、そんな悠長にしてるつもりないんで」

 

 そんな俺に対しつれない態度を見せる友沢に俺は尋ねた。

 

「…………どういう事だい?」

 

「俺はここに勝つために来たんだ。でもこんな雰囲気を良く見せているだけの外面を気にしているチームじゃ、甲子園で優勝なんて出来るはずがない。事実、このチームはあかつきにもう何年も勝てていないでしょう。だから、そんな思ってもいない言葉を言って貰う必要なんてありませんよ」

「……酷いなあ。僕は友沢君が早くチームに馴染めるようにと思って言っているだけだよ」

「……そうですか。それならそれでいいですけど、ね」

 

『あなた達がそうしている間に俺は練習をするだけなんで』

 

 そうして友沢は1軍の空気に動じる事もなく、軽々と上級生と同じ練習量をこなしていった。

 

 ☆

 

「……蛇島さん、聞きたい事があるんですけど」

 

 友沢が1軍に上がり数ヶ月が経った頃。奴が俺に話しかけてきた。

 

「何だい、友沢君。君が僕に声を掛けてくれるなんて珍しいじゃないか。嬉しいなあ」

 

 込められた皮肉を知ってか知らずか、友沢は淡々と言葉を続ける。

 

「蛇島さんは去年の秋季大会で聖ジャスミン学園と対戦しましたよね?」

 

「……聖ジャスミン?」

 

 ……ああ。あのくだらない、おままごと野球をやっている連中か。注目度だけは高い目障りな存在ではあったが、その分奴らに勝利した事はいいアピールになったよ。俺にとってはその程度の存在だ。

 

「確かに戦ったね」

「実際に試合をした蛇島さんならわかるかと思って。ジャスミンというチーム……特にキャプテンの瀬尾という選手から何か、感じるものはありませんでしたか?」

「……瀬尾君、かい?」

 

 あのチームのキャプテンか。女だらけのチームを率いているだけが特徴の平凡な選手だ。だが、何故あんなチームで野球をやっている理由には少し興味がある。何せ、意味がわからないからな。あのチームで勝利を目的にしているはずはない。勝ちたいのならわざわざあそこで野球はしないだろう。かと言って楽しむ為でも思い出作りの野球ではないようだし……。まったく、理解に苦しむよ。

 

 まあ、単純に賢くないだけなのだろうがな。

 

「選手としてはあまり目立つ選手ではないかな。あのチームをよくまとめているとは思ったけどね」

 

 この返答を聞いた友沢は、フッと呆れたように息を漏らした。

 

「……そうですか。まあ、見ているところが違うという事か」

 

 その冷めたトーンの言葉を聞いて目元がヒクつくのが自分でもわかった。思わずその言葉の意図を尋ねる。

 

「……どういう意味だい? 君は、彼に何かを感じたとでも?」

 

「ええ。あの人はあなたが思っているより特別な選手ですよ。それこそ……このチームに、チームを導く立場として居て欲しかった」

 

 自分が見る目がないと言われた様で、苛立ちが募る。

 頭に血が上り、自分で着けた筈の善人の仮面が剥がれていく。

 

「どういう意味だ……!? あの選手に特別なものなど感じなかった。あいつなぞ、程度の低いチームにお似合いの、突出して優れた能力のない、平凡でつまらない選手だろう!? あの程度の男のどこが……っ!!」

「……()()()()? ……そうか、そういう事ですか。だとしたら、『現状』も理解出来ます。そういう意味で言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうしてこの場を去ろうとする友沢に、最早取り繕う事しなくなった俺は明らかな怒声をぶつける。

 

「誰に口を聞いているんだ!! もう少し立場を弁えたらどうだ!!」

 

「『立場』……ね」

 

 すると友沢はこちらに向き直り、そして言い放った。

 

「じゃあ、俺がこのチームを変えますよ。蛇島さん……。────あなたから『帝王』の座を奪ってね」

 

 そして奴はその宣言通り、この俺を『帝王』を賭けた勝負で破り、帝王野球部史上で初めての、3年がいる中で『帝王』になった1年生となった。

 

『おおっ! 凄い!』

『天才だ! 蛇島君を上回る天才が現れたぞ!』

『入学して数ヶ月で帝王になるなんて! 史上初の快挙だ!』

 

 その場に居合わせたスカウトの声に友沢はこう応えた。

 

「史上初と言っても、この狭い世界での話でしょう? ……興味ないですね」

 

 俺から思い描いた未来を奪った直後に吐き捨てるように言ったあの言葉。そして俺を見下すあの表情。

 

 昨日の事のように思い出される、この刻まれた屈辱が消えぬまま俺は野球をやっている。

 

 だが俺は諦めた訳ではない。いずれ隙を見て奴の首元に食らいついてやる。そして俺の毒であいつの輝きを、希望を跡形もなく……

 

 ────消し去ってやる!! 

 

 フッフッフッ……! 

 ハッハッハッハ……!! 

 

 ★

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