ここは幽州のとある城市。その外にある丘に一人の老人が立っていた。特に何をするわけではない。本当に立っているだけだ。老人の眼には朝日と地平線のみが映っているいるだろう。
しばらくして、その地平線に一つの影が現れた。一つだった影は大きくなり、数は二つ三つと増えた。
どうも騎乗しているようだ。旅行者だろうか。三国の争乱が収まった今、治安が回復したことにより旅行者もこの地を訪れるようになっていた。三国の争乱の頃には、この城市を訪れるのは危険を冒してでも利益を求めた商人と治安維持のための軍隊が殆どであった。ここ幽州はもともと異民族と接し、彼らの侵攻に脅かされていた。さらに気候が寒く、農業にむかず貧しい土地だったのだ。州として他州に金銭の借金をしたころもあった。もっと悪いことに黄巾の乱、公孫賛と袁紹の争い、その後は袁紹と曹操の争いと漢朝末期の早い時期から争乱に巻き込まれたことで幽州の生産力は更に低くなった。
しかし、それも今は昔。争乱の終結による治安の回復、ある人物が広めたとされる農業の新しい技術などもあって幽州はこれまでに比べたら、豊かになっていた。
老人がそのような回想をしていると、騎馬の5人が既に老人の目の前を通る所であった。いや、速度を落としているのでまだ通っていない。
5人の中で一番見た目が若い女性が老人に顔を向けた。その後、他の4人に声をかけている。若い女性がこの集団の長なのだろう。老人はそう思いながらもそろそろ自宅へ帰ろうと歩み始めた。
「もし、すみません」
女性が老人へ声をかける。
「さて、何でしょうか」
これだけ若い女性に声をかけられるのはいつぶりだろうか。老人はそんなことをふと思った。
「私は洛陽から来た者です。この付近に―――様がいらっしゃると聞いて来たのです。ご存じではありませんか」
「――は私の
女性は軽く頷きながら、言葉を返した。
「改めて、私は陳
老人は首を傾げながら答える。
「確かに私は長生きをしたことで多くの物事を見聞きしました。しかし、三国の争乱時には時代の波に沈まぬようにと精一杯で、正しく覚えているとは思えません。それに・・・・・・」
「それに?」
「あの時代に英傑と呼ばれた多くの方が既に亡くなっています。しかし、私は彼らの評価を下げてしまう事も話してしまうでしょう。そして英傑らは私の言に、評価に反論出来ない・・・・・・」
老人は目を伏せ、首を振った。少しの間、沈黙が支配したが再び女性の方から声をかけた。
「それで構いません。いえ、寧ろその方が良いのです。英傑たる方々にも否定的評価が与えられる面がある。このことを記してこその史書なのです」
女性と老人は暫くお互いに視線を合わせた。太陽は次第に高くなり始め、顔を暖かくしていく。先に視線を外したのは老人であった。深い溜め息を吐きつつ顔を伏せる。次に顔を女性に向けると、先ほどまでとは違った表情をした老人がそこにはいた。
―――これがあの争乱を戦い抜いた人の顔か!
女性はその表情を見たこと、自分がそれを引き出したことに歓喜していた。
「私の宅におこし下さい。きっと長くなることでしょう」
老人はそう言うと城市へと足を向けた。
陳承祚――陳寿は後にこう語っている。
「あのお方のお話を聴く機会を得た事は史書を編纂する上で大変有意義でした。他の方が言葉を濁す事も話してくれました」
そしてこう続ける。
「あの方の評価は当時を知らない者にとってはとても有意義だと思います。しかし、あの争乱の英傑達を称賛する人々にとっては頭の痛いものでもあるのです」
女性はそういうと苦笑して、それ以上については語らなかった。
老人については以後のストーリーで明かす予定です。
正史を知っている方は答えを導きだせるかも知れません。