恋姫語り   作:かなみ

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どこまで批評したらアンチになるんだろうか?
思ってたよりも早く2話が出来たので投稿します。


黄巾の乱と大徳について

 老人の自宅についたのは朝から昼とのちょうど間くらいであった。老人と陳寿は卓を挟んで座った。

「貴女はあの争乱について、どのようなことを聞きたいのですか」

「私がお聞きしたいのは、貴方が実際に体験したこと、あの争乱を生きていく上で感じたこと、思ったことになります。そうですね、史書に貴方の伝を立てる為の情報がほしいと考えてもらえれば、どのようなことを話せばいいか、お分かりになるでしょう」

 老人は顎に手を当てて少し彼方の方を見ている。何かを考えているのだろう。

「では、まずは私が大徳と呼ばれるあのお方へ仕官した所から始めましょうか」

 

 

 

 あの頃の幽州は本当に酷いものでした。公孫伯珪様の居た啄郡は比較的治安が良い所でした。しかし、それ以外の場所はそれは酷いものだったと聞いていました。私はまだ若く、自身の住んでいる周辺以外については伝聞でしか知りませんでしたが。幽州では賊の他に異民族という強大な敵もいました。

 いつか立身するために独自勉強をしていた私はある時義勇軍の募集を見つけました。その義勇軍の大将が大徳と呼ばれた劉玄徳様だったのです。私はまだ兵士に仕官できる年齢ではありませんでした。しかし、義勇兵ならと思いました。

 私は母に事情を話し、義勇軍に応募しました。他にはおよそ6000人程集まったと記憶しております。伯珪様には頭の痛いことだったでしょう。何せ私を含めて働ける人手が6000人もいなくなるのです。生産力が低いこの時期に、さらに生産力が下がるのですから。しかし、それを気にしている人は多くいなかったと思います。

 先のことになりますが、私は義勇軍を離れ幽州に戻ったのは、単に母の看病をするためだけではないのです。生産力の低下、このことは当時の私にも大きな悩みだったのです。

 そうそう、義勇軍の出発前に大きな出来事がありました。諸葛孔明様と鳳士元様(ほうしげん) の加入です。これは大変大きなことでした。こう言ってはなんですが、玄徳様も関雲長様も余りに策略には通じておらず、まして張翼徳殿はいわんやといった所で。この2人は先に述べた問題にも気が付いていたと思いますが、それを玄徳様達に伝えることはなかったと思います。

 それをおかしな事だとは思いません。軍師としては、君主の為に君主の望まないことをしなければならないこともあると考えるからです。もし、先の事情を玄徳様に正直に話したら、それ以後はどうなったでしょうか。玄徳様は義勇軍の殆どを解散させたかもしれませんし、他の方々に説得され、そのままだったかもしれません。しかし、1つ言えることはあの当時に今のことを知っていたら、その後同じ道を歩んでも記録に残る玄徳様と同じであったとは思えないのです。それくらいに玄徳様は心優しいお方でした。

 軍師となった孔明様と士元様が示した方針は、少数の黄巾党を撃破し、その物資を鹵獲(ろかく)、近隣の(ゆう)、街で寄付を募るということでした。寄付とは聞こえがいいものですが、あの当時で言えば名ばかりでしょう。賊なら襲われ、兵なら物資を強請られる、そこに何の違いがあるのでしょう。関雲長様にそれを言えばきっと厳しく叱られたでしょう。私たちは正しいことをしているのだ、とね。とは言え、当時の私もそこまで考えていたわけではないので余り偉そうなことを言えたものではありませんが。

 義勇軍が進軍を開始して少しした頃、私は初めて義勇軍の指導者たちと直接お会いすることになりました。きっかけは少ない兵糧の管理をしていたのですが、その手際がよかったために学のある者だと評価されたことでした。私は独学で学んでいたことなどを話し、場合によっては軍議に呼ばれる事になりました。数字が扱えることと周辺の地形を少し理解している事が重要だ、と士元様はおっしゃっていました。

 更に暫くすると、黄巾党の軍勢を見つけました。数は私たちの倍近い数だったと記憶しています。策としては極めて簡単なものでした。狭隘な土地に敵を誘い出し数の有利を消す事、ただそれだけです。幽州にいる黄巾党は本隊というわけではなく、この状況に合わせて食べれなくなった農民や賊が集まっただけの物でした。なので、少し訓練を積んだ義勇軍でも勝てると見込んだようです。もうひとつ良い点がありました。それは士気です。義勇軍の士気は玄徳様のあの雰囲気の影響もあって、農民の寄せ集め、初陣の兵が殆どとは思えない位に高いものでした。

 そして、初めての戦闘が行われました。戦闘自体は特に話す事はないように思います。策は少々手間取りましたが、上手くいきましたし、関雲長様も翼徳殿もその後の評価に劣ることのない活躍をしておいででした。玄徳様もしっかりと部隊を指揮しておられました。

 寧ろ、戦闘後にこそ話さなければならないことが起きました。そう、許子将に『治政の能臣、乱世の奸雄』と評された人物と出会うことになるのです。

 

 

 

 老人はそこまで語ると、手元の白湯を口に含んだ。陳寿は同じく白湯で喉を潤してから、質問を口にした。

「そのころの幽州はどのような感じでしたか。もう少し具体的な話を見聞きされていませんか」

 老人は首を振る。

「とてもとても。州内に必要な食糧を賄う事も難しい程でした。さらに言えば、それまでなら馬や塩、鉱物と食糧を交換出来たのですが、治安が悪くなってからは商人の行き来も少なくなりました。農村では、人の売買も行われていました。私の知る限りでこの状況です」

 陳寿は頷きながら質問を続ける。

「では、劉玄徳殿はその状況を解決したと思い至ったということなのでしょうか」

「いえ、玄徳様はもう少し広い視野をお持ちでした。知られている通り『みんなが笑って暮らせる世の中を作りたい』と言うのは文字通りの意味ですので。きっかけが幽州の現状というのは間違いないでしょうが」

 老人の表情は冴えない。

「後になって思うのですが、玄徳様の志それ自体はすばらしいものです。しかし、あの当時の現状や玄徳様の性格というか実際に考えていた様子を拝するに問題がなかった訳ではないと思うのです」

「それはどういう事でしょうか」

 老人は指を折って言葉を紡ぐ。

「乱世であったという事です。乱世を収めるには、必ず血が流れます。これは全ての人が意見を同じくする事だと思います。当然、血を流した人たちにも家族がいるでしょう。その家族たちに笑顔でいろというのはいささか酷なのだと思います。『みんなが笑って暮らせる世の中を作りたい』は素晴らしい志です。しかし、その為に涙する人が出てくる。その涙する人は『みんな』に入っていないのでしょうか。もし、関雲長様や翼徳殿、孔明様に士元様のうち一人でも戦死なさったとしたら、玄徳様は笑っていられたでしょうか。みんなを笑顔にするという志をもつ者が笑わなかったら、誰が付いてくるでしょう。玄徳様に皆が魅かれたのは彼女が笑顔を実践していたという面が多分にあるように思うのです」

 老人は先ほどよりは小さく首を振る。

「私の考え過ぎなのかもしれません。しかし、今のように争乱の収まった世であれば、先のような問題がはっきりと立ちはだかることなく『みんなが笑って暮らせる世の中を作りたい』を目指せたのでないでしょうか。いや、今の世でも泣く人は出てくるかもしれません」

「つまり、劉玄徳殿の志には矛盾があると」

「矛盾とまでは言いませんが、他者から疑問を持たれてしまう事があるということです。特にこの後話す曹孟徳様や孫伯符殿の志に比べるとどうしても・・・・・・。それでも玄徳様が素晴らしいお方である事には変わりありません」

 陳寿は頷く。

「なるほど・・・・・・。つまり、志にある『みんな』の定義に疑念があるという事なのですね。あとは掲げる時代が違うのではないかと。他に問題はありますか」

「これ以上は特に掲げる必要はないでしょう。玄徳様の色々な点を考えていけば、前述の問題に集束されると思うのです」

 老人は白湯を口に含む。陳寿はそれ以上質問を続ける事はしなかった。

「では、お話の続きをお願いします」

 

 

 

 最初に曹孟徳様の軍勢を発見したのは斥候だったでしょうか、それとも向こうから接触してきたのか。孟徳様の性格から考えると後者でしょう。その軍勢の掲げる『曹』の旗から孟徳様だと推察したのは士元様だったでしょうか。玄徳様が挨拶に行いたいという意見をだし、軍師のお二人が賛成をされました。関雲長様は反対されたでしょうか、ちょっと曖昧ですが。向こうから会いに来たのは間違いありません。

 こうして最初の会談の後、共闘することが決まりました。補充などの便宜を図ってもらったり、近くの邑から新たな義勇兵を募りつつ、こちらの軍師殿と向こうの軍師―荀文若殿とで話し合い、黄巾党の本隊がいるとされる冀州へと赴くことになりました。

 冀州に到着した後の説明では、張角、張宝、張梁は現地におらず、本拠の守備部隊だけという話でした。兵力よりも兵糧を狙う事を目的とした戦いでした。ここで少し反発を覚える命令が来ました。孟徳様からです。義勇軍が時間を稼ぎ、内に入り込んだ特殊部隊が兵糧を焼くと言う作戦を提示されました。張翼様は先陣に立てる事を喜んでおられましたが、他の玄徳様以下の指導層は困惑しました。無理もないでしょう。こちらの被害がどれだけになるか予測もつかないからです。しかし、最後はその作戦を飲むことになります。この時にはまだ実力が違いすぎたのです。実力をつけること、つまりは正規軍を持てるようになりたいと皆で確認をしました。

 戦いは中々厳しいものでした。やはり数の差、義勇軍なのに戦いを行軍を続けてきて兵士達の疲労もあったでしょう。しかし、それも長く続く事はありませんでした。黄巾党の本陣から黒煙が上がったのです。それを見た時の気持ちはホッとしたと言うのが私の正直な心情でした。あの時、あれ以上負傷者が増えればもう手当できないかもしれないと思っていました。しかし、追撃戦ならばそう被害が多くなることもありません。補給の現状を知っているものとしては本当は追撃もそこそこにしたい所でしたが。

 しかし、そんなことは言っていられません。追撃をして戦果を拡大しなければなりません。私たちの目的の為には、それが必要な事だったのです。義勇軍と夏侯姉妹の追撃は効果的に行われました。

 その後、本隊の中心部隊が戻って来る前に移動しようという事になりました。そこで問題になったことがありました。相手が残した兵糧です。兵糧はなければならないものですが、義勇軍の場合には多すぎると問題が出てしまうのです。兵の統率です。食べる為に義勇軍に参加した兵というのは少なからずいます。そんな兵達の前に多くの兵糧、きっと彼らはこちらの指示を受けなくなるでしょう。皆がその心配をしました。しかし、兵達を食べさせられないのはもっと問題です。その塩梅に皆が苦慮していました。

 そこに再び孟徳様がこちらの陣にいらっしゃいました。これ幸いと軍師達は孟徳様と取引できるよう交渉したのです。こちらは兵、将を提供し、向こうから兵糧、武装を提供してもらうといった具合です。孟徳様もそうなるだろうと予測を立てて、こちらを訪問されたのでしょう。すぐに良い返事を貰う事ができました。

 それから半年、長い時間だったと今でも思います。孟徳様の軍と一緒に行軍し、色々な事を学びました。そうしている内に、ついに張角が討ち取られたという情報が入ってきました。

 そうなるとやはり気になるのは恩賞です。いくら、漢王朝の力が弱まったとはいえ、黄巾党を鎮めた勢力には恩賞をしっかりと出すだろうと期待していました。そして、貰った物は青洲平原の相でした。根拠地をついて手に入れる事になりました。あの時の皆の歓びようは今でも思い出せます。当然宴会が始りました。むすっとした表情の多い関雲長様でも頬が緩んでいたのですから、どれほどの喜びだったかは想像に難くありません。

 しかし、私はあまり喜んでばかりではいられませんでした。宴会になる直前、故郷から『母病に伏せる』という旨の手紙が届いたのです。私は好事に水を差してはいけないと思い、その手紙を伏せ、宴会の数日後、まずは孔明様と士元様にお暇を戴けるようにお願いしたのです。お二人はすぐに玄徳様に話を通してくださり、玄徳様直々に労いの言葉を戴いた上でその元を去る事になりました。

 

 

 

 話が一段落した所、今度は陳寿が先に白湯に手を伸ばした。しかし、それを口にすることなく言葉を発した。

「悔しくはありませんでしたか。恩賞を貰う所まで行ったのです。ついて行きたいと思いませんでしたか」

「本音を言えば残念ではありました。しかし、母への事と前の生産力、そして周りへの影響を思えば帰るのが最善だと思いました」

「周りへの影響とは」

「儒教の事です。新しい相の部下に儒教の礼に欠ける者がいるとなれば評判が落ちましょう。名士、儒家の協力が得られなければ統治できるものも出来ないのです」

 陳寿は少し顔を下に向けた後、質問を続けた。

「では、その後蜀を作られた方々をどう評価されてますか」

 老人は顎に手をやり、すぐには返事をしなかった。暫くの時間が過ぎた頃、これまでとは違って小さな声で話し始めた。

「まず孔明様と士元様については人並み以上の思いはありません。彼女達が本当の意味で活躍するのはこの後の事ですから。ただ、あの当時の思いは『この人達には努力をしても勝てないかもしれない』『人は見かけで判断してはならない』という事でしょう。後はあの即興の交渉能力はやはり素晴らしいと思いましたね。少し噛んでしまうのはご愛嬌だとは思いますが、どうだったのでしょうかね」

 顎から手を離し、今度は白湯を口にした。

「先に翼徳殿ですが、良くも悪くも純真だったのだと思います。あと、物事の本質を掴むのは一番だったのではないですかね。玄徳様は少々時間がかかりますし、関雲長様は物事をまっすぐに捉え過ぎる傾向がありました。だから、翼徳殿の言葉にハッとさせられる事はよくありましたね。関雲長様は本当に武人だったのだと思います。この後の関雲長様の行動を見てもそう思うのです。しかし、それは玄徳様の第一の側近として弱点でもあったのだろうと考えます」

 陳寿は最後に一つだけ聞かなければと思い、口を開いた。

「今日の最後の質問ですが・・・・・・、劉玄徳殿、いえ蜀は大陸を統一出来たとお考えですか」

 老人は迷う事無く答えた。

「無理ですね、少なくとも武力による統一など不可能でしょう。何故なら、早い時期から名は出ていたのにその性格や志故に安定した本拠を得るのに時間をかけ過ぎました。その他にも問題点はあるかと思いますが、それは蜀の人々の批評を待つべきでしょう」

 そう言いきって老人は首を横に振る。陳寿は頷くと席を立った。

「今日はありがとうございました。次は明後日との事なので、今日くらいの時間にまたお伺いいたします」

 まだ首に力の入っていない老人に伝えて、宅を辞去した。




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