動き出した吸血鬼
「―――何だ?この魔力の量は?」
地球の何処にあるのか誰も知らない森の中にある、古びた館にたった一人で住む男は純粋な疑問の元、そう呟いた。
まるで貴族が住んでいる様な大きな部屋にはルーン文字や六芒星、彼以外に理解できない―――かつては居ただろうが、今では昔の話である―――文字が書かれている紙が壁の至る所に刃物で固定されている。
天井には狼やライオン、熊や鷲など多種多様の生き物の死体が所どころ腐敗している状態で。首に巻き付いているロープで吊るされていた。
地球儀を回し、魔力の存在を認識した場所を調べる。場所はすぐ知れた。
「これだけの魔力を使えば……或いは……」
そんな、おどろおどろしい上に臭気に晒された部屋の中で唯一、その臭気に晒されず、『異常』では無く例外的に『常識』にカテゴライズされる一角―――部屋の隅に彼は立った。その周囲にだけは魔術的な―――実際魔術なのだが―――物品が無かった。強いてそれに当たると言うならば、並べられた十三の棺桶か。
目の前には、無愛想な顔をしている彼と、若い、華のような笑顔をした女性が描かれた肖像画。終わる事の無い年月を復讐に費やした果てに、虚無に苛まれた彼が唯一愛した―――人間の女(妻)。
彼らは結ばれた。共に過ごし、共に笑いあい、共に愛し合った。自分を吸血鬼と知って尚、友で居てくれた友人たちも祝福してくれた。
だが―――現実は、彼以外を容赦なく飲み込んだ。
彼の友と知れた人間たちは処刑された。異端な存在に関わっていた。それだけで。
そして、最愛の存在を、彼は目の前で奪われた。神を信仰する、元同種に。
その時からだったのだろう。彼が力を求めるようになり、同時に、事実に抗おうとしたのは。
遺体の血を吸う事も考えた。しかし、彼はそれが出来なかった。
元人間だからとか言う、そんな陳腐な理由では無い。
彼が求めたのは、唯従うだけの死体などでは無く、かつての―――生きていた頃の、彼らだった。
『貴男は……私の事なんて、忘れて……好きなように……生きて…………』
ふと、彼女が言っていた言葉を思い出し、自らを嘲笑した。
「君達は――――シェリアは、私が関わらなければ、私のせいで死ぬ事も無く、老いて死んでいっただろう―――」
そして彼は―――吸血鬼は死者の蘇生と言う、禁忌中の禁忌を持ってして、彼らの止まってしまった時を、取り戻そうとしていた。
「……分かっている。君達はこんな事を望みはしないだろう。唯私の自己満足だ。だが―――」
そこまで言って、彼は右腕をゆっくり上げる。それに伴い、棺桶の一つを開いた。
棺桶の中には、彼の魔術のせいで五百年の時を経てなおその姿を変えない若い女の遺体が納められていた。他の棺桶を開ければ、恐らく友人たちの遺体が収まっているのだろう。
彼はその女の頬に手を寄せ、静かに口づけをした。そして、すぐに離れる。
ポタリ、と遺体の顔に水が落ちる。その水は彼の瞳からだ溢れ出ていた。
「―――せめて、何も返せなかった私から…これ位の恩返しはさせて欲しい」
声を上げずに、彼は静かに涙をその双眼から流し続けていた。
時間帯は早朝。天候は晴れ。吸血鬼の出発の日としてなら、これ以上ない最悪の日である。
しかしながら、彼は長き時を生きた吸血鬼。普通の吸血鬼なら体が焼け焦げ苦しむが、彼は焼けると同時に再生が始まり、傍から見れば何の違和感も無いように見える。とは言え、痛みは感じるのだが。
……最も、彼の弱点は彼の身体以外の方であるのだが、それはまたいずれ。
「この館に戻ってくる事も、しばらくは無いだろう……」
手荷物を一切持たず、白のフードローブを羽織り、袖の長い服装で身を固めた彼は住んでいた館を見てそう言った。
手を影に翳す。すると、影の中から天井に吊るされていた動物の内の数体―――腹から腐敗が進んでいる狼、下顎の無い馬、両目が飛び出た猫が出てきた。彼が使役する使い魔だ。
「すまないが、私は暫く帰って来れそうにない。見張り番を頼む」
三匹は揃えて首を縦に振ると、館の付近で待機していた。
「―――では、行くか。場所は―――日本か」
自らに言い聞かせるように、彼は自らを霧へと変貌させ、その霧はやがて何処にも見えなくなった。
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2012.10.14 一部編集、削除を行いました。