おっと、すみません。それではどうぞ。
「―――ようやく、辿り着いたか」
何もないビルの屋上。ふとそんな声が聞こえた直後、薄らと霧が出現する。やがて、その霧は密度を増していき―――完全な人の形をとった。
「ふむ。たどり着いたのは良いが、些か風に流され過ぎたか……」
仕方が無い、と彼は独り言を止めにし、空を見る。
先の彼の発言の通り、彼は風に流された―――厳密には、向かう方向が向かい風だった。更に言えば、何度も風向きが変わり、それが原因で、今空を見上げれば館を出たときと同じような空が広がっていた。
「まさかこれほど掛かってしまうとは…その上、あの魔力も今では全く感じられん……まあいい。あの魔力の正体を―――む?」
再び頭に意識を巡らせようとした彼の意識を引いたのは、遥か遠方に一人佇んで居た茶髪の少女と、突如その付近に現れた黒髪の少年に金髪の少年、そして、金髪の少女と―――その少年少女たちから漏れ出していた魔力だった。
「ほう……。私以外にまだ魔術を扱えるものが居たのか……いや、違うな。アレは魔術では無い」
彼の知らない事実が更にその知的好奇心を刺激し、彼は再び身体を霧へと変えて、少年少女たちが現れた場所へと移動を始めた。
「―――感動的なお別れの最中、失礼する」
なのはとフェイトが互いのリボンを交換し終えた直後、その声は突如聞こえてきた。
「!? 何者だ!?」
彼女たちから少し離れたベンチに座っていたクロノはすぐさま立ち上がり、声を上げて周囲を警戒する。
「ふぇ?」
「ッ!?」
「な!?」
「誰だい!?」
なのは、フェイトも、ユーノも、フェイトの使い魔のアルフも、それに続く様に周囲を見渡すが、何も無い。
「―――ああ、失礼。これは無礼な事をしてしまった。詫びよう」
その言葉と同時に、彼らの周囲に突如発生する霧。やがてそれは、一つの形―――人の形をとり、やがてそれは実体を―――長身な、白いフードローブで顔を隠した男の姿を――持った。
「さて、先程は失礼した。私の名はライネス・ヴェルバータという…。いきなり過ぎて訳が分からないのもよく分かるが、尋ねたい事があってね―――」
そこまで言って彼―――ライネスは一旦口を閉じ、再度口を開くと同時に言った。
「―――途轍もない魔力の塊に、何か心当たりは無いかね?」
「―――その魔力の元は封印されていて、今はその『時空管理局』とやらが管理・保管している、か……。……此方の言葉でいう、『骨折り損のくたびれ儲け』と言った所か……」
「ああ、そういう事だ。そして―――君は何者だ?」
時間帯は朝。雲一つない空に太陽が昇っている。あの感動の空気をぶち壊した彼は、その魔力の正体―――異世界の危険物・ジュエルシード―――と、事の結末を聞き、愕然とし、失望した。確かに、あれだけの魔力があれば目的を果たすことが出来たかもしれない。が、それは不安要素を孕むものとなってしまう。
クロノの問いに対して、ライネスは皮肉ったような笑みを浮かべながら言う。
「それは先ほども言った筈だが?私はライネス・ヴェルバータと言う者だと」
「僕が聞きたいのはそういう事じゃない。君がどういった存在なのかという意味で、だ」
ライネスはこの少年が怒ることを予想していたのだが、実際の対応はそれを流す様に、年相応らしからぬ対応だった。その事に彼は皮肉った笑顔を止め、僅かな微笑みの元、少年に言い放つ。
「ふむ、そうだね―――『吸血鬼』、或いは『ヴァンパイア』とでも言えば通じるかね?」
「……なっ!? 在り得ない……吸血鬼はこの世界の空想上の産物では……」
「だが、現に私はこうして実在しているがね?」
クロノは信じられない物を見た様な顔でそう言う。しかし、他の少年少女たちは分かっていなかった。ただし――
「ふぇ? ……ふぇぇぇぇぇ!!?」
――その中で唯一の地球生まれの少女を除いてだが。
「な、なのは!? お、落ち着いて! 何か知ってるの?」
ユーノはなのはに落ち着く様に促すと、彼女は「すー、はー、すー、はー……」と深呼吸を何度か繰り返し―――それでも、混乱から抜け出せていないようだが―――他の少年少女に話した。
「えっと、吸血鬼って言うのはね……」
ライネスはなのはが皆に話している間、一切手を出すことはしなかった。それは単に自分から説明する手間が省けた事もあるが、もしかしたら何かしらの発見を出来るかもしれないと考えたからでもあった。
説明を聞いた少年と少女たちはその顔を驚愕に染めていた。
「何をそんなに驚いている?」
「そんな……そんなものがこの世界に居るなんて……ありえない」
「先ほどと同じような事を言う様だが、私は此処にいるがね?……だが、今はそんな事は些細なことだ。先程、君たちが使っていた物はなんだ?」
ユーノは混乱を隠しきれない様子である。それも当然なのだが。
「……さっき私たちが使っていたのは転送用の魔法です」
「魔法? ……魔術では無くか?」
フェイトは顔を顰め「魔術?」と呟く。どうやら本当に魔術ではないらしい。
その事実に更に笑顔を深くするライネス。
「それより、あなたはどうしてジュエルシードの事を聞いたの!?」
「魔法とはどのようなものか教えて欲しいものだな」
「今はこっちが質問してるんだよ!」
なのはに怒鳴られ『ハッ…!』とした表情を浮かべるライネス。その深い笑みを崩し、苦笑いへとその表情を変える。
「―――これは失礼。久しぶりに未知なるモノに遭遇したものでね、少々興奮してしまった……。何故、ジュエルシードについて聞いたか……だったかな? 簡単なことだ。私にはなすべきことがある。それを行うのに相当な量の魔力が必要なのだよ。そして、君たちに―――この世に迷惑をかけるつもりはない。これでは不服かね?」
「…誰かに迷惑をかけるような事じゃないんですね?」
「ああ。―――私が最も忌み嫌う神に誓ってでも」
口元しか見えていないが―――忌々しげな表情を隠そうともせず、彼はなのはに対してそう言った。
『―――そこから先の説明はアースラで行いたいのですが、よろしいでしょうか?』
なのはが何かを言おうとするも突如としいて声が聞こえた。声の出どころを見るとホログラムによって構成された若い女が立っていた。
「か、母さ…艦長!」
『大丈夫よ、クロノ。少なくとも彼には害意は無いみたいだし、何より此方も話がしやすいわ。……私の名前はリンディ・ハラオウンと言います。可能であればアースラにご同行を願いたいのですが―――貴方にとっても悪い話ではないと思いますよ?ライネスさん』
どうやら、今のやり取りを見る限りこの二人は親子らしい。それと同時、今の世界の科学力ではここまでの事は出来まい、と考え込んでいた。
「……ふむ。確かに悪い話ではない。魅力的な提案だ…が―――その話、断らせてもらおう。そちらに行って、こちらが殺される可能性も無くは無い」
『な……そ、そうですか。分かりました。―――あ、クロノ。なのはさんとフェイトさんの面会時間、もう少し伸ばしても構わないわ』
「ちょ、艦長!」
周囲にクロノの怒声が響き渡る。それ声には、僅かな諦めが混じっていた。
「……君は、苦労人なのだな……頑張りたまえよ」
そこまで言って、彼はクロノ以外の少年と少女達の方を向いた。どの顔も、恐れや戸惑いが混じっている、年相応の顔だった。
「では、私はこれで失礼させて貰うとしよう…縁があればまたいずれ」
それだけ言って、彼は再び身体を霧に変えて、何処かに行ってしまった。
呆然。そんな表現が最も似合うであろう。アルフがふと言った。
「な、なんだか嵐みたいなヤツだったね……」
『……う、うん』
その発言には同意せざるを得ないのも確かな話だった。
「……エイミィ、彼の魔力値測定結果は?」
「は、はい……ま、魔力反応は見られましたけど…あの人自体から発せられる魔力波は一切在りませんでした…」
「念のため、この世界の伝承なども洗い浚い調べ上げて」
「了解しました」
アースラにて、リンディにエイミィが頼んだ魔力測定の結果、ライネスにはリンカーコアが見当たらず、魔法を使うのは不可能である筈なのだ。
しかし、結果はどうだろうか。恐らく、魔導師ですら行えない様な方法であの場を移動して見せた。その事にこの二人―――だけでは無い。アースラに居合わせていた局員全員の度肝を抜く結果となった。
―――緘口令を敷くべきでしょうね。
「彼の現在地の特定は?」
「あ、はい。今は使われていないビルに……!? は、反応が突如ロストしました!」
「―――ふむ、ここなら問題ないか……」
丁度昼頃。海鳴市の中でも人通りが極めて少ない場所。その周辺に位置する廃ビルの屋上にて、ライネスは影に手を翳す。出てきたのは使い魔では無く、羽ペンとインク、何も書かれていない紙だった。羽ペンの先をインクにつけ、空中に固定されたかのように動かない紙にサラサラ――と、淀む事の無いペースで白紙に文ルーン字と魔法陣を書きあげていく。
彼は、一旦この地に住もうとしていた。先ほどの『時空管理局』という組織がかかわっているなら、彼の願いに近づける物品に関われる機会が増すかもしれない。そう考えたからだ。
「或いは…全面戦争も考えに入れて置かねばな……『PEORTH』……『EOLH』……『ING』……」
『PEORTH』の意味はダイスカップ。賭博の意味であり、同時に『秘密』を表すルーン。
『EOLH』の意味は大鹿。友情を意味し、同時に『保護・防御』の意味を兼ね備える。
『ING』は豊穣伸フレイを表すルーン。幸運を表すルーンであり、他にも『安定』・満足等と言った意味、更には完成、物事に対して決着がついたという完了等もある。
魔法陣はそれらの意味の及ぶ範囲を決定に加え、増強と拡大のために用いられる。
「…これで大丈夫か」
そう言って、彼は魔術を書き上げた紙を持って廃ビルの屋上から最上階(一つ下)に移動する。オフィスとして使われていたのであろうその部屋は机は片づけられソファー一つも無い。汚く、窓ガラスは割れているが、清掃すれば使えなくはない程度だった。
「不法に住むことにはなるが……まあ、ばれる事は無いだろう」
影から今度はナイフを取り出し、紙を頭上へ抛った直後、右手に持ったナイフを天井目掛けて投擲する。
ガッ!!!と、鈍い音が鳴るが、ナイフは折れていない。紙を突き刺した後、そのままコンクリートの天井に、豆腐に包丁を入れるが如く、易々と突き刺さっていた。
そして、その紙に書かれた魔法陣とルーン文字が鈍く光り出す。それを見て彼は満足気に笑う。
「……よし、出てきて構わん」
そう言うと、影が膨張したかと錯覚するほど、一斉に彼の使い魔たちが影から飛び出してきた。その数、四十二匹。共通点があるなら、それは首に掛けられたロープだろう。机などが置かれていれば、間違いなく二、三匹は圧死していたであろう。
使い魔たちは無言で、彼の命令を待っていた。その様子に満足したライネスは使い魔たちに命じる。
「―――これより、お前たちに命ずる事は三つ。一つ、この建物のこの階より下の階の監視。二つ、現れないとは思うが、侵入者が現れた際、何かしらの武装をしていた場合、その侵入者は食って構わん。三つ、最重要だ。私が許可しない限り、この建物の外に出る事を禁止する。以上だ―――ああ、ベアードとアモンは残ってくれ」
使い魔たちは首を縦に振ったり、それぞれ鳴き声を上げたりすると、様々な反応を見せた後、下の階へと向かおうとする。その中でも特に体格の大きい片眼が無く、右前足が腐敗している熊が器用に口を使ってドアを開ける。その熊が開けたドアから、他の使い魔たちもどんどん下へと向かって行った。残ったのは、ドアを開けた熊―――ベアードと、フクロウの頭に狼の体を持ち、大蛇の尻尾を持ち合わせたキメラ―――アモンだけであった。
彼の使い魔には二パターンある。一つは自然界で自然死していた動物の死体を、その身体の元々の持ち主である動物の魂と契約し、使い魔にするパターン。もう一つは、動物たちの死体を使い、自らの手で使い魔を作り出し、その身体に新たに生まれた魂と契約するパターンだ。どちらも共通しているのは、『契約の内容は術者自らの命を分け与える』ということか。
特に後者を彼は『タイプ・キメラ』と呼んでいる。『タイプ・キメラ』は彼の使い魔の中でもたった三体しかいない。その三体は、イメージした怪物、或いは悪魔が居る為、それぞれ元になった怪物の名を冠している。
「お前たちには、私と共にこの階の掃除を手伝ってもらいたい…とは言え、することと言っても、埃を掃いたり、ガラスの破片を集めるくらいだが…構わんかね?」
彼がそう言う風に尋ねた理由は簡単だ。契約した使い魔たちの意思を尊重している事に他ならない。これは、吸血鬼らしからぬ、元人間らしい彼の側面の一つとも言えるが。
「グオゥ!」
「ホー……」
一鳴ききした後、二匹揃って首を縦に振ってその問いに対して肯定した。
「そうか、ありがとう……では、掃除に取り掛かるとしよう」
そう言って、ライネスと使い魔二匹は最上階の掃除に取り掛かった。
誤字脱字等あれば、ご報告をよろしくお願いいたします。
2012.10.10 修正しました。
2012.10.17 加筆を行いました。
2013.4.10 修正を行いました。