大切な者の為に
―――時は進んで十二月の初め。春夏秋冬の四季が明確に存在する日本において最も寒く、日は早く沈み、人は厚着をして外出し、家では暖房機具を使い、猫が炬燵で丸くなる時期。それは、海鳴とて例外では無かった。
そんな海鳴のとある廃ビルの最上階にて。午後五時をやや過ぎた辺り。夏であればまだ明るかっただろうが今は冬であり、当然日が沈むのも早い。よって、電気を通されていないビルは、中も真っ暗だ。
そんなビルに住む吸血鬼と彼が従える使い魔の一体とで話をしていた。
「…むう。気にしてこそいなかったが…改めて見れば流石に、この格好は目立つか…」
『目立つね。だって、考えてみれば暑い頃からそんな服を着込んでいたんでしょ?それなら嫌でも目立つさ。あと、目立つって言うよりは似合ってないと言った方が合ってると思うよ?きっと』
吸血鬼の名をライネス・ヴェルバータ。半年ほど前に異世界から流れ着いたとされる物品を―――正確にはその物品の魔力を―――求め、海鳴まで足を運んだのだが、既に時空管理局がその物品―――ジュエルシードを管理・保管していた為、諦めざるを得なかったのだ。強硬手段に出る事も出来たが、どうも話を聞く限りでは相当な戦力を持ち合わせた組織であるため、争い事になることを嫌った彼がその場から引いたのだ。今では、その当時深く考えずに住み着いてしまったこの廃ビルで半年前と似たような事が起こるのを待ち続けている、と言った所か。
もう一人―――いや、果たして人間は彼を真正面から見据えて人と呼べるだろうか?―――は、異形と言う他無かった。
全長五メートル程で、上半身と下半身で丁度半々に身長が割り振られている。踝までが隠れきる大きな赤い腰布で性器にあたる部分は隠されている。下半身だけでも、人間では無い事が明白な大きさだが―――問題は上半身だ。
下半身と同じく、全長の半分はある上半身。その肩から伸びる腕は本来二つの筈であるが、使い魔の肩からは腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕、腕―――総数百本の、巨体に見合うほど長く、しかし太さはそれ程でもない―――それでも人間の成人男性よりは太めの―――手腕。
頭は髪が生えておらず、子供の身体位はありそうな頭には、その巨体に合わない大きさの顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔―――計五十の顔が本来ついていない筈の後頭部や側頭部、頭頂部にも存在していた。幾つかの顔は、眼を共有して使っているらしい。
使い魔はお辞儀するように自身の主であるライネスを上から覗き込む様にして、身体を支える為か百の手腕は天井やら壁やらに伸ばし、張り巡らせていた。
その名はギリシャ神話に登場する、五十顔百手の巨人。ゼウスに味方し、クロノスと敵対した巨人の三兄弟の通称。
そして、ライネスの使い魔の中で唯一、会話をすることが出来る『タイプ・キメラ』。更に言えば―――
「ヘカトンケイル、私にはどの様な服装が合うと思うかね?嘗てからシェリアや友人たちにも言われていたのだが…どうにも私には身に着ける物の良し悪しが分からんのだよ」
『……そうだね。じゃあさ、マスター。この地に来てから見てきた今の若者が身に着けている服装を教えて?』
使い魔―――『へカトンケイル』は、戦闘になれば心強く、こう言った生活的な面でもマスターであるライネスに度々助言を送る、やはり心強い存在だった。
そもそも、何故この様な服が云々の話になったのか。それは、少し前の事。
「ふむ…すずかと名乗った少女との約束はどうするべきか…」
月村すずかとの口約束はどうするか等と考え始めた彼。その顔は悩んでいるものの、何処か申し訳なさを孕んでいた。
理由は一つだけなのだが―――あの時、あの場に居合わせたもう一人の少女―――アリサとすずかを助けるために行った一方的な殺戮をまだ幼い少女二人の前で引き起こしたことだ。
―――因みに、半年前に引き起こした誘拐から助けた少女二人は、改めてあの時の光景を思い出し、数日の間は碌に眠れなかったらしい。
更に、あの場の血痕や残されていた死体を見てアリサの父親が警察に事件届を提出。彼女らが何も語らなかったことを含め―――警察は精神的ショックによる記憶障害と判断したようだが―――『未だ捕まっていない猟奇的殺人犯』として、半年たった今でも時たまメディアに取り上げられるほどだ―――
『あれ?マスター、どうしたの?何か考え込んでいたように見えたけど…』
音源は上。聞き覚えのある老若男女の入り混じった、出来の悪い合唱にも聞こえなくも無い声。
「へカトンケイル…いや、たいした事ではない。気にするな」
『わかったよ。…それとさ、マスター。ちょっと思ったんだけど』
「む?どうかしたのかね?」
へカトンケイルは言いよどむ様に言葉を詰まらせた。彼に言っても大丈夫なのかと、全ての顔を悩む様に歪ませ―――意を決して、言った。
『ボク個人の主観なんだけど、マスターにその服装は合って無いような気がするんだ。それと、もしかしたら今の人間たちの服装からしたら、何と言うか、こう……外れてる?様な気がするんだ』
「……」
『あ、お、怒らないでよ?絶対に悪気が合って言った訳じゃ無いから。それに、ボクはまだ外を見たわけじゃ無いから何とも言えないんだけど』
その巨体に見合わぬ子供じみた話し方をする異形の巨人はオロオロしながらそう続けた。
それに対してライネスはと言うと…。
「…やはりか…へカトンケイル、最上階まで来てくれないかね?少しお前に相談したいことが出来た」
『うぇ?…わ、わかったよ』
この様なやり取りの後、一時間ほど話し合った果てに、冒頭の様な会話になった訳である。
尚、へカトンケイルがドアから入れず、彼の影に入り込み、そうやって入って来たはいいが勢い良く頭から出て来てしまい、天井に頭を勢いよく打ちつけた―――壊れなかったのはルーンの影響によってだが―――のは、完全に余談である。
時刻は夜の十時過ぎ辺り。ライネスは一人、夜道を歩いていた。いや、正確には影の中にはへカトンケイルともう一匹、基本的に眠り続けている使い魔が珍しく起きていた為、連れてきたのだ。
今はへカトンケイルに言われた服を買った―――買ったというよりは、催眠術を掛け店の店員に代金を支払ったように思わせただけであり、完全に窃盗なのだが。それについては彼も罪悪感を感じている様で、売れば相当の値が付く宝石を数個置いて来たのだが―――帰り道で、遠目から見れば独り言を話しながら夜道を歩く銀髪赤眼の男という、なかなかの不審者ぶりを発揮してしまっている。
今彼が着ている服装は黒のロングコート、金色でドクロのプリントが施された白いロングシャツ、紺色のジーパンに白のスニーカーだ。時期としてはもう少し厚着で良かったかもしれないが、良心が痛んだのかもしれないし、単にその服装で問題無かっただけなのかもしれない。
また、彼の住み着いている廃ビル付近は海鳴全体で見ても人通りが少なく、辺りも廃墟が多く、電灯すらも碌に立ってはいない。彼は暗闇でも目は見えるので関係のない話だが。
「それで、へカトンケイル。タイラントは如何している?」
『あー、それなんだけど…。「出番になったら起こしてくれ」って言ったきり寝ちゃって…』
今、彼らの会話に登場した『暴君』の名を持つ者―――他の使い魔に比べ、腐敗が進んでいる訳でも無い―――逆に全く無い―――が、使い魔となる前からその背に幾つもあった銃創や罅割れの治った後のある背が、そして何よりも、尾先まで含めるとへカトンケイルを越える七メートルの大きさが、使い魔の元々生きていた年月を物語っていた。
そして、基本的にはのんびり屋だが、一度争いになると使い魔の中でも一、二位を争う攻撃性に、怒った際にはマスターであるライネスが物理的に止めに入らねば周囲に危険が及ぶほどの気性の荒さを見せる―――イリエワニのタイラントは、どうも彼の影の中で眠ってしまっているらしい。
へカトンケイルがタイラントの言葉を理解できた理由だが、これは単に使い魔同士での会話手段―――念話が行えるからだ。へカトンケイルは念話を用いてタイラントと会話していた。それだけの話である。
ライネスにはそれを聞き取れても、意味までは理解することはできない。最も、使い魔たちは彼の言葉を理解できるのでそれほど問題ではないのだが。
「ふふっ、タイラントらしいと言えばタイラントらしい。…私としては日向ぼっこをしながら口を開けて寝ている姿を見ると、存外名はピースでも問題なかった様に思えるのだよ」
『…その姿だけなら…ね』
「全くだ」
のんびり屋な暴君ワニの事を苦笑いしながら話していた彼らだったが―――突如としてライネスはその表情を真剣な物へ変えた。理由は一つ。魔術では無い魔力使用技術―――魔法による周囲の空間の物理的封鎖並びに人の気配が全くない―――即ち、自身以外のヒトが殆どこの空間内に居ない事を察知した。
『…?どうしたの、マス…うわ、何だこれ』
「タイラントを起こしておいてくれ。今は私だけで行こう。―――それにしても、これを展開しているのは相当な自殺志願者か何かなのかね?」
『さあ?少なくとも、魔術とは違って命に直接的には関わらないのかもね』
「…ふむ、その可能性の方が高いな」
魔法と魔術。同じように聞こえるかもしれないが、ライネスにとって魔法とは最近知った物―――完全な形で目撃したのはこれが初なのだが―――であり、魔術は恐らく、彼以外に使う者は現れないだろう。原因は中身の違いだ。
読者の方々は既に知っていると思われるが、魔法はリンカーコア―――大気中の魔力素を吸収し、魔力に変換し、魔力を蓄え、外部への放出を行う魔法機関―――と空気中の魔力を利用した『超科学』技術であり、デバイスはそれの補助を行う存在であり、同時に武器だ。だが、リンカーコア(器)に残っている魔力(水)が底を着いてしまえば魔法は発動できなくなるどころか、下手をすると命にすら関わる。
逆に、魔術は如何なのかと聞かれれば―――常に命の危険を伴い続ける。
魔術は魔力を自身の命から度々から作り出し、それを自らの扱う魔術に使用するのだ。そのため、彼の魔力を測定したとしても、それは情報として信頼出来るものではない。
極端に言ってしまえば、魔法が安全性が認められたローリスク・ローリタンな技術とするなら、魔術は安全性ではなく、効率だけを重視したハイリスク・ハイリターンな技術。そう言ってしまった方が速い。
ライネスは影を道具を入れる為の倉庫の様に扱っている。発動中は魔力を消費し続けるが、発動していなければ影の中の入り口は封鎖される。簡単に言っているが実際はそれどころの話では無い。
倉庫どころか、一つの異世界を影の中に展開しているような物だ。影の異世界化とでも言うべきかもしれない。当然、消費する魔力も膨大となる。では何故彼が死なないのか。
それは、彼が吸血鬼だからである。その不死性に支えられた生命力があるからこそ、命を削り続けるような凶行とも取れる事を行い続けられるのだ。
それは、彼によって命を与え続けられている使い魔たちも同じような状態だと言える。
そして、今回この結界を張られたとき、ライネスはへカトンケイルと会話を行うために、影の魔術を発動し続けていた。つまり―――膨大な魔力反応があったから閉じ込められた。
「―――動くな」
「む?」
ライネスが振り向く。が、誰もいなかった。今度はそのまま視線を上へずらすと、空中にいる二人―――片方がピンク色の髪をポニーテールにした髪型で、右手に片刃の長剣を、左手に鞘を逆手に持った女性と、赤い三つ編みに赤い服を着て、その装いに見合わぬハンマーを持った少女―――がいた。
「動くなって言ってんだろ!」
「これはなんの真似かね?生憎、君たちのような知り合いは居ないのだが…。それとも、時空管理局の者かね?」
その中の一番背の小さい赤毛の少女が大声で威嚇してきた。が、それを無視する形でライネスは質問した。少女の方は「てめぇ!」と怒声を上げるが、ピンクの髪の女は「ヴィータ、落ち着け」とだけ言って、そのまま話し出した。
「違うな。私達は管理局の者では無い。用件だけを言おう。―――恨んでくれて構わない。…だが、主の危機なのだ。悪いがその魔力、頂いて行くぞ」
ピンク髪の女の口から話された言葉。それを聞いて、ライネスは数瞬思案したかと思えば、納得した表情を浮かべた。
「―――成程。粗方の事情は把握したよ」
「何?」
女は怪訝な表情を見せたが、すぐに無表情に変化した。が、それも直後に表情を驚愕に変えた。
「君たちの主と呼ぶ者が、恐らく命に関わる病の類に侵されている。それを治療する目的で私の魔力を狙った、と言った所だろう?―――付け加えて言えば、君たちは恐らく望んでこの様な事をしていない。…違うかね?」
「ッ!?」
「なっ!?何で知ってんだよ!」
女と赤毛の少女―――ヴィータは驚き、そのまま聞いた。何故言っても無い事が分かるんだ、と。
それに対し彼は平然と答えた。
「なに、簡単な事だ。まずだ、君はこう言った。『恨んでくれて構わない』と。つまり、恨まれるような事をしていると自覚した上での行動だ。それを踏まえた上でこの様な行動をしている。それは何故か?
君はこう言ったな。『主の危機なのだ。悪いがその魔力、頂いて行くぞ』と。その危機とは何か。何故魔力に頼る必要性があるのか…そこまで考えれば後は消去法だよ」
普通の事の様に語る彼を前にして、ヴィータは表情を硬くし、女は苦虫を噛み潰す様な表情を作った。
「だが―――だからと言って『はいそうですか』と易々魔力を渡す訳にもいくまい。…来るなら力尽くできたまえ。その方が君たちの性に合っているのだろう?」
「何か…悪い…。―――ヴォルケンリッター鉄槌の騎士、ヴィータ!」
「名も知らぬ魔導師よ。…済まない。―――ヴォルケンリッター烈火の将、シグナム。…参る!」
声と共に、上空から落下してくるよりも速い速度で彼に迫るヴィータと女―――シグナム。
その様を見て、ライネスは顔に深い笑みを浮かべる。そして、歓喜を抑えきれない様な声で話す。
「あぁ、気にする必要は無い。ついでだ。私からも名乗らせて貰おう。私の名はライネス。ライネス・ヴェルバータ。魔導師では無く、魔術師だ。以後、お見知り置きを…」
そう言い終えた直後―――シグナムの持つ長剣型デバイス―――レヴァンティンとヴィータの持つ長柄のハンマー型デバイス―――グラーフアイゼンが振り下された。
「なっ―――」
その声は一体どちらの声だっただろうか。シグナムの声だったかもしれないし、ヴィータだったかもしれない。或いは、その両方か。
その声は驚愕。原因は、唯一つだけ―――
「ふむ…それで全力かね?」
―――ライネスが右手でグラーフアイゼンを、左手でレヴァンティンを素手で掴み、受け止めていたからに他ならない。
手を抜いて攻撃したわけでは無い。逆だ。自分たちの望みをくみ取った相手に対し、せめて一撃で終わらせようと、最速で全力の一撃を仕掛けた。
だが、結果はどうだ。回避する所か、防御に回る事も無く、ただただ武器を掴みとっただけ。それだけで、彼女らの攻撃は防がれた。
「…嘘だろ」
「馬鹿な…」
だが、ライネスも驚いていた。右手はともかく、左手は刃物を直接掴んでいるのだ。そうなのにも拘らず、その刃が掌に食い込んでくる様子は一切ない。だが、その驚きを顔に表すことは無い。
「呆けている暇があるのかね?―――噛み潰されたく無ければ、今すぐその場から飛び退くことをお勧めしよう―――」
「「ッ!」」
ライネスが話し出した途中から、彼の影が蠢きだした。それを見た彼女らは持てる魔力を使い、一気に飛び退いた。
そして、その判断は正解だった。何せ、彼女らの居た場所に食らい付いた巨大なワニが飛び出したのだから。
「漸く起きたかね?タイラント。今まで散々寝ていたんだ。見合った働きを期待しているよ?…それとだ。お前は赤髪の少女の方を狙ってほしい。私はピンク色の髪の女を狙う」
「グルルルルル……」
ライネスの言葉に答える様に獰猛な声を上げたのは、体長七メートルにも達する巨大なイリエワニ―――タイラント。
彼はその唸り声を聞いて笑顔を作り―――空気に溶けるようにして消えた。
「…は?」
「ヴィータ、来るぞ!」
ヴィータの動揺は推測しなくとも簡単に知ることができた。影から突如として巨大なワニが飛び出してきたのだ。そのすぐ後には、ヒトが空気に溶ける様に消えてしまった。
古代ベルカ式魔法を扱う彼女らであっても、その様な魔法は見た事が無かった。ある種の未知との遭遇と同じだ。
「―――ゴオオオォォォ!!」
咆哮と共に―――自身よりも体積のよりも大きい水の塊にタイラントは包まれる。
そしてタイラントはその中で泳ぎだした。尾をくねらせ、速くは無い速度で。水の塊はタイラントに合わせて空中を移動している。
「な…何だよ今度は…」
ヴィータの二、三メートル前まで移動したタイラントは―――水面から飛び出す様に、一気に距離を詰めてその顎でヴィータに食らい付こうとした。それを横から斬り付けようとシグナムが詰め寄るが―――
「言った筈だがね?私は君…シグナムを狙うと」
「な!?」
空中に居る自身の真上から聞こえてきた声に驚き、上を向けば空中に氷の分厚い板を発生させ、それを足場にする様に空中で逆さまで膝を曲げ―――ダンッ!!と足場をける音とガシャン!と氷が砕ける音を鳴らし、その勢いでシグナムに対し、コートの裏側の影から生える様に飛び出ていた自らの得物を左手に持った。
ソレの大きさは全長二メートル程。斧と槍を組み合わせ、斧の背に鉤爪を付けた武器―――彼が持っているソレは、本来の物と違い、柄も全て金属で出来ていて、強度を上げるために様々な魔術が施されている―――黒色のハルベルトの穂先を彼女に向け、突撃する様に突っ込んだ。
「―――くっ!」
そして、穂先とレヴァンティンの鞘が接触し、ギャギャギャ!!!と削れる様な嫌な音を立てて穂先が逸れた。シグナムはその隙を利用し、レヴァンティンで斬りかかり、ライネスはその勢いを殺さぬまま、右足で蹴りを繰り出す。
ズダン!と衝突音が鳴り、紫色の防御障壁に罅が入った直後にシグナムは地面目掛けて蹴り飛ばされたが、空中で体勢を立て直し、道路上に着地した。障壁の影響でダメージは無かったが、もし斧を叩きつけられれば、十中八九砕かれていたことだろう。
ライネスもレヴァンティンによる斬撃を食らい、吹き飛ばされたものの地面に着く前に身体を霧に変え、無傷で着地して見せた
「強いな…」
「君も十分強いと思うがね?」
片や目的を忘れずとも肉食獣の様な好戦的な眼をし、片や紳士的ながらも抑えきれない様な声を漏らし―――互いに一気に距離を縮め、武器が接触した。
「シグナム!…オラァ!」
一瞬驚き―――シグナムが吹き飛ばされた事と、タイラントの動きが予想よりも速かったことの両方―――グラーフアイゼンで横凪に殴る。ズドンッと鈍い音が鳴り、また更にここで驚かされる。
―――コイツ、防御魔法を使ってねえ!?
それは、今まで戦場にのみ身を置いていた彼女が、平和と言う日常を手に入れた弱点とも言えた。彼女は確かに、騎士として戦えば十分強い。が、同時に必要以上の戦いを嫌っている。つまり素が優しいのだ。そして―――今回はその優しさが、一瞬が拙かった。
思考が戻った時には、既に彼女の目には鋭利な牙が幾つも映されていた。防御魔法が張られているためその牙を防げるかとも思ったが、その顎に対しては果たしてどれだけの効力が望める事だろうか。
『―――Panzerhindernis』
ガキンッ!!と硬い物同士が触れ合う音がする。片や牙、片や魔法。拮抗しているように見えたのは僅か数秒。
「…!」
が、それでも彼女にはその数秒でも十分だった。一気にその場から後方に移動し、その牙の脅威から逃れて見せた。
「―――ゴオオオオォォォォォ!!!」
「―――ありゃ接近戦は拙いな…」
そう言って、空を泳ぐタイラントから距離を取り、左手に鉄球を持ち、そのまま宙に放り投げ―――
『Schwalbefliegen』
「―――ふっ!」
「―――!」
グラーフアイゼンで鉄球を殴り、タイラントに向かって飛ばした。
ズドンッと鈍い音と共に鉄球は水を突き破り、タイラントの背に当たり、タイラントを怯ませた。
その隙にシグナムを援護しようとするが―――
「―――ゴオオオォォォォォォ!!!!」
それをタイラントが許す筈もなく、すぐにヴィータに向かって泳ぎだした。それも、先程よりも泳ぐ速度が速くなっている。
「―――こいつ!!」
そうして激戦が繰り広げられる中、戦局はあきらかにライネスたちが優勢だった。
ヴィータはタイラントに対してダメージを与えるにはそれなりの時間を必要としたが、その間にもシグナムとライネスの戦いは終わりへと向かっていた。
「流石は『烈火の将』を名乗るだけの事はある。これまで闘ってきた騎士としては、恐らく―――我が友である彼を除けば―――最上の物だ。心より称賛しよう」
「はあ…はあ…クッ!」
互いの距離が二十メートル程離れている中、彼の口から放たれたのは惜しげも無い称賛だった。魔術を使い、吸血鬼の怪力を持ってしても、その剣技と経験を持って未だ戦闘を続行している彼女。だが、息を整える彼女からすればそれは皮肉以外の何でも無く、同時にそれに対して皮肉一つ返せない自身が酷く腹立たしかった。
「そして…これにて幕引きだ」
その一言と同時。身体が切り刻まれる様な錯覚を受ける程の濃密な殺気が彼女に向けられた。今まで左手だけでハルベルトを振るっていたのを両手に持ち、腰だめに構える。それは一気に距離を詰め、斧による斬撃を見舞うための構え。
息を整えたシグナムはそれに臆する事無く、笑いながら言った。
「ああ、そうさせて貰おう。―――最も、私の勝利という形でだがな…レヴァンティン!カートリッジロード!」
『―――Explosion』
刀身の付け根に存在するパーツがスライドし、そこから薬莢が一つ排出されると同時に一気に彼女の魔量が増幅され、彼女の愛剣が炎に包まれる。そして、そのまま超低空飛行による高速移動で一気にライネスに向けて突き進む。
「紫電―――」
それを見た彼も全力で駆け出し、一歩一歩進む度にコンクリートの地面に巨大な罅を入れながら駆ける。
そして―――
「―――一閃!!」
「―――ハアァァァ!!」
炎を纏いし魔剣が振り下され、魔によって鍛えられた槍斧が振り上げられた。
ガギンッ!!と金属同士がぶつかり合う音が周囲に響く。そして―――
「悪いが、私の勝ちだ」
―――決着は付いた。
シグナムはレヴァンティンを飛ばされ、斧の裏にある鉤爪を首に添えられ。
ヴィータはタイラントとの持久戦になり、最終的にはグラーフアイゼンをもぎ取られ、その際に尻尾で叩き落とされて。
タイラントはグラーフアイゼンを咥えたままライネスの足元に居座っており、ライネスは少し土埃が付いている程度で、これと言って負傷している様子は無い。
「く…」
「畜生…」
「ふむ……」
左手で得物を向けたままの彼は数瞬思考し、シグナムの首に添えていた鉤爪を離し、ハルベルトを影の中にしまったのだ。
「ここを一旦離れるとしよう。詳しく事情を聞かせてほしい。…ああ、人払いも解除しておいてくれたまえよ」
「…情けなら要らんぞ」
シグナムの眼に怒りの意思が灯る。ヴィータは何でだよ?と困惑していた。本来なら時空管理局に突き出すなりすればいい物を、何故、と。
それに対して、彼は夜空を見上げながら答えた。
「なに、君たちに同情したわけでは無い。―――唯、君達が主と呼ぶ者に同情したまでだ。それに―――大切な者を失う苦しみなら、とうの昔に知っているものでね」
「「……」」
言って、彼は顔を彼女らに向けた。その顔は微笑んでいたが、酷く悲しんでいるようにも見えた。
「まあ、騙されたと思って付いて来ると良い。―――私の今使っている住居に案内しよう」
彼はシグナムとヴィータに背を向けて歩き出した。
「……」
シグナムは無言でライネスの後を追って歩み始めた。
「おい、シグナム…」
ヴィータは少しためらったが、彼女に続いて歩き始めた。
二人はライネスの瞳に見た悲しみの様な感情の正体を考えながら、彼の住居に向かってこの地を後にした。
誤字、脱字等ありましたらご報告をよろしくお願いいたします。
2012.10.24 加筆修正を行いました。