それではどうぞ。 by眼花
「つまり……。君達は『闇の書』と呼ばれる物によって具現化されたいわば魔力生命体であり、同時にそれは君達の主の両足の自由を奪い、魔力を与えねばそれは君達の主の体を蝕み、やがて死に至らしめる。と…そういう訳かね?」
一階から移動してから時間は過ぎ、今は最上階にてライネスが影から出した五、六人は着けそうなテーブルと椅子を取り出し、今はそれに腰掛け会談を行って居る状態だ。彼が火の玉を作り、それを宙に浮かせて灯りとして機能させている。雰囲気だけならば、どこかの裏社会の重鎮たちの極秘会議の様な空気になっている様に錯覚できる程だ。あくまでも錯覚だが。
シグナムは顔を少し俯かせ首を縦に振った。
「…その見解で問題ない」
「成程。…はあ…そう言った事情があるならば、もっと早く言って貰いたかったものだ…」
「そ、それじゃあ!」
ヴィータが彼の言葉を聞き、魔力を提供してくれるのかと表情を明るくする。シグナムも僅かにだが表情に驚きを、視線に期待を添え、返答を待った。だが―――
「残念ながらそれは無理だろう。いや、不可能だ。と言うべきかな?」
―――その素気ない一言で、呆気なく、あまりに味気なく否定された。
「…理由を聞いても構わないか?」
「ふむ。既に否定してしまった事だが、理由も無しに断られたと判断される事を防ぐための言い分だ。嘘だと思ったなら、その場で切り捨てても、叩き潰しても構わんがね」
シグナムは努めて冷静に、彼にその事を促した。
背を椅子の背凭れに掛け、腕を組んで目を瞑りながら数秒の沈黙の後、彼は語り出した。
「まず、シグナム。君はこう言った。君達の言う魔導師、或いは騎士とは体内にある『リンカーコア』と呼ばれる体内機関から魔力を作り出す。そして、闇の書はそのリンカーコアから直接魔力を蒐集する、と」
「…?それがどうして魔力を蒐集出来ない事に関わって来るんだ?」
ヴィータが疑問符を頭に浮かべながら、ライネスに尋ねた。
だが、彼はそれに答えようとせず、そのまま語り続けた。
「まあ、とりあえず続きを聞き給え。…そして、私はこう言ったな。私は魔導師、或いは騎士では無く、『魔術師』だと。さて、ここで君達に問題だ。君達と私の違いは何かね?」
「…???」
「……答えを聞かせてもらえないか」
ヴィータは頭の上に疑問符を二つ増やし、首を傾げていた。
シグナムもさっぱりわからない様子で言った。
「…やはり、君たちは魔術師については知らないようだね。その答えなら簡単だ。…私達―――いや、失礼。今の発言は取り消そう」
そこまで言って言葉を区切り、詫びを入れてから彼は語り直す。
「―――魔術師にはリンカーコアというモノが存在しないのだよ」
「――ッ!??」
「な―――」
二人は今聞いた答えがあまりにも簡素で、しかも自分達の常識では考えられなかった事―――否、在り得ないに驚愕した。ヴィータが席から思わず立ち上がり、シグナムは開いた口が塞がらない様な状態だった。
そしてシグナムは一つの疑問に辿りついた。
「だが、貴方は先の戦闘で魔法を使っていたはずだ!」
「私は君達とは違う方法で魔力を生成しているのだよ。それと、私が使ったのは魔法ではなく魔術だがね」
ライネスの答えでシグナムはさらに困惑の表情を浮かべた。その頃、ヴィータは話を理解できず棒立ちの状態だった。
「魔術師は自身の命を魔力に変換している。そして君たちはリンカーコアを使い周囲から魔力を集め使用している。つまり君たちと私ではそもそも魔力の生成の仕方に違いがあるということだ。これで理解してもらえたかな?」
ライネスが一拍開けて冷静にことを整理するように言った。
「更に言えば、流石に体内にその様な物があれば喜んで使用していたことだろう。…尤も、それも昔の話だがね」
「少し…良いか?」
シグナムは一言で冷静に答えたが、その言葉の裏にはまだいくつも疑問と驚愕が在った。まあ、無理も無い話ではある。
例えば、自分の常識が易々と打ち破られるような出来事に、真正面から遭遇したとき。人間はそれを受け入れるべきかの否かの判断を問われる。ある種、シグナムはその曖昧な線上に立ってしまっているのだ。
「…そんな事をして、貴方は大丈夫なのか?」
「ふふ…心配することはない。私は吸血鬼だ。気にする必要などない」
「だから、その『きゅうけつき』って言うのが何なのか分かんないだよ…」
ヴィータがため息を漏らした。あれこれ話し込んでいるが、どうも彼の命に関わるような話の終わりに、『吸血鬼だから大丈夫だ』等と似た様な発言が有るのだ。吸血鬼の事を知らないので、無理も無い話だが。
その後もしばらくライネスとシグナムたちは互いの情報交換をかね、しばらく話し込んでいた。
それから時間が経過し、もうすぐ周辺が明るくなる時間帯―――
場所は変わってビルの入り口。朝日が昇ろうとしている中、三人はその場に居た。
「それでは、私達はこれで失礼する」
「いや、気にする事は無い。私は夜に起きている方なのでね。基本的に朝は寝ているのだよ」
シグナムが礼を述べるが、ヴィータはシグナムの背におんぶされたまま何も言わなかった。途中で睡魔に負け、今も寝てしまっているらしい。
「そうか…長く話し込んでしまってすまなかった」
「いや、こちらとしても貴重な情報を提供してもらえて感謝している」
例えば、数日前にヴィータが茶髪の少女を襲撃し、そこに干渉してきた時空管理局の金髪の少女をシグナムが倒した事。
その際に結界を張ったが、その際、ライネスを探知出来なかった―――それに関しては、ビルの中に居た為にビルの内側に張られたルーン魔術の影響ではないかとライネスは推測したが―――事。
そして、ライネスは茶髪の少女と金髪の少女と呼ばれた者に、酷く覚えがあった。
確実にとまでは言えないが、十中八九半年ほど前に出会った少年少女達の二人―――高町なのはとフェイト・テスタロッサ―――の事だろう位には見当は付けていた。
「それならよかったが…本当に不味くなってきた際には躊躇なく連絡してくれたまえ。出来る限り、力にはなろう」
「…何から何まで済まない。感謝する。それでは」
シグナムはそう言ってヴィータを背負ったまま、飛行して帰ってしまった。
その背を見送り、最上階のライネスがよく使っている部屋の隣にある部屋―――『仮眠室』と書かれた札がドアに掛けられていた。ライネスはその部屋に持ち出した館から持ち出した寝具を置いているのだ―――にて眠ろうとした彼であったが、ふと足を止めて呟いた。
「それにしても…あのヴィータという少女。まさか、仮にも敵であった私の心配までしてくれるとは…。彼女達の主人は一体どういった者なのだろうか…いずれ、会ってみたいものだ」
ライネスは一人呟き薄暗いビルの中に消えていった。
―――ここは?
ベッドに入った筈のライネスが目を開くと、見覚えの無い場所に立っていた。一昔前の映画館を思わせる様な場所に、映画を見る為には特等席と言っていい場所に、たった一人―――独りで。
服装も買う前の物―――よりも前に着ていた、かつては極めて高く見えたであろうボロボロの赤と黒の服装に、金糸で刺繍された紋章が服の胸元に刻まれている事か。
―――嘗ての…私か?
その様に考えた直後、スクリーンに映るライネスとそれを親しげに囲う老若男女問わず、豪奢な服装に身を包んだ人間達。
―――………
突如としてスクリーンに映る映像が砂嵐によって見えなくなった。ザー…と耳障りな音が響く。それが止み、映像が復活した。
場所が変わる。一人の男がライネスに対し下卑た笑みを浮かべ、ブツブツと何かを唱えている。足元には血で描かれた何ともおどろおどろしい魔法陣が描かれており、その中に立つライネスはその言葉に合わせ、もがき、苦しみ、血走った、血を流した双眼で男を射殺さんとばかりに睨んでいた。
―――これは…
ライネスは目を見開く。スクリーンに映し出されていたのは、前記したように嘗ての、吸血鬼になる前のライネスだ。
そして、今スクリーンに映っている下卑た笑みを浮かべたこの男こそが、ライネスを吸血鬼に変え―――彼の両親を目の前で殺したのだ。
かつてライネスは、吸血鬼になるまで魔術の存在を知らなかった。貴族の長男として家を継ぐことを決めていた。父と母に少しでも楽をさせてやりたいと、早く家を継ぐ事を望んでいたのだ。
ある日、両親の友人を名乗る男が家に泊めてくれと押し入ってきた。馬車が熊に襲われ、死ぬ物狂いで逃げてきたらしい。証拠と言わんばかりに、服は泥まみれで、所どころ破けていた。
その男が両親と話をしたいからと彼がライネスの両親の部屋に押し入った。その時ライネスは家に仕えていた老執事の昔話を聞いて居たのだが、あまりに戻ってくるのが遅い男の様子を見に執事も両親の部屋に行ってしまった。
―――ガド…
ガド。それが執事の名だった。
ライネス自身、余りに戻ってくるのが遅いと思い、部屋の様子を見に行こうとして―――ガッという打撃音と共に、スクリーンが再び砂嵐になる。
映像が復活した時には、ライネスは一面血だらけの―――否、それどころでは無い。部屋の中のありとあらゆる場所、物が血塗れていた。部屋の中央だけ、円状に血で染まっていない部分が在った。
映像の中のライネスは叫び、立ち上がろうとして―――見てしまった。
―――――ッ
何を見てしまったのか?それは
両目を抉り出され、首から上だけが原型を辛うじて留めている、自身の両親と、執事の亡骸だった。
堪らず、彼はその場で吐いてしまった。
そして、亡骸を鼻唄交じりに愉快気に踏みつける、男の姿。
その時、ライネスの中を、恐怖よりも―――怒りが支配した。
しかし、何もできなかった。ライネスは男に倒され、部屋の中央に連れて行かれ―――そこで、先程の場面に戻った。
『喜ぶと良い!青年、君は私の偉大なる魔術の実験体となれるのです!どれだけ金を貢ごうが足りないくらいですよ!』
『黙…れ!もう…喋るな!』
『いえいえ、ご心配なく!もうあなたに選択権など無いのです!それでは始めましょうか!!楽しい実験を!!』
『ッ!!』
その男が何かを唱え始めるとライネスの体が急に自分の体でなくなったかのように重くなり、指先一つ動かすことができなくなった。口からは血を吐き、目からは血涙が流れ出す。
それでも彼はその男を…楽しそうに笑っている憎き男を眺めていた。
『素晴らしい!この調子ならなれるかもしれませんよ!本物の吸血鬼に!!』
『――――ガアアアアァァ!?』
「――――ッ!?」
ライネスがベッドから飛び起きた。寝巻が嫌な汗でずぶ濡れで、早く着替えたいと彼は思った。そこで同時に気付く。ある程度広いこの部屋だが、何時もなら使い魔は入ってこないのだ。だが、ベッドの横にはベアードとレオとアモンが、反対側の隅側にはへカトンケイルが居て、ライネスを見下ろしていた。へカトンケイルの足元には一条の光―――日光が差し込み、そこでタイラントが日向ぼっこをしつつ寝ており、大きなスペースをアジ・ダハーカが寝ながら占領してしまっていた。
『あー!漸く起きた!どうしたの?凄く魘されてたけど』
「夢……か。…何、嫌な出来事が夢になっただけだ。問題ない……漸く?へカトンケイル、私はどれだけ眠っていた?」
『珍しいね。マスターが夢を―――それも、とびきりの悪夢を―――見るなんて。あと、二日はずっと眠ってたよ』
へカトンケイルの言う通りだ。ライネスは、基本的に夢を見ない。それに、悪夢何て物も彼は片手に数えるくらいにしか見た事が無かった。
「…ああ、全く持ってその通りだ。そして、何故この部屋に入っているのか―――いや、尋ねるまでも無いか」
『…僕を含めて皆マスターの事心配してたし、アジ・ダハーカに関しては『あの女共が何かしたんじゃねえか!?』とか言って、他の使い魔達もそれに増長して…いやぁ、落ち着かせるのに苦労したよ…危うく使い魔同士で殺し合いに発展するところだった…』
五十の顔全てを疲労困憊と言わんばかりにして、若干の愚痴の様に言ったそれを聞いてライネスは「すまなかったね」と一言謝った。
『まあ、ね。そうでもしないととばっちりが僕に来るからね。もう慣れちゃったよ』
「…何だか、本当に済まない」
『いいよ。…服と、はい。これ使って早く身体拭いちゃいなよ』
差し出されたのは白いタオル。服を買った際についでに『何かの役に立つかもよ?』とへカトンケイルが言ったのでライネスが買っておいたのだ。まさか、早くもこんな形で使用する日が来るとは夢にも思わなかっただろうが。
「それにしても、まさかあの日の光景を夢に見るとは。出来ればもう見たくは無い物だ…」
身体を拭き、着替え終えたライネスは、ビルの屋上にて遠くを眺めていた。日光で身体を焼かれ、痛みが襲うが彼は今はともかく少し落ち着ける場所が欲しかった。
ふとライネスは自らの手を見た。雪の様な、骨の様な、死人の様な、真っ白な手だ。その手を見て、かつて妻―――シェリアと共に羨ましがれた事を思い出し、苦笑いをしてから独り言った。
「友人達よ…シェリアよ。身勝手な言い分だが…見ていてくれ」
グッと手を握り、顔に僅かな笑みを浮かべ―――そう言えば、と前置きを挟んで言った。
「…偶には、出かけてみるのも、悪くは無いか」
誤字・脱字等、ご報告をよろしくお願いします。 by眼花
ここはこうした方が良い・ここが矛盾している等のご指摘があればよろしくお願いします。 by鏡
2012.12.03 後書きの誤字を修正しました。