できれば、感想で正しいかどうかの意見をよろしくお願いいたします。 by鏡
「……最低限、へカトンケイルは連れてくるべきだったか…」
普通の学生ならば学校で勉学に励む時間帯である午前十時程。
愚痴の様に、自らに文句を言いつつ―――というか完全に愚痴だ―――空を見上げ、燦々と日光を地上に向けて放射し続けている太陽を、血の様に紅い双眼で見上げて、ライネスは複雑な心境を抱きながら海鳴市を闊歩していた。
簡単に言ってしまえば。
ライネスはこの地がとても気に入っている。当初はジュエルシードの様な途方も無い魔力を持った物品が流れ着く事を期待していたのだが、考え直して戻ろうとしていた。だが、どうしても彼女の驚く顔が見てみたいと、今では本気でこの地に残る気でいる。
ライネスが本来住んでいる館の周辺には森しか無い。その為、仮に目的―――妻と友人達、合わせて十三人を蘇らせる事―――を、果たせたとして。人里離れた森の奥にある館で過ごしてもらうのは、こちらの都合で蘇らせたのにも拘らず余りに失礼極まりない。
そう考えた結果もあるが…些か、ずれているような気がしなくも無い。
とはいえ、十三人を蘇らせる事自体は館で行わねばならない。その為の魔法陣は移動させようにも移動させようの無い物―――もとい館とその周囲が一つの巨大な魔法陣と化していることもあるが―――であり、遺体にも時間を掛けたときから固定する魔術を使い、腐らないようにあるのだ。
が、その魔法陣自体も非常に不安定であり、下手な事をすれば魔術が解けてしまう。
そんな理由から、蘇生自体は館で行って、後に海鳴に連れてこようとしていたのだ。
話を戻そう。今、ライネスは海鳴市を見て回っている。滅多に見る事の無い悪夢にうなされた事に対する気分転換も在るだろうが、単に自身が今住んでいる海鳴をもっと知りたかった事もあるのだろう。
実際、町の光景を見るその目は好奇心旺盛な子供そのものだ。
―――だが、まあ。何と言えばいいのやら。
「…ふう。少し、休むとしよう…」
吸血鬼は本来、日光を浴びれば灰になってしまう。それは、彼とて例外ではない。長い年月を生きたライネスは日光に対する『耐性』を持ち合わせていても、身体は常に焼かれ続け、それと同時に再生を繰り返す。
そんな拷問の様なサイクルに身を置いて、精神に異常をきたさないのは―――狂ったりしないのは―――既に、彼が狂っている事の証左なのかもしれない。
ライネスはどこか休む場所は無いかと辺りを見渡し、五十メートルは確実に離れている看板に『海鳴市中央図書館』の字を見つけ、看板に書いてあった通りに図書館に向かって行った。
身を焼かれる思いをしながら―――というか実際に焼けながら―――歩く事数分。ライネスは図書館に辿り着いた。
公共の場という事もあってか、内装は余り刺激の強い様な物でなく、質素な印象を受ける様な造りだった。暖房器具が動いていたが、ライネスはコートを脱ごうとはしなかった。
適当な椅子に腰かけ、周囲を見渡す。本棚には多種多様の本が収まっており、ざっと見だけでも軽く千冊は超えるだろう。
休日ではないという事もあり、図書館に居る人は少なく、片手で数えきれる程度の人数しか居ない。
「…休憩がてら、本を読んでいくとしよう。…そうだな、ラズが喜びそうな本でも読むか…」
徐に椅子から立ち上がり、目に付いた本棚から、日本刀に関する本を一冊取り、そのままその場で読み始めた。
ラズ―――ラズ・フェイルバイ。
ライネスの友人の一人であり、ライネスが初めて回復魔術を実践した相手であると同時に、ハルベルトの扱いを指導した騎士だ。シェリアよりも付き合いが長い人物である。
また、ライネスが記憶している限りでは、彼の円卓の騎士団、『湖の騎士』サー・ランスロットを越える事を志す、義理に厚い人物であった。
多彩な武器を扱うことができ―――ライネスにハルベルトの扱いを教えたのがいい例だ―――とりわけ剣の扱いに関しては、ライネスが持つ、切り札とも呼べる『ある魔術』を発動した上でどうにか勝てるという途轍もない強さだった。が、ラズ自身は自らを弱いと断じていた。
何故なら、その剣技の極致とも表現できるそれ持ってして尚、本人は『彼の者には程遠い』と言って聞かなかったのだから。
『…すまない、ライネス。まだ、あの日の礼が返せないまま…逝くことを…許してくれ』
ラズの最期の言葉を思い出し、心の中でその台詞に対して返答をする。
「―――…ふふ。なに、勝手な言い分だが、これから返してもらうだけだ。気にする必要は在るまいよ。まあ、君がそれを拒んだ際に文句を付ける気は毛頭無いがね」
心の中だけで言った筈が、口からその言葉が一字一句違う事無く漏れ出した自らに苦笑いを隠せないライネスであった。
日本刀に関する知識が書き連ねてあった本を読み終えたライネスは、別の本を読もうと別の本棚へと移動し―――
「あ、ヴィータ。あの本も取って貰ってええ?」
「わかった。…ふーんっ!ふぅーん!」
車椅子に座った茶髪の少女と、聞き覚えのある声をした、活発そうな赤毛の少女―――ヴィータが自分の背よりも高い場所にある本を取ろうと躍起になっている、中々に微笑ましい状況に遭遇した。
基本的にだが、ライネスはお人好しだ。
どのくらいかと尋ねられれば、一言で説明するとするなら―――無謀。
実例は、半年程前のアリサとすずかを助けに行った事などが挙げられるだろう。
「この本でいいのかね?」
そう言ってライネスは見覚えのある少女に本を渡す。186センチもの長身を誇るライネスからすれば、普通に手を伸ばせば届く高さだった。
「あ、ありが…ってお前なんでここにいるんだよ!」
ヴィータの叫びも尤もだ。
まず、彼女は目の前に居る車椅子の少女―――自らの主である八神はやてにシグナム共々吸血鬼の事を聞いたのだ。
蝙蝠や霧に変身する能力を持ち、人の血を吸い、途轍もない怪力を持ち、弱点を突かれない限りはまず死なない不死性を兼ね備えた、ファンタジー小説にはよく人間の敵として登場する存在であり、狼男、フランケンシュタインの怪物に並ぶ、三大怪物の一体。
簡単にはやてが言った事を纏めればこうなるだろう。
ヴィータはその話を聞いて―――少しの間、完全に固まっていた。シグナムはその話を聞いて、完全に戦闘狂の浮かべる笑みを浮かべていたそうな―――
「ヴィータ、知り合いなん?」
「あ…いや、その…」
「―――ああ。私はライネス、ライネス・ヴェルバータという者だ」
ヴィータが言葉を言い出せずにしどろもどろしていると、ライネスがそれを遮るかのように語り出した。
「私は日本に来て日が浅く、道に迷ってしまったのだよ。その時に彼女と知り合ってね。あの時は世話になった。失礼だが、君の名は?」
「あ、わたし、八神はやてって言います。…ヴィータ?そういう事があったんならちゃんと言ってくれなあかんで?」
「う…ご、ごめん…はやて、少しコイツに話ししてくるからちょっと待ってて。ほら行くぞ」
八割どころかほぼ完全に嘘でしかない内容だったが、内容が内容であったこともあって、すんなりと受け入れて貰えたようであった。
ヴィータがはやてに一言謝ってから本を渡してライネスの手を引っ張りながらその場から離れる。
「あんま粗相のないようにな~」
はやての言葉を聞いてヴィータは頷き、そのまま図書館の奥の方にライネスを連れて行った。
はやてから見えない位置に来たことを確認すると、ヴィータはライネスに屈む様に促してから、図書館だからか小声で、それでいて明確な感情が込められた声を発した。
「…何でお前がこんな所に居るんだよ、吸血鬼って太陽が出てる時は寝てるんだろ?」
感情の正体は警戒と心配。
正直、はやてと二人きりの状態で、この時間帯ではまず会わないと思っていた存在が目の前に居て、尚且つ主であるはやてには会わせたく無かったのだ。
その理由というのも、優しい彼女らしいというか。
一つは、吸血鬼という存在を知った為。主を危険に晒したくないという、騎士らしい考え方に基づいたもの。
もう一つは―――ヴィータはライネスをこの一件に出来るだけ巻き込みたくないのだ。
ライネスの場合、問題ないと言わんばかりだが、ヴィータとしては既に管理局に警戒されているであろうライネスを巻き込んで、挙句管理局に捕まるなんて事になるのは最も避けたい事だった。
「ふむ、その様子だと、吸血鬼がどういう存在なのかは知ったようだが…生憎ながら、私は夜にだけ起きている訳でも無いのだよ。太陽が出ている時に起きている事もあれば、太陽が沈んでから起きる事もある。もっとも、太陽が苦手な事に変わりは無いがね」
「なんだよそれ…、殆ど反則じゃねーか…」
「…まあ、私自身、弱点が無い訳でも無いのでね」
戦いたくない相手ランキングベスト3の中で、自らの主であるはやてと並んで一位を飾るほどには―――意味合いは違えど―――ヴィータにとってライネスは戦いたくない存在になったライネス。
頭が痛いと言わんばかりに頭を押さえて溜息を付くヴィータ。ヴィータに聞こえるか聞こえないかくらいの大きさでボソリと、呟くライネス。
「それと、私がここに居る理由だが…強いて理由を言うなら、観光だよ。それと、気分転換も含まれている」
「あー…確かに、あんな所にずっと居たら気が滅入りそうだな」
「まあ、そんな所だね。それと、確認しておきたい。彼女が、君達の―――闇の書の主かね?」
「―――」
表情を険しくし、ライネスから距離を取ろうとするヴィータ。が、その様子のヴィータを見てライネスは「ああ、そういう意味では無い」と一言言って。
「―――顔が分からねば、助ける事も難しくなる。逆に、顔さえ知っていれば、私の出来る範囲で助ける事は可能になる。ある意味、今日は運が良かった。尤も、願って数日以内に本当に実現するとは、私としても思ってもみなかったのでね」
「…その言葉、嘘だったらただじゃおかねーからな?」
「その時は、そうだね…銀の杭を心臓に打ち込んでもらって構わんよ」
「…それって、あたしのグラーフアイゼンの形状から言ってるんじゃないよな?」
「さて?そこまで深く考えるかどうかは君次第だよ、ヴィータ。では、私はそろそろここを去るとしよう。またいずれ―――」
「……ああ、じゃあな―――」
目の前の洒落の心算で言った事なのか区別のつかない人物―――もとい、人の姿をした怪物が背を向ける直前、瞳が、血の様な紅い双眼がヴィータの眼に映った。
そして、気が付いた。恐らく、偶然でも見逃してしまうかもしれない程の違いだったのだろう。
ライネスの双眼に、ある感情が混じっていた。それは、彼女の主であるはやてが最も抱いていたであろう感情と同じもの。その感情は―――
「…寂しい…のか?それにアイツ―――」
―――泣いてなかったか?
ライネスと別れたヴィータは一人立ったまま、ぽつりと呟いた。
そして、すぐさまはやての事を思い出し、はやてと合流したのだった。
なお、戻ってくるのが遅かったヴィータに対し、はやてに「何聞かれたん?」と散々聞かれた挙句、どの様に解釈されたのか愛の告白をされたという結論に達したはやての誤解を解くのに、ヴィータは果てしない苦労をしたのだが―――完全に余談である。
「日が落ちるまで、図書館に居れば良かったか…?」
僅かばかりの苦悶の表情を浮かべながら、されど声は楽しみを隠しきれぬ様にライネスは言う。
ヴィータ達と別れて数時間ほど経っており―――時間帯的に言えば、いつ学校が終わっていてもおかしくは無いくらいには日が沈んでいる。だが、ライネスにとってはそれにさえも身体を焼かれてしまうのだが―――色々な場所を見て回ったのだ。
特に、『翠屋』という喫茶店の印象はライネスとしては是非とも妻と友人達を連れて行きたいと本気で思わせられる程だ。店長の人柄も良く、店の雰囲気も良い。
次に来る時があれば、如何にかしてでも資金を手に入れてお菓子の一つでも買って行こうと考えながら、徒歩で大よそ十分の距離にある、自らの屋敷同然に愛着が湧いてしまい恐らく離れる際にはそれなりの決断が迫られるであろう、廃ビルに戻る為に道路を一人歩いていた。
そんな時、ライネスの横を一台のリムジンが通り過ぎようとして―――唐突に、ライネスの脇に止まった。
「む…?」
突然な出来事に多少混乱し、念の為中に乗っている人物らが無事かどうかを確かめようとして―――
「あ…!」
「あ、アンタ!あの時の!?」
―――先に窓が開き、リムジンの中から記憶に残っている、片や金色の、片や紫色の髪を持った少女達が顔を覗かせた。
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