エギルから奇妙な噂を聞いた俺は、本日二度目の最前線の迷宮区へ来ていた。随分奥地へ来たのだが、モンスターはおろか人影すら見当たらない。他のプレイヤー達は街へ帰還したのだろう。噂だとこの辺りで《ラグー・ラビット》が目撃されたはずなのだが、そう簡単に超レアモンスターが見つかるわけがない。
俺は《索敵スキル》を発動させた。ソロプレイヤーの俺は索敵スキルを鍛えている。このスキルは、不意打ちを防ぐ効果があり、スキル熟練度が上がっていれば隠蔽状態のモンスター、プレイヤーを見破る能力がある。現在索敵スキルの熟練度は《完全習得》している。
索敵スキルを発動させると、視界のところに緑色のプレイヤーカーソルが点滅しているのが表示される。どうやら奥の安全地帯で休息しているプレイヤーがいるようだ。とりあえずそこへ行ってみよう。
安全地帯に向かうと、少し先の前方にプレイヤーカーソルが見えた。安全地帯で休憩していたプレイヤーだろう。少し情報を聞いてみるのもいいかもしれない。
プレイヤーの姿が確認できる距離まで追いついた。俺は姿を見た瞬間絶句した。ひっそりと薄暗い迷宮区奥地を歩く黒いローブを纏った人影。背中には身の丈ほどもある大鎌。鏡のよう透き通った刃の見た目から、余程の強化が施された一品だと分かる。
その風貌から脳裏で一瞬《死神》という単語がよぎった。最近迷宮区最前線で目撃された《笑う棺桶》らしき人物かもしれない。様子を見て接触してみた方が良いかもしれない。近くの物陰に身を潜め相手の様子を探っていた。
俺は信じられないものを見た。
俺の視界からプレイヤーが突然消えた。初めからそこにプレイヤーが存在していなかった様だった。
すぐさま俺は索敵スキルを発動させた。だが、視界上に隠蔽状態のプレイヤー反応はない。転移結晶特有の青いテレポート光もコマンド詠唱もなかった。突然消えたのだ。その場から。
「......ッ!?」
奥の上層行きのゲートが突然歪んだ。プレイヤーがゲートを利用する時に発動するエフェクトだ。上層から他の攻略組が降りて来たのかもしれない。
少し待てばプレイヤーが出てくるはずなのだが、一向に出てくる気配はない。ここには、先程突然消えた黒ローブのプレイヤーと俺だけだった。他のプレイヤーは索敵スキルに表示されなかった。
やはりさっきの奴は、消えたのではなく、やはり隠蔽スキルで姿を消しただけなのではないか?そして隠蔽状態のままゲートを利用した。
――疑問も残る。
索敵スキルを完全習得した俺すら見破れないレベルの隠蔽スキルだ。索敵スキルを完全習得していれば相手が隠蔽スキルを完全習得していても多少の違和感には気づくはず。だが、それすらなかった。
「......どうなってるんだ?」
思わず呟いてしまった。とりあえずゲートを通って奴を追うことにした。
□
ゲートを通ると赤と白の騎士服集団が目の前にいた。なにやら様子がおかしい。全員が戦闘体勢に入っていた。その中には、アスナの姿も確認できる。どうやら黒ローブのプレイヤーはここを通ったようだ。
俺は奥地を睨みつけるアスナの後ろまで移動すると声をかけた。
「おーい、アスナ?」
「っ!?.....キリト君?」
一瞬喉元にレイピアの剣先が突きつけられる。声を掛けられるまでこちらに気付かなかったようだ。余程警戒していたようだ。アスナが謝罪をしつつ口を開いた。
「突然だけどキリト君は索敵は熟練度いくつ?」
「それならこの前完全習得したぞ」
「お願いがあるんだけど....索敵スキルを使用してくれる?さっき私達の隣を気付かれずに誰か通ったの。一瞬人の気配があって後ろを振り向いたけど姿が見えなくて」
アスナは黒いローブのプレイヤーを探しているのだろう。アスナ達に出会う前から索敵を発動させていたが、俺の視界には血盟騎士団達の緑色のカーソル しかない。
「さっきから使用しているが誰もいない。ここにはもういないみたいだ」
俺ほどではないが索敵スキルがかなりの錬度のアスナが感知できた。俺が奴を見ていたことで隠蔽率が下がっていたのだろうか?
「そう......キリト君は今から迷宮区奥地へ行くの?」
「ああ、そうだ。アスナ達がすれ違ったプレイヤーを追っているんだ」
俺の索敵スキルでも全く感知できなかった奴だ。できるならスキルとプレイヤーの正体を確かめておきたい。
アスナがとんでもないことを口にした。
「なら、私もキリト君についていくよ」
「なっ....」
「副団長!?」
ギルドメンバーも困惑している。突然副団長が言い出せばそうなるだろう。俺はアスナの提案を却下するための反対材料を探す。
「んな....後ろにいるギルドのメンバーはどうするんだよ」
「今日の攻略は終了したし、あとは解散するだけだし」
「俺が今追っているプレイヤーは危険な奴かもしれない」
「それはキリト君も同じでしょ?私もそいつの正体を知りたい。二人いた方が安全だわ」
「それもそうだが....」
「それじゃあ一緒に行きましょ」
あっという間に丸め込まれた。
「.....わ、解った。」
どうしてソロプレイヤーの俺なんかと一緒に行動したがるのだろうか。いつも一人だから憐れまれているのか?
□
結局俺はアスナとパーティーを組み、迷宮区奥地へ来ていた。一緒にいた血盟騎士団達は副団長の命令で帰宅させた。
現在地は六十層迷宮区の最上部近くだ。ここに黒ローブのプレイヤーがいるかもしれない。索敵スキルを発動するが、可視可したマップにはプレイヤーのカーソルはなく、モンスターカーソルが示されるだけである。その数、三体。
「とりあえずあの三体のモンスターを倒して奥へ行こう。ボスの部屋があるかもしれない」
「そうね」
奥へ向かうとマップに表示されていたモンスターの集団が見えた。緑色の鱗状の皮膚、トカゲの頭と尻尾をもった半人半獣のモンスター。手には短剣を持っている。
「リザードマン・シーフか....しかも数は3体ときた。厄介なことになりそうだ。」
小声で隣にいるアスナに話しかける。アスナも同じ事を考えていたようだ。
「集団だと武器落とし攻撃を使うモンスターね。一体だったら問題なく倒せるのになぁ....」
二体だけなら俺とアスナで別々に倒せばいい。だが三体となると別だ。残り一体がどちらかに加勢してくる。武器落とし攻撃を食らうと面倒なことになる。ここは、距離が離れてる二体をうまく引き離す事から始めよう。
俺は腰のベルトから投擲用の細いピックを抜き出し、アスナに声をかけようとするが中断されることになった。
「アスナ、俺が今からあの二体を」
「グルァッ!?」
突然リザードマン・シーフの二体が背後から切り飛ばされた。突如赤い斬撃エフェクトと共にリザードマン・シーフ達が宙を舞った。宙を舞う間にも、HPバーは猛烈な勢いで減少し続ける。緑から黄色へ―――黄色から赤色へ。
あっけなくHPバーはゼロとなり、リザードマン・シーフ二体は空中でポリゴン片を撒き散らし爆散した。突然の事で何が何だか分からなかった。少し遅れて俺達は状況を把握した。
「―――え!?」
「一撃だと!?」
リザードマン・シーフ達が何者かによって一撃で葬られた。俺の索敵に感知されることなく接近したことになる。つまり。
「キリト君!あれ見て!」
アスナに言われて爆散したトカゲ男の下を見るとプレイヤーの姿が見えた。黒いローブに身の丈ほどある大鎌。その姿から死神を連想させる。
「あいつだ。あいつが最近噂になってるプレイヤーだ。俺の索敵でも感知する事が出来なかった。」
「あれが....血盟騎士団の間でも噂になってたわ。まさか本当に一撃でモンスターを倒すなんて。」
残り一体となったリザードマン・シーフが後ろに現れたプレイヤーに気付いた。
「ぐるぁっ!」
振り向き様に短剣を振るう。だが黒ローブは、少し体を傾け攻撃をかわした。剣をかわされたことによりリザードマン・シーフの姿勢が前のめりに崩れる。黒ローブのプレイヤーはそのまま後ろに倒れ、足先に黄色い光が宿る。
黄色の光芒を描いた蹴りが相手の顎へと炸裂し、リザードマン・シーフは勢いよく上空へと吹っ飛んでいく。
「あれは《体術》の蹴り技《弦月》だ。回避と同時に攻撃を食らわすのか....」
「大鎌を扱っていたから予想していたけどあのプレイヤー、筋力値がとても高いわ。そうじゃないとあんなに敵を吹っ飛ばす事なんてできないわ」
綺麗な後方宙返りを決めた黒ローブは突如視界から消えた。
「どこへ消えた!?」
「キリト君!あそこ!」
奥地を見ると、奴はリザードマン・シーフが落下するであろう地点に移動していた。それなりに距離が離れていたはずだ。だが、姿が消えた一瞬で落下地点まで移動した。
速いっ―――!
そのまま大鎌を振り上げ、赤いエフェクトが鎌の刃を包み込む。リザードマン・シーフが落下する瞬間、大鎌が降り降ろされた。
一瞬光って見えた赤い光芒。直後ドゴォッ!という爆音と共に地響きが起こった。
□
大量に巻き上がる土煙の中、俺とアスナは茫然としていた。
最前線攻略層のモンスターを一撃で倒す攻撃力。瞬時に落下地点まで移動する機動性。完全習得した索敵に発見されない隠蔽スキル。敵となると最悪の相手だが、味方にするとこれ以上なく頼もしいプレイヤーだ。
「キリト君、あのプレイヤーに見覚えある?」
「ないな。俺が今まで見てきた攻略組のプレイヤー達に全く当てはまらない。」
「うちのギルドメンバーにも当てはまらないわ」
「大鎌を扱うプレイヤーは武器もスキルも奴が初めてだな。おそろくだが....」
「団長の《神聖剣》と同じユニークスキルだわ」
おそろく《大鎌》習得者はあのプレイヤーしかいない。俺も《二刀流》というユニークスキルを習得しているが未だ存在をひた隠しにしている。
隣のアスナが真剣な顔で話しかけてきた。
「私、あのプレイヤーを攻略組として招き入れようと思うの」
「いきなりだな」
「さっきのだけで攻略組にひけをとらないことは分かったわ。あのプレイヤーが攻略組として加わってくれたら、さらに安定した攻略ができる思うの」
「正体もわからないのにか」
俺の問いに、彼女は意気揚々とした表情で。
「一緒に話しかけてみましょ。対話に応じてくれるかもしれないわ」
「どっからその自信は来たんだ...あと俺もか?」
「そうよ」
アスナはそう言うと俺の手を掴み、未だ土煙が漂う中へ歩き出した。