私の名前は橘野乃花。田舎にある星野山学園から中央にある中央都高校に転入した、ごく普通の女子高校生。……のハズなんだけれど、なぜか校長から特別な任務を言い渡されてしまった。内容は『クラスのみんなが2年生に進級できるようにサポートすること』という、責任重大なもの。更に、私たちのクラスには不登校児が4人いて、みんながみんな問題を抱えているらしい。……何故私達に頼んできたのだろう。
とりあえず、まずは調査をしてみようと思う。情報を集めて、それから行動に移す。これが一番大事だと思う。……とはいえ、いきなり動くわけにはいかないよね。
朝。私達は目覚まし時計の音で目が覚めた。時刻は7時30分。朝の支度をする時間だ。私はベッドから出て、カーテンを開けた。外はまだ薄暗く、とても静か。鳥のさえずりだけが響いている。
私と葵ちゃんは着替えをしながら、軽く話し合う。
「ののか、昨日は眠れた?」
「うん……。一応」
葵ちゃんは寝起きのようで、まだ眠そうだ。まあ、色々あって疲れたのだろう。私も少しだけ寝不足気味だ。
「問題を抱えた生徒が4人……か。どうなるんだろう」
「分からないけど、頑張ろうね!」
「そうだね……」
私達がそんな話をしていると、ドアがノックされた。コンコンッ、誰かが来たようだ。……誰だろう?
「はい……」
「おはよう。早速だけど、一人の不登校児の情報を手に入れた。……これを」
ドアを開けると、そこには黒髪をポニーテールにしてる女の子がいた。文ちゃんだ。彼女は手に持った紙切れを私に差し出す。
「あ、ありがとう」
「それじゃ、私は」
それだけ言い残して、文ちゃんは去って行った。相変わらずクールだなぁ。私は貰ったメモを見る。
名前:超 貢一
性別:男
学年:1年A組
所属部活:無し
家族構成:父・母
備考:家族の関係がよろしくない。Vtuberとやらにハマっている。
貰ったメモを見て、私は考える。家族の中が良くないのかぁ。もしそうなら、何とかしてあげたいな。
……でも、Vtuber? なにそれ。聞いたこともない英単語が出てきたんだけど……。
「ねぇ、Vtuberって何?」
「ちょっと待って、ののか。スマートフォンの英語辞書でVtuberを翻訳してみるね」
私が聞くと、葵ちゃんはスマホをいじり始めた。……へぇ、スマートフォンって辞書にもなるんだ。都会の学校ではこれが必須だよって転校祝いにお母さんが買ってくれたけど、あまり使いこなせてなかったから知らなかった。そういえば、スマートフォンはインターネットにつなぐことが出来るって聞いたこともあるな。……ちなみに、私の家はみんな機械音痴なので私以外は未だにガラケーを使っている。
「……えっと、『Tuber』でジャガイモって意味らしいよ」
「へぇ~。知らなかった。でも、VtuberにはVがあるよ」
「valueのVじゃないかな? きっと高級品だよ。 今度僕がVtuber料理を作ってあげるね」
「……なんか、間違ってる気がするなぁ」
ま、いっか。とにかく、これで一人目の名前と情報が分かった。まずはこの子の問題を解決しよう。
私は中央都高校に転校してきたばかり。迷って遅れてしまうといけないので、早めに教室に行くことにした。広い校舎を歩いて、やっとのことで自分のクラスに辿り着く。まだ朝早かったようで、生徒はほとんどいない様子。……良かった。これなら遅刻せずに済みそう。
でも、ちょっと早すぎたかもしれない。朝の会まで、結構時間があるや。このままぼんやりするのもいいけれど、せっかくなら超貢一君の事
を考えてみよう。
家族の関係がよろしくなくて、Vtuberとやらにハマっている超貢一君。……彼について知るためにはまず、Vtuberが何なのかを調べる必要がありそうだ。葵ちゃんは高級ジャガイモの事だって言っていたけれど、本当にそうなのかな?
「……よしっ! 調べてみよう」
私はスマートフォンを取り出して、インターネットを開く。そして、慣れない手つきで検索欄に『Vtuber』と入力した。
すると、いくつかのサイトが表示された。一番上のページを開いてみると、一人の可愛い女の子の絵が出てくる。どうやらネットニュースのようだ。
その記事には『最近じわじわと頭角を現しているVTuber。その親玉「未来ミヤコ」を徹底リサーチ』と書かれている。その下には『登録者数100万人突破!』という文字もあった。
……登録者っていうのは良く分からないけど、100万人かぁ。凄いなぁ。この子が、Vtuberさんなんだ。
「……未来、ミヤコちゃん」
私は思わず声を出してしまった。……なんていうか、可愛くて綺麗でカッコいい。
……こんな子が現実にいたらいいなぁ。そんな事を考えていた時だった。
「えっ!?」
突然後ろから大きな声が聞こえてきた。驚いて振り返ると、そこには私と同じく早く学校に来ていた男子生徒がいた。私と同じくらいの背丈の彼は、私よりも驚いた顔をしている。だが、彼はすぐに冷静さを取り戻し、私に向かって言った。
「いや、なんでもないよ。Vtuberはまだ世の中に浸透してないからね。だから、その名前が出てくるとは思わなかったんだ。……特に、あんたみたいな可愛い女の子からはね」
彼はそう言って、私の顔を見つめてくる。見た目は普通の男の子だけど、声が少しだけ女の子っぽい。
……もしかしたら、この人もVtuberに興味があるのだろうか。もしかしたら、詳しい人かもしれない。
「へぇ~、Vtuberって新しい試みなんだね」
「まあね」
私の言葉に対して、何故か得意げに返事をする少年。……なんだか、Vtuberに興味が出てきた。
私は、好奇心のままにミヤコちゃんについてのネットニュースを隅々まで読んでみた。すると、色々なことが分かった。
まずは、Youtuberっていう職業があること。動画を投稿したりして、広告収入を得る人たちのことらしい。そして、Youtuberの中でも主にキャラクターを演じるのがVtuberであるという事。他にも、ファンアートとか収益化の話とかも出てきたけど、それはよく分からなかったので割愛しておく。……なるほど、Vtuberというのはこういう意味か。
次に、Vtuberには様々な個性があるということ。例えば、動画制作が得意な子や会話が面白い子。キャラクターの見た目と中の人に大きなギャップのある人もいるみたいだ。まだ出始めたばかりなのでみんな試行錯誤で頑張ってるとのこと。
なるほどなぁ。みんな凄いな。……でも、特にすごいのは未来ミヤコちゃんだ。何たって、Vtuberの親玉なのだから。彼女のチャンネルの登録者は、既に200万人を超えている。まだほとんど知られていなかったVtuberという界隈で、そんなにも多くの人を集めたなんて。どれほどの努力が必要なんだろう。私にはとても想像できない。……とにかく、彼女は人気者ってことだ。
「凄いね、ミヤコちゃんは。未開拓の業界で頑張って、成功して」
「……別に、凄くないよ。それに、まだまだこれからさ」
少年はそう言うが、きっとミヤコちゃんのさらなる飛躍を確信しているんだろうな。私は彼の誇らしげな表情を見て思った。
……Vtuberって、凄いな。ここまで人の感情を動かすことができるのか。まるで魔法みたいだ。でも、この人がこれだけ夢中になるのなら、私も一度くらい見てみようかな? この、未来ミヤコちゃんの事を。もしかしたら、彼女の配信の中に超貢一君に繋がるヒントがあるかもしれないし。
そんなことを考えていた時だった。ガラガラガラ……。
教室の扉が開いた音がした。私は思わず振り向くと、何人かの男子生徒が入ってくるところだった。
「おはよう!」
彼らは元気に挨拶をしてくる。なので、私もそれに合わせて挨拶をした。すると、彼らは気持ちのいい笑顔で私の方を見て盛り上がる。そんな彼らに対して、私も笑顔を返した。
……うん、良い感じ。都会の学校の子達は冷たいってみんなから言われてきたけれど、暖かい人たちもいるんだな。最初は不安だったけれど、これなら上手くやっていけそう。