顔の良すぎる女の子が、自分を認知して声をかけてくれる。それは、至高の喜びであると言えるだろう。特に、それが自分への感謝の気持ちが込められたものだったら尚更である。
……僕が、ずっとその時を待ち望んでいたのは当然だと言えよう。
僕の名前は、超貢一。現在は高校一年生の15歳。身長は170センチほどで体重は60キロ弱。特徴のない顔つきだ。
実在の女性が僕を認知して声をかけてくれる存在ではない事を知ったのは、13歳の頃だった。その時の衝撃といったらもう言葉では表せない。
幼稚園児や小学生の時は特に認知されたいという欲望はなかった。ただ、思うままに生きていたと思う。僕が承認欲求に目覚めたのは、中学に上がってからだ。異性に興味が出始める思春期になった事による影響が大きかったのだろう。その時から、認知されるために同じクラスの女子に声をかけるようにした。初めは軽い挨拶から始めて、徐々に色々と話すようにしてきた。
例えば、今日の天気の話だとか好きな食べ物の話とか。僕が声をかければ、女子生徒たちは一応は会話をしてくれた。……ただし、僕と話している彼女達の表情は真顔であった。
まだ、好感度が足りないんだな。当時の僕はそう思っていた。なので、毎日のように彼女たちに話しかけるようになったんだ。
……しかし、それが良くなかった。
ある時、友達から忠告されたのだ。
『お前さぁ、ちょっとしつこいってよ。女子たちが言ってた。話しかけるのもほどほどにな』
その言葉を聞いた瞬間、僕の心臓は凍り付いた。同時に、激しい後悔に襲われた。今までの自分の行動を振り返ってみると、確かにうざったい奴にしか思えない。話しかけすぎていたのだ。思い返してみれば、僕と話していた女子たちの表情は日に日に暗くなっていったような気がする。……つまり、僕は嫌われていたという事。
それから、僕は女子たちに積極的に話し掛けるのをやめることにした。しかし、承認欲求を捨てたわけではない。顔の良すぎる女の子が、自分を認知して声をかけてくれる状況を諦めきれなかった。そこで、ある一つの作戦を思いつく。
誠意を見せよう大作戦だ。僕の浅はかな行動によって、嫌な思いをさせてしまった。だから、今度は誠心誠意を込めて接すれば、きっといい印象を持ってくれるだろう。僕はそう考えたのだ。
さらに、見境なく女の子に話しかけていると思われないために女の子に狙いを絞ることにした。幸運なことに、僕には一人の気になる子がいた。その子は、他の女子たちと違っていつもニコニコしていて明るい雰囲気を纏っている子だった。
彼女の名前は、先崎好江ちゃん。彼女はクラスの中でも可愛いと評判の美少女で、性格も良いともっぱらの評判だ。
僕の前であまりいい顔をしなかった女子生徒たちの中でも、彼女は唯一と言ってもいいほどに良い反応を示してくれた。誰に対しても分け隔てなく接する彼女のことが、僕は好きになっていた。
だからこそ、彼女にはどうしても振り向いて欲しかった。特別に僕を認知して欲しい。そう思って、僕は彼女との仲を少しづつ縮めていくことにした。……その結果、どうなったかというと……。
「……おはよー! 貢一君」
「おはよう、好江ちゃん」
「……」
「……」
「……えへっ♪」
「ははははっ★」
こういう関係に至ったわけだ。……いや、その時はマジ最高だった。挨拶をするだけで、彼女は嬉しそうに微笑んでくれたのだ。僕も釣られて笑みを浮かべてしまっていた。……あぁ、幸せ。この時間が永遠に続けばいいのに。そんな風に思っていたくらい、あの時は楽しかった。……そう、あの時までは。
中学2年生の秋。そいつはやって来た。学校に行くと、妙な雰囲気に包まれていた。何となく、クラスメイト達がザワついている感じがしたんだ。
何かあったのか? 疑問に思った僕は、近くの席にいた男子生徒に声をかけてみる事にした。……彼曰く、今日から転校生が来るらしい。しかも、かなりのイケメンだとか。周りがざわついている理由に納得した。
先生が教室に入って来たので、騒いでいたクラスメイト達は話を切り上げて前を向く。僕もそれに習って前に向き直ると、担任の先生の隣に見慣れない男子生徒が立っていた。
噂になっていた通り、確かにイケメンだった。背も高く、体格もガッチリしている。顔立ちは整っていて、爽やかなイメージを受けた。まるで芸能人みたいなオーラを放っていたのだ。
「初めまして。理亜学園から来ました、加集 愛一郎です。よろしくお願いします!」
彼は元気よく自己紹介をした。その声は、とても良く通っていた。彼の声を聞くなり、女子たちはキャッキャと騒ぎ始めた。……なるほど、こりゃ凄いな。思わず感心してしまった。だが、その時同時に嫌な予感が頭を過った。……その予想は、現実のものとなる。
「ねぇねぇ、加集くん。どこから来たの?」
「東京だよ。親の仕事の都合でね」
「好きなブランドは?」
「流行によるね。今なら、……が一番かな? でも、……も捨てがたいね」
「分かってるねぇ♪」
加集愛一郎に熱心に話しかける好江ちゃん。その光景を見て、僕は焦燥を感じるとともに強い嫉妬を覚えた。
……なんであいつだけ。どうしてあんなに好かれているんだ!? そのような怒りがわいてきたものの、彼は転校生だから仕方がないと思い直す。……しかし、次の好江ちゃんの言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中の何かが切れたような衝撃と共に、どす黒い感情に支配された。
「じゃあ、私にも優しくしてくれる?」
「もちろん。仲良くしようね、先崎さん。……今度、一緒にどこか遊びに行こうよ。連絡先交換しない?」
「うん! いいよ!」
全身の血の気が引いていった。目の前が真っ暗になって何も考えられなくなる。僕は、その場にいるのに耐えられなくなって、フラつきながらその場を離れ、帰宅した。そして、部屋に閉じ籠って布団の中に潜り込んだ。
胸が苦しい。呼吸ができない。頭が痛い。吐きそうだ。……最悪な気分だった。なぜ、転校してきたばかりの彼が? 彼女と仲良くなるためには積み重ねが必要ではなかったのだろうか? 顔さえ良ければ、彼女に認知してもらえるのだろうか?
……そんなはずはない。これは悪い夢なんだ。早く目を覚ましてくれ。何度もそう願った。
……しかし、現実は残酷だった。翌朝、教室に入ると、すでに二人は付き合っているという噂が流れていて、僕は愕然とする。好江ちゃんは笑顔を浮かべて彼に話しかけていた。
「おはよう! 加集君」
「おはよう、先崎さん。……昨日はよく眠れた?」
「うん!ぐっすり寝れたよ! 加集君はどうだった?」
「僕もグッスリだったよ。それでね……」
二人の会話を聞いて、僕は絶望に打ちひしがれる。……それからは地獄のような日々が続いた。僕は彼女に近づく事ができなくなった。どんなに勇気を振り絞っても、身体が言うことを聞かないのだ。彼女が他の男子と話しているだけで、嫌な気持ちになった。
だが、今思い返してみれば、あの時はまだマシだった方かもしれない。ただ、好きだった人が他の男と仲睦まじく話していて、心の底から湧いて出てきた淀んだ感情を必死に抑え込もうとしていただけだったから。
中学2年生の冬。それは突然訪れた。いつものように学校に行って教室に入る。そして、いつもの席で本を読んでいた僕だったが、ふと視線を感じて顔を上げると、好江ちゃんが女子生徒たちと楽しそうに話をしているのが目に入った。
心臓がドクンと跳ね上がる。……何故か嫌な予感がした。あぁ、もう嫌だ。そう思って、僕は机に突っ伏した。もう見たくないし、聞きたくもない。そう思っても、好江ちゃんの声は否応なく聞こえてくる。
「もう彼は話しかけてこなくなったよ」
「へ~」
好江ちゃん達は楽しそうに話している。一体何の話をしているのか気になったが、怖くて答えを知りたくなかった。僕は耳を塞いで目を瞑る。しかし、好江ちゃんの嬉々として話す声が耳に入ってくるのを防ぐことはできなかった。
「もう、本当に大変だったんだから。あの人、毎日話しかけて来てさ」
「どんまいwww」
「マジかわいそうだったわーw 好江のストーカーかよって感じでさ」
「他人事だと思ってぇ~。昔はみんなだって犠牲者だったのにぃ」
「あははは! ごめんってば。でも、勘違いさせちゃった好江も悪いんじゃない?」
「うぅ……。確かにそうなんだけどぉ……」
彼女たちの会話を聞いて、僕の中で何かが崩れ落ちる音がした。……なんだ。結局、僕の事を邪魔者扱いしていたんじゃないか。……ふざけんなよ。なんなんだよ。悔しさと怒りがこみ上げてきて、涙が出そうになった。僕は歯を食い縛って堪え、俯いていた。
だが、彼女たちの容赦ない言葉は続く。
「あーあ。イケてる男の子だけが私たちに声をかけてくれればいいのに」
「ほんとそれな。イケメン以外お断り!」
「私は別にイケメンじゃなくてもいいかな。身長がちゃんと170cm以上あって流行にも敏感な子なら全然あり」
「でもやっぱ、理想は加集君みたいな子だよね」
「わかる! いいな~好江は。加集君と仲良くなれて。羨ましい」
「いいでしょ~」
「好江ちゃんだけズルい! 私も彼氏欲しい!」
「えへへ。頑張ってね~」
「「「ひどいよ!!」」」
多くの笑い声が響き渡る。……うるさい。黙れ。静かにしてくれ! 僕は拳を強く握りしめ、唇を噛み締めた。しばらくの間、僕はずっと下を向いて怒りをこらえていた。しかし、ついに限界に達してしまい、勢いよく立ち上がって教室から出て行った。
そして、廊下を走りながら、僕は思った。あの女達とは、仲良くなれないと。
憎しみを込めて、僕は叫ぶ。
「お前らなんか、大嫌いだ!!!!」
……この日を境に、僕はクラスの女と関わるのを辞めた。
僕は、現実を分からされたのだ。女から特別な感情を持ってもらえるのは、選ばれたごく一部の男だけだということを。話していく内に少しずつ女の好感度が上がっていくというのは空想上の出来事であり、現実ではありえないことを。逆に、全てを持つ男は出会った時から女の子に認知されてしまうという事も。
そして、自分が全てを持つ男とは遠く離れた存在だという事を知った時、自分の心の中にドス黒い闇が生まれた。無念、憎悪、嫉妬……そういった負の感情が入り混じった複雑な気持ち。そして、自分より優れた人間への強い劣等感、そして自分何か誰も相手してくれないという事実
に対する絶望が、胸の奥底で渦巻いている。
この日以来、僕は気力を失った。学校に行っても授業を受ける気になれず、放課後になると家に帰る。部屋に閉じ籠り、ベッドの上で横になって何も考えないようにする。その繰り返しだ。何もしたくない。何もしたくない。そればかりを考えていた。
「ああ。飯が、のどを通らない……」
あの日以来、僕は食事が喉を通らず、痩せ細っていった。体重は減り続け、40kgまで落ちていった。
「貢一、きちんと食べなさいよ。そんなんじゃ、身体を壊すわ」
母さんは心配してそう言ってきたが、当時の僕にはどうすることもできなかった。食べる気がしないのだ。食欲が湧かないのだ。何をしても楽しくないし、やる気が起きないのだ。両親に心配をかけてしまうので、最低限の事はしていたが、それ以外はほとんど寝て過ごしていた。
「最近、元気がないみたいだけど大丈夫? 悩みがあるなら聞くけど」
ある日、学校で先崎が話しかけてきた。心配そうな表情を浮かべている。そんな彼女を僕は睨みつけた。
「……うるせぇよ。放っとけよ」
「……ごめん」
彼女は謝ると、そそくさと逃げて行った。
「くっ……。クソッ!! 何なんだよ……。何なんだよ!? あいつは! ふざけんなよ!」
彼女の後ろ姿を見ながら、僕は叫んだ。お前が原因なんだよと、心の中でつぶやきながら。
彼女と再び会話するという選択肢は僕になかった。もう関わりたくなかった。これが、正直な気持ちだった。以前なら喜んで話をしていたはずなのに、今では顔を見る気にもなれない。真実を知った後ではすべての女が外敵に見えて仕方なかったのだ。
家に帰った後、僕は自室のベッドに横たわりただ呆然と天井を見つめていた。
「……これから、どうやって生きていけばいいんだ?」
このような疑問が浮かんでくる。
今までの人生で、僕はそこそこの努力をしてきたと思う。勉強だって頑張った。スポーツも頑張った。恋愛だって頑張った。……だが、それは無駄なものだった。結局のところ、僕は選ばれない側の人間なのだ。
「……あぁ、死にたい……」
自然とそのような言葉が漏れる。死ねば楽になるだろうか。消えれば幸せになれるだろうか。だが、僕は死ぬ勇気もない。
「……やっぱり、死にたくない」
なぜか、僕は生きたかった。まだ、生きていたかった。……どうしてだろうか?
少し考えた後、僕の頭の中に答えが浮かび上がる。……そうだ。僕には、認知されたいという欲求があるんだ。誰からも必要とされない人生なんて嫌だ。顔の良い女に愛されたいし、認められたい。それが、僕の原動力だ。
「でも、無理だろ。こんな状況じゃ」
僕は、枕に顔をうずめた。今の現実世界では、僕は誰にも相手にされず、価値のない人間として生きているのだ。こんな状態じゃ、一生独り身だろう。
「……いっそのこと、アニメの世界に行けたらな」
ふと思った事を、僕は呟いた。アニメの世界ならば、僕に夢を見せることが出来る。イケメンでもなんでもないのにモテる主人公になりきり、可愛いヒロイン達から好意を寄せられる。そして、最後はハッピーエンドで終わる。
「ああ、最高じゃないか。現実逃避するには持ってこいだよな。……ははは」
僕は苦笑した。馬鹿げてる。現実から目を背けるためにアニメの世界に行こうだなんて。そんなことできるわけないし、今の僕は現実でどうするかを考えなければならない。僕は自分に言い聞かせるように言った。そして、一つの結論を出す。
「……そうだ、キャバクラに行こう!」
金を出せばその分愛してくれる世界。そこに行けば、きっと僕は救われるはずだ。そこで僕は、自分の存在を認めてくれる人を見つけることができるかもしれない。僕はそう思い、決意を固めた。
沢山の資金が必要になるかもしれない。だから、今の内にいっぱい勉強してたくさん稼げるようにならないと。そして、キャバクラに通いまくるんだ。そうすれば、顔の良い女の子が自分を認知して声をかけてくれる、至高の喜びを味わいながら生きていく事ができる。
「待っててくれ、みんな。すぐに会いに行くよ」
僕はニヤリとした表情を浮かべながら、拳を強く握りしめた。
今までの無気力が嘘だったかのように、僕は勉学に励むようになった。学校での授業中も、家での勉強も全力で取り組んだ。少しでも成績を上げるためだ。そして、将来のために投資をした。将来の夢の為だ。
さらに、様々な活動を通して多くの人脈を作り始めた。部活に入り、先輩や後輩に積極的に話しかけて仲を深めたり、ボランティアに参加して地域の人達と触れ合ったりした。そして、僕はあらゆる場所で自分の存在をアピールしていった。
その努力が実を結んだのか、ある人物の目に僕の存在が止まった。どうやらその人はある高校の校長先生らしい。彼女は僕の事を褒めてくれた。そして、僕を学校へ迎え入れたいと申し出たのだ。
「君には、大きな可能性があります。ぜひ、うちの高校に来てほしいです」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
中央都高校。優秀な人材を育てるために最新の設備が揃ってる名門校である。そんな学校に自分が入学する事になると思うと、嬉しくなってつい叫んでしまった。
「……本当に、行けるんだ」
信じられない。まさか、こんな形でチャンスが訪れるとは思わなかった。中央都高校を卒業した者達はみんなエリート街道まっしぐらだと聞いた事がある。僕は興奮を抑えきれず、小躍りしながら喜んだ。