顔の良すぎる女の子が、自分を認知して声をかけてくれる。そんな素晴らしい体験を求めながら生きていた僕だったが、現実を知り絶望してしまった。自暴自棄になり何も手が付かない日々が続いた。
だが、かつて抱いていた希望を思い出し再び立ち上がった。大きくなったらキャバクラに通うという目標を達成するために、僕は猛烈に頑張り続けた。その結果、名門校である中央都高校に入学する事が出来たのだ。
僕は中央都高校に入学してからの生活を思い返す。あの時は、毎日のように充実していた気がするなぁ。勉強や部活動に励み、充実した学生生活を送っていたと思う。……まぁ、それも一時的な物であったが。
「ああ、貢一君ですか。探しましたよ」
「えっ……校長先生?」
学校の廊下を歩いていたあるとき、背後から声をかけられた。振り向くとそこには、僕の事を呼び止めた張本人がいた。……彼女は、校長先生。でも、あまり威厳を感じなかった。その様に感じたのは、彼女がアニメキャラのコスプレをしていたからだ。
「どうかしましたか?……あっ、この格好のことですね。これは、私の趣味なんです」
「えっ……いいんですか、こんなところで?」
「はい、大丈夫ですよ。許可はとってあります」
そう言って微笑む彼女には、なんとも言えない怪しさがあった。恰好がおかしいのもそうだが、何より彼女は校長先生にしては若すぎる。とてもじゃないが、僕と同い年くらいにしか見えない。……得体の知れない存在だ。そう、僕は感じていた。
「君に紹介したい場所があるのですが、放課後、お時間よろしいでしょうか?」
突然、彼女はそのようなことを言ってきた。一体どこに連れていかれるんだろうか……。不安に思ったが、校長先生とのコネを作ったほうが将来に役立つと思い承諾した。
「いらっしゃいませ、お客様。ご来店いただき誠にありがとうございます」
「…………」
校長先生に連れてこられた店に入った瞬間、僕は唖然とした。何故なら、目の前にはテレビでしか見たことがないような美少女達が立っていたからである。……ここは、キャバクラなのか?
「こちらの席にどうぞ」
「あ、はい」
僕は店員に案内されるがままに、テーブルへと座った。……どういうことだ。どうして、こんなところにいるんだ? 頭の中で疑問符が浮んだ。もしかして、校長先生はキャバ嬢だったのか!? そんな考えが頭を過った。
「あの、ここって……」
「素敵な店でしょう?」
そう言いながら、隣に座ってきた校長先生。……近い。彼女からは、なんだか甘い香りが漂ってくる。
……って、それどころじゃない。なんで僕はこんなところにいるんだ。しかも、校長先生と二人で! 混乱していた僕に、彼女は話しかけてきた。
「貢一君には、将来について少し考えて貰いたいと思いましてね」
「……僕の将来、ですか?」
なぜか、校長先生は僕の将来について語り始めたのだ。
「正確に言うならば、実際に将来の夢を体験して、本当にその道に進むべきなのかを考えて貰いたいのです」
そして、彼女は僕の前に一枚の写真を差し出した。それは、僕が映っている写真だった。僕はその写真をまじまじと見つめる。そこに写っていたのは、中学の制服を着ている自分だった。……どうして、これがここに。
動揺している僕を見て、彼女はクスリと笑みを浮かべる。そして、彼女は衝撃的な言葉を口にした。
「あなたの中学時代の活動を見て、興味をもちましてね。色々と調べてみたんですよ。あなたがこれまで何をしてきたのかを。そして、貴方が何を望んでいるのかを推測しました」
僕の過去を調べた? 一体、どうして……。いや、それよりも僕がなにを求めているのかを知っているのか!? 驚きのあまり、頭が真っ白になった。中学時代に様々な活動こそしてきたものの、僕は夢を語った事なんか一度もなかったはずだ。なのに、なぜ……。
この校長からは、何か得体のしれないものを感じる。まるで、人の心を見透かすかのような瞳だ。僕は恐怖を感じ、体が震え始めた。
「私は、あなたの可能性を信じています。だから、ここでじっくりと考えて下さい。本当に、このままでいいのか。自分の進むべき道を、しっかりと決めてください」
そう言い残し、彼女は立ち去った。この場には、僕と店員さんだけが取り残される。しばらく呆けていたが、僕はハッとして我に返った。そて、急いで店員に話しかける。
「すみません、今すぐ帰ります!」
「あら、もう帰るの?」
「はい!」
「せっかく来たばかりじゃない。ゆっくりしていきなさいよ~」
「いえ、お金がないんで!」
「代金なら愉香先生が先に払ってくれてるわよ?」
「えっ……」
僕は思わず絶句した。……まさか、校長先生が払ったっていうのか? なんでそこまでしてくれるんだ。ますます彼女の事が分からなくなった。
「うふふっ。それじゃあ、楽しんでいきましょ♪」
妖美な笑みを浮かべながら、彼女は僕の手を握ってくる。僕は慌てて手を離そうとするが、力が強すぎて振りほどくことが出来ない。
すると彼女は僕の耳元まで顔を近づけると囁いてきた。
「大丈夫。私に任せておきなさい。愉香先生から、事情は聴いているわ」
「えっ……」
その声はどこか甘く、それでいて心地よいものだった。僕は抵抗する気力を失い、彼女に身を委ねそうになるも、ギリギリのところで理性を保てた。
「……あの、僕高校生ですよ? こんなところに居て、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ここは、厳密にはキャバクラではないもの。」
「……キャバクラでは、ない?」
「そう。ここは『キャバクラ』ではなく、『キャバクラ風クラブ』なの」
「……?」
よく分からないが、ここはキャバクラとは違うらしい。……なら、問題ないか。でも、やっぱりまずい気がするなぁ。
「安心していいわ。ここは高いお酒を扱ってないし、お客様の隣にくっついて接客するようなこともやらないから。向かい合って健全にお話しましょ?」
「は、はい……」
整った顔で微笑む彼女に対し、僕は曖昧な返事をするしかなかった。結局僕は、店員の勧めに従い、彼女と会話を楽しむことにした。最初は緊張したものの、時間が経つにつれて段々慣れてきたのだ。
店員はとても可愛いらしく、魅力的な人だった。ほとんどの男たちは、きっとこういう女の子が好きだろうなと思えた。……だが、何故か僕は胸が苦しくなるような感覚を覚えた。
「貢一君、何だか元気なさそうだけどどうかしたの?」
彼女が心配そうな表情で僕を見つめてくる。僕は首を横に振った。彼女がせっかく僕を楽しませようとしてくれているのだから、余計なことを考えるべきではないと思ったからだ。僕は精一杯の笑顔を作り、彼女を見つめ返した。
「いえ、何でもありません」
「そう? それなら良かったけど」
優しく微笑む店員。それを見て、僕は確信した。
……その笑みが、つらかったんだ。そんな優しい眼差しは、仮想のものでしかない。僕達お客様を喜ばせるための作り笑いにしか過ぎないんだ。そう思い、悲しくなってきた。
好意を持っていないのに、相手を騙すために偽りの優しさを見せる。それが、キャバクラの実態であることを悟ってしまった。……そのことに、僕は酷く嫌悪感を抱いた。
……そんなの、先崎好江の時と同じだ。僕と話すのが本当は嫌だった彼女も、表面上は優しかった。きっと、その場をやり過ごす為に我慢して笑顔を作っていたに違いない。
僕は、目の前にいる店員を眺めた。彼女は、僕の視線に気づいていないようだ。どうして、みんな同じなんだ。偽物の優しさで、本心を覆い隠してしまう。そんな偽りの愛情なんて、僕は望んでいない。
……キャバクラ嬢だけじゃない。きっと、全ての女はそういう生き物なのだ。立場なんて関係ない。彼女たちは誰も彼もが嘘つきばかりだ。
僕は、店員にある種の生々しさを感じた。何とも言えない、不思議な嫌悪感を覚えたのだ。この感情の正体が何なのかは分からない。ただ、僕の心の中には彼女のような人に貢いで愛されたいというような感情は微塵もなかった。むしろ、彼女のことを嫌いになりつつあったのだ。
……あの日以来、僕はもう二度とキャバクラに行きたいなどと思う事はなかった。そして、女性と付き合うという事にも、一切興味がなくなった。
気づくことが出来て、良かったのかもしれない。もし、このことに気づかずに目標に向かって進んでしまっていたら……。想像するだけでゾッとする。頑張ってお金持ちになったときに、本当の愛を得ることはできない事に気づいたとしたら……。そう考えると、とても怖くなった。そして、同時に安堵した。
・・・・・・
「貢一っ! いつまで寝ているの。もう昼よ。遅刻よ!」
あの日以来、怠惰な日々が続いていた。顔の良すぎる女の子が、自分を認知して声をかけてくれることを夢見ていた僕のアイデンティティーが崩れ去り、心にぽっかり穴が空いたようになってしまったからだ。
ただ、顔の良い女の子が自分を認知してくれればそれでいいと思っていた。しかし、本当は自分に対して本当の愛情や信頼などを向けてくれることをのぞんでいたんだ。そのことを、僕は痛感してしまった。
僕は布団の中で、ボーっと天井を見上げていた。今日は学校がある日だというのに、何もやる気が起きなかった。……自分が今まで夢見ていたものは幻想に過ぎなかった。そのことがショックで仕方がなかったのだ。
今までは勉強や課外活動を必死に行ってきていたのだが、それは目的があっての事。それを失ってしまった今、僕は何をすればいいのか分からなくなってしまった。
「貢一、起きてるんでしょ? さっさと学校に行く支度をしなさい」
母はいつものように、僕の部屋へ入ってきて着替えを持ってくる。その行動も、今の僕には煩わしくて仕方がない。
「母さん、今さら登校してももう遅いよ」
「あんた、どうしちゃったのよ。急にだらけて……前にもこんなことあったわよね」
「別に……」
「あんた、ちょっとおかしいわよ。何なの?」
「……」
母さんの言葉に対し、僕は黙り込んだ。……言えるわけないじゃないか。自分の理想としていた女の子が、実は作り物であったという事に気づいたから、なんて。
「……はぁ、まあいいわ。とりあえず早く朝ごはん食べてきなさい。片付かないから。あと、学校に電話しておくからね。連絡なしだと迷惑がから。じゃあ、私は仕事行ってくるから」
それだけ言い残して、母は出ていった。心なしか、母の口調は苛立っているように感じられた。……僕は、再び布団の中に潜り込んだ。この頃から、家族との仲がぎこちなくなっていたのだ。
「……僕は、これからどうしたら良いんだろうか?」
誰にも相談できない悩みを胸に抱えながら、僕は深い眠りについた。
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僕に大きな変化が起きたのは、キャバクラ風クラブの時からひと月ほど経った頃のことだ。この頃にはある程度落ち着きを取り戻しており、時間通りに学校へ行くようになっていた。
……僕は、夢を諦めることにした。僕の理想は夢物語でしかないことを理解したからだ。この決断を下すまで、かなりの時間がかかった。何故なら、僕はまだ未練があったからだ。
でも、もう疲れてしまった。現実を受け入れることが出来ず、何もできないでいることに限界を感じていた。このままではいけないと思い、僕はようやく決心した。理想と現実の違いを受け入れ、夢を頭の中から消しながら生きていくことにした。
輝かしい未来も、夢の成就もいらない。ただ、思い描いていた夢を実現させることの出来ない無念さを感じずに生きていくことが出来ればそれでよい。そう、自分に言い聞かせたのだ。
……しかし、その考えが覆るような出来事があった。学校の昼休み、僕は教室で弁当を食べ終えた後に廊下をうろついていた。すると、そこに一人の女性がやってきたのだ。教育の場にふさわしくない、アニメキャラのコスプレをしている女性。……中央都高校の校長先生だ。
彼女は僕を見つけると、笑顔で声をかけてきた。……その言葉が、僕の人生に大きな影響を与えた。
「Vtuberって、知ってますか?」