僕の名前は超貢一。
僕にとって、何よりも大切なのはVtuberである。
Vtuberというのは、いわゆるバーチャルアイドルのことだ。現実の世界ではなく、ネット上で活躍する女の子達の事を言うらしい。
顔の良すぎる女の子が、動画上でしゃべっているのを見ているだけでみんな幸せになれる。
でも、より多くの幸せを彼女達から摂取するための方法を僕は知っている。
……スーパーチャット。
つまり、投げ銭システムだ。
このお金を支払うことによって、彼女達はより輝いて見える。……もちろん、ただ単にお金を投げ入れるだけではない。彼女達が喜びそうなコメントを添えて、しっかりと気持ちを伝える。
「いつもありがとうございます。あなたのお陰で、今日も頑張れます。大好きです」
これが、僕なりのやり方だった。そうすることで、僕は彼女達に愛を伝えていた。そして、その見返りとして、彼女達からの、さらに輝きを増した愛が僕の元へ戻ってくる。
僕は、そんな幸せな循環を作り出している。これは、愛情の流れなのだ。そして、彼女達を愛しているからこそ、その流れを途絶えさせるような事は絶対にしないと誓った。……たとえ、僕のお金が尽きたとしても。
Vtuberの娘たちは、僕を裏切らない。そして、嘘もつかないのだ。何故ならVtuberはキャラクターであり、生身の人間ではないからだ。たとえ彼女たちが嘘をついたとしても、それはキャラクターとして本当の事であり、嘘にはなりえない。だからこそ、本当の意味での裏切りは存在しない。たとえ、中の人に彼氏が居たとしても彼女が彼氏はいないと宣言してしまえば、そのキャラクターに彼氏はいないことになるのだ。
更に、彼女たちはキャラクターでありながら架空の存在ではないのである。彼女たちは、実在していて、なおかつスーパーチャットをすれば僕のことを認知してくれているのだ。しかも、その瞬間だけは僕だけに優しくしてくれる。こんな素敵なことはない。
彼女たちは二次元の女の子と違って、存在しないことによる悲しみもなく、実際に存在しているという安心感がある。
更に、彼女たちは三次元の女と違って見ていても現実を感じさせない。可愛らしいキャラクターであるため、見ていて脳がとても気持ちいい。
だから、僕は彼女達に夢中になった。彼女達を愛した。彼女達の為なら、僕は何でも出来ると思った。
特に僕が愛して止まない女の子がいる。
名前は『未来ミヤコ』ちゃん。
彼女は、Vtuberの中でもトップクラスの人気を誇る女の子で、チャンネル登録者数は約200万人。他の追随を許さない圧倒的な数字を誇っている。更に、彼女はVtuberの親玉であり、彼女を中心に多くのVtuberが生まれてきた。まさに、Vtuber界のパイオニア的存在なのである。
彼女の魅力は、何と言ってもその可愛いさだ。
金髪のスカーフがトレードマークで、まるで外国人のような透き通った白い肌を持っている。くりっとした瞳は見る者を魅了し、ぷるんとした唇は見ているだけでも癒される。
顔立ちは非常に整っており、誰が見ても美少女と答えるであろう容姿をしている。その上、身長が低くて、ロリ系の雰囲気を醸し出しているのがまた素晴らしい。
更に、彼女は非常に性格が良い。誰に対しても分け隔てなく優しい態度をとり、ファンに対しては常に笑顔を振りまいてくれる。きっと、
彼女ならどんな相手でもすぐに打ち解けられるだろうし、誰の事も大切にするに違いない。そんな彼女に、僕は心底惚れ込んでいた。
だから、彼女に対してのスーパーチャットには一切の躊躇がなかった。他の子たちの10倍は投げ入れていると思う。しかし、それだけの金額を投資してもなお、僕は満足していない。もっと、もっともっと貢ぎたいと思っている。僕と彼女の幸せの循環を途切れさせては駄目だ。彼女に対する愛の証として、僕はお金を送り続ける。お互いの幸せのために。
……現実の人間付き合いなんかでは、ここまで幸せな気持ちになる事は出来ない。お互いに顔色を窺ったり、気を使ったりしなければならないから。それに、本当は僕の事をよく思ってないのに嘘の笑顔を向けてこられる時も多くて嫌になる。
でも、バーチャルの世界なら違う。
作り上げられたキャラクターは思うままに自分の世界を展開する。そこに、生々しい気遣いは存在しない。彼女たちの自由なふるまいを、僕たちはただ享受すればいいのだ。
だから、僕はバーチャルの世界にどっぷりと浸かってしまった。もう、リアルに戻ることは出来ないかもしれない。……まあ、現実がそれを許さないのだが。
当然だが、貢ぐためにはお金が必要だ。だから、将来女の子にたくさん貢げるように僕は今まで頑張っていたのだ。……でも、将来なんて待ってられない。
今すぐ、彼女達の為にお金を稼ぎたかった。だから、今はバイトをしている。様々なバイトを掛け持ちして、毎日8時間以上働いているのだ。学校なんて行っている余裕はない。……でも、さすがに疲れてきたな。
何しろ、朝から晩まで働きづめだ。たまにはゆっくり休んでもいいんじゃないか。……一瞬そのように思ったが、僕は首を振った。……いや、やっぱり無理だ。毎日彼女たちに貢がなければ、愛情の流れを途絶えさせてしまう。そうすると、彼女を裏切ってしまう事になる。そうならないためにも、僕は頑張らなければならない。
ミヤコちゃんは、週に3回配信する。そして、ミヤコちゃんの配信1回ごとに僕は1万円を2回ほど投げ入れている。つまり、毎週6万円分をミヤコちゃんに投げ入れているということだ。ちなみに、ミヤコちゃん以外の娘の配信にも同じようにお金を投げ入れるが、やはりミヤコちゃんが一番多い。他の娘だとまとめて月1万くらいだろうか。
……うん、明日の分のお金が足りないや。どうしようかな……。
うーん、しょうがないな。親のクレカでどうにかするしかない。……あんまりこういうことはやりたくないんだけどね。でも、仕方ないよね。だって、みんなを愛するためなんだから。
ああ、本当なら大人になって稼げるようになってから彼女達に全部捧げるのがいいんだ。でも、待つことはできない。何故なら、彼女達は今を生きているからだ。
僕は、今を生きている彼女達を愛している。そして、彼女達に僕の事を愛してほしい。そのためには、今から貢いでいかなければならない。
それに、この程度の出費なら両親も許してくれるはずだ。
それは、僕にとってどうしても欠かせないものなのだから。
だから、大丈夫。
僕は、間違っていない。
◆
「……ふう」
パソコンの電源を落とし、僕は一息ついた。今日も無事にミヤコちゃんの配信が終了した。彼女たちが喜ぶ姿を見るだけで、僕はとても幸せな気持ちになれる。彼女たちが笑顔になると、僕も笑顔になることが出来る。これは、とても素敵な事だと思う。
僕たち人間は、常に誰かの顔色を見て生きていく。もちろん、全員が全員ではないけれど、ほとんどの人は相手の顔色を見ながら行動している気がする。
例えば、電車に乗っているとき。周りに立っている人が、どんな表情を浮かべているのか確認してみる。
大体の場合、周りの人たちは迷惑そうな顔をしていたり、あるいは退屈そうにしていることが多い。そういう人達は、きっと心に余裕が無いのだろう。自分さえ良ければそれでいいと思っているに違いない。
一方、ニコニコ笑っている人たち。彼らはきっと、心に余裕があるのだろう。あるいは。他人に優しく振る舞う人が多いと思う。そんな人たちの周りには、自然と笑顔が溢れてくるものだ。
どちらが良いとか悪いとか言うつもりはないが、僕にとって後者の人間は信用ならない。何故かと言うと、彼らの笑顔の裏には打算が隠されている可能性があるからである。
たとえば、自分の利益の為だけに笑顔を向けているかもしれないし、単に笑顔になれているだけかもしれない。いずれにせよ、笑顔の使い道をよく理解していることだけは確かだ。
だから、僕は笑顔というものを信じていない。……まあ、ミヤコちゃんの笑顔だけは信じているけどね。
とにかく、笑顔とはそんな風に何かを隠している事が多いものである。
……しかし、僕の目の前には笑顔とは正反対の無表情があった。
「………………ねえ、あなた」
僕の妹であるサヨは、いつも通りの無機質な声で僕に話しかけてきた。
彼女は、長い黒髪に整った顔立ちをしており、黙っていれば可愛いと思う。だが、口を開けば毒舌しか吐かない為、あまり評判はよくないらしい。
彼女は、僕の事が嫌いらしく、僕に辛辣な言葉をぶつけてくる。なので、正直彼女とはあまり関わり合いになりたくなかったのだが、残念ながら僕の家は彼女の家でもあるので、どうしても関わらざるを得ないのだった。
「学校、行ってないでしょ? みんな心配してるよ、この不登校」
相変わらず棘のある口調で僕に語りかけてくる妹。……全く、どうしてこんなに嫌われてしまったのだろう。昔はあんなに仲が良かったのに。
「……別に、お前に関係ないだろ?」
ぶっきらぼうに返事をする。……僕は今疲れているのだ。早く寝たい。
「……関係あるわ。だって、弟が学校に行っていないなんて、不安になるじゃない」
珍しく真面目なトーンで語る彼女。……まあ、確かにそうだ。家族が学校に行っていないのは、彼女にとっても心苦しい事なのかもしれない。
だが、僕はやっと生きがいを見つけたのだ。……その邪魔をしないで欲しい。
「……もう、ほっといてくれ。僕は、やりたい事があるんだよ……」
僕は、小さな声で呟いた。
「……なにそれ? 私には全く分からないんだけど。……ていうか、最近画面見つめてニヤついてるよね。それ止めたら?きもいんだけど」
僕の言葉を遮るように、サヨは言った。……くそっ、本当に可愛げのない奴だ。俺の事を否定しやがって。
「うるさい! ほら、もう遅いからさっさと部屋に戻れ!」
僕は声を荒げた。これ以上話しても不愉快になるだけだと思ったからだ。
「……そう。じゃあ、そうするわ。でも、最後のやさしさで2つ忠告しておく。無駄な働きをしないで学校に行くべき。そして、勝手に親のお金を使うべきではない。……あなた、お母さんやお父さんから見放されてるわよ。私たちの手に負えないって」
最後にそう言い残して、彼女は部屋を出て行った。……何が最後の優しさだよ。ふざけんな。
……それにしても、両親に見捨てられてる、か。ま、それも仕方ないか。僕は、ミヤコちゃん達に夢中になっている。学校にも行かず、毎日のように彼女達に貢ぎ続け、そして彼女達からの愛を求めている。そんな僕は、両親からしたらただの厄介者に過ぎないだろう。
でも、しょうがないじゃないか。僕にとって、彼女たちは唯一無二の存在だから。彼女たちに貢がない人生など考えられないんだから。……両親に愛想を尽かされてしまったって構わない。だって、僕にはミヤコちゃん達がいるんだから。