今年初投稿です。
ここ半年間くらいずっと熱がある状態で苦しんでました。
一般的に、人間の速度は速くても時速40キロ程と言われている。自然界の頂点捕食者共はこれより遥かに速い。このトカゲはおおよそヒグマ並の速さだろう。さらにトップスピードを重力をほとんど無視して維持する事が可能なようだった。なので、どうにもならなかった……いや、厳密に言えばどうにかなりはするのだが、とにかく現在。
「うおわぁぁ!!」
屋上に逃げ込んだ私の足を噛んで振り回すトカゲ。犬がオモチャではしゃぐアレだ。側から見れば間抜けに見えるかも知れないが、こちらとしては命に関わる程危険な状況だ。幸い牙のような物は無い、いや、全く幸いではないか。咬合力は高いようだが少しずつ私の体はトカゲの口から
「待っ」
当然、すっぽ抜ける。これは本当に幸いな事だったが、さらに隣のビルの方向へ飛ばされた。ガラス窓に背中から叩きつけられ、強制的に会社か何かの廊下に侵入させられる。望まない不法侵入はしたくないけれど。
「うあああああああ!!」
思わず叫びながらという情けない姿ではあったが、なんとか転がるようにして衝撃を逃す。かなりの勢いだったせいか、頬に鋭い痛みが走った。しかしそれを気にしている場合ではない。そのままの勢いでガラス片の上を転がるようにして逃げる。次の瞬間、トカゲがガラス窓の枠を突き破って入ってきた。危うく踏み潰されるところだ。
「ああクソッ!」
後退りながらもなんとか立ち上がり、廊下の反対側へ走り出す。目の前にはガラス窓。機銃の弾が背中に直撃し、衝撃で息が詰まる。それでも足を止める訳にはいかない。
「おおあっ!」
流れ弾でヒビが入ったガラスを体で突き破り、窓枠を踏んで跳躍する。また隣のビル目掛けて、今度は自らの意思で飛びつくためだ。不法侵入はせずに壁に貼り付き、もう一度屋上へ。
トカゲも追従してこようとするが、今度は勢いが足りなかったのか窓枠に引っかかり、少しの猶予が生まれていた。この隙だ。体勢を変え、地面と水平に立ち上がる。
「明日は筋肉痛かな……!」
〈こっちは一匹片付けたよ!道路側にお願い!〉
「了解です!」
屋上へ到達した瞬間、破砕音が響く。トカゲがその簡易的な枷を破ったのだ。追いつかれる前に準備をしなければ……と言っても大した事ではないが。手すりに足をかけ、下を見やる。今度は60M程だろうか。あまり意識しないようにして、ぶら下がるようにして壁に貼り付く。
上から足音がする。探しているのだろう、迷うような足取りでこちらの方向に来ている事が分かる。逸る気持ちを抑えてその時をじっと待つ。
「……?」
疑問符を浮かべたトカゲが地上を見下ろすようにして顔だけで覗き込みに来た瞬間、私はその目に対し、両手に持った投げナイフを突き刺した。
「ガアッ!?」
「ぜぇあっ!」
そして思いきり横に捻る。ブチブチという音が半回転したトカゲの首から聴こえたが、これで壊れる訳ではない。だが生物の姿を模しているならばセンサー類は頭部に集中させている、と考えられる。狙いはそれだ。
「!?……!?」
前後不覚。視界を奪ったあと平衡感覚を失わせるありがちな手だ。人間相手ならばもっと楽だが。屋上に再度登る。トカゲは鳴く事も忘れているようだ。ありがたい。耳元で叫ばれるのは嫌だ。
「ぬぅぅぅんりゃあぁぁぁ!!」
バタバタと転がるトカゲの体を掴み、全身に力を込めて持ち上げる。少し重いが、ファイヤーマンズキャリーの要領で立ち姿勢を維持する。
「一之瀬さん!」
〈そのまま落として!〉
「おおらぁぁぁ!!!」
その場で回り、全身のバネを使うようにしてトカゲを投げ降ろす。下には直線の道路。そして。
〈アリス!〉
〈光よ!〉
そんな声が無線越しに聴こえた次の瞬間には、空に投げ出されたトカゲの体が、地上から放たれた光によって跡形もなく消え去ってしまっていた。
「スッゴ……」
それは、私が今まで見た中で、最も刺激的な光景だった。
◇◇◇
壁を降り、先生たちの元へと向かうと、ちょうどトカゲの残骸が溶けていた。地上にいた奴は中途半端な威力で吹き飛ばされたのだろう。足の大部分が残っていたが、それも骨組みすら残さず溶けていく。金属すらも溶けるのか。
「みんなお疲れ、作戦終了だよ」
先生のその言葉でようやく肩から力が抜ける。明日は筋肉痛確定だ。特に脚がパンパンだ。
「しかし酷い臭いだね……」
この場にいる全員が顔を顰める程の悪臭が立ち込めている。あの時見たトカゲと全く同じだ。吐き気を催すが他人の前で吐くのはごめんだ。なんとか我慢する。
「それにしてもなんでこんなモノが街中に」
「モンスターが逃げ出すイベントが発生したんでしょうか?」
ゲームに準えた天童ちゃんの言葉で思い出す。そういえばこのトカゲ、CL社の警備員と連携が取れていなかったような。
「脱走……無人機が?」
ヘルメットSと名乗った誰かが当然の疑問を口にする。そんな事があり得るのか、と。
「これが意図的なもの、という可能性は無いか」
「確かに否定は出来ませんが……」
このキヴォトスの軍需産業は極めて活発だ。しかも企業倫理の欠片も無い連中が大勢いる。受ける私も大概だが、ライバル企業の社長のペットのオウムを攫って来いという依頼が来た時は本気で引いた。結局、二週間程世話をする羽目に陥ったが。
とにかく、街中で実験するなど普通にやりかねない奴らばかりという事だ。
「どうあれCL社には報告しないと」
先生がタブレットを持った左手はそのままにスマホを取り出した。こういう時は秩序側の人間に任せるべきだ。
「えーっと、これかな……?合ってる?」
一人で何かを言う先生に違和感を覚え、見やったその瞬間、先生の上、正確にはビルの壁面が蠢いた気がした。背中に冷たいものが走る感覚。反射的に私が投げナイフを取り出し、投げるよりも先にヘルメットSが動いていた。
「ッ!」
蠢いた壁に向けて弾丸が大量に放たれる。しかし先程と同じように着弾した部分の色が一瞬戻るだけに留まった。ヘルメットSが先生を自らの後ろに隠し、何度か引き金を引いて牽制する。
「まだいたの!?」
先生のその叫びを皮切りにしてトカゲがその全貌を現す。ビルを破壊する訳にもいかないのでレールガンは使えないだろう。どうしたものかと逡巡していると、先生の体がぶつかってくる。思わず抱き留め、ヘルメットSを見やると、彼女はトカゲと本格的な交戦を開始していた。
「ふッ!」
何度かの射撃を経て近接戦に移行した彼女の頭に容赦の無いトカゲの尻尾が迫る。振るわれるそれを彼女はスレスレの所で避けるが、尻尾が掠ったヘルメットが脱げてしまっていた。
「アレは……!」
長い黒髪が顕になった時、私は初対面で覚えた既視感に納得した。
彼女は、錠前サオリは、トカゲの目に銃を向け、躊躇いなく発砲した。
「ゴアァ!」
そして彼女は開かれたトカゲの口に腕ごと手榴弾を突っ込む。口から手を抜くと同時にピンが抜ける音がする。トカゲの顎を蹴り上げた錠前サオリが飛び退いてきっかり三秒後、爆音と共にトカゲの首が破裂し、頭が千切れ飛んだ。
「!!!」
それでも動きを止めないトカゲだが、外からの情報が入って来なくなったせいでパニックを起こして暴れている。錠前サオリの目がこちらを見る。意図を察して先生を放し、暴れるトカゲに近づきながら腰のナイフを抜き放つ。
「嫌な役を……」
のたうつトカゲの手足を斬って動きを止めて、腹をかっ開く。黒い液体が溢れ、上着の袖を汚していく。目の前に広がるグロテスクな光景に他三人がゲンナリしている雰囲気を感じる。だが私だってやりたくてやってる訳じゃない。だからきっとこの歓喜は気のせいだ。
「多分これかな」
ドクンドクンと拍動する臓器らしきもの。おそらくコイツにとっての心臓だ。握り潰すと呆気なく破裂し、トカゲの動きは完全に停止した。死んだ、否、壊れたのだ。
「ありがとう二人とも」
タブレットを操作しながら先生が言う。何をしているのかはよく分からないが、安堵した表情をしている。おそらく残敵はもういないのだろう。
そんな事よりも、だ。
「……錠前サオリ」
エデン条約調印式を襲撃し、条約そのものを御破算にしたアリウス分校、そしてその中心メンバーと思われるアリウススクワッドのリーダー、つまりは主犯格。現在指名手配中の凶悪犯だ。
「私を捕縛する気か?」
「……」
一触即発の空気を醸し出す私達に先生が割って入った。
「サオリ、ストップ!」
その言葉で銃を下ろす錠前。翻って私は。
「……カッコいい」
単に見惚れて動けないだけだった。
ご無沙汰してます。エタってたのではなくコロナ後遺症で本当に死にかけてました。なんで一度の感染で二回も死にかけなきゃいけねぇんだよ(憤怒)
みなさんもなるべく感染対策を欠かさないようにしてください。家族から貰った場合はご愁傷様です。
お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。