ああ我らがハーメルン、後期創作主義が生んだ初投稿製造機
咄嗟に先生を庇って前に立つ。コイツは、見た事がある。手配書だけでなく、実際に暴れているところを。
「偶然ですね、貴方様」
七囚人が一人、災厄の狐。狐坂ワカモ……私なんか足元にも及ばない程の危険人物だ。
「……そちらの方は?」
「タキ、大丈夫。下がって」
先生の言葉に従う訳にいかない。拳銃とナイフを取り出し、構える。
「……」
面の奥の瞳がこちらを見据え、嫌悪に歪むのが見える。なんだ、人間らしい反応をするじゃないか。
「貴方様、退いてくださいませ」
そう言うと災厄の狐も臨戦態勢に入る。銃こそ向けないが、恐らく先生が離れればすぐさま襲いかかってくるだろう。正面からならおそらく私が有利、この狐の本領は単なる戦闘能力だけではない。ならここでぶつかって仕留めるのが最適解だ。
「先生、早く!」
私も先生に退くようにうながす。どう考えても近過ぎる。というか、なんか前に出てきた──?
「何をしてるんですか!?」
思わずカッとなって怒鳴る。私達であればまだしも、ヘイローの無い先生が私の近くで戦闘に巻き込まれたら鼓膜、内臓が無事で済むか……最悪死ぬかも知れない。だというのにこの人は!
「二人とも」
逡巡していると、普段の優しげな声から想像も出来ないような、怒りの感情が混じった声が響いた。
「やめて」
先生の言葉に戦意が萎む。それは向こうも同じだったようだ、すぐに銃を持ち直し、臨戦態勢を解いていた。私もそれに倣ってホルスターと鞘にそれぞれを仕舞う。
「タキ、私を守ろうとしてくれたのはありがとう。でもすぐに出ていかないで」
「ワカモ、あなたもそう。私を守ろうとしてくれたのは嬉しいけどこの子は大丈夫だから」
「ですが、その女は……!」
「ワカモ」
強く諌められ、目に見えて落ち込む災厄の狐。なんか面白いな。私も彼女から見たらそうなのかも知れない。
◇◇◇
「あの災厄の狐が?先生の為にバレンタインチョコを?」
正直、耳を疑った。というか何度も確認している。不満そうな表情を──狐の面で分からないがそういう雰囲気を──している狐坂ワカモを見、もう一度先生を見る。嘘をつく人では無いはずだ、だがそんな事が本当に?
「信じがたいというか、全く想像がつきませんね」
「これはずいぶんと……想像力の乏しい方のようですね」
なんかやけに嫌われているが、私が何かしたか?もしや嫉妬か?やはり先生も隅に置けない人という事か。
だが、それだけでは説明がつかないような違和感はある。しかし、まあ。
「……じゃあ、私お邪魔みたいなんで帰ります。休日扱いなら良いですよね?」
「タキ……」
申し訳無さそうな顔の先生に耳打ちする。
「気にしないでください先生、あの狐が怖いだけですんで」
「では、また」
絶対に来ない次の機会を待ち望むつもりは無い。でも、先生を悲しませるのは普通に嫌だ。良い人だから報われて欲しい。心からそう思う。
ああ、これが先生か、面白い。
◇◇◇
家兼事務所、ここも一月後には空き部屋になる。鍵を取り出して開けようと──?
「鍵かけてたと思うんだけどな」
扉が開いている。犯人に心当たりはあった。雰囲気のある回転椅子に腰掛けた彼女に声をかけると、堂々とこちらを向いた。
「アタシが合鍵を作らないとでも?」
「犯罪者」
「お互い様」
サチコを椅子からどけて自分が座り込む。彼女は座り心地の良いお客様用のソファーに座らせる。
「……で、ここ一週間何してた?」
「仕事、そっちは?」
「アタシも似たようなもんかな」
サチコには、言うべきだろう。大きく息を吐く。
「あと二十日も無い、らしいよ」
「……え?」
「私の余命、それぐらい」
なるべく軽く。
「だからこれからは一緒に仕事も出来なくなる、私はもう稼ぎ終わったし、君はミレニアム生、真っ当に……勉強でもしてれば安泰でしょ」
「ねえ」
「ああ、そうそう、仕事中なんか観たくなってこの映画借りてきたんだけど、君とは観てなかったし、どう?」
「待って」
「あ、お腹空いてない?出前とか頼もっか?」
「タキ!」
サチコの大声に動きを止める。
「なんで?」
「なんでって……」
「なんでアンタ、まだ落ち着いてるの?」
「……どうしようもないから。仕方ないから。それ以上の事は無いよ」
「ふざけんな!!」
いつの間にか近くに来ていたサチコの平手打ちを喰らう。痛い。
「何が仕方ないだ!アタシがどんな思いで今までっ……!」
泣きそうな顔で私の胸ぐらを掴んでくる彼女の腕、私より細くてか弱いその腕に、抵抗する事が出来ない。
「なんでそんなに死にたがるの!?なんで生きようとしないの!?」
「……」
「アタシが最近何してたか教えてあげる、アンタの体をなんとかするための方法をずっと探してた、考えてた、あのヴェリタスとも協力したしミレニアムで出来る事はほとんどやった!もうすぐなんだよ!もうすぐでなんとか出来る!どうしようもなくなんかない!仕方なくなんかない!アンタは生きられる!」
「────」
正直言って、予想外だった。生きていられる見込みがあるとは、だけど。
「……いや、私は生きたくない。生きていたくない」
「なんで……」
「私は……目の前で人が死ぬのを見た。厳密には違うけど……もう2年も眠ってる、死んでるのと変わらない」
サイカ。彼女についてサチコに話すのは初めての事だ。そしてこれが最後になる。
「あの子さえいれば他に何も要らない、無力だった自分を罰せられるなら他に何も望まない……私は今願いを叶えてる最中なんだよ。私はあの子を蘇らせる、どんな手を使っても」
「……好きだったの?」
サチコからの問いかけに、一瞬言葉が詰まる。彼女からすれば……だが正直に言うべきか。
「好きだよ、今でも」
◇◇◇
その言葉が、表情が、何もかも痛い。失恋なんてモンじゃない。そもそもタキはアタシの事なんか、ただの仕事仲間としか思ってなかったんだ。
「明日、やり残した事を終わらせに行く。だからもう私の事は忘れて」
「忘れられる訳ないでしょ……アンタの事……大好きなのに……アタシだって!」
「……鬱陶しいな」
初めて見るタキの、よりにもよって自分に向けられた嫌悪に歪む顔に、言葉が詰まる。
「君は私の人生に入り込めない他人だよ。いつまで彼女ヅラする気?いい加減にして」
その言葉が本心からのものなのか、私を突き放そうとして言っているのか、分からない。分からないけど、ムカついた。
「このッ……!」
ひょろっちいアタシの腕が平手打ちじゃなくグーでタキの顔面を狙う。反射的だった。でも、アタシみたいな素人のパンチは当然受け止められ、手を引こうにも引けなくなる。
「何度も私の事抱いた癖に!」
そんな負け惜しみを吐き捨てると、タキは鼻を鳴らし、
「……じゃあ最後の思い出作りに抱いてあげよっか?それで満足する?」
「ホンット最低……!」
体を掴まれ、無理矢理ベッドに連れ込まれ、押し倒される。
「クソ女!死ね!死ね!!」
「うるさい……」
無理矢理キスされ、舌を捩じ込まれた。あったかくて唾液に塗れたそれを噛み切ってやろうかとも思った。けど、無理だった、だって。
「アンタの事なんか、好きになるんじゃなかった……!」
腹立たしいから、声だけは必死に抑えた。