不完全少女の生き方   作:出島二人

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「Les Lis Terribles……」

「ヘテロ嫌いは相変わらずか」

「いえ、ゼロ年代が苦手なだけです。CP厨には良い印象が無い」




6話 衝撃

 

 

 松田サチコ、同い年のハッカー。ミレニアム生で私の仕事仲間。ヴェリタスには及ばないがそこそこやれる方とは本人の談。実際何度も助けられている。そしてそんな彼女といつものように仕事をする。隠れるのに利用できる物陰があったおかげで、CL(クルース・ラチェルタ)社の建物への侵入自体は簡単だったが、入ってからが厄介だった。結構な数の警備員が中には居る。

 

〈そこの角に敵1、警備員〉

 

 自前の機器からリアルタイムで送られる情報を処理しつつ、監視カメラへのハッキングも行う。なかなかのマルチタスク能力だ。心の中で改めて感嘆しながら、無防備な警備員の視界外から回し蹴りを頭に叩き込んで昏倒させる。近くの扉に用があるので仕方ない。手をかけてみるが開かない。よく見ると警報器が設置されている。

 

〈警報装置付き、カードキーと鍵がそれぞれ必要みたい〉

 

 モゴモゴとマスクに覆われた口を動かす。厳密には舌を。その動きで向こうには合成音声で私の言葉が届く仕組みだ。サチコは自分の独自開発だとか言っていた。理想は心の声で会話できるようになる事らしいが。

 

〈警備員が持ってない?〉

 

〈コイツは持ってない。カメラの記録から追えないかな〉

 

〈オッケー、ちょっと待ってね〜〉

 

 無線の向こうで何かを操作するような音が聴こえてくる。タッチパネルだというのに物理キーボードを叩くような音が鳴るようにしているらしい。何のこだわりなのやら、オタクの考える事は分からない。

 

〈そういえばさ〉

 

〈なに?〉

 

〈なんで銃使わないの?〉

 

 確かに、サチコに語った事は無かった。語る気もあまり無かった。

 

〈別に、好みだよ〉

 

〈ホントにぃ?〉

 

〈そんな事より仕事〉

 

〈はいはい〉

 

 一年程の付き合いだが、まだその理由を言う気にはなれない。下手な濁し方だったが今は仕事中だ、文句は言わせない。

 

〈あ、出たよ、下の階だね、3階と6階にそれぞれ持ってる奴がいる〉

 

〈エレベーターは使える?〉

 

〈まだ安全。今のうち〉

 

〈了解〉

 

 だから聞かなかった事にする。仕事の話だけしていればそんな事を考えなくて済むし。懺悔など、心の弱い人間のする事、そう言ってたよね?

 

 

◇◇◇

 

 

 私は現在、前を通る警備員を“見下ろしている”。お目当ての相手は階の隅っこにいるらしい。接敵するであろう警備員を先んじて無力化しようにも数が多く、時間がいくらあっても足りない。ならばそもそも接触しなければ良いのだ。

 

〈前の依頼の試作品、貰っておいて良かったでしょ?〉

 

〈その分報酬は減ったけどね〉

 

 ヤモリが何故壁にくっつけるのか。それは手足の表面に微小な毛が大量に生えているから、らしい。それを参考に作られた手袋と足袋。これが優れている点はくっついたり離れたりが、電磁石のように自由に切り替え可能だという所だ。これを使って屋上から侵入したのだ。ペタペタと這うようにして天井をつたい、目的の場所まで行く。

 

「ふ、ふふふ……」

 

 お目当ての警備員は仕事中に何を見ているのやら、PCの画面にかじりつくようにして他に一切注意を払っていない。近くに誰かいる訳でもない、サボりか。好都合だ。

 足袋だけで天井に張り付き、重力に逆らって直立する。

 

「ふッ!」

 

 そして警備員の首を掴み、私にとっての床に叩きつける。

 

「ぐえっ」

 

 情けない断末魔を漏らした警備員の体から力が抜ける。そのまま置いておくのもまずいだろうし、天井にくっつけてやる事にする。バックパックから超粘着性ヤモリテープを取り出す。これも前の依頼で貰った物だが、かなり便利で重宝する。グルッと巻いてペタッと吸着。懐から鍵を頂き、バックパックにしっかりと入れてからそそくさとその場を離れた。

 

〈その姿はこっちからは見えないけどさ〉

 

〈なに?〉

 

〈ヤモリというかクモみたいな動きしてるよね〉

 

〈やかましい〉

 

 気にしないようにしていた事を。クモもゴキブリも大嫌いだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 鍵とカードキーを使い、扉を開ける。暗証番号や生体認証が無いのは私にとっては嬉しい誤算だった。機密書類を置いている割に、ひどく杜撰だ。何か秘策でもあるのか。

 依頼された書類の内容は無人機に関わるものだとか。何故そこまでバレているのか少し考えたが、産業スパイは何処にでもいるという事だろう。そいつが盗み出していればとも思ったが、来てみて分かった。

 

〈分厚い〉

 

〈どんくらい?〉

 

〈辞書くらいかな〉

 

 書類が納められた金属製のファイル群は辞書程の大きさがある。これでは身一つで隠すのは無理だろう。ふと、その内の一つに目が止まる。

 

『無人機への人工筋肉の使用について』

 

 背にそう書かれたファイルを取り出し、他のファイルもいくつか無作為に選んで取り出す。申し訳程度の撹乱行為だ。

 全てヤモリテープでパーカーの下の素肌に巻き付け、部屋から出るところで、窓に何かが過るのが見えた。

 

〈何かいた〉

 

〈え?〉

 

 気のせいだと納得する事は出来ない。窓にほんの少し、薄く足跡がついている。だが大きい。人の顔程はある。

 

〈確実にいる、熱源は?〉

 

〈無い、そこの壁側を見る監視カメラはあるけど遠くて分かんない〉

 

 何かマズイ。そう直感した瞬間、窓ガラスが割れる音がした。その何かが入ってきたのだ。すぐさま目の前の窓ガラスをナイフで四角く切断し、飛び出す。そのまま壁に右手でくっつき、無線に集中する。

 

〈何処のガラスが割れた?〉

 

〈アンタの下、だけど……何も入ってない〉

 

 背筋が冷える。まさか割っただけ?急激に嫌な予感がして下を向く。

 そこにいたのは大きな黒いトカゲ、否、トカゲ型の無人機。モチーフはコモドドラゴンか?皮膚のように見える表面が蠢き、色を変え、壁と同じ質感を再現している。これのせいで遠くから見えなかったのだ。至近距離でようやくと言ったところか。登っている最中に出くわしていたらどうなっていたことか。

 そしてトカゲはこちらを生物じみた殺意と無機質さの同居した眼球のような器官で見据えている。明らかな敵愾心がこちらに向き切る前に先制し、私は攻撃を試みた。

 

「るおッ!」

 

 右手を壁から放し、ナイフを下にして降りかかる。

 

「!」

 

 ブズリ、という音と共に頭部に刃が突き刺さる。が、

 

「ちょっ、噛むな……!」

 

 それと同時に腕に噛みつかれていた。体が浮き上がり、強く振られて壁に叩きつけられる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 そのまま横に投げ捨てられるが、なんとか壁に貼り付いて落下しそうになる体を留める。しかしナイフが手から離れてしまった。あのトカゲの頭に残ったままだ。よく見れば黒い液体が傷口から溢れ、ナイフを濡らしている。オイルだろうか?

 

〈熱源探知にも引っ掛からないし肉眼でも分かりづらい、光学迷彩より欺瞞効果が高いかも〉

 

〈その代わり耐久性はそこまで高くなさそう、ナイフで斬れる〉

 

〈良いじゃん、斬り刻んじゃえ〉

 

 頭部のナイフにようやく気付いたのか、もしくは気にし始めたのか、前足を使って抜こうとしているようだったが、それを断念してこちらにまた襲い掛かる。まるで重力など関係ないかのように。そう作られているのか、まるで自然の生物みたいに振る舞う人工物。必死に壁面にしがみついている自分がひどく間抜けに思えてくる。

 

「ならこっちも」

 

 手を離し、足の裏側のみで壁にくっつく。直立の姿勢だ。こちらは決してそんな動きをするような生き物では無い。右方向に重力を感じる。自然と不自然のぶつかり合いだ。

 まず繰り出される噛みつきを転がって回避、は出来ないので後ずさるかのようにして回避し、ナイフに拳を叩きつける。先程より深く刺さったようだが、不自然な体制のせいで力が込められなかったのか、意にも介さず動いている。そもそも頭部が急所なのかすら分からない。諦めて即座にナイフを抜き取る。

 

「グオオ……」

 

「鳴くの……?」

 

 刀身にベッタリとついたドス黒い液体。オイルでは無いようだが粘性が高い。まるで血のそれだ。こんなところまで生物を気取るのか。肘の内側で拭き取り、待ち構える。

 

「ゴォアッ」

 

 飛びかかるトカゲの体を左足を離してほんの一瞬だけ重力に身を任せる事で躱し、ステップを踏むようにして再度くっつく。

 

「ガァ!?」

 

 もちろんまた噛みついてきた悪い子はただでは済まさない。返す刀で横っ腹を大きく切り開いてやる。黒い液体の奥に内臓めいて金属製の骨格が露出した。化けの皮が剥がれ始めたのだ。

 

「ハッ!」

 

 後脚をナイフで二度斬る。一度目は肉を、二度目は骨を断つように。目論見通り切断、とまではいかないが、その脚をまともに使えるとは思えない。動けなくしてトドメだ。

と思っていたんだけれど。

 

「あれ……?」

 

 こちらを見るトカゲの頭に傷が無い。すっかり消えている。確かに突き刺したはずの部分は液体で濡れているが傷そのものが見当たらない。まさか治った?この短時間で?

 そんな困惑で生まれた隙を見逃してくれる程、相手は温情ではなかった。位置関係もまずかった。相手は上、こちらは下。自分の耐久性に余程自信があるのか、それとも恐怖が無いのか、とにかく、まともな生物なら決してやらない、10階からの落下を敢行したのだ。

 

「うそぉ」

 

 思わず気の抜けた声が漏れた次の瞬間には、とんでもない質量が私の体に襲いかかった。

 

〈タキ!〉

 

 耳の奥でサチコの声が反響している。気絶はしなかったのか、いやそれとも一瞬気絶していたのか、意識が朦朧とする。

 

「う……ぐ……」

 

 内臓が浮き上がるような浮遊感が脳内物質のせいでなく、現実で落下しているが故に起きている事を知覚すると同時に、主観的な時間の引き延ばしをもまた知覚する。

 40m程の高さから落下するのだ、ただでさえ命の危機だというのにのしかかってくるトカゲの巨体、おそらく500kg近く。もしそのまま着地、というか墜落してしまえばヘイローが壊れる事は間違いない。屋上にでも逃げればまだマシだったろうに、何をしていたのか。

 だが、この高さから落ちれば無事では済まないのはトカゲも一緒のはず。なら何故わざわざボディプレスをするつもりなのか。それはおそらく私の体で衝撃を吸収して最低限生き残るつもりだからだ。最悪先程見せた自己修復でなんとかできる目算なのだろう。

 

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この際賭けだ。右腕で無理矢理体勢を変えて、ナイフをトカゲの腹の中心に刺す。それだけでは足らないだろうが、今はこれで良い。ゆっくりとした時間の流れと衝突の際にヒビが入ったであろう肋骨の激しい痛み、それと巻き付けたファイルのせいで緩慢になった体に鞭打って重力に逆らう。体をトカゲの上にするのだ。潰れて壊れるのはおまえだけだ。おまえだけが死んでしまえ。

 だがやはり甘くない。体を震わせ、振り落とそうとしてくる。手袋と足袋を動作させ、トカゲの体に貼り付く事でなんとか耐える。

 

〈タキ!!〉

 

 サチコの二度目の呼びかけが聞こえた瞬間、時間の流れが戻ってきた。落ちる。

 

 






「それで二人、いや、別れたふりをしているのか」

気が向いたらタキとサチコのプロフィールとか投げます。
ここだけの話、タキはベリショ金髪筋肉女です。MGS2のタンカー編でボスとして出てくるオルガ・ゴルルコビッチみたいな感じだと思ってください。
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