不完全少女の生き方   作:出島二人

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「おれには煙草を吸う以外に、まだ初投稿が残っているからな」




7話 覚醒

 

 

「うん……」

 

 顔に当たる水滴と、腹に入り込んだ冷たさでなんとか意識を取り戻す。着地の衝撃で気絶していたらしい。いつの間にか雨が降っている。そういえば、天気予報は雨だったか。手足が問題なく動く事を確認して、代わりに動かなくなった、おそらく壊れているであろうトカゲから離れようと身を起こす。

 

「ぬ、ぐ……」

 

 その瞬間、腹の冷たさが異様な熱さに変わった。何事かと下を向く。黒い液体に染まったパーカーに、否、その下の柔らかい内臓の詰まった腹に、ナイフが突き刺さっている。

 

「ッ!」

 

 熱さは痛みへとすぐに切り替わる。脂汗が大量に顔に浮かんでいるのが分かる。内臓を押されている圧迫感に胃液が迫り上がってきて、思わずトカゲからバタバタと逃れるように距離を離すも、耐え切れずに途中で崩れ落ちる。

 

「うおえっ……」

 

 マスクを下ろしてバチャバチャと吐瀉物を垂れ流す。見れば、血が混じっている。ここまでの負傷はした事が無い。だからこれがどんな状態なのかも分からない。ただマズイという事だけは分かる。

 

〈タキ!?大丈夫!?〉

 

 サチコの焦った声が聞こえる。

 

〈腹にナイフが刺さった〉

 

〈そんな……〉

 

〈落ちて潰れるよりマシ〉

 

 トカゲの耐久性、大した事は無いと思われるそれを加味しても、まさか突き刺さるとは思わなかったが。

 

〈動ける?警備員が音に気付いて近寄ってきてる〉

 

〈なんとか〉

 

 未だ続く吐き気を堪えて立ち上がる。大丈夫。ここで死ぬ訳にはいかない。

 

〈ルートは案内する、すぐに移動して〉

 

 サチコの声に導かれるまま歩こうとする私の後ろから、何か、水が蒸発していくような音と、肉が腐ったような臭いがした。

 

「え……?」

 

 音と臭いはトカゲから発されている。それをトカゲだと認識できるのは私が直前までそれを見ていたからだ。気付かぬ間に、トカゲは急速に溶けていた。シューシューとまるで蛇の威嚇めいた音は、悪臭のこもった蒸気を無遠慮に空気に撒き散らしながら、自然の摂理を早回しにするかのように溶けていく肉から放たれていた。

 

「ひっ……」

 

 嫌悪感でまた胃酸が込み上げてくる。喉にこびりつく酸っぱさを押し留めて、吐き気を催す腐った残骸から逃げる。警備員なんか気にしていられなかった。あの異様な光景から一刻も早く逃れたかった。足をもつれさせながらとにかく走った。あんな物が生命の終わりを演じるなど烏滸がましい。死ぬというならもっと綺麗に死を模倣すべきだろう。彼女のように。

 

 

◇◇◇

 

 

 脳内麻薬が切れ、痛みを更に増す腹の傷を抱えながら、指定されたゴミ箱の前まで来た。血痕はきっと雨で洗い流されたはずだ。体に巻きつけたファイルを取るために上着を脱ごうとするが、ナイフが丁度ファスナーを貫通して刺さっており、上手く脱げなくなっていた。

 

「あーあ……」

 

 投げナイフを上から突き刺し、テープを切断する。このパーカーもどうせ、もう使う事は出来ないだろう。これを除けばあと一着しか無いというのに。

 大した音も立てず落下したファイル四つ。無作為に選んだ他三つはともかく、重要な無人機のナントカを真っ先にゴミ箱にシュート。後で業者を装って回収するらしい。ついでに他三つも入れておこうか。どうせ私は使わない、使えない情報だ。血に濡れたテープもろくに剥がさず適当に放り込んだ。これで仕事は完了。

 

「……さて」

 

 適当に噛むものをゴミ箱から見繕う。木片を見つけたのでこれにする。雨除けのある場所に移動し、サチコの勧めでバックパックに入れておいた止血シートも取り出しておく。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 上着を無理矢理裂いて傷口がしっかり見えるようにした後、ナイフに手を添え、ぐっと握りしめる。深呼吸。四秒吸って、四秒止めて、息を吐く。また四秒吸って四秒止める。そして私は、まるでそれが御伽話の聖剣かのように、勢いよく自分の腹という台座からナイフを引き抜いた。

 

「グゥゥゥ………!!」

 

 舌を噛まないように噛んでおいた木片がバキバキと音を立てる。溢れた血が濡れた地面に赤色を足していく。少々眩暈がするが、構わず患部にシートを貼り付ける。しばらく押さえておかなければ。

 

〈大丈夫?〉

 

 サチコの声が聞こえる。無線自体は繋ぎっぱなしだからさっきの苦悶の声も届いたのだろう。明らかに声に動揺が出ていた。

 

〈大丈夫とは言えない〉

 

〈救急車をそこに呼ぶよ〉

 

〈待って、面倒な事になるかも〉

 

〈そんな状態でいる事の方が面倒でしょ〉

 

 正論ではある。だが仕事の事を説明する訳にはいかないし、何よりこんな怪我を負うのは普通あり得ない事だ。人間にナイフは刺さらないはずだから。

 

〈とにかく待って、止血はしてるから〉

 

〈それだけじゃダメでしょ、とにかく呼ぶから〉

 

 と、違和感。シートの下で何かが急速に固まるような感覚。

 

〈待って〉

 

〈今度は何?〉

 

〈このシートどんなんだっけ〉

 

〈え、確かジェルで傷口を保護するヤツだと思うけど〉

 

 このキヴォトスで止血材が必要になるシチュエーションはほぼ皆無だ。故にこの感覚が止血シートによるものなのかが私には分からない。だがどうも違うらしい。

 おそるおそるシートをめくる。にちゃ、と少し不愉快な音を立てて剥がれ、ようやく見えた肌に。

 

「傷が、無い……」

 

 綺麗さっぱり、怪我は無かった。

理解できずにシートを完全に剥がして確認する。やはり無い。おかしい。痛みもすっかり消えている。つまりこれは、治癒したという事だ。この短時間、二分とかからずに。

 

〈サチコ、治った〉

 

〈はぁ!?さっき引き抜いたばっかで治る訳ないでしょ!?〉

 

〈そう言われても治ったものは治った、救急車は呼ばなくていいよ〉

 

〈いやおかしいでしょ……〉

 

 無線の向こうでぶつぶつと何かを呟くサチコだが、答えが見つかるとは思えない。ダメになったパーカーを肩にかけながら、私は帰路についた。

 

 

◇◇◇

 

 

 雨はすっかり上がり、雲も何処かへ流れていって、綺麗な月と星空が私と街を照らしている……と言いたいところだが、街灯やら建物の照明やらで星はくすんで見える。大きな道路が見える場所まで来たところで鼻がむずむずとした。

 

「へくしっ!」

 

 鼻を擦る。肩紐付きのチューブトップだけでは少々、いやかなりキツい。そこまで寒い時期ではないが、雨と失血で体温を持って行かれたらしかった。パーカーはズタズタで役には立たないし、どうしたものかと悩む。

 視界の端に光とエンジン音。車だ、まだ気が張っていた私は思わずそちらに振り向いた。普通のバンだ。何の変哲もない、だが見覚えがある気がする。目の前で停車したその中身は遮光ガラスのせいでよく分からないが、この改造には心当たりがある。窓が下りていく。

 

「救急車でーす、乗ってく?」

 

 サチコだ。

 

「ずいぶんチャチな救急車」

 

「そう言いなさんな」

 

 

◇◇◇

 

 

「はい」

 

 サチコにドリンクと錠剤を投げ渡される。

 

「これは?」

 

「増血剤、傷は治ってるみたいだけど念の為ね」

 

 粒を噛み砕いて流し込む。明らかに推奨される飲み方ではないだろうが、責める人間はここには居ない。彼女は責めるだろうか。

 

「上着は?」

 

「あるけど」

 

「貰っていい?」

 

「何?そんなに欲求不満?」

 

 わざとらしく口角を上げて挑発するように言う。

 

「いやぁ、血塗れの上着じゃ無理かな」

 

「直接が良いの?」

 

「遠慮しとく」

 

 とふざけていると、突然サチコが真面目な顔になった。冷めるのが早い。

 

「そんな事より、あの無人機の破片みたいなの付いてるでしょ?」

 

 言われて確認してみれば、肘の部分と腹の部分にベッタリと黒い液体と肉片がこびりついていた。これはアレと同じように溶けなかったのだろうか。

 

「コレがどうしたの?」

 

「調べたい事があって」

 

「任せる」

 

 スマホを取り出して依頼主が用意したアドレスにメッセージを送信する。依頼の完遂を告げるものだ。無論他の書類についても書いておく。処分してもらおう。

 

「報酬は後日振り込むってさ」

 

「んー」

 

 車に揺られているとどうにも睡魔が襲ってくる。

 

「事務所に着いたら起こして」

 

「いや病院行こうよ……ってもう寝てるし」

 

 疲れはそこまで感じなかったが、眠気に抗う事は難しかった。ごめんサチコ。心の中で謝りながら私は瞼が落ちていくのに任せた。

 

 






ハンプティ・ダンプティ塀の上
ハンプティ・ダンプティ落っこちた
王様の家来や馬をみんな集めたら
ハンプティ・ダンプティ元に戻った

熱が出てるのでもしかするとしばらく投稿出来ないやも……
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