side鬼舞辻無惨
それは突然の事だった。
偶然、私がいる場所の近くにいた鬼が死んだ。別に、鬼だろうと私以外の生き物が死ぬのはどうでもいいのだが、気になるのはその死に方。その鬼の力が爆発的に膨れ上がり、それに耐えきれず死んだ。まるで、数百、数千の人間を同時に口に押し込んだような、不自然な死に方だった。
私の知る限り、今までそのような死に方をした鬼はいない。太陽でもなく、日輪刀でもなく、あの藤の花の毒でもない。過剰成長によって、アレは息絶えた。
特にその鬼を意識していたわけでもない為、視覚の共有もしておらず、思考も聞き流す程度にしか聞いていなかったが、死ぬ前の思考には『稀血』という言葉があった。その稀血が死に関与している筈だ。恐らくはその稀血がアレを殺したのだろう。野放しにしておく訳にはいかない。私自らアレの細胞から記憶を読み取る為に、その館へ向かった。
館に着くと、すぐに鼻に匂いが広がった。稀血の匂いだが、通常とは違う。濃く、そしてひたすらに甘い。惹きつけられる匂いだ。他の稀血と違い、酒のような効果もなさそうだ。これだけの濃い匂いなのに、その素振りすらない。
匂いを頼りに館を進む。入り組んだ構造の館の廊下には、食べ捨てられたゴミが散乱している。まったく、この私が他人の食べカスで汚れるとは腹立たしい。
靴を血で濡らしながら、ようやく目当ての部屋に着いた。匂いの元はアレが死んだのと同じ部屋だった。どうやら例の稀血はアレを殺してから動いていないらしい。余計な手間が省けた。
『ガチャ』
扉を開ける。その部屋には、赤く変色した上にボロボロに崩れた例の鬼の死体と数人の人間の死体、そして血まみれの女がいた。背丈は女にしては高く、滑らかな黒髪は腰まで伸びている。顔立ちは堕姫といい勝負をしそうなくらいには整っており、特徴的な淡い青の瞳が私をじっと見ていた。
「お前が、アレを殺した稀血だな?」
「は、はい。」
女は即座に返事をした。余計な時間を取らなくて済みそうだ。
女に近づく。腕に深い傷があり、そこから溢れ出る血の芳醇な香りが私の鼻に届く。どこか落ち着くような、ある種の快楽を伴う香りだ。人間でいうお香のような効果がある。そしてやはり、通常の稀血のように酩酊する事もなさそうだった。
「なるほど、確かに通常の稀血とは違うらしい。―――血を寄越せ。」
「はい。どうぞお飲みください。」
「ふむ。」
女に血を命じれば、すぐさま返事をし、血の滴る自らの左腕を差し出した。騒がしくする事もなく、出血で倒れそうなのを必死に堪え、命じた事をすぐに行動に移す目の前の女。私が血を与えたのにも関わらず一切役に立たない下弦の鬼達にも見習わせたい。こんな小娘でも命じた事を遂行する程度はできるのに、何故鬼狩りなどというたかだか人間の集団に遅れを取るのか。
湧いてきた苛立ちを紛らわす為、さっさと差し出された血を啜る。
「これは…!」
瞬間、甘い香りが口の中に広がった。今まで口にしたどの血肉とも違う、甘い味。甘ったるくはない、あっさりとした味わいなのにも関わらず、喉を通過した後もほんのりと後味と風味を舌に残す。私の体内の脳が全て呆けてしまう程の美味。それだけではなく、未だかつてない程の力の上昇、そして腹の満たされる感覚を感じる。もう随分と長いこと成長というものを感じなかった私が、定期的に何十もの人間を喰らわねば満たされるどころか生きることさえ出来ない私が、たったこの程度の血で。
―――欲しい。コレが欲しい。永遠に、そう永遠に。
この私が生まれ落ちて初めて、自らの永遠以外のものを強く欲した瞬間だった。
「――鳴女。」
探知探査能力と血鬼術の便利さから側近としての役割を与えている鬼、鳴女を呼ぶ。
鳴女は私の意図を正しく理解し、私と稀血の女を【無限城】に移動させた。
とりあえず、出血多量で無限城に着いた途端に気絶した稀血の女を治療する為、状態を確認する。
ふむ…………目立った外傷は左腕の切り傷のみ。大量の傷跡があるが、どれも軽微なものか。出血量は―――もう面倒だ、鬼にしてしまうか。いや、稀血の効果が無くなっては意味がない。どうするか……そも、何故私が小娘一匹の為にこのように思考を割かねばならぬのだ。面倒臭い。
「………血を取って実験してからにするか。」
この稀血が、私の血と混ざっても効力が変わらないのなら、鬼にしても問題はない。むしろ、色々とやりやすくなる。
私は女の左腕から未だ流れる血液を採取し、軽く応急処置を行った後、実験用具のある自室に向かった。
◆◇◆◇◆
side『私』
目が覚めた。目の前には、先程と同じ不思議空間が広がっている。どうやら出血多量で気絶していたらしい。
先程の鬼がしてくれたのか、左腕には応急処置が施されており、圧迫により出血も止まっていた。……圧迫し過ぎでちょっと痛いけど。これなら、傷跡は残るかも知れないが、死ぬことはないだろう。
それにしても、ここは何処だろうか。鬼などという不可思議な存在がいるのだから、こんな場所があってもそこまで驚かない――いや十分驚くわこれは。どこまで続いてるんだろう?しかも私の記憶が確かなら館から一瞬でここに移動したのだ。本当に意味が分からない。
「お目覚めでございましょうか?」
後ろで声。見ると、前髪で目の隠れた女の人が座っていた。手には琵琶を持っている。一見普通の人間だが、気配的にこの人も鬼だ。しかも、先程の鬼程ではないが、館に最初に来た鬼よりも匂いが濃い。
「はい。……あのぉ、ここはいったいどこなのでしょうか?」
女の鬼は答えない。ただじっとこちらを見て座っている。どうやら私とは会話する気はない、もしくは会話が元々苦手な人なのだろう。それならば、無理に話す事もあるまい。館に居た頃も、一部の人を除いて私と話をする人なんて居なかったのだ。
ただ―――気まずい。とても気まずい。私とその女の鬼しか居ない中、ずっと視線だけを感じる。こういう時、どうしたらいいのだろう?この状態、いつまで続くのだろう?
◇◆◇◆◇
それからしばらくして、
『ベん』
女の鬼が琵琶を鳴らしたかと思えば、いきなり目の前にあの白い肌の鬼が現れた。
「女、名は?」
その鬼は、いきなり名を聞いてきた。
「ございません。両親につけて貰えませんでした。」
すぐに答える。だが、目の前の鬼から苛立ちの匂いがし始めた。どうやら気に触ったらしい。
「申し訳ございません。お好きなようにお呼びください。」
これ以上気を悪くしない内に謝る。すると、少しだが怒りの匂いが薄まった。
「そうか。私は鬼舞辻無惨、そこにいるのが鳴女だ。覚えておけ。」
その鬼――無惨様がそう名乗ったかと思うと、首元に鋭い痛みが走った。見ると、無惨様の腕から伸びてきたナニカが、私の首元に刺さっている。そして、首に液体のようなものが流れ込んできた。
「がはっ」
それは、どんどん身体に入ってくる。ソレに伴って激しい痛みが身体を襲った。
「やはり変質が遅いな。既に常人では細胞が壊死する程の量を注いでいる筈だが、まだ死なずに鬼にも成らんとは。ますます興味深い。」
無惨様が何か言っているが聞き取れない。痛みはどんどん激しさを増し、身体中が燃えているようで思わず悲鳴をあげる。だが、無惨様は液体の注入を止めず、痛みが終わることはなかった。
◆◇◆◇◆
どれほど経っただろうか。不意に、身体の痛みが消えた。無惨様の腕から生えた触手が私の首から離れる。
「――心が、読めない…?」
無惨様が目を見開き、固まっている。
「ど、どうかなさいましたか、無惨様?」
「―――呪いも効いていない?いったいどうなっている…!」
無惨様が慌てている。どうしたというのだろう?私が何かしてしまったのだろうか?無惨様の匂いには、驚愕、そして少しの恐怖が混ざっている。
「わ、私何か粗相をしてしまったのでしょうか?」
「……いや、お前に問題はない。身体はどうだ?」
私が声をかけると、落ち着いたのか私に身体の調子を尋ねてきた。
身体の調子といっても別にどこも悪くは……え!?傷が治ってる!!それに、いつもの何倍も力が漲ってくるような…!!
「先程の傷が治っております。それに、身体がいつもの何倍も軽いです。」
「ふむ。しっかりと鬼になってはいるようだな。だが、私の支配下から離れているし、飢餓状態にも陥らなずに理性を保っている、か。本当にどうなっている…?」
話を聞くに、どうやら私は鬼となったようだ。しかし、鬼として何かがおかしいらしい。まあ私は人間としてもおかしかったようだし、鬼としておかしくても不思議ではないか。そんな事を考えている隙に無惨様が思考から戻る。そして、口を開いた。
「……まあ、いい。お前…そうか、名が無いんだったな。―――お前は今日から
魅夜。ソレが私の、名前。……不思議な気分だ。生まれて今まで感じたことのない感覚。胸がポカポカして、自然と頰が緩んだ。
「ありがとう、ございます。私、今より魅夜を名乗らせていただきます。」
本心からの感謝を口にする。
「では、無惨様。私はこれから何をすればいいのでしょうか?鬼にしていただき、名をつけていただいた恩は、必ずお返し致します。」
「ふん、そうか。ならば、お前はこれからここで暮らし、私に血を差し出せ。私が必要だと思えば、即座に私に血肉を捧げるのだ。」
「分かりました。それだけでよろしいのでしょうか?」
「私の命令全てに従えばいい。私の言は絶対だ。」
「分かりました。」
それならば何も問題は無い。今までと何も変わらない。決して不快に思われぬように。決して役立たずにならぬように。
「お前、血鬼術は使えるか?」
無惨様がお尋ねになる。血鬼術か……。それらしい感覚があるにはあるが、コレが本当に血鬼術なのかは分からない。だが、伝えないのは無礼だろう。
「なんとなく使い方は分かります。その効果も。恐らくは、私の血が染み付いた物質を支配し、その性質を把握し、自在に操る事ができる能力で御座います。他にできる事で確認できる範囲では、私の身体をヒトの可動域を超えて動かす事が出来そうです。血が抜けていなければ、恐らく切り落とされたとしても自由に動かせるでしょう。」
「なるほど。中々使えそうだな。」
聞くと、血鬼術にも使える物と使えない物があるらしく、私の血鬼術は応用の幅が広いいい術だと言われた。この不思議空間も鳴女様の血鬼術らしい。へえ~、血鬼術って本当になんでも有りなんだなぁ。
「明日から血とお前の肉体を調べる。そのつもりでいろ。腹が減ったら鳴女を呼べ。」
そして無惨様は言うべき事は言ったと、鳴女様をお呼びになって何処かへ行ってしまった。
その後すぐに私は、今までの驚きの連続で精神的に疲れが溜まっていたのか、すぐに瞼が重くなり再びその場で意識を失ったのだった。
無惨様のコレジャナイ感がすごい。
けど展開の為、仕方がない、仕方がないんだ…!
一無惨様ファンとしては納得いかないけど仕方がないんだ…!