翌日。
この日は、私の血や肉体の調査を行った。私の身体を無惨様がお食べになったり、無惨様がお連れになった六つ目の鬼――黒死牟様がお食べになったり。また、私の血を入れ物に入れて色々な液体を混ぜたり、私の身体能力を調べたり、私の血鬼術を色々試してみたり。
結果、分かった事は、
・一つ 私の血肉には、通常の稀血の何十倍もの効能がある他、私の血肉を食べれば暫く人肉を食わなくてもよくなること。また、私の血肉はかなり美味しいこと。その味は、人間の頃、食うに困らない侍だった黒死牟様をして、今まで食べた事が無いと舌を巻く程である。無惨様も大層気に入られているようだ。よかった。
・一つ 私は鬼としての身体能力と寿命と再生能力、血鬼術を手に入れはしたものの、それ以外は人間のそれだということ。つまり、鬼と人間のいいとこ取りだ。人間の食事で飢えを凌げる。まさかと思って私の腕を切り落とし、実験した所、太陽に焼かれても、藤の花の毒を注入しても、切り落とされた私の腕は崩壊しなかった。何度も実験を重ねた後、私も太陽の元に出てみたがなんともなかった。
――それを見た無惨様は目の色を変えて、私の肉体に自分の触手を突き刺されたけど、何故か私は吸収することが出来ないようで、酷く落ち込まれていた。怒りで私の身体を何度も何度も引き裂き、食いちぎりなさったけれど、私が死ぬことも、無惨様が太陽を克服することもなかった。私としても、無惨様のお役にたてないのは残念でならない。
何度もお役に立てない事、死んで詫びる事ができない事を謝った所、落ち着かれた無惨様は私をお許しになった。匂いでも私に対して嫌悪を示してはいなかったので、心底ほっとした。
・一つ 私の血鬼術は私の血肉を自在に操る能力と、生物にも無生物にも有効な、条件が揃えば問答無用で私の意のままに操る能力の2つだったこと。2つ目の能力の条件は、無生物の場合は私の血が染み込む事で、生物の場合は私の血を体内に接種する事だ。無惨様はその血の影響で私の血鬼術の効果を受けなかったが、黒死牟様は私の血鬼術の効果で、私が命令すれば黒死牟様の意思と関係なく私の命令に従うようになっていた。その上、副次効果的なもので生物に私の血が少しでも付けばその生物の能力と記憶を全て把握することができるようだ。
――これにより、黒死牟様の記憶を知った。随分と弟君に執着しているようだ。根本的な問題については私には正直どうすることもできないが、せめて黒死牟様に全集中の呼吸と剣術を教えてもらおうと思う。技を継承するという黒死牟様の隠れた願いの成就に繋がる筈だ。
そんなわけで、一日で私の肉体の性能がほぼ丸裸になった。残念ながら無惨様の太陽の克服に関するものはなかったが、それ以外の面でかなりお役に立てそうだった。特に、私は太陽の元で活動できる唯一の鬼であり、気配も人間のものらしいので、私にしかできない青い彼岸花の聞き込み調査や昼間の青い彼岸花捜索などを任せるかもしれないということだ。
だが、私はまだ謎の多い存在なので、しばらくはここで無惨様の研究をお手伝いする生活を送るようにと言われた。黒死牟様から全集中の呼吸と剣術を教えてもらう時間もとれるし、丁度いい。明日から頑張ろう。
◇◆◇◆◇
あれから数日が経った。
無惨様による私の身体の研究については、初日以上の成果は得られておらず、無惨様が私のように変化するのは難しいようだ。無惨様からは怒りと悲しみの匂いを感じたが、初日のように私に発散させるようなことはなく、なんだか大切にされているようで嬉しかった。
また、私の血を飲み続けている無惨様と黒死牟様は、今まで以上にパワーアップを果たしている。私の血は、飲み続ければ数日で数年分強くなれるらしい。武士である黒死牟様は強くなれることをたいへん喜んでいた。
そして大きな出来事として、私は下弦の壱となった。【入れ替わりの血戦】で下弦の壱を下した結果だ。目に文字が刻まれるというのはなんとも変な感覚だった。
その褒美として、黒死牟様に稽古をつけていただくようになった。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
「呼吸を…乱すな…」
「申し訳、ありません」
黒死牟様との鍛錬は、厳しいが確実に成長する事ができる。鬼となり、無尽蔵な体力を手に入れた今、無惨様に呼び出しを受けた時以外はずっと鍛錬をしている。私には剣と呼吸の才能があるそうで、もう既に【全集中の呼吸】は身につける事ができた。しかし、常に全集中の呼吸をすると肺に負荷がかかり、呼吸が逆に乱れてしまう。最近は肺を鍛えるため、全集中の呼吸をずっと使いながら、黒死牟様と斬りあっている。
「【月の呼吸 壱の型
「…ほう。」
教えられた月の呼吸の技。黒死牟様のように広範囲に斬撃を飛ばす事はできないが、この数日でなんとか使えるようになった技だ。
「この数日で…呼吸だけでなく型を…しかもこの精度で……。――まさしく鬼才…
何かを呟き、簡単に受け止める黒死牟様。まだまだ未熟とはいえ、少し自信を無くしてしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
「…む。」
黒死牟様が剣を収める。
「今日は…ここまでだ…」
「……ふぅ、承知しました。」
どうやら、無惨様が黒死牟様に終了を命令したようだ。だんだん、呼ばれる間隔が短くなってる気がする。血をお飲みになるわけでもなく、ただ私を傍に置くだけで何もしない。無惨様が何をお考えなのかは分からない。
ただ、私が無惨様の傍に控えると、それまであった苛立ちの匂いが消えるので、私の血の香りには苛立ちを抑える効果があるのかもしれない。
琵琶の音が鳴り響き、無惨様の待つ部屋へと送られた。
「無惨様。魅夜、参りました。」
「…傍に来い。」
「はい。」
何やら座ったまま何やら液体の入った入れ物を見比べている無惨様の斜め後ろに正座する。
やはり、先程まであった苛立ちの匂いが消えた。――無惨様は、いつも負の感情を抱いておられる。まさか……
「…発言、よろしいでしょうか?」
「何だ?」
「無惨様は、休息を取っておられますか?私が見ている限り、取られておられないように思われますが……」
すると、無惨様は心底不思議そうな顔をして言った。
「何を言っている?鬼にそんなものは不要だ。」
「……配下の身で分をわきまえない発言をお許し下さい。無惨様は休みをとられるべきです。」
「いきなり何を言い出すかと思えば。そんなものが必要なのは下等な人間のみだ。私に疲労などあり得ない。」
「確かに肉体の疲労はないのかもしれません。しかし、精神的な疲労は、鬼といえど存在するかと思われます。心労を無視していては、無惨様といえどいつの日かソレが足枷となる可能性もあります。そうでなくとも、心労で日頃から感情の制御が疎かになりやすくなる危険性もあります。感情が暴走し、御身に万が一の事があっては私は悔やんでも悔やみきれません。」
自らの精神を顧みず生きる為にただただ生きる。私の命の恩人に、そんな余裕のない、悲しい生涯を送ってほしくはない。
例え永遠を手に入れても、それでは虚しいだけだ。
「どうか、お願いいたします。」
手を添え、頭を下げる。私ごときが無惨様を心配し、意見するなど不敬かもしれない。愛想が尽きたと捨てられるかもしれない。それでも、私は全霊をもって恩人に報いたい。
「……良いだろう。」
無惨様がこちらを見下ろした。
「ならば私の休息の時には、お前が側にひかえろ、魅夜。」
「承知いたしました。」
理由は問わない。これ以上の不敬は行わない。私は、ただ無惨様の望むままに在ればよいのだ。