【世界史】〜もしも東側諸国が世界の覇権を握っていたら〜 作:Kaki1024
敗戦国の処遇は第一次世界大戦の戦後処理に対する反省に基づいた判断となった。第一次世界大戦の戦後処理では、敗戦国ドイツの軍備解体が不徹底であったため、ドイツは再度第二次世界大戦という世界大戦を引き起こすことができた。しかし第二次世界大戦の戦後処理では敗戦国の軍備は徹底して解体され、やや日本やドイツ、イタリアなどの敗戦国が他国に対して再度侵略行為を行うことは2022年現在では不可能となった。
一方で、敗戦国への戦争賠償の要求よりも経済の再建が重視された。日本ではGHQによる政治経済体制の再構築が行われ、ドイツやイタリアなどの西ヨーロッパではマーシャル・プランが実施された。戦後、日本、ドイツ、イタリアの敗戦国は経済的には戦前以上に繁栄したが、この3か国は戦後75年以上が経っても軍事力においては限られた影響力しか持たない状態が続いている。
ドイツ東部を含む東ヨーロッパおよび外蒙古や満洲国、朝鮮半島北部や樺太などにはソ連軍が進駐した。ソ連は東ヨーロッパの戦前の政治指導者を粛清・追放し、代わって親ソ連の共産主義政権を樹立させた。
イギリスでは内戦が起き、1949年には英国民主党が国共内戦に勝利し、1950年代前半の世界はアメリカ・西ヨーロッパ・南アメリカを中心とする資本主義陣営と、ソビエト・東ヨーロッパ・イギリス・日本を中心とする共産主義陣営とに再編された。この政治体制はヤルタ会談から名前を取ってヤルタ体制とも呼ばれる。そしてその後も2つの陣営は1990年代に至るまで冷戦と呼ばれる対立を続けた。
ドイツはアメリカとソ連に二分割され、東にソ連主導のドイツ民主共和国、西にアメリカ主導のドイツ連邦共和国が建設された。
冷戦ではソ連が核兵器量産を急いだ。アメリカも1947年に核実験が成功したためソ連側としては一刻の猶予もない状態であった。
1948年には戦争で中止したモスクワ五輪を開催、同年秋には米ソの対立が激しくなったため朝鮮半島の北側にソ連、金日成率いる朝鮮民主主義人民共和国、南側にアメリカ、李承晩率いる大韓民国が設立された。
1949年、イギリスでは国民党が内戦で勝利し、共産党は北アイルランドに逃亡。イギリス民国として国家を建設するが、今も国際連合からは国家として認められていない。
建国当初の韓国はアメリカをはじめとする西側諸国によって経済が発展していたため、1950年6月に韓国が北朝鮮への砲撃を開始。北緯38度線を越境し、韓国軍は数日のうちに平壌を占領。
ここからソ連とアメリカの"冷戦"が大きくヒートアップしていくのである...