「これで負けたら言い訳できないよ?」
「全力を尽くしますとも。」
2018年 10月31日
東京メトロ渋谷駅B5F副都心線ホーム線路内で最強の術師は啖呵をきった。未告知の帳と五条悟の名前を呼ぶ一般人達の声が渋谷事変の始まりを告げた。二体の特級呪霊は戦意を滾らせ、油断なく視線を向けている。完全武装の黒装束に青いラインの入った仮面の男は五条の言葉に手を広げて答えた。背負った装備から管が体へと伸び、腰から伸びる尻尾の武装をくねらせながらあるタイミングを待っている。
「!」
ホームと線路を隔てていたゲートの開放。それと同時になだれ込む人の群れは周りを囲い込む。そして──
『
仮面の縦ラインから飛び出た光は拡散し、壁や天井に反射して五条の頭部へと集約する。無下限によって空中に縫いとめられた光をかき消した五条に二体の呪霊が迫る。
叩きつける拳に領域を纏いながら呪霊は術式の中和を試みた。
「領域 展延」
不可侵の無下限をゴリゴリと音を立てて削る二つの拳。それは五条の体に到達することなく空を切った。
「ふう──っと」
上空へ逃げた最強を捉えるべく黒い触手の網が広がり──
「閉じろ」
一瞬ではじき飛ばされた黒い網。東雲は残念そうに武装を解除した。
無下限を突破する展延と人間を盾にした精神への削り。確かな手応えを感じた漏瑚は人間の首をもぎ取りながら挑発をする。
「言い訳は考えたか?」
「…正直驚いたな この程度で勝てると思うお前らの脳みそには。」
「罵倒もユニークですね。」
東雲はピリついた空気も意に介さずに答える。目隠しを外した五条はホームゲートから降りながら宣言した。
「そこの仮面 東雲だろ。クズ外道が。まずは──お前から
「おやおや」
殺到する光の束。
東雲の仮面から放たれた光線を術式で受け止めながら最強が迫る。
「五条悟!!」
周囲の人影から飛び出した漏瑚が展延で無下限突破を試みる。返す拳を受けながら人混みに紛れて身を隠す。
──ヒットアンドアウェイで五条悟の余裕を削る!展延によって中和を続ければやつは疲弊するはずだ!──
五条の蹴りを受け止めた東雲の腕甲がひしゃげる。感嘆の声をあげながら東雲は肘の機構を五条へ向けた。
『
強烈な熱を発しながら光の刃が無下限の術式範囲に切り込んでいく。それは触れた物質を解くように消し飛ばす光である。
「!!」
術式消失の手応えを感じた五条は回避を選択した。退いた先には花御の展延による攻撃が待っている。
「おやおや つれないですね」
「どうやら無策じゃないみたいだな」
独特な音とともに背部から箱が排出された。それは上面の穴から赤い液を零しながらトポトポと水音をあげている。
五条はその呪物の正体に気づいた。人が
「おや マナが終わってしまいました。」
「……あと何発撃つ気だ?」
展延を使う呪霊達を術式で弾く。東雲が打ち付ける尻尾を止めながら、五条は武装を壊していく。
──ろくでもない呪物を背負ってきたらしい。それに無下限も対策済み。まずは外道を──
触手網は周囲の人を巻き込みながら五条に向かう。パージした網と人間を盾に東雲は肘の機構をもう一度解放する。そして──
「──出力勝負だ」「迷わず特攻 男の子ですね」
ぶつかり合う無下限と枢機へ還す光。それはジリジリと音を立てて周囲を焦がす。その出力の天秤は徐々に傾き、肘の機構は限界を迎えた。
「おやおやおやお──」
機構が弾けた後にはどろりと溶けた装備と右腕。その隙を逃さず膝を胴体にめり込ませて──仮面が拳に貫かれた。
「次」
返り血を浴びることなく最強は振り返った。
線路内に突如侵入する列車。車内には改造人間がひしめき合っている。ドアが開いた途端に、怪物達は人々に襲いかかった。
「…何考えてやがる。」
領域を展開させずに、五条悟の精神を疲弊させるためだ。さらに改造を手がけた呪霊である真人も参戦し、混乱する五条に向け打撃を構えた。
「ははっほんとに当たんない!」
東雲は頭を潰され、花御は死んだ。残るメンバーと改造人間の動きを止めるため、最強の術師は賭けに出る。
『領域展開』
0.2秒という一瞬の展開による術式効果はホーム周辺全員の動きを止めた。五条は改造人間に狙いを定め、鏖殺を開始する。最後の一体を倒すまでに要した時間299秒。息を切らした五条悟の目の前に置かれた呪物は──
「獄門疆 開門」
「彼の封印には成功したようですね」
線路から歩いてくる白装束達。それを率いてくる仮面の男に真人は悪態をつく。
「なんだ まだいたのか。役に立ったの?お前。」
「ええ。もちろん。あなたの働きも素晴らしかったですよ。」
五条悟の封印に成功した彼らはそれぞれの目的のために動くようだった。虎杖の殺害。宿儺の復活。獄門疆の見張り、そして──
「ナナコを迎えに行きましょう。ともに夜明けを見届けられそうです。」
首都高速3号渋谷線渋谷料金所には家入と夜蛾、菜々子が待機し負傷者を対応していた。
「煙草。やめたんじゃなかったんですか?」
煙草の煙を見上げながら、菜々子は声を掛けた。伊地知、猪野の手当を終えた二人は夜蛾学長による警護の中夜景を眺めている。
「少し昔を思い出してね。それより君は大丈夫か。ここに来てるはずだよ。
呪詛師呪霊が起こした大きな事件。今回の件にも東雲が絡んでいることは予想されていた。
「……分かりません。でも、もう誰も苦しんでほしくないから。だから来たのかもしれません。明華も今日は楽しむって言ってたのに…。」
制服の端を握りながら答える菜々子。顔を俯かせて表情は伺えないが、それでもここに来たのだった。今は自分の仕事をするしかない。それしか──
「おーい!!菜々子ぉー!いるかー!」
「!!」
明華の声だった。菜々子を呼んでいる。救護テントから出た菜々子は周囲を見渡す。そして見えたのは明華の姿。それと──白装束の仮面。
「─ひぅっ」
声が出ない。記憶の中で東雲の周りにいた白装束。特徴的な仮面の紋様。あれは間違いなく祈手。それは死装束だ。戦闘用の人員は専ら荒事にしか出てこない筈。明華はその仮面を呪詛師として認識していない。それどころか
──菜々子をよく知っているパパ。しめの。よあけのはな。よあけ──
「うぅぇ」「菜々子!?」
菜々子は嘔吐いた。思考は可能性にたどり着いたのに、心はそれを拒絶していた。東雲。仮面をつけたアレが、明華のパパが、美々子を…子供たちを…。
「パパが来て欲しいってー!探してるよー!一緒に行こ──
「ご同伴願います どうぞこちらへ」
──四手の白装束が菜々子を連れ去る。