「ありがと明華。伏黒も大丈夫そう。…でもあなたのパパは…」
「大丈夫。菜々子が行きたくないんなら、あたしから言いつける!パパはあたしに弱いんだ!」
伏黒とともに避難した菜々子は、助けてくれた明華に感謝の言葉と不安な思いを伝える。悲惨な実験。その犠牲になった子供たちと明華の笑顔が重なった。呪詛師としての顔と明華が語るパパとしての顔。二つが両立する精神の異常性を感じた菜々子は友達を諭す。
「そっか。……東雲はこの惨事の一端を担ってる。アイツにはもう関わっちゃダメだよ。」
「…パパはあたしのこと分かってくれてる。あたしはパパの特別だからね。」
「……でも!」
「友達がたくさん傷ついて、人が死んでる。パパがそんな酷いことした。だから理由を聞かないと。」
「……明華…ダメだよ。五条先生が封印されちゃったんだよ。最悪の事態なの。それを
大好きな父への信頼と友達を傷つけた事件への関与。両者によって揺れ動く明華の感情を菜々子は何とか説得しなければならない。
しかし菜々子の激情も明華には届かない。美々子のことも何もかも知らないのか、それとも知っていて尚パパのことを想っているのか。両者には深い体験の溝があった。
「パパは…パパにはきっと何か理由があるんだ。あたしを高専に連れて行ってくれたのも、今日渋谷に誘ったのも、きっとあたしにしか出来ないことのためなんだ。だからあたしがパパを助けないと、あたしがパパを止めないといけない。」
明華は体を震わせながらも覚悟を決めたようだった。
菜々子はここで負傷者を待つしかなかった。だが明華には戦う力があり、パパとの絆があった。菜々子はこれ以上の説得を諦め、涙ながらに答えた。
「…わ゛がった。自分で決めたんなら、もう言えないよ。どうか無事で。絶対帰ってきてね!!絶対だよ!!」
明華に抱きつき力強く抱擁したあと、菜々子は腕を解いた。
東雲を探しに行くため、明華は菜々子に別れを告げた。
また遊びに行く約束とともに。
──パパ…大好きなパパ…!
あたしがずっと想っててあげるから もう置いていっちゃダメだよ パパにはあたしが… あたしがついてるよ もうどんなにつらいことも どんなに暗い夜も 一緒に超えていけるよ だからパパ… ──
「私が創るべきは 私の手から離れた混沌だったんだ。 既に術式の抽出は済ませてある。」
極の番の効果開示と裏梅との合流を済ませた夏油──加茂憲倫とも呼ばれた術師──は渋谷事変の仕上げにかかっていた。特級術師である九十九由基を筆頭に、京都高専の面々等が揃っているが、五条悟奪還にまでは及ばない。既に仕込みを済ませた夏油の肉体に宿る者は、持論を語りながら術式を発動する。
『無為転変』!!!
地面に触れた手のひらから発動した術式は、空中に印を残し、マーキング済の非術師達の体を作り替えた。呪物を取り込ませて受肉体として変わった者と、自前の術式を発動可能な肉体に変わった者の二種類だ。彼らは術師として覚醒し、自らの力を振るえるようになった。
「千人の虎杖悠仁が悪意を持って放たれたとでも思ってくれ。」
呪力への理解を深めるため、彼らによる殺し合いの始まりを告げた。既に呪物達の封印も解き、呪霊を全国へと放つため、呪霊操術による支配を手放そうとした時だった。
「──東雲は覗き見かな?彼も参加してくれるとありがたいが。」
──あの知りたがりがこの場にいない。既にフル装備の祈手が宿儺に敗れていることは知っている。戦闘用の体が残っていないのか?それか──
目の前の術師達を見渡す。京都校の学生は裏梅の術式で弱っている。虎杖悠仁は満身創痍だ。動ける九十九から退くのはそう難しくない。問題は無い。
突然飛び出した京都校の学生。東雲の娘。掌印を構えて──
「──は?」
『領域展開』『
奈落の底のような暗い領域が広がる。背景では黒い液体が滝のように流れ落ちている。突然の領域展開。東雲の仕込みと考えた加茂憲倫はすかさず領域の押し合いに踏み込んだ。
『領域展開』
──この領域には、この空間には術式が付与されていない。引きずりこもうとするこの黒い足場は──
「影法術!!これが虎の子か!!」
相手は空間に術式を付与していない。押し合いを省いてこちらが一方的に術式を使える。加茂憲倫は素早く術式効果を発動し、領域そのものに
影に入った重量は全て術師本人が負担しなければならない。領域内で強化された重力は一瞬で明華の体を支える骨を砕いた。
「詰めが甘いな東雲。もう少し骨のある娘を──」
領域の底から建築物が勢いよく飛び出した。
花開いたような形状の屋根。廟は呪力が込められ、既に術式を発動している。その呪物の名は
「……私自身が狙われるとはね。いつから考えてた?」
「あなたと出会った時です。死者の体に宿ることは私では不可能ですから。」
明華からは似つかわしくない口調。穏やかな眼差しと吐き気を催す好奇心がそこにはあった。娘に自らの精神を植え付け、完成した術式と呪物はその時をひたすら待っていたのだ。
「呪具の重量に私の術式。娘はもたないよ。」
「同期するのは初めてですが、最後に素晴らしい領域を見せてくれました。彼女の成長なくして この光景は見れなかったことでしょう。彼女とお友達に感謝しなければいけませんね。」
「……人でなしめ」「おやおや」
領域が崩壊する。
砕け散った結界外殻。見えたのは、押しつぶされたような女子の姿と無傷の加茂憲倫。
「不意打ちの領域も効果なしか。手強いね。」
九十九は標的に視線を向けた。話の途中だったが、まだチャンスはあるはずだ。最期に彼女が作ってくれた時間を活かしたいと、そう考えている。
しかし様子がおかしい。裏梅も訝しんでいる。計画を遂行するにはあと呪霊を解き放つだけだが──
「これが彼の──
「!!」
明らかに雰囲気が違う。今まで相対していた加茂憲倫の愉快的な表情は薄れ、穏やかなアルカイックスマイルを顔に貼り付けている。
「呪術全盛の時代 その夜明けを 共に見届けましょう」