「美々子を 殺してください。」
深く頭を下げる金色の髪の女子。夜蛾学長が連れてきたという
「美々子って──その子のこと?」
ひしゃげて潰れたような体。ぶよぶよとした質感の皮膚が伸びている。無垢に潤う眼は左目には嵌っていなかった。美々子、その成れ果てたもの。それを殺して欲しい──ということらしい。
菜々子は顔を上げて話し始める。その顔は真剣そのものだった。
「美々子の片目は、術式効果によって潰れました。そこだけは元に戻ってません。だから──」
「だから僕にってこと?そっかー…」
五条は目隠しを上げる。水色の美しい目が美々子の無垢な瞳と視線をぶつけた。
──六眼で見ると分かる異常性。美々子の体は異常な不死性を帯びている。反転術式とはまた別だね。治り方も違いそうだ。つまりは──
「傷ついたら痛むんだろう。治る速度が早いわけじゃない。
この呪いを解こうとしたんだろう。でも視ると分かってしまう。これはそういうものじゃない。お互いを思いやるその気持ちを応用した、吐き気を催す合理性の結果だ。
「私、反転術式使えます。他人にも。だから夜蛾学長に頼みこんで呪具や呪物に頼りました。仕事も斡旋してもらって、たくさん集めました。術師の方にもお願いして。でもダメでした。」
「美々子は
──学長は僕の術式を言わなかった。いや、言えなかったのか。治そうと、解放しようとするこの子の前では。でもここに連れてきた。じゃあ僕のすべきことは──
「美々子は君と一緒に、穏やかに過ごしててもいいんじゃないの?」
「…美々子は苦しみ続けます。私が居なくなったらずっと一人で。呪詛師に利用されても、呪霊に貪られても永遠に…。」
「……分かった。じゃあ高専に来なよ。まだ呪物の使用料の分は残ってるんでしょ?」
「はい。まだ治療の予定が──」
「治した後もさ。まだやることがあるよ。学生としてね。」
「うん。できてるよ。私よりも筋がいい。」
目の下に深い隈、右目に泣きぼくろを持った長髪の女性は、菜々子に向けてそう言った。高専で医療行為を行える場所はそこまで多くない。二人は実験室を訪れ、菜々子の反転術式の出力を試している。白衣を着た家入硝子はその手際の良さから様々な推測を立てた。
「…いっぱい練習しました。それに痛いままだと嫌でしょうから。」
──どうやら訳ありみたいだ。だいたい五条が連れてきた時も様子がおかしかった。傷つけるより治したいっていう動機はわかるが、これは数回傷を治したってレベルじゃない。つまり──
マウスをケージにしまいながら、硝子は思案を続ける。菜々子は実験用マウスを覗き込みながら、小さく手を振っている。
「…それでどうする?アウトプットできる人材は貴重だ。集めていた呪具の支払い分はすぐに終わるだろう。」
改めて硝子は問いかける。手を洗ってさっぱりしたところで、椅子に腰掛けた二人は会話を続けた。
「高専で学びます。呪いについて知らないといけないから。」
「呪いってのは好き好んで関わるもんじゃないけど、最初から触れてしまってる場合は、自衛が必要だ。知識はあって損はないし、そのための呪術高専だからね。」
「約束したので。五条先生と。」
五条との間でも何かあったらしい。この幼気な少女に対して既に興味が湧いてきた硝子はすかさず情報を送る。
「君も苦労するかもね。五条は強さしか褒めるとこないから。」
「あはは!そうなんですか?」
「そうなんだよ。じゃあまずは君のすべきことは…、義務教育からだね。」
菜々子はまだ幼かった。教育を受けさせる義務が発生するレベルで。
「……珍しい方が来たようです。」
黒い装束を纏った集団たちはその言葉に反応を示した。
「旦那…?」「?」
縦に一本ラインの入った仮面の男は続けて集団に指示を行う。
「子供たちを連れて避難を。彼は非術師を嫌います。」
「!」「承知!」
黒服達は統率の取れた動きを見せていく。さっきまで実験をこなしていたのか、妙に汚れている衣装を引っ張り慌ただしく動き出す。そして──
「やぁ東雲。ここは猿臭くて困るよ。」
「彼らもまた人間ですよ。可能性を秘めていますから。」
どうやら知己の関係のようだった。長い黒髪に、特徴的な前髪を垂らした男は、黒づくめの仮面を被った男と対峙する。最悪の呪詛師と呼ばれる夏油傑その人であった。東雲と言われた男の言葉に肩を竦めながらも、話を続ける。
「それで、首尾はどうだい?」
「ええ。貴方のおかげで素晴らしい結果が得られました。感謝します。非術師の成人と私の脳の違い。呪霊の脳の違いなど。呪いの認知機能ではやはり非術師とでは──」
「──うーん。ありがとう。何となくわかったよ。猿が役立ったようでよかった。」
夏油は話に興味がないようであった。
「本日はどういったご要件で?」
「──術師にも行っているだろう?未来ある彼らの肉体を切り刻んでいるな?」
「ええ。彼等は望んで私達の助けになってくれています。我々の未来そのものですよ。」
物々しい雰囲気だった。黒装束が続々と集まる。時々見える白装束はそのガタイの良さから威圧感を放つ。
夏油は呪力を滾らせる。
もとよりそのつもりだった。猿ならともかく、家族を理由なく殺すことは
「やはり猿と同類か…。人でなしめ。」
「心外ですね。
美々子と菜々子を間違えました。
修正してます。