Verloren Violet   作:烊々

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第四話 「真実」

 

「……最終通告、だそうだ」

 

 マジェコンヌが、イストワールに一枚の書類を手渡す。

 この日は友ではなく、評議会の監査官として訪れていた。

 

「評議会から、研究機関最高責任者としての君の権限を凍結する、という通達が出ている」

「ふむ」

「いずれバレると思ってはいたが、どうやらその時が来たようだ。そして……」

「「試験運用中の守護女神及び開発中の守護女神指揮命令権を評議会に無条件で譲渡せよ」」

「……と言っているのでしょう?」

 

 イストワールは、書類を見ることなく評議会からの要求を言い当てる。

 

「断れば、私は殺されてしまうのでしょうね」

「……そうなるな」

 

 イストワールは顔色ひとつ変えることはない。対してマジェコンヌはやるせない表情だった。

 側から見れば、どちらが裁く側か裁かれる側はわからないほどに、両者の表情は違えていた。

 

「ホワイトハートと、まだ眠っている二人の守護女神を連れて逃げろ。守護女神に天上の民を攻撃させたくなくても、それならばいいだろう?」

「逃げません」

「……っ、死にたいのか!」

「逃げる、というのは、私が後ろめたいことをしている証明になりますから」

「私は……! たとえ後ろめたいことになっても、君に生きていて欲しいのだ!」

「……そうですね。私も、そこまで私を想ってくれる友を残して死にたくはありません。ですが、私がここで保身のために逃げるような者なら、私とあなたは親友になることはなかったでしょう」

「そんなものは詭弁だ!」

「それに、後ろめたいことではありませんが、私が同族である天上の民を裏切っているのは事実です。ならば、罰せられるべきです」

 

 迷いも恐れもなく、イストワールは言い切った。

 

「何故そこまで君は崇高なのだ……!」

「……」

「そうだ……私はそんな君が好きだ。けれど……その崇高さが君を殺す枷となる……」

「……私は死にませんよ」

「なに……?」

「そもそも、死とはなんでしょう? 私が殺されることでしょうか? 違います、私の意思が世界から失われることです。私の意思は、守護女神たちが継いでくれる。そうなれば、私の身体は死んでも、意思が死ぬことはありません」

「……」

 

 たとえ親友であっても、マジェコンヌはイストワールの思考についていけなかった。

 理解そのものはできる。しかし、イストワールの持つ死生観を肯定することはできなかった。

 親友のつもりだった、実際に親友だった。けれど、そんな自分たちの視野はあまりにも違っていた。

 

「……ならば、私から言えることはない。さらばだイストワール、我が生涯の友よ」

「はい……さようならマジェコンヌ」

 

 その数日後、イストワールは評議会によって裁かれた。

 守護女神三人をゲ界へと解き放ち、その存在を自分以外誰も知らぬある一つの箱を地上のどこかに隠した後に。

 天上の民が世界から姿を消す、数日前の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       超次元ゲイムネプテューヌ

 

         Verloren Violet

 

         第四話「真実」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたくしの後に創られた……女神……」

 

 ベールは自分が最後に創られた女神だと思っていた。

 そして、最後だからこそ、自分が最も完全に近い女神だとも思っていた。根拠のない自信であるが、それがベールにとっては誇りであり、完全な存在になるという使命に執着していない理由でもあった。

 

「許せませんわ……そんなこと……っ」

 

 しかし、自分の後に創られた女神が存在した。

 そして、欠乏感を持たぬことから、その女神は自分よりも完全な存在に近い、もしくは完全な存在な可能性がある。

 

「……ベール様、お飲み物をお持ちしました」

 

 すると、協会の職員らしき女性が、紅茶と菓子を持って来る。

 

「あら、ありがとう」

「いいえ、ベール様のお役に立てれば光栄で……」

 

 言い終わる前に、ベールは槍を現出させ、女性に突きつける。

 女性も茶菓子を投げ捨て、魔力で生み出した槍で、ベールの突きを弾く。

 

「……ほぅ、よく気づいたな」

 

 女性は変装を解き、魔女のような風貌の女へと変貌する。

 

「人とそうでないものの違いなど、見た瞬間にわかりますわ。それよりも、あなたが変装していた彼女は、どこにやったのです?」

「さぁな。運が良ければ生きているだろう。ゲ界の民は脆い」

「わたくしの国民に手を出しておいて、無事に帰れるとお思いですか?」

「思っていないさ。元々、貴様は斃すために来ている」

「聞くまでもないことですが、やはりブラックハートを殺したのはあなたなのですね?」

「だとしたらどうする?」

 

 ベールはグリーンハートへと女神化し、女神化時専用の槍を握り直す。

 

「あの方は好きではありませんでしたが、仇ぐらいは討ってあげましょう」

 

 グリーンハートは、常人の目には捉えられない速度で槍を突き出す。

 

「……立ち向かってくるか。それが愚かだとも知らずに」

 

 女は、自身の槍で、グリーンハートの突きを軽く受け止めた。

 

「……っ!」

「数百年好機を狙っていた私が、勝算も無く現れると思うか?」

 

 そして、槍を片手で抑えながら、もう片方の腕で、黒い大剣を生み出す。

 

「その剣は……!」

「『レイシーズダンス』」

 

 ブラックハートから奪った技が、グリーンハートに炸裂した。

 

「ブラックハートの力を奪わねば勝てなかった身で言うのもなんだが、貴様ら守護女神の戦闘能力は、彼女が私を参考に設定したものだ」

 

 グリーンハートがダメージに耐え、反撃の槍術を繰り出すも、女にはまるで動きを読まれているかのように寸前で避けられる。

 

「故に、女神の力を奪い、身体能力さえ貴様らに追いつけば、負ける道理はない」

「……っ、この……!」

 

 グリーンハートは巨大なエネルギーの槍を撃ち出す技『シレットスピアー』を繰り出すも、女は槍に魔力を込めて薙ぎ払い、消滅させる。

 

「所詮は被造物。創造主の為の糧となるが良い……!」

 

 女は、槍の先端から黒いエネルギーを伸ばし、グリーンハートを貫く。

 

「ぐ……ぅ……」

 

 グリーンハートは力尽き、倒れた。

 そして、光となって消えていく。

 

「やはり……女神の力を使うのはここまで負担がかかるか……っ」

 

 女は息を荒げ、胸を押さえながらよろよろと歩き、グリーンハートが遺した緑のシェアクリスタルを回収した。

 

「だがもうすぐだ……あと一つ……あと一つで……また君に会える……!」

 

 女が教会から姿を消した直後、戦闘の衝撃に耐えられなくなったグリーンハートの教会が崩壊し、瓦礫の山となった。

 人を守護しながら国と呼べるほどの規模の共同体を作り上げていたグリーンハートの死は、人伝いに世界へと知れ渡った。

 

「グリーンハート……ベールまで……」

 

 北国の廃村を拠点とするブランの元にも、その訃報は伝わっていた。

 

「みんな……どうして……」

 

 ブランには、他の女神と敵対する意思は一切無かった。むしろ、共に力を合わせてモンスターを駆逐し、人々を守護していきたいと思っていた。

 その筈が、ブラックハートとグリーンハートは完全な存在になるために争い合うという偽りの使命を与えられ、否応なしに敵対せざるを得なくなった。

 ゲ界に降りてから数百年、人々の守護という使命すらも行う暇なく二人の説得を続けたプランであったが、終ぞ説得は叶うことなく、二人は世界から姿を消すこととなってしまった。

 

「……四人目の……女神」

 

 苦悩の果てに、ブランはある答えに辿り着く。

 

「あなたなの……? この運命を仕組んだのは……」

 

 四人目の女神……ここ最近世界の東で国を興しつつある紫の女神、その人物こそが、二人を斃した犯人なのではないか、と。

 

「そうであってもなくても……次に狙われるのは私……」

 

 同胞たる二人を失った悲しみと無力感、そして次に死ぬことになるのは自分だという焦り。これらの感情は、ブランから冷静さを奪っていた。

 

「やられる前に……やるしかない……っ」

 

 ブランは、白いシェアクリスタルを使い女神化し、斧を手に取り、機械羽を広げ、空を駆けていった。

 

 

 

 

「やめてホワイトハート! 私はあなたと戦う気なんてないわ!」

 

 町外れの荒野にて、戦いを繰り広げるパープルハートとホワイトハート。

 

「私には……ある! お前が斃したんだろう! ブラックハートと、グリーンハートも!」

「違うわ! 私はやってない!」

「お前以外にあいつらを斃せる奴なんているかよ!」

 

 しかし、ホワイトハートの心の乱れが身体の動きにも影響を及ぼしていたからか、振るう斧のはどこか力が入り切っておらず、動きのあちこちが隙だらけだった。

 そんなホワイトハートを、パープルハートは反撃して倒すのは容易いことだったが、どうにかして怒りを宥め傷つけずに説得したかった。以前、倒した上で帰したブラックハートが、何者かに殺されてしまったからだ。

 

「お前がやっていないにせよ、二人を殺した奴は次にお前が私を狙う! だから、お前を斃して、完全な存在とやらに近づいて、迎え撃たなきゃなんねーんだよ!」

「完全な存在……っ、あなたも偽りの使命に囚われているの! ホワイトハート!」

「……っ! お前……!」

 

 瞬間、ホワイトハートの手が止まる。

 目の前のパープルハートは、完全な存在になる、ということを偽りだと言い切ったからだ。

 

「……!」

 

 たったそれだけの言葉で、ホワイトハートの敵意は揺らぎ始めていた。

 そして、その揺らいだ心に、ある記憶が溢れ出す。それは────

 

『イストワール、私は何をすべきなの?』

『ゲ界の守護ですが、それをするためにはまだあなたは世界のことを知らなすぎます。ですので、今日は視察にでも行きましょうか』

『情報は既に持っているわ。あなたにそう創られたから、だから問題ない』

『ふふ、情報を持っているだけではわからないことは多いのですよ。私もそうでした』

 

 ────イストワールに最初に創られた女神だったホワイトハートが持つ、他の三人が持たない、イストワールと過ごした記憶だった。

 

『どのような守護女神になるかは、あなた自身に委ねます。しかし、一つだけ約束して欲しいことがあります』

『それは?』

『怒りや憎しみのままに力を振るわないこと、それだけは私に約束してください』

『約束? 命令ではなくて?』

『ええ、約束です』

 

 かつて創造主と交わした『約束』を思い出したホワイトハートは、手を止め、武器を下ろした。

 

「……っ」

 

 そして地面に降り、変身を解き、その場にへたり込む。

 

「私にはわからなかった……あの子たちがいきなり有りもしない使命を持って戦い始めたことも、どうやって止めればいいか、も……」

 

 嘆くブランの瞳からは、涙がこぼれ落ちていた。

 

「何かできたはずなのに……迷い続けて……何もしなかった、だから、何もかも失ってしまった……!」

 

 パープルハートもブランの元に着地し、変身を解くと、ブランを抱きしめた。

 

「ありがとうホワイトハート……戦う手を止めてくれて……そうやって話してくれて……」

「ネプ……テューヌ……?」

「君がそうやって自分のことを話して、わかり合おうとしてくれたから……わたしは君を失わずに済むもん」

 

 ブランもネプテューヌの背に腕を回して抱きしめ、ネプテューヌの暖かさを、生きているということを実感する。

 

「こっちこそありがとうネプテューヌ……そうね、わたしたちはもう失わずに済む……のよね」

「うん、もう失わせない。ねぇ、ホワイトハート、君の名前も教えてよ。わたしやベールみたいに、女神じゃない人の名前があるんでしょ?」

「……ブラン。ブランよ」

「……うん! よろしくね、ブラン!」

 

 今初めて会った二人ではあるが、お互いにとってお互いはこの世界に残った唯一の同胞であり、同じ創造主から生まれた姉妹のようなものである。

 だからこそ、お互いを愛していて、それを確認できた安心感があった。

 

「なんだ、結局殺し合わないのか」

「「……っ!」」

 

 放たれた言葉と、異様な気配を感じ取った二人は、急いで立ち上がる。

 

「その声……まさか……あなたは……」

 

 ブランには、声の正体に覚えがあった。

 かつて、創造主たるイストワールの元に度々会いに来ていたその者を、ブランだけは知っているからだ。

 

「マジェコンヌ……!」

 

 『マジェコンヌ』。かつてイストワールの親友だった天上の民こそが、この一連の件の犯人であった。

 

「あぁ、そういえば、原初の守護女神たる貴様は、私とも面識があったな」

「まさか生きていたなんて……それに、見た目変わったのね。天上の民は数百年程度じゃそこまでわかりやすく老けないものだけど」

「身に余る力を手にした代償さ」

 

 力を手にした代償。強き身体を持つ天上の民の容姿すら変貌させるほどの強い力。その答えは、一つしかなった。

 

「その台詞からして……二人を殺したのはあなたね……!」

「あぁ、そうだとも。私が殺した」

 

 その発言に、ネプテューヌもブランも驚くことはなく、納得するのみだった。

 

「確かに、天上の民なら、わたしに負けて弱っていたブラックハートのトドメを刺すことならできるよね……」

「そして、ブラックハートの力を奪って、グリーンハートを斃すことも、マジェコンヌほどの力を持つ天上の民になら不可能ではないわ。繋がったわね」

 

 マジェコンヌは、天上の民の中で最も優れた戦闘能力を持つ者だった。権力を持たず、実力のみで神界の最高機関たる『評議会』のメンバー入りを果たした猛者であり、イストワールに守護女神の戦闘力のベースとして参考にされるほどであった。

 

「奴らは騙し討ちのような形で斃さねばならなかったが、対等以上の力を手にした今だからこそ、貴様たちには交渉を持ちかけよう」

「交渉……?」

「世界の半分をやろうなんて言われても断るよ! そもそも世界全部もあげないし!」

「貴様たちは、創造主……生みの親たるイストワールを蘇らせたくはないか?」

 

 ネプテューヌの言葉を無視し、マジェコンヌは話を続ける。

 

「蘇らせるって、そんなことできるの……⁉︎」

「私は、研究機関の監査役だったのでな、イストワールの研究成果には何度も目を通してきた。だからこそ、モンスターという生命体を創る要領で、彼女の新しい命を創り出す方法ぐらいは突き止められた」

 

 比類なき超越的な意志と頭脳を持っているイストワールには到底届かぬものの、マジェコンヌも通常の天上の民よりも優れた頭脳は持っていた。

 だからこそ、イストワールの研究成果を正確に理解でき、そこから自身の計画を作り出すことも可能だった。

 

「だが、天上の民である彼女を蘇らせるとなると、通常のモンスター程度では賄えないほどの超高エネルギーが必要となる。それを賄えるものこそ、貴様たち守護女神のエネルギーコアであるシェアクリスタル。それも、一つでは足りん」

「シェアクリスタルが必要……? なら……!」

 

 マジェコンヌの計画の一部を聞き、マジェコンヌが全てを語る前に、ブランはマジェコンヌが二人の女神に何をしたのかを理解した。

 

「そのために、まずは彼女の残した膨大な研究データをつまらぬことに用いろうとした愚かな評議会どもを、同族たる天上の民ごと全て滅ぼしたのだ。奴らの存在は邪魔になるからな」

「……そして、まだ目覚めていなかったブラックハートとグリーンハートに、偽りの使命を与えて、同士討ちを謀ったのね……! シェアクリスタルを効率よく集めるために……!」

「そうだ。既に目覚めていた貴様は騙すことができなかったがな」

 

 マジェコンヌは、イストワールが設定した女神の持つ欠乏感を利用することで、偽りの使命を上手く植え付けたのだ。

 

「そんな目的のために、二人の運命を弄んだのね……!」

「そんな目的……? そんな目的だと? 亡き友に会いたいと願うことの何が悪い!」

 

 マジェコンヌは初めて声を荒げた。

 

「……」

 

 ブランは敵意こそあれど、マジェコンヌのイストワールへの想いを察し、失言だったと悟る。

 

「……そうね。"そんな"なんて言ったことは謝るわ。けれど、私たちにも私たちの命がある。たとえイストワールのためだとしても、いえ、イストワールに与えられた命だからこそ、この命を差し出すわけにはいかないわ……!」

「貴様ら被造物の命に何の価値がある? 被造物ならば被造物らしく、創造主復活のために命を差し出せ。それが貴様らの存在意義だ」

「断るわ。私はイストワールの意思を守る」

「決裂か……まぁ良い。元々、力尽くのつもりで来ている。貴様らが同士討ちにならなかったのが面倒ではあるが、まぁ良い」

 

 マジェコンヌは自身の力と、奪った女神の力を解放し、臨戦態勢に入る。

 

「貴様らを殺し、私は唯一の友を取り戻す」

 

 イストワールは、友であるマジェコンヌの思いを聞き入れず、自らの意思で死を選んだ。だからこそマジェコンヌは、イストワールの思いを踏み躙ってまでも、自らの意思で友の命を取り戻そうとしていた。

 

「来る……!」

 

 ブランはホワイトハートに女神化し、斧を手に取る。

 

「ネプテューヌ、力を貸してくれるか?」

「当然だよ。それに、今わかったんだ。あのマジェコンヌっておばさんを止めることが、わたしの真の使命だから、って」

「……ネプテューヌ? 使命って……?」

「刮目せよー!」

 

 ホワイトハートに続くように、ネプテューヌはパープルハートに女神化し、剣を手に取る。

 

「初めましてだけど、ここで決着をつけるわよ! マジェコンヌ!」

「初めまして、か。そうだな、貴様の存在は私も知らなかった。まさか四人目の女神なんてものが創られていたとはな……」

「ネプテューヌ。マジェコンヌにはおそらく私の力や技は通用しない。だから、守りは私に任せて、お前は攻撃面を頼む」

「……あなたを盾にするようで気が引けるわね」

「構わず盾にしろ。その代わり……」

 

 ホワイトハートはネプテューヌの前に立ち、斧を盾のように前面に構える。

 

「お前が私の剣だ!」

「それ、良いわね!」

 

 マジェコンヌが自身の持つ闇の魔力を、緑のシェアクリスタルの力から繰り出した風に乗せ、空間を切り裂く刃となった暴風が吹き荒れる。

 

「『テンツェリン……トロンペ』ッ!」

 

 ホワイトハートは斧を両手にその場で大回転し、暴風を掻き消していく。

 

「……はぁっ!」

 

 すると、闇の風の先から現れたマジェコンヌが、緑の槍をパープルハートに突き付ける。

 

「させるかよ!」

 

 すかさず、ホワイトハートがパープルハートの前に割って入り、マジェコンヌの槍を弾き飛ばす。

 

「……ふん」

 

 飛んでいった槍を気に留めることなく、マジェコンヌは瞬時に黒の大剣を出現させる。

 

「ブラン!」

「任せろ!」

 

 ホワイトハートが斧を前面に構え、周りに魔氷壁を展開し、巨大な盾にする。

 

「下らん」

 

 マジェコンヌは爆炎を纏う斬撃を繰り出し、氷の盾を斬り砕く。

 

「はぁああっ!」

 

 氷の盾が砕けたと同時に、パープルハートが攻撃のために前に出る。

 

「『クリティカルエッジ』!」

 

 パープルハートが繰り出した剣技を、大剣で受け止めるマジェコンヌ。

 防御はしたものの、その表情には驚きがあった。

 

「その動き……」

 

 マジェコンヌは、三人の女神の戦闘力のベースとなった存在。故に、ホワイトハートの斧技も、グリーンハートの槍技も、ブラックハートの剣技も、それら全てに覚えがある。

 しかし、パープルハートの繰り出した剣技に対しては、何も覚えがなかった。

 

(なんだ……? 洗練された動きの中にどこか拙さも感じる……しかし、それ故に動きが読み切れん……!)

 

 パープルハートの戦闘能力において、イストワールはマジェコンヌを一切参考にしていない。

 

(わからない……! イストワールは、何を参考にこの女神を創ったのだ……!)

 

 かつて、天上の民やモンスターより脆弱な命であるゲ界の民の中に、モンスターからその身を守る為に武器を取り、戦い方を編み出し、幾度も迫る命の危機の中で研ぎ澄まし、果てには身一つでモンスターを斃すにまで至った者たちがいた。

 イストワールは、そういった者たちの戦い方を分析、研究し、女神の身体能力によってその戦闘力を限界以上に発揮できるよう再現に成功した。

 その研究の集大成こそが女神『パープルハート』。

 

(……いや、なるほど、そうか。そういうことか。イストワールめ)

 

 天才的な頭脳を持つイストワールは、自らの死後、マジェコンヌが自分を取り戻そうとする可能性を考慮していた。

 そして、友をベースとした守護女神では、きっと友の暴走は止められないだろう。だからこそ、ゲ界の民という可能性に賭けたのだ。

 つまり、女神『パープルハート』の最たる使命とは、道を誤った守護女神の排除や、人々の守護以上に、マジェコンヌを倒すことであった。

 

(だが、舐めるなよイストワール。頭脳においては君は私の遥か上を行くが、戦闘においては私が上だ!)

 

 パープルハートの剣技に翻弄されながらも、次第にその動きに慣れつつあるマジェコンヌは、黒の大剣に緑の魔力を込め、パープルハートに斬撃を放つ。

 

「これは……!」

「下がれネプテューヌ! 防御はわたしが……!」

 

 ホワイトハートの斧に直撃した黒いエネルギーの斬撃が弾けると、緑の風が周囲を斬り刻む。

 

「ぐ……ぅあああああ!」

 

 一人の女神の力なら問題なく防御できたホワイトハートだったが、二人の女神の力を同時に使用した攻撃を防ぎ切ることはできず、大きなダメージを負ってしまった。

 

「ブラン!」

「わたしに構うなって言ってるだろ!」

 

 しかし、ダメージを負い続けても尚、ホワイトハートはパープルハートの前に出て、攻撃を受け続ける。

 

「ぐ……く……ぅうっ! それに、二つの女神の力を同時に使用するなんて芸当、奴の身体への負担も計り知れない……! 奴は勝負を焦っている……! だから、好機はあるんだよ!」

「でも……!

「わたしが倒れようが、お前が奴を倒せ。きっとそれが……お前の使命なんだろ!」

 

 傷だらけの身体を気合いで持ち上げながら、ホワイトハートはマジェコンヌに突き進む。

 

「守りだけだと思うなよ! 喰らえっ! 『ハードブレイク』ッ!」

「貴様の攻撃など……必殺技だとしても私には通用せん!」

 

 しかし、ホワイトハートの技はマジェコンヌに見切られており、降りかかる斧に対し正確に反撃を加えられ、勢いが殺されていく。

 

「はぁ……っ!」

 

 そして、黒の大剣と、手元に再び現出させた緑の槍を両手に携え、ホワイトハートを斬り伏せた。

 ダメージが限界に達し、変身が解除され崩れ落ちるブラン。

 

「か……は……っ」

「貴様はそこで寝ていろ……む?」

 

 しかし、膝をつきながらも、ブランは倒れることなく、自らの魔力を振り絞り、身体に触れていた大剣と槍を凍らせて固めていた。

 

「こんなもの……ぐ……げほっ、げほっ」

 

 マジェコンヌが氷を砕くために腕に力を入れると、女神の力の負担がその身体を蝕み、一瞬動きが止まる。

 

「ちぃ……っ」

 

 マジェコンヌは、強引に大剣と槍を取り戻すことを諦め二つを手放し、自らの武器である黒い槍を手に取る。

 

「ブラン……あなたが作ってくれた時間を……無駄にはしないわ!」

 

 そして次の瞬間、限界までエネルギーを貯め終わったパープルハートがブランの後ろから飛び出した。

 

「な……っ!」

「『ビクトリィースラッシュ』!」

「……ぬぅっ!」

 

 マジェコンヌは咄嗟に槍を突き出して迎撃するも、パープルハートの剣技は、マジェコンヌの槍を破壊し、本体にまで炸裂した。

 

「ぐ……ぉおおおおおっ!」

 

 斬撃に込められたエネルギーの光が弾け、爆発が起こる。

 マジェコンヌは断末魔をあげながら吹き飛び、地面に倒れ伏した。

 決着が、付いた。

 

「……わたしたちの勝ちっ! ブイッ!」

 

 力を使い切り変身が解けたネプテューヌは、傷だらけになりながらも命尽きることなく地面に座り込んでいたブランに、勝利のVサインを掲げるのだった。

 

「……マジェコンヌ」

 

 地面に倒れ伏したマジェコンヌと最期の会話をしようとするネプテューヌとブラン。

 最期……女神の力を身に宿した上で敗北するほどのダメージを受けたマジェコンヌは、もう長くなかった。

 

「ネプテューヌといったか……貴様の存在こそ……イストワールの私に対する意思ということだな……」

「そう……だね」

「流石の頭脳だイストワール……君を失った私が……あらゆる手を尽くし君の命を取り戻そうとすることも……君の想定内だったというわけだ……」

「それは……いーすんはあなたを愛していたからこそ、あなたがどんな人かわかっていた、ってことにもなるんじゃないかな」

 

 公平無私な性格だったイストワールは、ほぼマジェコンヌ個人の対策としてネプテューヌを用意した。

 友であるマジェコンヌが自分を取り戻すことを確信していたのだ。それもまた、確かな友情と言えるだろう。

 

「イストワールは友でありながら……永遠に私の憧れでもあった……彼女の残した貴様ら守護女神を斃すことで……彼女を超えられるとも思ったのだがな……それは叶わなかったようだ」

「逆もまた然りよ。イストワールがどうして私たち三人の戦闘能力を、あなたをベースにしたかわかる? それは、単純な効率だけじゃない。あなたの強さに対して、イストワールの憧れと尊敬があったからよ」

「被造物如きに何が分かる……?」

「分かるわよ。だって本人が言っていたから。あなたには言うなって言われてたけど、本人が死んでから数百年経ってるから時効よね」

「そうか……イストワール……私にはそんな素振りを見せなかったくせに……」

 

 薄れ行く意識の中、マジェコンヌの脳内に記憶が巡る。

 

『……全く、天上の民のくせにモンスター一匹倒せないのか。その上で、身一つでゲ界に来るなど、愚かが過ぎる』

『ありがとうございます。助かりました』

『しかし、創造主たる我らすらも襲うとは、研究機関は余程雑な創造をしているようだな……』

『すみません、部下にはよく言っておきます』

『部下……?』

『申し遅れました。私の名前はイストワール。研究機関の最高責任者を務めています』

『……む、最高責任者殿だったか。失礼致しました』

『いえいえ、その上着からするとあなたは評議会の方でしょう? ならば、畏まらなくても結構ですよ』

『そう仰るなら……そうさせてもらおう』

『はい。そういえば、あなたの名前は?』

『私か? 私は────』

 

 それは、友と出会った頃の思い出。

 友を愛していたこと、友に愛されていたこと、それを再確認したマジェコンヌは、憑き物が落ちたような安らかな表情で、二度と覚めることのない眠りについた。

 

「……終わったわね」

「そうだね……」

 

 マジェコンヌが死に、解放された黒と緑のシェアクリスタルが眠りにつくように消えていった様子を、ネプテューヌとブランは弔うように見届けた。

 

「ネプテューヌ」

 

 しばらく経って、ブランが口を開く。

 

「私は守護女神の使命として、この世界のモンスターを掃討しようと思う。どれだけかかっても、一体残らず」

 

 心の憂いが消えたブランは、ようやく女神の使命を果たせると思い、小さく笑いながら言った。

 

「私がモンスターを駆除する間、あなたには人々を守ってほしい」

「やだ」

「……え?」

 

 ブランの頼みを、ネプテューヌは一蹴する。

 

「わたしも一緒にやるよ! だってわたしたち、守護女神でしょ?」

「……そうね、ありがとう」

 

 ブランはネプテューヌは、ブランにとっては最初の、そして二人にとって最後の責務を果たそうとしていた。

 そう、最後。

 天上の民が滅び、モンスターがこの世界から消え去れば、守護女神が人々を守護する必要がなくなるからだ。

 

 

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