その昔、天上の民の一人だったいーすんこと『イストワール』が、ゲ界の民を他の天上の民から守護するために、守護女神を三人創ったことから始まるんだよね。いーすんは、天上の民なのにゲ界の民が大好きな、天上の民の中ではちょっと変わった人だったんだ。
そう三人、ホワイトハート、ブラックハート、グリーンハート。
わたし……? それは後から出てくるから、今は話を続けるね。
けれど、そんないーすんの行いは、当然同胞たる天上の民への裏切りだったわけで、いーすんは処刑されちゃったんだ。いーすん自身も、その結末を受け入れたんだよ。自分のしたことに間違いはないけど裏切りは事実だから、って。
そして、いーすんは処刑される前に、守護女神三人をゲ界へと解き放ったんだ。ゲ界の民を守護し、今は神界とゲ界の仲が悪くても、いつか発展したゲ界と神界が手を取り合える未来が来るように、って。
……そんな未来がちゃんと来ていれば、わたしは目覚めることがなかったんだけどね。
それで、いーすんはすっごく頭が良いから、自分の望んだとおりの未来が来ないことも当然想定していたんだよ。守護女神が守護という使命を果たさないとか、モンスターがゲ界にいるのに守護女神が全滅してしまうとか、そういうイレギュラーを。
だから、いーすんはそんなイレギュラーに対処するために、秘密裏に最後の女神を創っていたんだよ。ここまで聞けばもうわかったよね。それがわたし、女神パープルハート、そしてネプテューヌ。
わたしの使命は、使命を果たさずゲ界の民を苦しめるただのモンスターに成り果てた守護女神の処分とか、守護女神が使命を果たせない場合に代わって人々を守護することなんだ。だから、例えばブラックハートが本当に人々の守護の使命を捨てていたら、あの時わたしはブラックハートを斃さなきゃいけなかったんだよ。結局、わたしが斃さなくても死んじゃったけど……
そして、今この世界には、ある二つの大きな問題があるんだ。一つは、完全な存在になる、なんて嘘の使命をなぜかブラックハートもグリーンハートも教え込まれていることだよ。二人が言ってた完全な存在になるなんて使命は嘘だよ、大嘘。誰がそんな嘘ついたんだろう……?
だって、守護女神はいーすんがあえて不完全に創ったんだもん。不完全なゲ界の民の……あ、これ悪口じゃないからね、不完全だからこそ頑張って生きてみんなで力を合わせるゲ界の民から、何かを学べるように、って。だから、そんないーすんが、守護女神が完全な存在になることを望むはずないんだよ。
わたしにはあいちゃんもこんぱがいるし、町にもたくさんの友だちや知り合いがいる。だから、自分が不完全なんてこと気にならない。
けど、グリーンハートはそうじゃなかった。人々も守って、文化を学んでも、実際に人々と関わって絆を育むことまではしてなかったんじゃないかな。だから、欠乏感を埋められなくて、それを感じていないわたしを妬んだんだと思う。
でもそれを、わたしから他の女神に直接教えちゃいけないように設定されてるんだ。自分で気づかなきゃ意味ないから、って。割と厳しい創造主なんだよね、いーすんって。
そして、二つ目の問題は、なんで天上の民が世界から姿を消してるか、ってこと。正直これは、わたしが対応する件なのかは分からないけど、なんか一つ目の問題とリンクしてる気がするんだよね。あくまで気がするって程度だけど。もしそうだったら、わたしは天上の民を消した何者かと戦うことになるよね。ブラックハートの言い方からするとやったのは守護女神じゃないし。こればっかりはわかんないかな。
だから、天上の民を滅ぼし、守護女神の使命を歪めた何者かを倒す。それが今私が一番やらなきゃいけないことなんだ。
────ネプテューヌの語った使命
超次元ゲイムネプテューヌ
Verloren Violet
最終話「未来」
初めは二人の女神に、アイエフとコンパが加わった程度の規模だったモンスター退治は、次第に世界全体へと広がっていった。
人々を守り、モンスターを倒して回る守護女神の姿は、人々に希望と勇気を与えた。戦える者は武器を取り立ち上がり、力を合わせ、モンスターを駆逐していった。
そして、ゲ界に残った最後のモンスターが倒されたのは、マジェコンヌを倒してからちょうど一年が経った頃だった。
「何してるのこんぱー?」
何者にも脅かされることのない平穏な日常を過ごすネプテューヌたち。
「えっと、お勉強です。モンスターがいなくなって、世界が平和になったから、ずっと目標だった看護師として働くためにお勉強してるんです」
「はぇ〜お勉強か〜。女神様が教えてあげるよ、どれどれ?」
コンパの参考書を手に取り、問題を見渡す。
「…………⁇ ……頑張ってね、こんぱ!」
「え、あ、はい。がんばるです!」
ネプテューヌは何も言わず何事もなかったかのように参考書をコンパの前に戻し、立ち上がる。
「こんぱがいつもわたしたちの側にいてくれてたから、わたしもあいちゃんも頑張れたんだ。これから看護師になったら、その愛らしさでたくさんの人を助けてあげてね!」
そして、コンパのことをぎゅっ、と抱きしめ、コンパの部屋を去った。
「……ねぷねぷ?」
普段と変わらない様子に見えたネプテューヌだが、コンパは何かの違和感を覚えた。
続いて、ネプテューヌはアイエフの部屋に入る。
「あいちゃ〜ん!」
「あらネプ子、どうしたの?」
「さっきこんぱが勉強してるの見てさ、あいちゃんにもなんか新しくやりたいこととかないのか気になっちゃって」
「私? まぁ、あるにはあるけど」
「教えて欲しいな。だめ?」
「ダメじゃないわ。それに、あんたにも聞いて欲しかったから」
アイエフはコートのポケットから世界地図を取り出し、ネプテューヌに手渡した。
「モンスターがいなくなって、これまでよりも世界を自由に行き来できるようになったじゃない? だから、旅に出ようと思うの。今までみたいに安全に暮らせるところを見つけるためじゃなくて、単純に世界を見て回りたいから」
アイエフは穏やかな笑みを浮かべながら夢を語る。
激動の日々だった今までには見せたことのない穏やかな表情に、ネプテューヌも心を暖まる。
「コンパには、自分のことがあるからって断られちゃったけど、あんたは一緒に来る?」
アイエフは少し恥ずかしそうに言った。自分の夢に連れ添わせる、言うならばそれは最上級の友愛を意味するからだ。アイエフはそれを言葉にすることに少し気恥ずかしさを性格なのだ。
「……気持ちはすごく嬉しいけど、わたしは行けないや。わたしにもやらなきゃいけないことがあるから」
「やらなきゃいけないこと……?」
「ありがとうあいちゃん。あいちゃんがいたから、わたしは起動できて、使命を果たすことができた。それに、あいちゃんが隣で戦ってくれて、嬉しかったよ」
ネプテューヌはニッコリ笑い、アイエフをそっと抱きしめ、部屋を去った。
「……ネプ子?」
アイエフもまた、普段と変わらない様子に見えたネプテューヌに違和感を覚えていた。
「ネプ子!」
そして、その違和感の正体を確かめるためにネプテューヌを問い詰めようと思って追いかけたが、既に教会の中にネプテューヌの姿は無かった。
「あいちゃん! ねぷねぷ見なかったですか⁉︎」
「その様子だと……コンパにも同じ感じだったのね」
「そうです……まるで今生の別れみたいな……」
アイエフとコンパは、ネプテューヌを探して回った。
しかし、どれだけ探しても見つかることはない。何故ならば────
「……どうしたのネプテューヌ? あなたが神界に来るなんて珍しいじゃない」
神界。ゲ界の超上空に存在するもう一つの世界。
居住者たる天上の民が姿を消したその世界の中心部に浮かぶ、神聖な光を放つ一冊の本を前に、女神ホワイトハート──ブランが立っていた。
「ブランはさ、ゲ界のことはもういいの?」
「良いも悪いもないわ。私はあなたやベールのように、国みたいな共同体を作って人間を守護していたわけじゃないから、モンスターがいなくなった今ゲ界に留まる理由はないもの」
「そっか」
また、ブランの後ろを浮遊する一冊の本、かつてイストワールが遺した膨大な研究データを、ブランは守り続けようとしていた。研究データの全てが善いものではなく、中には悪用できてしまうものもあるからだ。
そしてこれは使命ではなく、本人の望みだった。
「あなたはどうするの? この先」
「わたしは……」
ネプテューヌは言い淀み、剣を手に取った。
「ネプテューヌ……?」
そして、ブランに向かって剣を振る。
ブランは寸前で避け、追撃に振われた剣は、斧で受け止める。
「何のつもり……!」
「ブランにしか頼めないことなんだ、これは」
「だからそれを説明しろって言ってんだよ!」
ネプテューヌはブランから距離を取り、口を開く。
「……いーすんはわたしを急いで創ったから、ブランのようにいつまでも変わらずにいれると限らないんだ」
「それがどうして私を攻撃することになる⁉︎」
「マジェコンヌを倒して、使命を果たして、その先の未来で、わたしはずっと変わらずにいられると限らない。いつかわたしは、自分の持つ力に呑まれて、身も心もモンスターに成り果てる可能性だってあるんだよね」
「そんなこと……っ!」
イストワールがネプテューヌを創った際、重視したものは何よりも『強さ』だった。しかし、自身が処刑される前に急いで創ったことや、強さを重視した結果様々なリスクを度外視せざるを得なかったことから、もしネプテューヌ自身が世界の敵となってしまった際の対策を何もできなかった。
百年程度ではネプテューヌは何も変わらないだろう。では千年後はどうか、一万年後はどうか。孤独に耐えられぬネプテューヌの心が変容し魔物に成り果てる、そんな可能性がないことは否定できない。ネプテューヌ自身はそう思っていた。
「だからわたしは使命を果たした後、消えなきゃいけないんだよ。それがわたしの……最後の使命なの」
「……だから、私に倒されようってわけか!」
「そうなるね……ブランも無抵抗のわたしを斃すなんてできないでしょ? だから、戦おうって」
「無抵抗も何も……私はお前を斃したくねえよ!」
「わたしだって斃されたくないよ……! でも……それがわたしの使命だから……っ」
それ聞いて、ブランは気づいた。
ブランは今まで、ネプテューヌは自分よりも優れた存在だと思っていた。自分にはできないことをやってのけたネプテューヌに少し憧れてすらいた。しかし、それは、ネプテューヌが自分よりも、そしてブラックハートやホワイトハートよりも、己の使命に囚われていただけに過ぎなかったことを、理解した。
「なら、使命なんて捨てちまえ!」
「それもできない! 使命を捨てたら……わたしはモンスターに成り果てるのと同じだもん!」
「そんなわけねえだろ!」
「でも……!」
ネプテューヌの目からは涙が溢れていた。そらでも、剣を振るうことはやめなかった。
ブランの戦意を引き出そうと、剣筋の鋭さが増していく。
「く……っ」
避けるだけでは手に負えなくなったブランは、斧を振り回して迎撃する。
「『クロスコンビネーション』!」
「『テンツェリントロンペ』!」
そして、お互いの技同士がぶつかり合う……その直前────
「……え?」
ネプテューヌが剣の手を止めた。そして、無防備になったネプテューヌに、ブランの技が直撃し、ゴッ、と斧が身体に直撃した鈍い音が鳴る。
「……」
わざと自身の防御力を下げていたネプテューヌは、一撃で体力が底をつき、その場に崩れ落ちた。
「ネプ……テューヌ……?」
意識を失い地面に倒れ込むネプテューヌに駆け寄るブラン。
その呼吸、鼓動は、どんどん弱まっていく。
「ぅ……ぅぅ……」
ブランは治癒魔法を使えない。段々と死に近づくネプテューヌに対し、何もできない。
「ぅぅううううっ!」
絞り出したような嘆きが、口から漏れる。
「これが……」
ブランは涙を流し、意識を失ったネプテューヌを抱き上げる。
「これが……あなたが望んだ結末なの……?」
そして振り返り、背後に浮かぶ一冊の本に問いかける。
「イストワール……!」
その本は、ただのデータの塊である。
そして、ただのデータの塊から答えが返ってくるはずはない。
「あなたは……私たち三人の女神の未来を想っていた……! それなのに……どうしてこの子は未来を選べないように創ったの!」
神界の静寂に、ブランの激昂が響く。
すると、本が開き、一枚のページが外れ、ブランの目の前に落ちる。
「これは……?」
ブランはそのページを手に取り、中身を読む。
「……そう、これがあなたの答えなのね。イストワール」
そして何かを決意し、ネプテューヌを担いでゲ界へと降りていった。
*
あぁ、死んじゃったな。
死ぬことがわたしの使命だったけど、とても悲しいな。
もっと生きたかったな。
もっと大切な人たちと、一緒に生きたかったな。
ドジでおっちょこちょいなところもあるけど、ピンチの時は誰よりも頼れて、わたしたちの心を癒してくれるこんぱが、夢を叶えて看護師になるところ、見届けたかったな。
しっかりもので頼れて、いつもわたしに道を示してくれたあいちゃんが、自分のやりたい旅に出るところ、見送ってあげたかったな。
モンスターがいなくなって、ゲ界の人たちの移動が自由になって、世界が発展していく様子、見てみたかったな。
女神が必要じゃなくなった世界で、わたしもやりたいことを見つけて、たまに帰ってきたあいちゃんと、お仕事が休みのこんぱと集まって、朝までバカ騒ぎして、そんな日常を送ってみたかったな。
なんで、使命を果たしたのに、こんなに悲しいんだろう。こんなに寂しいんだろう。
もし生まれ変わったら、今度は人間になりたいな。
ううん、今度なんて嫌だ。今生きたいよ。こんぱに会いたい、あいちゃんに会いたい、ブランに会いたい。
会いたいよ……みんな……
「……今、ねぷねぷの手が動いたです!」
あれ? 誰かが、わたしの手を握ってる?
「本当だ、動いてる! ネプ子……ネプ子!」
何か聞こえる……? なんだろう。
わからない。けど、この手の温もりを忘れちゃいけない気がする。この声を聞くのをやめちゃいけない気がする。
目覚めなきゃ、いけない気がする。
「あなたは生きていいのよ。ネプテューヌ。だから……」
わたしは、わたしは……!
「「「起きて!
わたしは、生きるよ!
超次元ゲイムネプテューヌ
Verloren Violet
エピローグ
「ねぷねぷ!」
「ネプ子!」
ゲ界のある街の病院で目覚めたネプテューヌを最初に襲ったのは、友二人のタックルのような勢いの抱擁だった。
「ぁ痛ぁ!」
「……二人とも、怪我が治りたてだし、もう頑丈じゃないんだから、慎重にね」
「ご、ごめんなさいです、ブランさん」
「ごめんネプ子」
そして次に襲ったのは、自分の身体に覚えた強烈な違和感。
そして、今のブランの言葉が、ネプテューヌの中にある疑惑を生む。
「ねぇブラン。わたしって……」
「気づいたようね。そう、あなたはもう女神じゃないわ」
ネプテューヌは目覚めてから、以前の自分には感じられた女神の力を、感じ取ることができなくなっていたのだ。
何故なら、たった今ブランが言ったように、ネプテューヌはもう女神ではないからである。
「でも……どうして……?」
困惑するネプテューヌに、ブランは説明する。
「イストワールの研究の一つに、人型のモンスターから力を奪い限りなく人間に近い生命体に弱体化させる、というものがあったの。女神ぐらい強いモンスターには効かないらしいけど、あなたが死ぬ寸前まで弱っていたから成功したのよ」
「じゃあ、わたしは……」
「ええ。これで『女神ネプテューヌ』は死んだわ。今ここにいるのは、限りなく人間に近い生命体『ネプテューヌ』よ」
「……」
「これでもうあなたに使命なんてない。それに、肉体の劣化も早い。あと八十年か九十年で死んでしまうでしょうね」
ブランは意味もなく、わざとらしく残念なことのように言った。
「……ありがとう、ブラン」
「こちらこそ、ありがとうネプテューヌ。あなたのおかげで、私はイストワールの意思を守れた」
ブランは、ネプテューヌの頭を優しく撫でる。
「それに、一つぐらいお姉ちゃんらしいことをしたかったのよ」
言いながら、嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに笑った。
「ねぷねぷ! お腹すいてないですか⁉︎」
「喉も乾いてない⁉︎ 何でも言って!」
「二人とも、なんか過保護すぎるよ〜。女神じゃなくなってもそんなに脆くないから」
「何が脆くない、よ。ていうか、使命だからって私たちの前からいきなり消えたのまだ許してないのよ」
「えっ」
「ねぷねぷが元気になるまで、ずっと側にいるです!」
「え、でも勉強は? 旅は?」
「それはあんたが治ってからゆっくりやるわよ」
「そうです」
「そっかぁ。じゃあこんぱはプリン買ってきて。あいちゃんはジュース。ブランは漫画」
「……私までこき使わないでくれるかしら」
ネプテューヌは、女神の力を失った喪失感を覚えながらも、それ以上に今生きていて、これからも生き続けることができる充実感を得ていた。
そして、たった一つの願いを、自らが失った女神の力に、祈りを込めて誓った。
これから先もずっと笑って過ごせるように、と。
*
こうして。
使命に囚われた者、友愛に囚われた者、その狭間に翻弄された者、様々な思惑が交差した事件に幕が降りた。
ある天才が予測した未来は既に過ぎ去り、この先の世界がどうなるか、そこに生きる者たちが何をするかは、もう誰にも分からない。
そして、使命を果たしたある女神の物語は終わり、何にも縛られぬ少女の物語が始まるのだった。
超次元ゲイムネプテューヌ
Verloren Violet
終わり
ありがとうございました。