推しガイル   作:TrueLight

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俺に安息は訪れない

 来訪したアイドルに茶を手渡し、俺もソイツが座るソファに腰を下ろす。あまり実用性を感じたことは無かったが、うちのソファはL字タイプだ。隣り合わせにならず座ることが出来るコイツに初めて感謝した。

 

 こくこくと気持ちよさそうに茶を嚥下するのを横目に、それが落ち着いたのを見計らって口を開いた。

 

「……どうしてここが分かった? 名前に年齢、千葉住み程度だろ、お前が俺について知ってることなんて」

 

 その質問は予期していたんだろう、どこか芝居がかった口調でアイは答える。

 

「名前に年齢、千葉に住んでるってことまで分かれば、いくらでもやりようはあるんだよ? それにわたしは君の顔写真を持ってたし、チケットの予約受付から注文数を2枚に絞って調べたら、住所も候補を割り出せたから」

 

 自慢げに言ってくれるが、こちらとしては肝が冷える。この女、もはやストーカーと化している上に、持ち得る手段すべてを駆使して俺に粘着しているのだ。恐ろしすぎる、コイツもそうだがその奇行を見過ごしている関係者も、だ。

 

 アイドルであるこの女がチケットの受注周りの事務作業をしている訳がない。必然、こいつが頼ってそれを良しとした人間がいる筈なのだ。おかしいだろ止めろよ。

 

「一応確認しておくが……その写真とやらはどこから手に入れた?」

 

 ある程度察しつつ聞けば、

 

「一緒に入ったお店のスタッフさんから。あのお店、関係者の間では結構人気なんだ── ()()()()助けてくれるから」

 

 やはり俺の予想から逸脱しない回答があった。他の客から視線が通らない、座席の個室ごとに仕切られた高級料亭。あの店は、芸能関係者が一般人に知られないようアレコレするのを助ける役目にあるのだろう。

 

 だからと言って客の情報を一方的に渡すなとは思うが……それが許されたのは恐らく、俺がなんの力もないただの学生であり。そして支払いを負担した以上、あの店にとっての客はこの女だけであった、ということだ。監視カメラの映像から顔写真を抽出するくらい問題にもならない。

 

 ……このアイドル型爆弾がいかにしてここを突き止めたのかはある程度察したが、だからと言って納得できる訳もない。頭痛を堪えつつ、俺は視界の端でニコニコ笑う女を睨みつけた。

 

「で、それを材料に探偵でも雇ったのか? お前が自分の力で調べたってのは無理があるだろ」

 

「そんなところかな? 本職の人じゃないけどね、それが得意な人とか、そのツテとか。ちょっと探せばいくらでも見つかるんだから」

 

 悪びれもせず。それどころか、俺の情報を収集し、赤の他人に流してくれた女は、褒めてくれと言わんばかりに得意げな表情を浮かべる。

 

「……俺についての情報をどうこうするのは百歩譲って見逃すけどな。妹や親に何かあってみろ、俺も出るとこ出るぞ」

 

「──ふふっ、分かってるよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……もはや何も言うまい。この女は俺のストーカーなのだ。住所を調べ上げることも、こうして家族が居ない時間を狙って来訪することも。ストーカーだからだと断じれば意外なことなど何もない。一つあるとすれば、なぜ俺なんかに、という一点のみである。

 

 そして、その()()についてこの女は解を出してしまっている。他人からとやかく言われたところで曲がることは無いだろう解が。口を出すのが当の俺本人だとしても。

 

「で、用件はなんだ……」

 

 諦観しつつげんなりした声音を隠さず問えば、

 

「会いに来ただけだよ? 八幡に会いたかったんだっ」

 

 誰もが見惚れるような満面の笑みで、そのアイドルは言う。誰もに含まれないこちらとしては反吐が出そうな笑顔だが。

 

「そうか、なら用は済んだな。とっとと帰れ」

「あっ、そういえば大事な用があったんだった」

 

 こちらが揚げ足を取って追い出そうとすれば、すぐさま自分の言葉を(ひるがえ)すアイドル。この女に道理なんて持ち出すべきじゃないんだろうが、それでも多少悪びれて手のひらを返せと思ってしまう。致命的に相性が悪いヤツだ。

 

「八幡って、夏休みに読書以外の予定が無いでしょ?」

「決めつけるな。他にもあるかも知れないだろうが」

 

「そっか、たまに書店にも行ってたっけ」

 

 言外に。夏休みに入ってからの動向を把握していることを明らかにされ、逆に感心してしまった。ストーカーって自分がイカれた言動とってることにマジで気づいてないんだなと。仮に自覚してても罪悪感とか無いんだなと。

 

「……予定が無かったらなんだ」

 

 このまま気になったことをいちいち掘り下げていると、どんどんこの女の闇が漏れてSAN値が削れるだけだと確信した俺は、諦めの境地で話を促した。

 

「アルバイトのお誘いなんだ。八幡、うちの事務所で働いてみない?」

「──は?」

 

 言ってることの意味が一瞬分からず、間抜けな声が漏れた。が、その単語が脳に染みれば返すのは一言だ。

 

「断る」

「ホント? じゃあ毎日会いに来るねっ」

「…………」

 

 俺の答えに対し、即座に。アイは申し出が断られたにも関わらず、嬉しそうにガッツポーズした。もう俺は宇宙猫状態だ。なんで? なんでそういう思考に繋がる? 断られたんだから引けよ。頷くまで通い詰めるってこと? 脅しじゃねぇか。

 

「……業務内容すら聞くつもりは無いが。アイドル事務所のバイトなんざ、タレントが自由に決められるモンじゃないだろ」

 

 苦し紛れに言えば、待ってましたとばかりにアイは頷いた。自信に満ちた双眸(そうぼう)を輝かせながら。

 

「うんっ。だから──斎藤さんが、連れて来いって」

 

 ヤツが所属する事務所。その親玉の名を口にしやがった。

 

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