推しガイル   作:TrueLight

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俺に特別な価値などない

「いやぁ悪いねぇ待たせちゃって。なかなか仕事が片付かなくてねぇ!」

「……どうも」

 

 夏休みを満喫していた俺の家にアイドル(ミサイル)来訪(着弾)した翌日。俺はアイドル型爆弾ことアイが所属する芸能事務所である苺プロダクションを訪ねていた。

 

 理由はもちろん、前日に持ち掛けられたアルバイトについてである。アイの脅しに為す(すべ)なく屈した俺は、事務所の社長である斎藤氏と顔を合わせることに。ちなみに例の爆弾は仕事だそうだ。それでよく毎日来るだなんて言えたもんだと思うが……仕事があろうが関係ないという心積もりだったのだとすれば、もはやヤツを止める手段など無いのだろう。

 

「ふぅー、今日も暑い暑い。夏真っ盛りって感じだ。だろ?」

「えぇ、まぁ」

 

 エアコンで心地よい温度に調整された応接室。先にソファに座っていた俺の前に、入ってきたばかりの男性がテーブルを挟んで腰を下ろした。立って待っているべきだとか、そうじゃなくても立ち上がって迎えるべきだとか、そんなことは微塵も考えない。こっちとしては心証が悪くなってバイトに落ちるなら文句は無いのだ。

 

 さて、まだ本人から聞いてはいないが、彼が斎藤社長で間違いないはずである。短い金髪にサングラス。着崩したスーツからはどことなく業界人の雰囲気を感じる。想像より大分若く見えるが、アイから聞いていた容姿から逸脱しない。

 

「まずは自己紹介といこうか。苺プロダクション社長の斎藤だ」

「……比企谷、八幡です」

 

 にこやかな表情で名乗る彼に、俺も名前を口にする。互いに相手の名前くらいは承知しているが、これからの話をする上では重要な起点と言えただろう。

 

「よろしく比企谷君。早速だけど本題に入ろうか。アイから聞いてるだろうが、アルバイトの件……の前に、だ。君とアイの関係について。君の口から、聞かせてもらえるかい?」

 

 爽やかな笑みで斎藤社長は続けた。声の調子からも、円滑に話を進めようという意思が窺える。……それでも、対面していて悟らずにはいられなかった。

 

 目の下に隠された隈。時折ひきつる唇。──友好的に細められた目から覗く、鋭い眼光。

 

 彼が深い懊悩と怒りを抱えていることは、俺には十分に察せられたのだ。

 

「……あのアイドルが、俺のことをどう説明したのかは知りません。なので、斎藤社長から質問をいただくことで事実確認をしてもらいたい。……こちらとしては、不必要に自分のことを口にしたくは無いので」

 

 おそらく、この男は俺と大差ない。今回の件に関して言えば、あのアイドルの被害者なのだろう。だから、出来るだけ協力的な姿勢を見せるべきだ。しかし、同時に警戒を解いてはならない。結局のところ、彼はあのアイドルの味方なのだから。

 

「……はぁ。アイが惚れたのが君のような男の子で良かったと安心するべきか、なんで出会ってしまったんだと嘆くべきか……とりあえず、その方向で話を進めさせてもらおうか……」

 

 具体的なことはほとんど口にしていないが、なんとなくそれぞれに置かれた状況は把握できたことだろう。あとはこれを明確にし、落としどころを探っていくだけだ。

 

 向こうからは、俺と言う人間がどういう性質(たち)で、どう遠ざけられるか。それが出来なければ、どう抱き込むか。

 

 こちらからは、いかに俺が無害であるか。そして、あのアイドルに近づきたくないか。関係を断ち切りたいか。その(すべ)は無いか。

 

 どこぞの悪女に手のひらで弄ばれている自身を幻視しながら、俺と斎藤氏の話し合いは始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり……アイは以前のライブで客席の君に一目惚れして。撤収後に偶然君を見つけて食事に誘って。そこで君と意気投合して再会を約束した、と……本当に聞いていたまんまだとは……」

 

 斎藤氏からの質問に対し答えると、以上のようになった。いくつか是正したい点はあったが、それらを改めたところでなんの解決にもならないだろうことは間違いなく。それは置いといて、今度はこちらから質問させてもらうことにした。

 

「あいつが俺の住所を特定しようとした時、手伝ったのは斎藤社長ですか?」

 

「……あぁ、そうだ。気になる男の子がライブの客に居るから、ってな。何度もやめとけって説得したんだが聞く耳持たず……協力しないなら自分で探すなんて言い出すし、邪魔するなら「またアイドル辞めたくなっちゃうかも?」なんて言い出しやがる! どうしてこうなった……!?」

 

 俺の問いに返してくれた斎藤氏だったが、その時のことを思い出したのか頭を抱えて唸りだしてしまう。マジで苦労してるんだな……全然他人事じゃないんだが。っつーか前にも辞めようとしたことあんのかよ。

 

「……まぁ、実のところ、最悪のパターンってワケじゃないんだ」

 

 俺が彼の後頭部を見つつ、その生え際の寿命に思いを馳せていると。彼は顔をあげて、予想外にホッとした様子を見せた。

 

「君は知らないだろうが、アイドルに恋人が居ることは珍しくない」

 

 聞きたくなかったわそんなこと。

 

「身内に打ち明ける女の子だって居る。しかし……普通は隠していることが多い。そしてアイは──どちらかと言えば隠すタイプだ。今回のように直接俺を頼ってきたことを、正直意外に思っているんだ」

 

「自分の欲求を優先しつつ、事務所に出来るだけ迷惑をかけたく無いって思っていた可能性は?」

 

「アイツはそんなタマじゃないな……実利の問題だろう。惚れた相手や関係を持った相手は基本的に隠すが、君の場合はそうしない方が上手くいくと考えた可能性が高い。事実、俺は相手が君のような人間で良かったと思っている。バイトとして引き入れようともな」

 

 訂正、細かな行き違いは指摘しなくても良いと考えていたが。明け透けに俺とあのアイドル間にある誤った感情認識を口にされると胃がムカムカする。とっとと撤回させるべきだ。

 

「今更ですけどね。あのアイドルは俺に好意なんざ抱いちゃいませんよ。応援されるのが当然の仕事やってる中で、そうじゃないヤツが居たから気まぐれに近づいただけでしょう。河原で変わった形の石を拾ってみた。いずれ飽きて放り投げますよ」

 

 斎藤氏は俺のような人間で良かったと言っているが、それは彼から見て、俺が自己保身に長けた人間だからだろう。アイドルが住所の特定を考えるほどに興味を抱いた人間が、それに舞い上がるようなドルオタや口の軽い性質(たち)じゃないことに安堵しているだけ。

 

 結論、俺と言う人間を、あのアイドルが惚れて然るべきだなんて過大評価しているハズが無い。互いにその認識を正しく持つことで、今後いかに穏便にあの女の気まぐれをやり過ごすかという策を練ることが出来る──。

 

「……君は何を言っているんだ?」

 

 ──そう、思っていた。

 

「──あぁ、()()()()

 

 斎藤氏は、その視線に憐れみと納得を匂わせて、深く息を吐いた。

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