「ねぇお兄ちゃん、ホントに教えてくれないの?」
「職場の都合なんだから仕方ねぇだろ……」
記念すべきと言おうか絶望すべきと言おうか。無事両親に許諾されてしまったバイト先へ向かおうとしたところで、見送ろうとしてくれたらしい小町が不満そうに溢した。
斎藤さんと顔を合わせてから翌日、都合よく両親が揃っていたためにバイトの件を相談したところ、止めるどころか諸手を挙げて賛成されてしまった。ストーカーに脅されたことは当然隠したが、苺プロダクションで事務職に就くことまで話している。
しかし、ここで問題なのは小町の存在である。可愛い妹は残念ながらB小町の、なんならアイの大ファンになってしまっているのだ。
斎藤さん曰く、事務所で働く人間の身内にファンが居ると厄介らしい。口が軽い人間なら、友達なんかに漏らした挙げ句「サイン貰ってきてって頼まれた」なんて面倒事を持ち込みかねない。それだけなら可愛いモンだが、直接会いたいなんて言い出すことも十分考えられる。
俺は小町が周囲の人間に触れ回った末にファンサを強請るなんて有り得ないと確信しているが、そんなことは斎藤さんにとってなんの慰めにもならない。許可が必要な両親や学校の教員以外に働き先を教えるな。当然の配慮だろう。
さて、これには俺も両親も同意するところだ。俺は言わずもがな、小町を猫可愛がっている両親も娘が面倒事に巻き込まれるのは御免被る。アイのファンである小町にはバイト先を伏せることで合意した。
しかし、仲間外れにされている本人としては不満たらたらな訳だ。俺のこれまでの言動からバイトしていることそのものを隠すのは不可能なので、これは晩飯の席で妹にも明かしたんだが、それ以外の情報は両親と兄が知るのみで自分には隠されている。
兄である俺だけが隠しているならやりようもあっただろうが、両親からも教えられないと直接言われてしまえば折れざるを得ない。が、やはり「なんで自分だけ」という感情は誤魔化せない。
「むぅ〜」
そしてさらに翌日、初出勤となる今日。結果として食い下がりはしないものの頬を膨らませ、わたし不満ですとアピールする愛らしい生き物が誕生していたのであった。
「なにそれどこで覚えたの? 俺以外に見せるんじゃないぞ、おねだりは聞いてもらえるかもしれんが誘拐のリスクが高まる。どうしてもやるなら親父だけにしとけ」
「こんな顔しなくても言う事聞いてくれるもん。見せるのお兄ちゃんだけだよ? あっ、これ小町的にポイント高いかもっ」
上目遣いに言った後、にぱっと笑う
「はいはい可愛い可愛い……あぁそうだ、客が来たときはすぐには出るなよ。インターホンのカメラか、最低でもドアスコープを確認しろ。お兄ちゃんとの約束だ」
「最近それよく言うけど、どうしたの? なんかあった?」
お前の推してるアイドルが押しかけてきたぞ、なんて言ったらどんな宇宙小町になるか興味が湧いたが、よく考えなくても頭がおかしくなったと思われるだけだった。
「夏はおかしな人間が増えるからな。可愛い妹が安全に過ごせるよう注意しとこうってだけだ……これ、八幡的にポイント高いかもな」
ちなみに春も秋も冬もおかしな人間はおかしいので、結局自衛に春夏秋冬は関係無い。お巡りさんの活躍に乞うご期待だな。
「わーお兄ちゃんカッコイイなー。それはそうと、まだ行かなくて良いの?」
「呼び止めといてお前……んじゃ、そろそろ行ってくる」
「うんっ。頑張ってね!」
手を振ってくれる小町に同じく返し、俺は自宅を後にした。
「……給料入ったら、ちょっとくらいサービスしてやるか……」
明るく振る舞っていたが、隠されているバイトの件を我慢出来ず蒸し返したことを後悔していただろう