推しガイル   作:TrueLight

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俺は彼女に興味が無い

「マネージャー、一度進捗見てもらいたいんですけど」

「え? えぇ、もちろん」

 

 苺プロダクションでのアルバイト一日目。斎藤社長から事前に聞いていた通り、俺は事務所で総合的なマネジメント職に就いているらしい女性の下で仕事に励んでいた。夏休みにPCの前で事務作業に勤しむ俺。認めたくない現実である。

 

 女性の名前はミヤコさん……苗字は俺の心を守るために忘却した。中学時代、好きな男子の名前をイニシャルで良いからと聞き出した女子と同じだったからである。当時のトラウマは未だに燻っていた……と言う話はともかく、ファーストネーム呼びも論外であるため役職で呼ばせてもらうことに。

 

「えーっと? ……うん、……うん。問題ないわね、この調子で進めてくれるかしら」

「了解です。半分くらいまで進んだらもっかい見てもらっていいすか?」

 

「いいわよ。それにしても……初めてのバイトよね? ずいぶん慎重ねぇ」

「全部終わったらやり方間違えてました、もう一度最初から、なんて嫌じゃないすか」

 

「あぁ、そういう経験はわたしもあるわねぇ……分かったわ、気になったらいつでも呼んでちょうだい」

「あざす」

 

 すでに業務開始から数時間が経過しており、仕事内容を教えてもらう流れで多少は口調も気安くなってきた。……マネージャーは正直、パッと見は警戒心を抱かざるを得ないタイプの女性だ。しかし、仕事が出来て人当たりも好い、ハッキリ言って今まで出会った女性の中で最も話しやすい類の人間だった。最初は事務所で二人きりという状況に逃げ出したかったが、今ではこんな上司で良かったと思える。

 

 さて、今のところ俺が任されているのはペーパー資料の電子化や、すでにそれが済んでいるものの、雑多に集められているファイルのカテゴライズ及び統合。金回りのデータ集計などなどである。

 

 正直なところ、最後の一つ……表計算ソフトを使って行うその業務についてはかなり苦手意識があった。学校では数学のテストで赤点すら取ったことがあるほど数字に弱い俺だ。だが、実際に作業してみると思いの(ほか)上手く扱えていた。

 

 そもそも以前から使われているフォーマット上で業務を行うため、俺に求められるのはデータを元に正しい数値を入力することである。それらを元に集計を行うことが目的だが、そんなものはソフトが勝手にやってくれるのだ。

 

 無論、関数を始めとして要所要所に自分で数式を入力する必要はあるが、んなもんは隣の先達に聞けば一発だし、必要な関数はそこまで多くないため、何度か使ってみればすぐに覚えられた。公式を使って解を導く数学と違い、関数にデータをぶち込めば勝手に計算してくれるソフトがある以上、俺の数学適正なんて業務には支障を来たさなかった。

 

「壱護が連れてきただけあるわね……上出来よ、比企谷君」

 

 定時を迎えて。結果として、俺は無事マネージャーに「使える」と判断してもらえたようだった。

 

「明日からもよろしくお願いね。わたしは外で別の仕事があるけど……比企谷君は残るのよね?」

 

 俺とあのアイドルの事情を知るのは、社長に加えてこのマネージャーのみである。暗にアイが戻るのを待つのだろうと言われ、俺は渋面を浮かべつつ頷いた。しかし直後、マネージャーの発言に思わず顔を上げた。

 

「朝、俺が来る前から居ましたよね? まだ仕事あるんすか?」

 

 働いたら負けという理念を崇拝する俺にとって、すでに自身は敗北者である訳だが。一日俺の横で仕事をしていた筈のマネージャーにまだ業務が残っていることが空恐ろしく、問いかけてしまった。

 

 マネージャーはフッと冗談めかしつつ、瞳に昏い色を覗かせて言った。

 

「比企谷君……芸能プロダクションの管理職にね、定時なんて概念は通用しないのよ……」

 

 その様を見て、俺は絶対管理職になど就くものかと決意した。怖えよ……。

 

 俺の引いた顔に多少溜飲が下がったのか、悪戯が成功した子供のようにマネージャーは笑う。

 

「まぁ、言うほど辛いものでもないわよ。みんなで夢に向かってる……そう思える限り、時間外労働なんて屁でもないわ」

 

 社会の闇。ブラック企業に染まった人間の思考に恐怖を覚えたが……それよりも、マネージャーが続けた言葉が耳に残った。

 

「夢って、どんな?」

 

 自分の身を削ってでも追い求める夢。労働を敵視する俺としては、ぜひ聞かせて欲しかったが──。

 

「ヒミツ♪ もっと仲良くなったら教えてあげるわ」

 

 マネージャーはウインクしてそんなことを(のたま)った。

 

「はぁ……ずいぶん曖昧っすね、仲良くって」

 

 マネージャーが俺に対してそう思う日が来る前に、夏休みは終わるだろうな。そう考えて苦笑すると、俺の内心を知らないだろう彼女は出口に向かいつつ肩越しに言う。

 

「あなたが夢を共有出来る仲間になること、わたしは期待してるわよ。それじゃあ、お疲れ様!」

「……お疲れ様っす」

 

 彼女の期待なる言葉に、今日の業務を思い返してため息をつく。そりゃあ、事務作業だけであれだけ残ってるなら、使えそうな新人バイトにすら期待するだろうな、と。

 

 今日一日の仕事はそれなりにこなせただろう……なんならちょっとした達成感すらある。が、俺のような新人ですら片付けられる仕事が積み重なっていたのだ。あるいは現在進行形か。管理職たる彼女の苦労が偲ばれるというものだ。

 

「……まぁ、給料分くらいは働かないとな……」

 

 アイが戻るまで、ソファに座って時計を眺めつつ、ぼんやりと呟く。長くても夏休みが終わるまで。叶うならすぐにでも……あのアイドルが俺に飽きれば辞めてしまえるんだが。そうなるまでは、力になれればと思わないでもなかった。

 

「ただいまっ。──あっ♪ おつかれ八幡!」

 

 ……来やがったか。マネージャーが事務所を出てからしばらくして戻った稼ぎ頭に、ソファの上で少しだけ姿勢を正した。

 

 ──さぁ、ここからが本番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会いたかったよー。八幡は一日なにしてたの?」

「仕事に決まってんだろ……」

 

「えー? 佐藤……じゃなかった、斎藤さんは居るだけでも良いって言ってたんでしょ?」

「金だけもらうのは後が怖いんだよ。使ってから返せと言われたら洒落にならん」

 

 応接用のソファ。先に座っていた俺の対面……ではなく。当然のように横に座り、ぐいぐいと身体を押し付けてくるソイツに、出来る限り素っ気なく返した。

 

 状況を整理しよう。なぜ俺は苺プロダクションでバイトなんぞすることになった? はい、隣のイカれた女が原因です。こいつが俺に執着するあまり住所を特定し、なんなら毎日通い詰めるなどと言い放ったのだ。

 

 それを事務所の社長であるところの斎藤さんとしては断固認められない。ゆえに、俺をバイトとして引き入れた。たとえ仕事をしなくても構わないから、と。

 

 俺としては毎日この女が来るなど冗談じゃなく、それが理由でファンに目をつけられたらどんな目に遭わされるか戦々恐々だ。そんな結末を避けるべく、渋々斎藤さんの要請に従った形である。そして、事務所で寝てるだけで金を施される雇用形態なんざ受け入れられる筈もなく、マネージャーであるミヤコさんの下に就くことになったのだ。

 

 では、俺や斎藤さんにとっての問題解決とは何か。もちろんこのまま苺プロダクションに所属するなんて認められないし、斎藤さんとしても本意ではないだろう。

 

「でね? 今日は午前にダンスレッスンがあったんだけどー」

 

 答えは簡単、この女が比企谷八幡という一般人に対する興味を無くすことである。そのためには残念なことに、こうして業務後に残ってでも同じ時間を過ごす必要があった。俺にとってバイトをしている時間はおまけでしかない。

 

 目的からは矛盾するようだが、現状ただ一つの手段。時間の許す限りこの女と会話を重ね、俺という人間がいかにしょうもない存在であるかを理解させることだ。人間、相手のことをよく知らないから期待する。一つの側面を切り取って、さもそれが全てであるかのように錯覚する。

 

 この女は、俺が例のライブでアイという存在に忌避感を覚えたという一点のみで興味を抱き、「直感で相手の仮面を見破る天才」なんて過大評価を下した。凄絶な過去を持つ年下の少女を憐れんでしまったがゆえに。アイドルにも拘わらず俺と関係を持とうとする危うさを指摘してしまったがゆえに、「優しい」などと期待されてしまった。

 

「その曲のテンポが難しくってさ?」

 

 だから、あの料亭での一件で意味不明に上がってしまった俺の株を下げる必要がある。そのためにはこのアイドルと顔を合わせ続けなければならない。そしてその末に、比企谷八幡という男がどういう人間であるかをこの女が十分に把握した時ようやく、俺と斎藤さんは解放されるのだ。

 

「八幡はダンスって得意?」

 

 戻ってからというもの、自分の活動について話していたアイ。それに関心を見せず「へー」とか「ほー」とか相槌を打っていたら、唐突にそんな質問が。

 

「あ? あぁ得意だぞ。小学校のキャンプファイヤー、周りが二人一組で踊る中で俺一人だけエアオクラホマミキサーしてたくらいだ」

 

 黒歴史が思い起こされた俺が、虚空を見つめながら無意識に返せば。

 

「へーっ、すごーい!」

「…………」

 

 隣のアイドルは何故か瞳を輝かせた。……うん、きちんと状況が伝わってないね。みんなでダンスする中、俺がセンターを獲得したくらいの情報の齟齬があるね。

 

「女子に避けられてたんだよ言わせんな……。相手が手ぇ繋ぎたくないって言うもんだから、ずっと一人で踊る羽目になったんだ……」

 

 意図が伝わらず滑ったギャグの解説をする時もこんな気持ちなんだろうか……稀有な体験だ。俺が他人を笑わせるために冗談を口にすることなんて無いからな。

 

 しかし、意図せずではあったが好感度を下げることは出来たんじゃないか? 幼少期から異性にキモがられていたエピソードだ、自虐ネタにしたってキツイだろう。

 

「えー? もったいないなぁ、わたしだったらずっと八幡のこと独占したのに」

「…………」

 

 効果ナシ。……まぁ、これくらいで目的が達成できるなんて(ハナ)から思っていない。この女は頭がおかしいのだ。俺という人間を正しく評価するのにも時間がかかるだろう。焦るな、比企谷八幡……。

 

「それでね? 午後はボイトレがあったんだけど……わたし歌が特に苦手でさー」

 

 そういや小町が夕食の席で、テレビを見ながら言っていた気がする。センターで踊るアイが一番好きだが、歌はあり、あり……なんだったか。ありぱんだかありぽんだかと呼ばれるメンバーが頭抜(ずぬ)けていると。

 

 まぁ、そんな話のタネをわざわざこちらから提供しないが。

 

「なかなか満足な出来にならなくて、結局メンバーの皆が帰ってから延長お願いしちゃった」

 

 ……提供は、しないつもりだが。向こうからの話題にこちらが興味を惹かれてしまい、疑問が口を衝いてしまう。

 

「トレーナーもスタジオもタダじゃないだろ。その辺どうなってんだ?」

「──っ。それはね……!」

 

 しまった、とは思ったが。今日従事した仕事内容に直結していることだけに、話を引っ込めることも出来なかった。自分が処理している事務作業がどこから生まれているのかを知るのは、今後俺自身のバイトに対するモチベーションに直結する。

 

 案の定、アイは俺が話に食いついたことに嬉しそうな表情を浮かべ、その活動内容について思いつくままに話し始めた。

 

「──って感じかな?」

「……なるほどな、道理で細々(こまごま)した請求書が溜まってる筈だ」

 

 アイに聞いた話に納得し、俺は日中の事務作業を思い出す。支出関連の紙媒体をデータ化している際、いくつも見られた類似する請求書。それらの一端こそ、このアイドルが口にしたように突発的に発生したレッスン等の支払いなのだろう。

 

 他の事務所については知らんが、苺プロダクションではアイドルのダンス及びボイスレッスンの契約を年単位で結んでいるようだった。が、こうして現場の判断でコマが増えると小さな請求が届くって訳だ。

 

 そしてこんなのは氷山の一角で、事後処理をあのマネージャーが切り盛りしていたんだろう。そりゃ俺みたいな新人を使いたくもなるってモンだ。

 

 ……こうしてアイの話を聞くと、俺が片付けた仕事と彼女の活動がリンクしていて少し面白い。それに、このままアイの話を適当に聞いているよりも、仕事の話ばかりされるほうが中学生の女子としては辟易(へきえき)とするだろう。

 

「なぁ、今日俺が処理した書類にこんなのがあったんだが──」

 

 このアイドルからの印象を悪くすること、そして俺自身の好奇心を満たすこと。おそらく俺と距離を縮めたいだろう彼女の意思を考えず、俺は利己的な質問を重ねることにした。

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