苺プロにおける新人バイトこと俺のシフトは、土日がほぼ固定、平日のどこかしらにもう一日で週3日となっている。俺やマネージャーの他にも事務作業を処理するスタッフは居て、しかし彼らはここ最近あまり休めていなかったそうだ。俺を入れることで元居たスタッフの勤務日数を健全にしようという思惑が存在するのである。なので俺が出勤する日は基本他に人が居ない。
と言うことで日曜。昨日に続いて連勤だ。夏休みだから出勤する曜日に別段違いは無いのに、土日に働いているというだけで損した気分になるのはなんなんだろうか。俺だけか? いいや誰だってその筈だ。夏休み。土日。等しく学生にとっては心躍るモノであって然るべきだ。
「はい八幡、お茶だよ」
「…………サンキュ」
などと、考えても身にならない我が身の不幸を呪いつつパソコンをカタカタしていると、ついさっき飲み干したコップが再び冷えた茶で満たされていた。持ってきてくれたのは同じ事務所に所属する星野。……おかしい、コイツの仕事内容にお茶汲みは含まれていないハズだが。
「……」
「おいし?」
「……まぁな」
「──♪ おしごと、頑張ってね」
奇怪な現状に渇く喉を潤すと訪ねてきた星野へ一言。何やらお気に召したらしい彼女は頬を緩めると、そんな言葉を残してミーティング用のスペースへ向かった。俺が事務作業をしているスペースと、アイドルが集まってミーティングなんかをするらしい場所はパーテーションで区切られているものの、完全に視界が
「……はぁ」
軽く。何度目か分からないため息を
……いや何度振り返ってもおかしい。カメラが作動しているとは言え、入ったばかりのバイト一人を事務所に放置するのマズいだろ。オフのアイドルが転がり込んで二人きりになるのもそうだ。
俺と会いたいとかいう狂った願望がある故に、星野はこちらのシフトを斎藤さんから共有されているんだが、だからと言って仕事中に押し掛けるヤツが居るか? 邪魔をしてこないのは良いとしても、相手をしてやれないのに同じ空間で待たれるのは大層居心地が悪い。
「何してんだか……」
夏休み。日曜日。芸能プロダクションで事務作業に勤しむ俺も。人気が出てきてそこそこに忙しいこの頃、オフの日にわざわざ事務所に居座る星野も。それぞれを客観視して、俯瞰的に見比べて。度し難いと呆れながら、俺は積まれたタスクを淀みなく捌いていった。
「──ふぅ」
「終わった?」
「っ!?」
作業の
「
「ずっと見てたもん」
「見てんじゃねぇ金取るぞ」
「えっ、払ったら見てても良いの?」
「言葉の綾だっ。そもそもお前は取る側の人間だろうが」
「あなたにお金を使いたい。そう思わせられたのなら、わたしも八幡も変わらないでしょ?」
ああ言えばこう言う奴だとうんざりしつつ、俺はPCの電源を落とした。デスクに積んでいた資料も、俺が業務の中で分類したキャビネットに収めていく。……その間も、星野は金魚のフンよろしく俺の後を付け回している。
「……はぁ…………」
「♪」
デスクチェアに戻ると、このアイドルがキャスター付きのソレで近づいてくるだろうことを予想し、安全を期すために応接室へ移動。ソファに座ると当然のように右隣に腰を下ろしてきた。
「はぁ~」
「──っ」
それどころか俺の肩に頭を預けて、リラックスしていますとアピールするように声を漏らす。
「
昨日はその場の空気に流された感があり、ソファで隣り合うに終始したが。仮にそうでも少し距離を置こうと、俺は少し左にズレる。
「むっ」
案の定と言うべきか、すぐさま星野は距離を詰め、同じように俺の肩を枕に……どころか、逃がすまいと腕を絡めて来やがった。……もう駄目だ、最初からコイツの要望にある程度応えつつ、その中で星野という女の男性観から逸脱した言動をとるしかない。……そう吹っ切れれば得意分野だな、何せ狙わなくとも結果そうなってきたのだから。
「……で、今日はどした」
「っ! なにがっ?」
あまり俺の方から星野に話題を提供したくはないが。俺と彼女の関係を明確にし、それを断つために重要な情報だと確信してあることを尋ねる。
「今日は──いや、昨日の帰り際からか。明らかにテンションが、なんつーか……なに? 落ち着いてるだろ。俺の前じゃあざとかったっつーか……
例えば俺の家を訪ねてきた時。ストーカー行為はともかく、俺に対する言動は快活で可愛らしいアイドルそのものだった。斎藤さんと面談してバイトが決まり、その後事務所に戻ってからも、俺を見つけて手を取り、ブンブン上下させてみたり。
それが昨日、おそらく俺が仕事の話題を口にした前後から鳴りを潜めたように見える。俺の狙いが功を奏して、順調に好感度が下がっている……とは到底思えない。それどころか、むしろ……。
「アハッ♪ やっぱり八幡は凄いね☆」
星野はわざとらしく、満面の笑みで言った。──それは一瞬で、すぐに微笑に変化したが。
「
「チッ」
『直感で相手の仮面を見破る天才』
そんな妄想を補強してしまったことを察して舌打ちすれば、星野はくすくす笑って先を続けた。
「君の住所を特定して、いざ行こーって時。斎藤さんはね、『本当に惚れてるならバイトに勧誘してこい』って言ったんだよ。その時、あぁわたしって、八幡に惚れてるんだぁって思ったの」
微笑みの中、薄く開いた瞳はどこを見ているか分からない。応接用のテーブルに向けられているが、見ているのはまるで別の場所だろう。あるいは時間すら超えて。
「だから、それを表現してみたの。恋する女の子。好きな男の子の前で、どんな行動をするのか。どういうアピールをするのか。あんまり理解できなかったけど、取り敢えず真似てみたんだ──もしかしたら、君の方が分かってくれるのかもって、期待もしてた」
腑に落ちた。斎藤さんが勘違いしているところの、星野が俺に向けている恋愛感情。それを言葉でハッキリ指摘された彼女は、自身が調べた限りの知識でそれを模倣した。もしかしたら、これこそが本物に成るのかも知れないと期待して。
「でもね、気づいたんだ。
星野が。俺の肩に頭を触れさせたまま、滑るようにこちらを見上げた。どこか恥じるように、顔は赤らんでいる。言葉にするか迷うように、口元は波打っていて。
──どくんと、心臓が跳ねた。……今までに何度か感じた、凍り付くような恐怖ではなく。それどころか正反対のエネルギーが、俺の胸に襲い掛かった。
「君の前で笑顔を振りまいて、カラダを押し付けて、誘惑して──セックスしたい。そんなことよりもね……ただ君と。八幡と一緒に居て、お話ししたいって……そう思ったんだ」
眉を八の字に、照れくさそうに笑う星野。今までどんな表情を浮かべていても、どこか薄っぺらく感じていた俺の目に、その笑顔は──純粋で。尊いものに映ってしまった。