推しガイル   作:TrueLight

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俺はバイトでしかない

「…………」

 

 某日。俺は本格的に上り始めた太陽を背に、苺プロダクションの前に佇んでいた。今日も今日とて出勤……なのだが。

 

『君の前で笑顔を振りまいて、カラダを押し付けて、誘惑して──セックスしたい。そんなことよりもね……ただ君と。八幡と一緒に居て、お話ししたいって……そう思ったんだ』

 

 直近の日曜。仕事を終えてから星野にそう告げられ、どこかしっとりとした雰囲気のまま言葉を交わしたあの日。特別な会話など続かず、空気を霧散させようと俺は仕事の話に終始したし、星野もその流れを断とうとはしなかった。

 

 だが──ハッキリ言おう。気まずい……!

 

 星野はあの日まで、俺に様々なバイアスがかかっていた。たった数回の邂逅での出来事を切り取り、引き延ばしてフィルターを作り上げ、それを通して俺と言う人間を捉えていた。期待だの願望だのを俺に押し付け、執着していた。

 

 しかし……あの日の瞳。俺に向けられた視線から、それらが薄れていたように思えた。──俺を。比企谷八幡という人間を、ありのままに見つめようとしていた……気がする。

 

「…………」

 

 傍目には不審者に見えるだろうな、と思いながら。未だ建物に足を踏み入れず、事務所が入っている建物を仰ぐ。

 

 ──なぜ俺は、未だ苺プロで働いているんだ?

 

 あの日から今日まで。自宅で引きこもり生活を堪能しながら、幾度となく考えた。星野とそれなりに同じ時間を過ごして、言葉を交わして。俺はともかく、彼女は比企谷八幡という人間を多少なり理解したはずだ。

 

 なのに……俺はまだ、アルバイトとして雇われている。

 

 今までの経験上、女子と言うのはそういうものだった。俺と時間を重ねるごとに、比例するように距離を取っていった。彼女もそうなると確信していたのだ。けれど、俺はあのアイドルに囚われたままだ。彼女が斎藤さんに一言告げれば終わるはずの関係は、継続されたままなのだ。

 

 結論──星野は。あのアイドルはまだ俺を好意的に見てしまっている。理由は不明で、打つ手もない。簡単だと思われていた解決策は、いとも容易く手の中から零れ落ちてしまった。

 

「…………はぁ」

 

 憂鬱だ。これから先、いつバイトから解放されるのか分からないことが。──それ以上に、星野と顔を合わせることが。

 

『八幡と一緒に居て、お話ししたい』

 

 見てくれだけは抜群な、年の近い女の子。そんなことを言われて平然としていられるほど耐性は無いのだ。時間を置けば置くほど……あの瞬間の、妙な気分が蘇る。

 

 胸が疼くような、締め付けられるような……淡く小さく。それでいて力強く胎動する、不思議な感情が。──恋愛感情だなんて甘酸っぱいものではないと、それだけは断言できるが。

 

「……(あち)ぃ」

 

 幸か不幸か、事務所に入る気まずさよりも外気の不快指数が上回った。あの日の出来事を振り切り、想起した感情に蓋をして、俺は苺プロダクションの扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……」

「──ッ」

 

 入るのが気まずいと言っても、俺が出勤する時間に星野が事務所に居たことは無い。スケジュールを確認する限り、今後もあまり無いだろう。ゆえに、タイムカードを切ってしまえば仕事に没頭するだけだったんだが──運の悪いことに、アイドルのミーティングが俺の目と鼻の先で行われてしまった。それが数十分前である。

 

 まぁ、普通に考えて、同じ事務所に所属する人間同士である以上、いつかは顔を合わせることもある。それがたまたま今日だっただけだ。

 

 しかし……まさか、話しかけられるとは思っていなかったのだ。声に振り向くと、そこには星野が所属するアイドルグループB小町、そのメンバーの一人が立っていた。

 

 余談だが、俺は彼女らが中に入り、横を通り過ぎて挨拶されるまで息を潜めていたし、バラバラに投げかけられた「おはようございます」に目も合わせず会釈のみを返している。どう考えても心証は良くない筈だ。別に良くしたくは無いが。

 

「……なんだ?」

 

 声をかけられて迷惑していますよ、という態度を隠さず肩越しに顔を向ける。ピタリと作業の手を止めたことから、あなたの存在によって仕事が止まっていますよ、と明確に伝えられていることだろう。

 

 ちなみにB小町のメンバーには俺より年長も所属しているため、普通に考えれば無難に敬語で対応して然るべきだ。俺もタメ口で対応するのは少々胃が痛い。

 

 しかし、俺は星野に嫌われたいのである。であればまずB小町の面々に嫌われ、女子特有の悪口大会で俺の名前が挙がれば万々歳なのだ。不快にさせて悪いとは思うが、俺はB小町の面々に対し不躾な態度を一貫するつもりでいる。

 

「えっと、あの……初めまして、B小町の新野(にいの)、です。新しい事務員の方、ですよね? よろしくお願い致します……」

 

 気弱そうに笑う新野(にいの)さんとやらは、俺に対して自己紹介と共に頭を下げた。さすがアイドル、俺のような相手でも仕草にそつがない。おどおどはしているが不快になるほどでは無かった。

 

 ところで何でこんなに畏まってんだろうか……と思ったが。俺は向こうのことをなんとなく把握しているが、彼女らからすればいつの間にか雇われていた事務員であり、年齢も不明なのだ。そりゃ敬語で話しかけるよな、俺と違って。わざわざ斎藤さんやマネージャーが俺のことを説明するとも思えないし。むしろ、可能ならばバイトを辞めるその瞬間まで触れずにいて欲しいところだろうな。

 

 向こうから接触してくる以上、やり過ごさねばならないんだが……すべてを説明しろとは言わないから、新しくコネで入れたバイトが安全とは限らないから近づくな、くらいの釘は刺しておいて欲しいものだ。ちなみに俺は斎藤さんの親戚の子供という設定がある。誰にも説明していないが、もしかしたらこの後が初になるかもな。

 

「まぁ、そうだけど。事務員っつっても高校生のバイトだけどな。で、なんか用か?」

 

 俺の言葉と同時に顔を上げた新野(にいの)は、ホッとした様子で口を開く。

 

「はい……マネージャーが来てからスケジュールの確認と、次のイベントの打ち合わせをする予定だったんですけど……マネージャーは少し遅れるみたいで。スケジュールの確認だけしておくようにって指示が……」

 

「……は? 俺が?」

 

 辺りのデスクを見渡し絶望する。今オフィスに居る「事務の人」とやらは、俺以外に存在しなかったのだ。

 

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