推しガイル   作:TrueLight

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俺に仲間なんていない

「なぁ比企谷。お前、イジメ受けたことあるだろ」

「──ねぇよ」

 

 鼻で笑った俺に対し、斎藤さんは失笑して続ける。

 

「言葉を変えようか、"多くの人間がイジメられたと受け取るだろう経験"があるよな?」

「……俺がそう受け取らなかった以上、そんな事実は無い」

 

「事実はあった、と捉えさせてもらおう」

「話聞けよ」

 

 こちらの苦言など聞く耳持たず、オッサンは片手でペットボトルを弄ぶ。

 

「あいつらにお前がやったのは、過去に自分が目にした言動の模倣だろ? そして、それをされる側の気持ちってのを十分理解しているお前は、こんな暑い中屋上でしかめっ面って訳だ。不器用だねぇ」

 

「…………それがなんだってんだ」

 

 異論反論はいくらでもあったが、それをやるのは時間の無駄だ。結局斎藤さんが何しにここに現れたのか。彼の言葉を引き出さない限り、俺たちの間にあるはずの"共通の目標"を再設定することすら叶わない。

 

 眉を寄せて絞り出した俺の内心を知ってか知らずか、斎藤さんはその先を話す。

 

「B小町のメンバーに嫌われたいんだったか? 同調圧力でアイも流されるだろうって考えだったな……今更だけどな、お前はあいつらのことなーんにも分かってない。そこそこ付き合いのあるアイに対してすら理解が及んでない」

 

「あの珍生物の生態を解き明かせてたらとっくにこのバイト辞めてるっつぅの。現状から脱却出来てない時点でアンタも同レベルだろ」

 

「ははっ、確かにな……じゃあそんな同レベルの社長サマからアドバイスだ。ひとつ、お前みたいなお優しくて不器用な素人が悪人ぶったって、あのアイドル連中にはなーんの効果も無いこと。ふたつ、B小町は同調圧力なんてものが働くような仲良し連中じゃないこと。んでみっつ……お前は意固地になって、アイから目を逸らしてるってことだ。これらをしっかり認識しなきゃ、今後もお前はアイに振り回されるだけだろうよ」

 

「聞き捨てならねぇな……ひとつ目、そもそも俺は優しくも無ければ不器用でもない。悪人のつもりは無いが底意地は悪い方だ。じゃなきゃ高校でぼっちなんかやってられない」

 

「自信満々に言うことか……?」

 

 怪訝な視線を向けてくれたオッサンを無視して、俺は勢いのままに反論した。

 

「ふたつ目、自分の事務所の商品に問題があることを棚に上げて説教するな」

 

 これは効いたらしい。ずぅんと幻聴が聞こえそうなほど分かりやすく、斎藤さんは項垂(うなだ)れた。

 

「みっつ目……俺ほどあのアイドルを危険視してる人間は居ないだろ。俺で目を逸らしてることになるなら、あんたには何が見えてるってんだ」

 

 ……結局のところ、本題はそこだったのだろう。俺の言い分に、斎藤さんはゆっくりと顔を上げた。──そこには予想外に真面目な表情があって、思わず居住まいを正してしまう。

 

「比企谷──お前は、アイのことが嫌いか?」

 

 どういう意図かは読めない。……狙って、そういう言動をとっていそうだと直感する。星野が何か吹き込んだか? よく分からんが、この男に対して俺がスタンスを偽る必要はない……筈だ。

 

「当たり前だろ。俺の日常を人質にとって夏休みを労働漬けにしてくれた諸悪の根源だぞ。絶対いつか報復してやる、あの女」

 

「週3勤務で労働漬けってお前……まぁいい、お前の言い分は分かった。けどな、俺には理解できないんだよ……アイから聞く比企谷八幡って人間と、俺の前で(こじ)らせてる高校生のガキが一致しない。──嫌いだって言うなら、どうしてアイに優しくする?」

 

「──? 俺がいつあの女に優しくしたんだよ」

 

 本当に、星野に何を吹き込まれたってんだ。あのアイドルが俺に抱いてる幻想が、なぜだか社長にも伝播(でんぱ)してしまっているらしい。星野に優しくしたなどという記憶が無い俺は、その思いを隠さず口に出す。

 

 ……こんな話をアイから聞いた、というような。明確な論拠が示されることを期待したのだ。けれど──斎藤さんは、驚愕を隠せないとばかりに目を丸くしている。

 

 ばしゃり。次いで、とくとくと水が屋上に広がる。蓋を開けたまま、指先でぷらぷら揺らされていたペットボトルの結末が、彼の動揺を表しているようだった。

 

「マジか……天然かよコイツ……てっきり俺は──」

 

 深くため息をつき、顔を覆って再び背を丸める斎藤さん。……足元に転がってるペットボトル拾えよ。

 

「何の話してんだよ」

 

 オッサンの様子から、暗に俺の言動へ対する呆れを感じ取り、追求しようとするが。

 

「いや、なんでもない。こっちの話だ……下手につつくと余計に(こじ)れそうだしな。手綱は握っときたいが、蹴られるのはゴメンだ」

 

 意味不明な言葉で煙に巻かれてしまう。……相手の心証を損なう見本として、俺の前で何かを匂わせるような言動をとり続けるこのオッサンは好例かもな。

 

 事実、俺は斎藤さんに燻るような怒りを覚えていたのだ。

 

「結局、何しに来たんだよ」

 

 こちらの不満は──伝わっている。斎藤さんの表情から、それは確信できた。……もっとも、それは俺の意に沿った形では無かったが。

 

 にやりと下卑た笑みを浮かべて、オッサンは立ち上がる。足元の、中身がほとんど消えてしまったペットボトルを拾って、そのまま俺に向けた。

 

「契約変更のお知らせさ。比企谷──今後、事務処理以外の仕事も担ってもらう。あぁ安心しろ、ちょっとした雑用を頼むくらいだ。給料も上げてやる」

 

「はっ!? ちょっと待て……ッ」

 

 こちらも立ち上がり抗議しようとするも、

 

「別に当初の予定通り、仕事をせずに事務所で寝てても良いんだぞ? だが、その場合でも給料は出させてもらう。じゃなきゃ体面が傷つくからな。けどお前は金を貰うなら仕事しなきゃ気が済まない性質(たち)で、今のままなら仕事そのものが底をつく。別の仕事を頼むのは当然だろ?」

 

 矢継ぎ早に押し付けられた理屈を──俺は、拒絶することが出来なかったのだ。

 

「このオッサン……!」

 

 歯噛みしながら睨む俺を、してやったりとばかりに笑う斎藤さん。

 

「がははっ! 有能な自分を誇れよ比企谷……俺としては、お前を追い出す理由の大半は無くなった。どうしてもバイトが辞めたきゃ言え、いつでもクビにしてやる。ただ──アイとの関係は、お前がどうにかしろ。俺は協力してやれん……それじゃあ、俺は戻ってるからな」

 

 鼻歌交じりに事務所へ戻っていくオッサン。その背中を見送ることしか出来ず、再び一人になった俺は……全身の力が抜け、どかりとベンチに身体を押し付けた。

 

「──クソが……ッ」

 

 同じ苦労を抱えていると思っていた。星野というアイドルに振り回される被害者として協力出来ると思っていたのだ。……俺は、何も分かっちゃいなかった。あの男は、あれでも芸能プロダクションの社長なのである。

 

 はじめから──あのオッサンと結託出来るなどと考えるべきでは無かったのだ……!

 

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