推しガイル   作:TrueLight

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俺は彼女らに踏み込みたくない

「お疲れ様、八幡っ」

「…………おう」

 

 同志から怨敵へと変貌しつつある斎藤さん……もうオッサンで良いか、カバーストーリー上は親戚なんだし。俺が社長をそう呼ぶことで、立場を弁えろと不快になる人間は居るかも知れないが、それは歓迎するところだ。設定上は違和感のある呼び方でもないし、あんな悪辣な人間の呼び名はオッサンで十分だろう。

 

 そのオッサンに振り回された一日をようやく終えても、ヤツが管理を半ば放棄している爆弾の解除を試みる時間はやってくる。終業後、応接室で我が身を(はかな)んでいた俺は、当然のような顔で戻ってきた星野に一言返した。

 

「♪」

 

 返事とも呼べないそれに、星野は頬を緩めて……これまた当然のようなツラで俺の隣に座った。太腿を、腕を密着させて、肩に頭を預けてくる。──もうこの女のコレは諦めることにした。どうにか防ごうとしたところで時間の無駄なのは明らかだからだ。俺がすべきことはこいつと会話を重ねること。それを続けることで、いつかきっと、この女が愛想を尽かしてくれると期待するしかない。

 

『君の前で笑顔を振りまいて、カラダを押し付けて、誘惑して──セックスしたい。そんなことよりもね……ただ君と。八幡と一緒に居て、お話ししたいって……そう思ったんだ』

 

 打刻する直前。事務所の建物を前にして、気まずいと感じていた。容姿の整った同年代の女子に、真っ直ぐそんなことを言われて。顔を合わせづらいと憂鬱になっていた。

 

 スケジュール確認で顔を合わせた時は、別段何も感じなかった。慣れない、その上明らかに重要な仕事を押し付けられて困惑していたし、慌ただしくキャビネットをひっくり返したこともあって疲労もあれば緊張もあった。今思い返してハッキリ表現すれば、あの時の俺は気が動転していたのだ。星野を目の前にしたところでどうとも思わないほどに。

 

「っ、は~……落ち着くなぁ」

 

 ……おそらく、それは本心なのだろう。ちらりと表情を盗み見れば、目を閉じて安心しきった微笑みを浮かべている。勝手な話だ、俺はあの時の星野が放った言葉のせいで。

 

『八幡と一緒に居て、お話ししたい』

 

 ──そんな言葉のせいで、この日まで何度もあの瞬間を思い出しては悶々としていたというのに。今だって──。

 

「…………」

 

 今だって、この女のせいで気まずい思いを──している、筈だったのに。先日の出勤から今日までに、幾度となく脳裏を過ぎった言葉に胸をざわつかせていたというのに。猛暑の中で、事務所に入ることを躊躇ってさえいたというのに。

 

 ──星野を隣にして。不可解なことに、俺の心はあまりにも凪いでいた。

 

 不味い。今の状況は、あまりにも俺にとって不都合が過ぎる。そう確信した。空調の作動する音、窓の外から微かに入ってくる喧騒。それ以外に鼓膜を震わせることのない静謐な空間は、俺が星野と過ごすべき時間としてあまりにも不適切だった。

 

「……社長とマネージャーが戻ってから。俺に押し付けられた予定共有についてなんか言ってたか?」

 

 必然、俺はそれを破る必要があり、渋々ながら口を開かざるを得なかった。星野に喋らせ、それを聞いた上で間合いを計り、会話の流れを把握した後にちゃぶ台を返す。こちらの話を押し付ける。今まではそうしていたが、この雰囲気では望めそうもない。

 

「うんっ。どんな風に話したのかーとか、どこまで確認したかーとか聞かれたよ?」

 

 俺の言葉に対し──開いた瞳を輝かせ、星野は揚々と答える。……先日までは渋面を浮かべていただろう俺は、眉を顰めることすら出来ずにいた。

 

「ウサギって呼ばれちゃったーとか、イベントのお願いしたら断られたーとか……あっ、そういえばあの時、なんでお話聞いてあげなかったの?」

 

「なんの話だ……あぁ、カエルのか。当たり前だろ、仕事でやらされてたんだぞ。こっちはさっさと終わらせたかったんだ、アイドル連中の無駄口に付き合ってたまるか」

 

「ふぅん?」

 

 ……? 何が腑に落ちないのか、俺の言葉に不思議そうに首を傾げる星野。思えば、あの時も似た反応をしていたような気がした。

 

「で、そのアイドル連中は、社長になんか俺のこと言ってたか?」

 

 星野が抱いているらしい何らかの疑問、あるいは認識の齟齬(そご)は追求せず、俺は気になっていたことを確認する。つまり、俺の言動に対し不快感を覚えていたり、あるいは怒っているメンバーが、社長やマネージャーに俺の悪評を報告していなかったか、ということだ。

 

『ハッキリと"事務の人が悪ぶってました~"なんて言われちゃいない。けどまぁ、どういう風にスケジュール共有しましたーっつぅ報告受ける中で、あいつらがお前の言動をどう捉えたかなんて大体わかる』

 

『お前みたいなお優しくて不器用な素人が悪人ぶったって、あのアイドル連中にはなーんの効果も無い』

 

 あのオッサンはそんなことを言っていたが、協力関係を築けないことが分かった以上、その言葉は信用に値しない。その場に居合わせた別の人間……例えばこの星野なんかから聞いた方が、よっぽど参考になると言うものだ。

 

 俺の言動を彼女らB小町がどう受け取ったか。それを知ることが出来れば、今後の立ち回りに活かすことが出来る筈──。

 

「──()()()? みんな社長に聞かれたことには……八幡がどういう風にスケジュールの確認してたかーとかは答えてたけど。()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「──なに?」

 

 そんな俺の目論見は、またも容易く頓挫(とんざ)してしまう。

 

「なんとなくでも伝わってるだろ、社長の強権で急に入り込んできた野郎のバイトだぞ。そんな奴が態度悪けりゃ雇った人間にクレーム入れるハズだ」

 

「あははっ──()()()()()()()()()。個別のイベントの話とかでもない限り、B小町全体のミーティングって……ほとんど()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 仲良しこよしグループでは無いことなど承知の上、だなんて。何度俺は、星野を。その周囲の人間を甘く見積もったのだろう。

 

「もうみんな諦めちゃったんだ。B()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 星野の──アイを中心とした、アイのためのグループこそがB小町なのだと。彼女はそう断じた。

 

 淡々とした物言いで、俺にB小町というアイドルグループの現状を明かした星野は……その中核に立っている筈の彼女は、伏し目がちに(はかな)い笑みを(たた)えていた。

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