「お前らは俺を、運営に対する窓口にしようとしたが。その意趣返しをさせてもらおうか──お前らが、一致団結して俺を追い出せ。そう運営に嘆願するんだ……全員でな」
「……今度はなによ」
反応してくれたのはやはりツインテール。その眼差しからは諦念が見えているが──どこか、期待が見え隠れしていた。すでに俺が
ゆえに彼女は、彼女らは僅かな可能性にも縋ってしまうのだろう。目の前のよく分からないバイトが、一度破壊したグループを別の方法で取り繕ってくれるのでは無いか、と。
クソくらえ、だ。
「俺も鬼じゃあない。何も、必ずしもB小町を解散させたい訳じゃないんだよ」
「……?」
明るく声音を変えたつもりだが、出来ているだろうか? 問題無いとしよう、狙い通りアイドル連中は僅かだったとしても視線を上げて、こちらに耳を傾けているのだから。
「自分らでケリも付けられない。活動方針も決められない。なら俺がそれを提示してやるよ……まずはリーダー。パンダだけじゃないだろ? どうせお前らも内心で押し付けてたんだ、ここで明確にしておこう。──ウサギ、そいつがB小町のリーダーだ。異論は?」
今更なのだろう、俺の言葉に反感などあろうはずもない。とにかく先を続けろと、視線が促してくる。……
「いま大事なのは、ここで言うリーダーってのはあくまで旗印ってことだ。そいつが一番偉い訳じゃない、ただグループとしての思想を反映するスピーカーみたいなモンだ。お前らの脇の甘さを咎めたように、ウサギがポンコツで大した存在じゃないことは俺が保証してやる。だから支えろ、頼りにならねぇんだよって口を出しまくれ。特にカエル、お前がサブリーダーっぽいことをやるんだ」
「あたしが?」
不審そうにツインテールは目を細めた。
「空気読んで口挟むには、たぶんお前が適任だろ。今までのやり取りからの所感でしかないけどな……古い連中だけで雰囲気だの暗黙の了解だのを蔓延させるからこうなる。グループの動向が怪しくなったらお前がリセットするんだよ。B小町を制御しろ」
俺の独断専行には、今のところ誰も口を挟まない。最後まで聞いてから反論をと考えているのか、彼女らの意に沿っているのか、あるいは俺が握った厄ネタをリークされないよう身を潜めているのか。俺のやることは変わらないから隅に置いておくが。
「そうしてグループとしてやり直せ。仲良くする必要なんざない、どうせお前らは、互いに互いのことを欠片も尊重する気が無いんだからな。だがそれは、言い換えれば、腹を割って何でも話せるとも表現できる。俺が口にしたお前らの問題行動は、すでに互いが握ってるんだ。一蓮托生、B小町を続けるなら今までみたいな上っ面はもう要らん。外に向けてなら兎も角、お前らはもう互いに遠慮が必要な関係ですらない」
自分で言っててふと気づく。これはどうしても口にしておきたくなった。
「一致団結は綺麗ごとだったな。訂正しよう──呉越同舟。お前らは互いに嫌い合ったまま、傷つけ合いながら。それでも意思を偽ることだけはせずに、船を漕げ。それぞれ首にナイフ突きつけながら突き進め。残された道は、それしかないんだからな」
「嫌い合ったまま……」
誰かが呟いて。誰かが誰かの顔を見て。誰かに視線を移して。互いの顔色を窺いながらも、誰も異を唱えることはしない。
「……どうすれば」
「?」
そんな中で、俺のすぐ隣で。傍らで小さな声が発せられた。それは静かながらもミーティングスペースに響いて、その場にいた全員の注目を集めた。
未だ座り込んで俯いたままの、
「具体的に、どうすれば良いんですか……? 仮にわたしたちが、嫌い合いながら、まとまったとして……それで、何が変わるんですか……? 運営の人たちが、アイを中心に企画を進めるって方針は、どうせ同じじゃないじゃないですか……」
我が意を得たりと、俺は腕を組んで頷いた。何から何まで、この
自分のことはコントロール出来ないこともあるが、他人として。客観的に推察し、その思考回路をトレースするという意味で、床を見つめる少女はこの上なく御し易い。
そう──俺も、あの社長と同じような詐欺同然の手で、この少女を。このアイドルたちを操るのだ。ここからだ、ここからが正念場。本当の勝負──。
「……まず、そこの勘違いから正しておくぞ。いいか? ──苺プロダクションは、そもそもアイだけを徹頭徹尾プッシュする、なんて方針で動いてはいないってことだ」
「「「はっ?」」」
およそ半数が跳ねたように顔を、声を上げ。他のメンバーもそこまでの反応は無かったが、抱いた感想は同じようだった。
「でも現に──」
「まぁ聞けカエル。そして考えろ。どうして俺が、ここまでお前らについて詳しいのかを。社長から聞いた? そんな訳は無い。社外秘どころか、どのスタッフにも漏らせないような情報量だ。要は、これは俺が勝手に、事務所内で調べたモノってことだ」
メンバーの顔を見渡す。話にはついてこれているように見える。隣の
「でも所詮入ったばかりのバイト。集められる情報には限りがあるに決まってる。詳しい人間が協力したんじゃないとすれば……はじめから、それだけの情報が詰まってる媒体があるってことだ」
「それって……?」
足元からの疑問に、目を向けずに答えてやった。
「社長のPCだ」
「「「!?」」」
狙い通りに動揺してくれた。そりゃそうだろう、俺が暴露した内容すべてを社長も把握していたとしたら、彼女らの認識上とっくに解雇されていても不思議ではないのだから。当然のように、ソースはマネージャー及び彼女が使用しているPCだと考えていた筈。
まぁ、その通りなんだが。俺は社長のPCなんぞ触ったことが無い。ゆえにこれは、間違いようもなく嘘。虚言である。
「少し話は変わるんだが──お前ら全員アイドルやろうって時、社長から誘い文句があっただろ。人気アイドルにしてやるだとか。どういう活動をしたいか聞いた上で、それが叶うようプロデュースしてやるだとか。そういう話をされた筈だ。そうだよな?」
各メンバーの目がそこかしこに飛ぶ。在りし日の光景を思い出しているのだろう。この道を歩むことになった、その入り口。案内人にどう誑かされたのかという過去の出来事を。
「そして──現状、それは叶えられていないし、そう動いているようにも見えない。そうだよな?」
この質問に対しても、彼女らは頷いてくれた。それも、今までよりハッキリと、強く。
「いいか、よく聞け──それは
「えっ、じゃあ──」
察したらしいペンギン。年長のメンバーに向かってこちらも頷く。
「そう、これが事実なら、お前らが社長を訴えれば負けるのは向こうだ」
がたりと立ち上がるアイドルが居た。しかし、俺はそれを手で制する。ここで早合点されては困るのだ。あのオッサンに対して強く出れるなんて思考には至って欲しくない。そもそもこの場合、訴えて本当に勝てるかなんて定かじゃない。俺は当事者でもなければ法律に詳しい訳でもないのだから。ゆえにこれも虚言である。
「最後まで聞け、事実なら、と言った。そして、これは事実じゃない。あのオッサンはお前らとの契約を破って無いんだからな」
「破ってるじゃない! あたしはゲーム関係のお仕事に関われたらって言ったのに、そんな案件ひとっつも──!」
「その答えがオッサンのPCなんだよ」
遮ってやれば、
「自腹のレッスン、専属マネジメント契約に反した営業行為……これらを把握しながら何故お前らを咎めないと思う? 気づいてないだろうが、自費のつもりだっただろう受講料も実は報酬として支払われてる。社長は、まだ約束を果たせていない現状を悪く思って見逃してたんだろうな」
嘘だ。マネージャーがそこで情報を止めていて、金銭の補填も彼女の仕事だ。胸糞悪い、あのオッサンにマネージャーの手柄をくれてやることが。その片棒を担いでいることが。
「未成年飲酒についてもそうだ、こんな業界で社長やってる人間だ、そこは寛容だったろう。まぁ自分のとこの商品に万が一があると不味いからって、誘った人間には苦情入れてたみたいだがな。この頃はそういう誘い、減ってたんだろ?」
打ち上げの席で酒を飲んだ、あるいは飲まされた二人は、最近のそういった席について思案している。言われてみれば、と思い返してくれただろう。何もかも、マネージャーが奔走したおかげだ。
「男だの掲示板周りの黙認もそうだ。お前らの気晴らしになればって見逃してたんだ。でも、そういう事情を把握しておくことは社長として重要な仕事だ。──ウサギを押し出して、B小町の活動が軌道に乗った後のこと。その計画書が入ってるデータフォルダに、お前らのことは綺麗にまとめられていた」
「ッ、嘘よ!!」
カエルが叫んだ。こう返してやりたい気分ではある。嘘だ、と。
「噓なもんか。どうして俺があのオッサンの肩を持たなきゃならない? 俺は夏休みを奪ったオッサンに一矢報いたいんだ、こんな意味のない嘘を吐く意味が無いだろ」
「……でも、庇うようなことも言わないんじゃ……?」
おずおずながらも、口を挟んだのは
「バカ言え。男ってのはかっこつけたがりなんだよ。影で努力して、それを隠して目的を達成して、最後に周囲からそれを悟ってもらうのが一番気持ち良くなる生き物だ。あのオッサンはな、俺に最高の瞬間を奪われたんだよ」
いまいちよくわかってない表情のアイドル連中に、分かりやすく言い直してやる。
「ウサギを売り出して。軌道に乗ったB小町から、各々の希望に応じた活動形態を模索する。そうして全員が理想のアイドルとして完成した時、きっとお前らは社長に感謝しただろう。その苦労話を、酒でも飲みながら振り返る日が来ただろう。『そこまで頑張ってくれてたんですね』、なんて労われながら酌をしてもらう未来があっただろう──そんなオッサンの夢を、俺は粉々にしてやったんだ」
んな未来は思い描いてないだろうが、そういう理想を抱いていてもおかしくない人間だと断じて、俺は鼻で嗤いながら続ける。
「成果も出てないのに、努力を他人に晒されることほどプレッシャーのかかることも無いだろ。お前らがこれを感謝して、社長にその礼を言ったとして……あのオッサンは窮地に立たされる。隠しておけば、失敗したときに開き直れた筈なのに。努力を知られた以上、成果が出なかった時には憐れまれる。慰めを口にされる──そんな惨めな未来の可能性を、俺はプレゼントしてやったってことだ」
──あぁ、これだ。久々の感覚。B小町の面々から、俺に向かってハッキリと嫌悪の視線が向けられている。成功した、と見て良いだろう。不信感は拭えていないだろうが、俺の言葉に一定の信憑性を見出している。
すなわち──社長が、本当にB小町全員のことを考えていて。まずは売り出しに成功したアイを起点に、それぞれの活動に。アイドルとしての成功に導こうとしているのだと。その可能性を感じてくれたのだ。
「社長がウサギのことしか考えてないって誤解は解けたな? お前らが事務所に隠して、各々努力してるってのを把握していることも理解できただろ。それに配慮して、そしてウサギしか売り出せていない現状を詫びる意味で問題行動に目を瞑っていることもな」
改めて、隣を見る。床に座った少女に……
「まだ言い訳が必要か? 互いの言い分を隠さず口にして。妥協点を探って。全員で出した答えを、全員で運営に……社長のオッサンに持っていく。その第一弾が俺をクビにすることだ。俺の話が嘘かどうかは、その嘆願が通るかどうかで分かる。分の悪い賭けだと思うか?」
「……で、でも……」
全員が話を聞いていたが、俺が水を向けているのは
悪いが、もう一押しさせてもらおう。もう口を
「あぁそうだ。ついでに言っておくが……B小町と社長とで意思の疎通がとれていない現状、それはマネージャーも同じだ。俺がお前らのことを効率よく知れたのは、マネージャーが残したある資料のおかげでもある」
「ある資料……?」
「あぁ。それは──引継ぎ資料、だ」
「「「──!!??」」」
「理解したか? 苦しんでるのはお前らだけじゃない。社長からもアイドルからも仕事を押し付けられて、それぞれの意思を尊重してバランスを取ろうとしているマネージャーも相当苦しんでる。募集こそかけていないようだが、そんな資料が用意されている以上……比較的お前らに寄り添ってくれていただろう存在は、いつ居なくなっちまってもおかしくないぞ?」
嘘である。しかし……狙い通り、それが最大の後押しとなったらしい。
崩壊寸前で最底辺の状態かと思われていた彼女らも、マネージャーという存在がまさか居なくなってしまうとは夢にも思わなかっただろう。そう、彼女こそが、B小町という存在を繋ぎとめる可能性を有した唯一の光明。
「──コイツの口車に乗るしかないわ。この男の話が本当かどうかは、社長に話してみればすぐに分かることだし……弱みを握られている以上、言う通りにしないとどちらにせよ崩壊よ」
カエルは立ち上がり、
「まずは、どういう理由でこの男を辞めさせるように願い出るか相談しましょ。セクハラでも何でも良いけど、あたしたちの間で矛盾が出ないようにしないと。……あと、そのついでに……お互いに、これからどうしたいのか話し合わないと。──アイ、それで良いわね?」
カエルに、リーダーとしての役割を果たすよう促されたウサギ……星野は。
「──うんっ。そうしよっか」
少しだけ寂しそうに。それでも確かに、笑って頷いた。
「……すぐにはまとまらんだろ。予定では全員明日の朝空いてるな? オッサンに午前中事務所に来るよう連絡しといてやる。それまでに、出来るだけ後腐れなくしておけよ──じゃあな」
そうして、机を囲んだ7人を尻目に。俺はその場を後にしたのだった。